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【第33話】Summer⑦(生徒・菜美視点)

当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。

なおサブタイトルの見方は、


Spring①(生徒・菜美視点)


その話(内容)における大まかな季節

通し番号

生徒と先生どちらの視点(語り)か

視点(語り)側の名前


という構成です(第1話を例にしています)。


また時折挟まる『Coffee Break』は、本編で出てきたエピソードの詳細や本編には出てこない彼らの日常を会話主体で描いた小話です。飛ばして頂いても差し支えありませんが、本編と一緒にお楽しみ頂けたら幸いです。

 8月上旬のある日。私は一人で図書館に向かった。勉強の為というのは言うまでもないが、ゆっくりと本を読みたくなったのだ。三年生になってからはどんどん賑やかな日々になっていくし、それはとても楽しくて嬉しいこと。だけど時々はこうして一人の時間を味わいたくなるのはわがままなのだろうか。


 この図書館は比較的新しく蔵書数も多い。勿論冷暖房完備。更に緑に囲まれている為多少日差しも和らぐ上に目にも優しい。駅からは少し歩くけど、その分人も時間ものんびりゆったりしているように感じる。そして静かな中でも思い思い好きに過ごしているという活気と心地良さが伝わってくるのも気持ちいい。

 今日の勉強は現代文と化学。それらのテキストや問題集を机に用意しつつ、ちゃっかりと小説も重ねておく。昼休憩等を挟みつつ、夕方くらいまでいる予定だ。


 一時間半程化学に集中した後、区切りの良い部分で「んーっ!」と伸びをする。凝り固まった身体と心が一気に解放され、控えめとはいえ思わず声が出てしまった。

 その時、横から急に声をかけられた。


「…麻生さん?…やっぱり麻生さんだ!」


 緩みきった私の顔を覗き込む同世代の男性。


「せ…っ、せせ芹沢くん!?」


 驚きと恥ずかしさで声が裏返る私に対しても特に突っ込まず、芹沢くんは穏やかににこやかに返す。


「こんにちは。学校外で会うのは初めてだよね?僕はちょうど今来た所なんだ。」

「そ…そうなんだ…。」

「もしご迷惑でなければ隣に座ってもいいかな?」

「ど…どうぞ!」

「ありがとう。では失礼して。」

「!?」


 本当に“隣”なのかよ!普通一つ空けるとかしないの!?満席でもないのに!?この距離感の勘違…いや誰に対しても壁を作らない感じ、どこかの誰かさんに似ている気がする。

 彼、芹沢葵(せりざわ あおい)くんは高校の同級生だけど同じクラスではない。でも春に行われた大体育をきっかけに会話を交わす間柄になった。黒歴史と化しているクラス対抗リレーでの私の叫びを誰よりも近距離で受けてしまった被害者…あの時トップを走っていた男子生徒が芹沢くんだったのだ。

 いきなり驚かせ、結果的には順位まで落とさせてしまった(お地蔵校長は反則ではないと言ってくれたけど自分の倫理観がなかなかそれを許さなかった)お詫びを伝えに言った際、芹沢くんは笑って許してくれた。そして私が引きずらないように気を配ってくれたのか、それからも廊下等ですれ違う度に「麻生さん!」と声を掛けてくれるようになった。穏やかかつ爽やかな笑顔を添えて。

 そんな彼が実は生徒会長だったと気づいたのは、一学期の終業式の日だった。“生徒会からのお知らせ”の際彼が登壇し、「生徒会長の芹沢葵です。」と名乗ってからいつもの笑顔で話し始めたのだ。あのコミュ力の高さと気配りさは生徒会長だったからなのか!何より生徒会長を把握していなかった…いや、きっと知ってはいたけど全く興味がなかった辺り、数ヶ月前までの私は本当に学校という器にただ収まっていただけだったと痛感した。


 教室に戻る際、美咲と彩乃にそのことを話してみた。


「芹沢くんといえば文学少年というイメージかなぁ。成績は学年トップクラスだけど、運動もそこそこ出来るんだよね!周りからの信頼は厚いし、密かに想いを寄せて女子達もいるんじゃないかなぁ。でも私からするとちょっと線が細過ぎるというか、もう少し男前な感じがいいんだよねぇ。決して悪くはないけどもう一息!かなぁ。」

「ていうかさ、生徒会長の顔と名前くらい覚えておきなよ…。」


 聞いてもいない情報を惜しみなく提供してくれる美咲と呆れた様子の彩乃に対し、私は「あはは…」と笑うしかなかった。


 数少ない学校繋がりの(さすがに友達とは言えない)人とプライベートで机を共にするというのは妙な緊張感と集中力をもたらした。そして気づけば区切りの良い部分に到達し、またつい「んーっ!」と思いきり伸びてしまった。今気づいたけど、声に出して伸びをするのがどうやらクセらしい。それともみんなそんなものだろうか。

 しかし人前、しかも同い年の異性の前でする時はもう少し控えめにしないと!だって芹沢くん、今めちゃくちゃ私のこと見ているし!相変わらず笑顔だけど逆にそれが怖い。内心ドン引きしていそうで。


「ご…ごめんね。何かクセみたいで…。」

「謝る必要ないよ。気持ち良さそうに伸びをする麻生さんも可愛かったし。…そうだ、一段落着いたなら一緒にお昼食べに行かない?」


 …何か今、サラリと凄いことを言われた気がする。でも初夏の風のようにスゥッと駆け抜け過ぎて今更ツッコミを入れるのも野暮だし、そもそも聞き間違いだったら瞬間最大風速を更新する勢いでこの場を去ることになってしまう。

 何より集中し過ぎてお腹が空いたのだ。時間はまだ正午前だけど、昼食には早いという時間でもない。芹沢くんの誘いに応じ(自己責任ではあるが離席は自由)、書籍類を一つの山にまとめてから私達は席を立った。


「麻生さんは本が好きなの?」


 近隣にあるファストフード店で芹沢くんと向かい合って座る。モモに次いで二人目となる異性との食事だ(とはいえモモには良い意味で異性という意識があまり無いけど)。


「うん。電車での移動中とかもつい読んじゃうんだよね。」

「あ、僕も同じ!鞄の中には常に文庫本を入れておくタイプ。」

「それ分かる!」


 思わぬ共通点に急に親近感が湧いてくる。


「麻生さんは好きなジャンルとかある?」

「うーん、最近だとミステリーとかかな。あと昔から童話が好きで。」

「なるほど。僕は一番読んでいるのが時代小説で次が純文学かな。ミステリーは面白い半面、トリックが全く分からないから登場人物任せになっちゃって…。」

「芹沢くん、頭いいのに意外かも。まぁ私も推理は人任せな読者だけど…。」

「色々な楽しみ方があっていいんだよね。…そうだ。もし良ければ本の貸し借りし合わない?お互いのオススメ作品とか。」

「そういうのしたことないけど、何だか楽しそうだね。」

「実は僕も初めてなんだ。読書…ましてや紙媒体が好きな人って周りには少ないし、話題のベストセラーより昔の作品を好む傾向があるせいか『お高くとまっている』と陰で言われたこともあって。中学時代の話だけどね。」


 正直意外な話ばかりだった。人当たりが良くて優等生な彼だけど、それ故の悩みがあるのかもしれない。勝手に完璧な人だと思い込み、挨拶くらいは交わすけど自分とは縁遠い相手だと思っていた。それに相手にとっても自分は数多くいる顔見知りの一人だろうと思っていた。

 それがたった数時間でこうも見方が変わるとは。


「私のチョイスだと芹沢くんに合うか分からないけど…。」

「もしそうだったとしてもいいんだ。麻生さんが僕の為に選んでくれるだけで十分だし、これを機にもっと話せるようになれたら嬉しいよ。」


 また私の心に初夏の風が吹いた。そして心の季節は一気に真夏仕様となる。これだけストレートだと逆に恋愛感情ではない(無意識の人たらし)と思えるから不思議だ。でも少なからず好感を抱いてもらえているのは素直に嬉しい。何故かは分からないけど。


「…分かった。じゃあ次の登校日の時に一冊持って行くね。ミステリーでいいかな?」

「勿論!最後から何ページ目でようやく犯人やトリックやオチに気づいたか伝えるね。」

「どちらが早く気づけるか勝負だね!」


 低レベルながらも楽しい勝負になりそうだ。


「…もうこんな時間だ。そろそろ戻ろうか。」


 体感的にはまだ30分も経っていなかったが、気づいたら一時間近く居座っていたらしい。食べる前は好きな席を選び放題だったのに、今はほぼ満席だ。


 午後からは現代文に切り替え、分からない時は遠慮なく芹沢くんに尋ねるようになった。さすがは学年トップクラス(美咲談)、すぐ答えが返ってくるし教え方も上手い。彼が勉強しているのは日本史だけど、現代文の教師にもなれそうな程だ。

 午前中よりも打ち解けたおかげか、それともクセだからすぐ治らないのか、声を出しながらの伸びも絶好調だ。その度に芹沢くんは一旦手を止めて「お疲れ様。」と笑顔で言ってくれる。

 伸びと声かけの頻度が多くなってきたのを合図に、私は芹沢くんに声を掛け先に帰ることにした。こういう時は無理せず休むことも必要だろう。残りは夜に頑張るつもりだ。


 先程までの時間の早さは何処へやら。図書館から駅に向かう道のりは暑さと疲労で、一分がとても長く感じた。欲張って持って来た二科目分の勉強道具+読み損ねた本が重くのし掛かる。


「登校日、何を持って行こうかな…。」


 自室の本棚を脳内に登場させ縦へ横へと視線を移していると、猛暑らしくない爽やかな風が一瞬吹いた気がした。


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