きっと、いつか。
大切な人がいなくなった時、あなたはどう思いますか?
悲しくなりますか?
悲しくなんてなってはいけません。
悲しくなったら、それは諦めてるって事だから。
諦めたら、奇跡は起きませんよ。
俺は大切な人を失った。ずっと隣にいてくれると思っていた人を・・・
それは一年前の事。俺の前で俺は何も出来ず大切な人の命の灯火が消えていくのを見ていた。「秋月茜」わずか15歳でこの世を去った。それは唐突な出来事。形あるものはいつか消える自然の摂理。それが、その日秋月茜にもおきた。春に咲く桜が散る時のように美しい死に顔だった。
「あ、茜・・・あかねぇ!!!」
俺の声が病室に響く。茜の手を繋いでいた俺はその手に額を押し当てた。徐々に冷たくなっていく。
「いやだ!茜!いかないでくれ!これからだろ?俺達は!」
もう、茜から返事が返ってくることは二度とない。ベッドで眠る茜の青い髪はぐちゃぐちゃに乱れていた。その時、俺の顔はどうなっていたか分からない。ただ泣きじゃくって汚くなっていたのは間違いないと思う。 人間の命なんて儚いんだ。
「これから、色々しようって言ったじゃないか!約束したじゃねーか!な?茜」
茜の手を強く俺は握るが茜から握ってくれる事はない。背中の方で聞こえる茜の母親のすすり泣く声。その時俺の肩に手を置かれた。強くて太い男らしい手。茜の父親だった。俺が多分この世で一番カッコイイって思う人。強くて芯のある人。
「もう、いいよ。茜はもう帰ってこない。これ以上茜を悲しませるな。お前がそんなんでどうするんだ」
低くてでもよく届く声。
「っ...俺は、俺は...まだ...茜に何も恩返しができてません!俺を救ってくれた茜にまだ何も返せてない!これからって時だったのに何も...」
「違うよ。茜はずっと前から君に感謝していたよ。幸せにしてくれる人に出会えたって私達に笑顔で言ってきた」
その言葉を発した茜の父親の目から一筋の涙がスッーと零れ落ちた。茜の母親はもう膝をついて泣き崩れていた。その時だった。茜の父親は自分のカバンから1冊のノートを取り出した。そのノートに俺は見覚えがある。俺が茜と出会った二年前に買ってあげたノート。もう古ぼけて端のほうがボロボロになっていた。
「こ、これ...俺が茜にあげた...」
「このノートには、君と出会ってからの日々が綴ってある。楽しかった事や君と喧嘩した事も書いてあるよ。茜は君と出会って世界が変わった。君も読んでみなさい」
差し伸べられた茜の父親の手にあるノートを俺は手を伸ばそうとする。でも、一度止まって手を引っ込めようとした刹那...
茜の父親に手を握られ無理矢理ノートを渡される。
「これは君が読まないといけない物だ!逃げるんじゃない!」
「っ!...で、でも...」
「茜の気持ちと二年間の思い出があるんだ。君に読ませてほしいと渡されたんだ」
「...わ、分かりました......」
俺は茜の眠るベッドの淵に座り一度茜の目覚める事の無いかおを見てからノートを開く。
このノートは大切な人から貰った大事なノート!
私はこれからあった事を色々書いていこうと思う!
表紙には茜の丸みのある字が並んでそう書いてあった。
今まで会ったどんな人よりも大切な人。私はそんな人にやっと出会えたのかもしれない。
一ページ目にそんな事を書いていた。なんだよ。こいつ...
それからのページには今まであった他愛もない出来事が書いてあった。
そんな中で俺は最後のページまで読み進めて行った。そして、最後のページにはこう綴ってあった。
ねー?君は私と出逢えて幸せだった?私といて楽しかった?私はね、凄くたのしかった!私はもう長くないって言った時、君は私にそんな事言うなよって怒ったよね。あの時本当はね、私を嫌って欲しかった。だって、こんな先のない女と一緒にいても仕方ないから。でも、君はその後私を抱きしめたよね。強く抱きしめた。俺はお前と一緒にいたいんだって泣きながら言ったよね。その時私は何も言えなかった。でもね、私達はもう一緒にはなれないよ。分かるでしょ?だから、私なんて忘れて。今度は、君の大切って思える守りたいって思わせてくれる人と一緒になるんだよ。バイバイ。
『一緒になれないよ』と『バイバイ』の所は少し滲んでいた。きっと、涙を零したから。それを理解した時だった。俺の目から大量の涙が流れ落ちる。茜のノートのページの色が染まっていく。
「...茜......それはねぇーよ。なー、ホントにそれはねぇーよ......」
「今日、君が来る前に、茜がこう言ってくれって言っていたよ。私と君が初めて出会った場所。そこに私がいるよ。ってね」
「え...?」
俺には茜の父親が何を言っているのか意味が分からなかった。茜はここにいるのに...何でそんな事を。その瞬間、オレの脳裏に茜と出会ったあの場所を思い出した。茜と出会ったあの屋上を。
「私達には何も分からない。君しか分からないよ」
「......はい」
俺はそう言って、立ち上がる。そして、茜に背を向けてこう言った。
「茜。お前と出会ってからの日は本当に楽しかったよ。時には喧嘩もしたけど、それもいい思い出だった。今まで本当にありがとな」
そして、茜の両手を組んでその下に茜のノートを置いた。そして、俺は病室の出口に手を伸ばした。
「信じてるよ...」
後ろから茜の声でそう聞こえた。でも、俺はもう振り返らない。病室のドアをスライドさせ病室を出る。俺は病室の廊下を全力で走って俺の通う...茜と二年間通っていた学校に向かう。外に出て気付いたが、雪が降っていた。5cmくらい積もっている。それでも、俺は全力で走った。肺が苦しい。喉が痛い。それでも、俺は一刻も早く『茜』に会いたかった。学校が見えた。閉まってる校門を乗り越え、昇降口に着いてガラス戸を引く。しかし開かない。
「くっそ!何であかねーんだよ!」
俺はガラス戸を思いっきり叩く。疲れきった体が悲鳴をあげ始めた。その時だった。
「こらっ!誰だ!学校に無断で入ってる奴は!」
振り向くと、そこには俺と茜の担任の澤 将生先生がいた。大柄の先生で威圧感があるけど、生徒の悩みに全力で相談に乗ってくれる先生。
「お前、何でこんなとこに?」
当然の疑問だと思う。それでも、俺は説明する暇なんてなかった。先生の元まで駆け寄った。
「先生!頼む!ドアを開けてくれ!お願いだ!」
「っ!何でそんな事を!」
「お願いだ!先生!」
俺は地面に膝をつけて額を雪の積もる地面に当てた。土下座だ。確かにダサいかもしれない。それでも、俺はどうしても行かなければならない。
「お、おい!やめるんだ!分かった!分かったから!」
「ありがとう!先生!」
俺は顔を上げて感謝の言葉を口にした。先生から鍵を受け取ってガラス戸を開ける。後ろから先生の声が聞こえた。
「後で、事情を説明しろよ!」
「絶対する!ありがとう!」
俺はそう返事して全力で屋上までの階段を登った。屋上のドアの前まで来た。俺は施錠されてるドアに手を伸ばした。ここの鍵は二年前から、壊れていて閉まらないようになっている。俺は施錠を解いてドアを開ける。強風が俺を襲った。まるで、俺を試すかのように。本当にここに来ていいのか確認を求めるように。俺は一面白色に染まった屋上を見渡した。そして、少し歩いて後ろを振り向いた。茜と初めて出会って茜がいつもいたあの場所を。でも、今は誰もいない。それは当たり前の事だった。そんな当たり前の事が堪らなく悲しい。表に出てこようとする感情を押し込みはしごを登った。茜が見ていた景色。今思えばこの景色を見るのは初めてかもしれない。そんな、俺と茜が暮らしてきた町の景色を見ていた。春夏秋冬で景色を変える町の風景を。雪は強くなっていく。その時だった。登ってきたはしごの方から少し光るものを見つけた。俺はそこへ行き手に取る。ロケットだった。それはいつも茜が付けていたロケット。その中を開けると、俺と茜の写真がついてあった。二年前に撮った写真が。そして、ロケットの裏に手紙が貼り付けてあった。それを俺は震えた手で開いた。寒いからなんかじゃない。多分俺は緊張していた。茜に告白したあの日のように。手紙は一枚だけで数行書いてあった。
もし、お父さんが君を認めてたらきっと君はこの手紙を読んでいると思います。あのノートを読んだのに君はここに来るなんてドMなの?
「はは、そんなモンじゃねーよ」
乾いた笑いが自然と漏れた。
もし、君がここまで来たら絶対言おうって決めてた事があります。今まで私、秋月茜と一緒にいてくれてありがとうね!ホントに楽しかったよ!もう、私はこの世にいないけど...ってそれを今この手紙を書いてる私が書いてもしょーがないよね(笑)
ホントはもっと一緒にいたかった。ずっと笑い合っていたかった。それが本心。でも、今の私ではごめん。無理です。だから......君が良かったらだけど、少しだけ待ってください。
「え?」
俺はただ疑問を口にした。でも、その答えは次を読んですぐに分かった。
きっと、いつか。私は君の元に戻ってきます。絶対です!それまで、待っててください。それが、君の病室でした二回目の告白の返事です!
そこで、手紙は終えてあった。俺のあげたノートにあった涙の後はなく、綺麗な紙の状態だった。 俺はこの時...いや、あのノートの涙の跡を見た後から何となく分かっていた。そして、この手紙を見て分かった。茜があの部分に涙を零したのは本当は別れなんてしたくないっていう思いの表れだって分かった。俺はその手紙とロケットをポケットに入れ、屋上を後にした。その後、先生と話をしたりと少し面倒事はあったが、解決した。そして、無事に卒業し、高校に入学、そして卒業。そして、就職。そんな時間を俺は過ごしていった。
そんな中学を卒業してからの年月が15年過ぎた。俺は茜と出会った屋上にいた。茜の見ていた風景を見ていた。初めて見た風景は冬の景色。今俺が見てるのは春の景色。その時だった。屋上のドアの開く音がした。しかし、ここに来れるのは今、俺しかいないはずだった。でも、俺は分かった。 そして、下を向いてこう声を発した。
「遅かったな。待ちくたびれたよ。茜。いや、今は違うか」
下にいたのは、茜と同じ髪型だが、髪色が茶髪の少女。
「そーだよ。私は今は藍井 桜って名前があるんだから」
「そっか。覚えとくよ...桜。おかえり」
「うん。ただいま」
そう言って笑顔を交わした瞬間、春に吹く強い風、春一番が吹いた。あの時の冬の俺を試す風ではなく、俺達を祝福する風のように俺は思えた。
奇跡の物語は必ず起こります。
絶対起きないなんて事はありません。
信じてください。自分を。大切な人を。