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【第32話】Summer⑥(先生・玲奈視点)

当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。

なおサブタイトルの見方は、


Spring①(生徒・菜美視点)


その話(内容)における大まかな季節

通し番号

生徒と先生どちらの視点(語り)か

視点(語り)側の名前


という構成です(第1話を例にしています)。


また時折挟まる『Coffee Break』は、本編で出てきたエピソードの詳細や本編には出てこない彼らの日常を会話主体で描いた小話です。飛ばして頂いても差し支えありませんが、本編と一緒にお楽しみ頂けたら幸いです。

 8月上旬のある日。この日は夏休み前から決まっていたもう一つの予定の日。心が浮き足立っているせいか待ち合わせの15分前に着いてしまった…が、相手はもう既に来ていた。


「やぁ、玲奈ちゃん。まだ15分前だよ。」

「佐伯さんこそ。」

「いやー、久しぶりに玲奈ちゃんに会えるのが楽しみでつい、ね。」

「ふふっ、私も似たような感じです。」

「ありがとう、嬉しいよ。…じゃあ少し早いけど行こうか。一応場所の目星は付けてあるんだ。」


 佐伯さんはそう言いながらゆっくりと歩き出す。千尋先生もそこそこ高身長だと思うけど、佐伯さんはそれよりも更に高い。そして前回…半年前にお会いした時と同じように、もっと言えば10年近く前からずっと変わらない穏やかさを放っていた。ちなみに待ち合わせの駅は千尋先生と食事に行った時と同じだけど、今回は駅前で堂々と落ち合うことが出来た。

 彼…佐伯亮(さえき りょう)さんは私の高校と大学の先輩に当たり、同じく理科(生物)の教師として同じ市内にある私立高校の教壇に立っている。今でも定期的に連絡を取り、時にこうして顔を合わせられる数少ない存在だ。


 暑さと人混みを懸命に掻き分けながらも少しずつそれらが和らいでいくよう感じた頃には、見覚えのある裏路地に入っていた。そして目の前には記憶に新しいお店が…。


「……あっ。」

「ん?…あぁ、こんなところにイタリアンのお店があるんだね。予定とは違うけどここにする?」

「いっいえ!予定通りで大丈夫です!」

「了解。じゃあもう少しだけ歩くけどいいかな?この一本裏の通りなんだ。」


 このお店の雰囲気も料理もとても気に入っていたけど、千尋先生の時と同じというのは避けたかった。色々と思い出してしまうから。

 更に数分進むと、ノスタルジックな雰囲気漂う喫茶店に辿り着いた。


「ここならゆっくり話せると思って。どうかな?」

「とても良い雰囲気のお店ですね。気に入りました!」

「良かった。じゃあここにしよう。…さ、玲奈ちゃん。どうぞ。」


 佐伯さんが扉を開け、私を先に通してくれる。内装も期待を裏切らない趣深い造りだった。どうやら年配のご夫婦二人で切り盛りしているらしい。

 話したいことはたくさんあるけどコーヒーの良い匂いと空腹に負けてしまったので、まずは食事を頼んでからゆっくりと話すことにした。


「玲奈ちゃんがコーヒーをよく飲むようになったというのはちょっと意外だったけど、それなら今日はここがいいかなと思ったんだ。」

「私、ずっと紅茶派でしたものね。」

「でも先輩教師とコーヒーブレイクをするにすっかりコーヒーの魅力にハマった、と。えーと、鳴海先生だっけ?」

「そうです。ち…鳴海先生です。」


 前回の食事以来二回ほど学校で会う機会があったけど、私が「鳴海先生」と言ってしまうと拗ねる(真似をする)のだ。だから慌てて呼び直す…を何度か繰り返す内に、今度は人前でうっかり呼んでしまう危険性が出てきた。でも佐伯さんの前でいきなり呼び方を変えるのも抵抗があるので、慌てて後輩モードに持っていく。

 ちなみに佐伯さんはコンビーフのサンドイッチ、私はハムと卵のサンドイッチにそれぞれアイスコーヒーをつけて頂いている。


「学校、楽しそうで良かったよ。…正直ずっと心配していたんだ。前の学校では色々悩んでいたみたいだし。」

「高校時代から泣き言ばかりでしたものね、私。」


 佐伯さんとの出逢いは生徒会。当時から気が弱く大人しかった私は「候補者がいないから」と半は押し付けられるような形で書記を命じられた。その時の一つ上の先輩兼生徒会長が佐伯さんであり、慣れない環境と役割に右往左往する私を気にかけては色々と面倒を見てくれた。

 そのおかげで他の役員達とも少しずつ打ち解けられるようになり、居場所が出来た安心感と学校や他の生徒達の役に立てているという僅かながらの自信がその後の高校生活に良い影響を及ぼしたことは言うまでもない。

 進学を希望していたし、自分の特性から理系に進むであろうとは漠然と思っていた。でも何かの折に佐伯さんが理科の高校教師を志していると知った時、パズルのピースがピタッと音を立ててはまったかのように「私も教師になろう」と思ったのだ。大人しい割に頑固な私は、その日から理科教師になることを夢見るようになった。そして誰よりも先にその思いを佐伯さんに伝えた。「小牧さんが同じ志を抱いてくれているなんて嬉しいよ。一緒に頑張ろうね。」そう言いながら穏やかな笑顔を見せ、共に握手を交わした。

 とはいえ当たり前ながら簡単なことではない。成績はとにかく性格がネックだった。ネガティブで弱気、何より人と接するのが苦手な私が大勢の人にものを教えるなんて出来るのだろうかと真剣に考え、不安と恐怖と闘う毎日が続いた。自分で自分が信じられなかった。

 でもその度に佐伯さんが力になってくれた。じっくり話を聴き、一緒に悩み、一緒に考え、しばしば勉強も見てくれた。それが思いの外大きな力と知識になり、当初目指していたランクよりも上の大学…つまりここでも佐伯さんの後輩になることが出来たのだ。

 勿論佐伯さんだけでなく当時の役員達にも何度も励まされ、助けられた。数は少ないながらも大学でも信頼出来る友達が出来た。こうしてたくさんの人の力を借りながら、私は理科教師という立場と仕事に辿り着けたのだ。こんな私を受け入れてくれたことに今でも心から感謝している。

 そして何よりこの道に進むきっかけを作り、常に道しるべとなってくれ、あの頃も今も私が追いかけたいと思う背中。それは紛れもなく佐伯さんなのだ。

 でも今は佐伯さんや昔からの仲間だけではない。


「…鳴海先生には本当に助けられています。それに生徒達にも。みんな本当にいい子なんです。私が指導しているというより、私がみんなに育ててもらっている気分です。…って、これじゃどちらが先生なのか分かりませんよね。」

「いや、そこが玲奈ちゃんの良いところなんだよ。生徒達にとって君は教師であると同時に、歳の近い友達や姉と接している気持ちになるんだろうね。それは誰にでも持てる特性ではないから、玲奈ちゃんは今の自分を生かせばいいんだよ。…大丈夫、自信持って。」


 嗚呼、久しぶりに聴けた。佐伯さんの「大丈夫」はまるで魔法の言葉のように私の心にすぅっと浸透していく。ふっと力が抜け、「これでいいんだ。これでもいいんだ。」と少しだけ自分を受け入れることが出来る。

 自分を肯定するのは難しいし、今はこうして佐伯さんやみんなの言葉で何とか補えているだけかもしれない。でもいつかは恩返ししたいし、今度は自分が「大丈夫」の魔法をかけられる存在になりたい。そして出来ることなら誰かに追ってもらえるような背中にもなりたい。


 食事は終わったけどせっかくだからデザートも頂くことにした。実は食事を選びながらも『自家製ケーキ』のページが気になっていたのだ。同じく甘いもの好きな佐伯さんも快諾し、二人で改めてメニューを眺める。

 その時、扉が開く音がした。新しいお客さんだろうか。ホールを担当している女性の柔らかな声が聞こえてくる。


「いらっしゃいませ。…あら、こんにちは。」


 常連さんなのだろうか。丁寧さの中にも親しみを感じられる挨拶だった。この喫茶店の常連さんてどんな感じなのだろう。好奇心から思わず扉の方に目を向けると…。


「…えっ!?」

「…あっ!!」


 驚きのあまり声を上げてしまった私。それに気づいた相手がこちらに視線を向けて私の姿を確認すると、目を丸くしながら同じように声を上げた。



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