【第3話】Spring③(先生・玲奈視点)
当作品は女子生徒と女性教師の二人の視点から交互(1〜2話毎)に話が進んでいきます。
なおサブタイトルの見方は、
Spring①(生徒・菜美視点)
その話(内容)における大まかな季節
通し番号
生徒と先生どちらの視点(語り)か
視点(語り)側の名前
という構成です(第1話を例にしています)。
「はぁ…せっかく頑張ろうと思ったのに…。」
新学期初日は始業式と簡単なホームルーム(自己紹介と諸連絡)のみで終わる為、昼前にはほとんどの生徒が学校を去る。何となく職員室に居づらかった私は、屋上へと繋がっている人気のない階段に座り込み、一人で反省会を開いていた。こんな情けない姿、誰にも見せられない。
教師として、社会人として三年目の春。この高校は二校目の赴任先となる。でも今回、副担任とはいえ初めて“クラス”というものを持つことが出来た。しかも三年生という重要な時期を迎えている生徒達の。
期待と不安が入り混じる。いや、むしろ圧倒的に後者が大きい。勉強や進学に煩くない、自由でのびのびとした校風の学校とはいえ私なんかで大丈夫なのだろうか。
「生徒との年齢や距離が近いからこそ分かることや話せることもあります。…あ、別に小牧先生が幼いと言いたいわけではないですよ。ただきっと、小牧先生なら大丈夫です。私は小牧先生を、そして自分の直感を信じます。」
担当クラスが決まった際、 校長先生がニコニコしながらそう仰った。このお方、何かに似ている。…そうだ、お地蔵さんだ!そのくらい優しい眼差しとオーラを放っていらっしゃったのだ。
そして隣にはもう一人男性がいて、こちらも同じく微笑んでいる。たぶん私と同世代か少し歳上くらいだろう。同じニコニコでもこちらの男性からはどこか爽やかさを感じる。生徒にモテそう…それが第一印象だった。
そしてこちらの男性こそが同じクラスを受け持つ、そして同じ専門分野である化学を担当する鳴海千尋先生だった。
「初めまして、小牧先生。不安なことがあれば遠慮なく相談して下さいね。二人で、そしてクラスみんなで助け合って、笑顔で卒業式を迎えましょう!」
笑顔だけでなく声にも内容にも爽やかさが溢れている。自分とは対極にいるような感じの人で何だか眩しい。そのまま鳴海先生は私に握手を求めて来た。初めて触れたその手は大きく、そして温かかった。
この時の私は幸せだった。良い上司達に恵まれたことを心から感謝していた。
勿論今でもその気持ちは変わらない。…だからこそ頑張りたかった。少しでも期待に応えたかった。それに最初が肝心だと思ったから、ビシッとしっかりした姿を生徒達にも見せたかった。その為に私服(所謂オフィスカジュアル)でもいいところをわざわざスーツを着て行ったのだ。私服だと学生に間違えられるからではない。決して。
「それなのに…。」
確かに教室に向かう廊下を歩いている時から私は緊張はしていた。鳴海先生にもそれが伝わったらしく、「俺は先に入りますが、小牧先生は少し落ち着いてからにしましょう。」とドア付近で待機させてくれたのだ。その気遣いが嬉しかった。
教室から鳴海先生の挨拶と生徒達の元気な(黄色い)声が聞こえてくる。鳴海先生、やっぱり人気あるんだな…。その後の会話もいい感じに盛り上がっているようだ。みんなのやり取りに思わず笑みが零れる。良いクラスに当たったみたいで良かった。そのおかげでほんの少しだけど緊張も解れた。
しかし副担任を紹介のくだりで一気に緊張感が戻って来る。極めつけは「先生が可愛いからって」発言。やめて鳴海先生!ハードルを上げないで!男子生徒達は期待しないで!女子生徒達は私を嫌いにならないでー!
心の中で色々叫んでいるものの実際の私は見事に固まってしまい、恐る恐る教室のドアを開けるのが精一杯。頭の中は真っ白になり、何十回と練習した自己紹介の言葉はほとんど飛んでしまった。もはや何故あんなことを口走ったのかも分からない。恋人のご両親に結婚のご挨拶をしたこともないし、そもそも今現在そういう相手すらいないのに。
及第点どころか赤点確実な振る舞い。でも鳴海先生も生徒達も悪くない。鳴海先生は受け狙いのリップサービス(?)だろうし、シーン…と静まり返って引かれるよりは笑い飛ばされた方がましだと思う。
結局は緊張に呑まれ、その後も上手くフォロー出来ず黙り込んでしまった私が悪いのだ。元々自分に自信がなくネガティブ寄りの性格なせいか、ここぞとばかりに自分を責め倒す。
でも……
「あいつは百瀬裕太。まぁ見ての通り目立ちたがりのお祭り男ですよ。」
「お婿」発言で注目を掻っ攫ってくれた男子生徒について、ホームルーム後に鳴海先生が教えてくれた。
仮に目立ちたかっただけだとしても、あの時の私は大いに救われた。それに周りの反応を見る限り、単に自己主張が強いのではなくちゃんと支持を得られているようにも感じた。きっと今までも無意識に誰かを助けて来たのだろう。
「ありがとう、百瀬くん…。」
本人はおろか誰も聞いていない状況でありながらも、あの時のことを思い出したら感謝の言葉が自然と零れた。むしろ一人だからこそ素直になれたのかもしれない。でもいつか本人にも伝えられたら…。
そんなことを考えていると、下の階から足音が聞こえて来た。そしてその音は段々と大きくなっていく。どうしよう…ここを離れた方がいいのかな。でも今から動いてもきっと鉢合わせしてしまう。
そうこうしている内に足音は止み、代わりに人の気配を近くに感じた。そして足音の主が言葉を発した。
「……あれ?小牧先生?」