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一話『護衛開始』

(ストレス発散と言いますか、そういう目的の為に『よくある学園物ライトノベルのフレームワークに沿って』『自分の好き勝手に書いてみた』結果がこれです…)

「…っち、うぜぇ……」

 鳴り響く目覚ましを、縦に振り下ろした拳で叩く。

 伴うのは『ガシャン』と言う破壊音。目覚ましを破壊した音だが、今の男には気にしている余地は無い。

「どーせ後で払ってくれるんだろ。ったく、マリスのやつ、朝から呼び寄せやがって……」

 軽く髪を整え、スーツのジャケットを羽織り外に飛び出す。

 付近を通るタクシーに手を振って呼び寄せ、その中に飛び込むと、タイヤを持たないそのタクシーはまるで路上を滑るかのように走り出す。


 ――ここは学園都市『メルステラ』。太平洋洋上、ハワイとオーストラリアのちょうど中間あたりに浮かぶ人工島に位置する都市。

 男――時咲トキサキ 限理カギリは、昨日の夜遅く、この都市についたばかりである。まともな睡眠も取らずに朝早く呼び出しを受けたと言うのであれば、機嫌が悪いのも理解できよう。だがそれを差し引いても、男の目つきはあまり良いものではない。

 年は二十代後半だろうか。素材だけで見れば、十分にイケメンの部類だろう。

 だが、だらしない身だしなみ、何日か剃っていないと思われるヒゲ、そして何より人を睨んでいる様なその目つきが、彼の印象を下げている。


 タクシーが、白い建物の前に停止する。まるでどこかのSF映画に出てくるような、不思議な見た目の高層ビル。

「何々……『清氷高等学園』? …マリスのやつ、態々俺をこんな所まで呼んで、ここが次の仕事場か?」

「その通りだ」

 声の方に振り向くと、スーツにタイトスカート、黒いストッキング……長い髪をポニーテールに結い上げ、眼鏡をくいっと押し上げた女性が、彼の方を見つめていた。

「冗談だよな? マリス」

「私は冗談でお前をあの遠くからここまで呼び寄せん。…飛行機代とてタダではないからな」

 マリスと呼ばれた女性の真剣な表情から、彼女が確かに本気である事を確認すると、ばつが悪そうに頭をぼりぼりと掻き始める。

「…俺が学校に居ていい柄に見えるか?」

「見えないな。寧ろ通報される感じだ」

「誰が不審者だ! …つーか、分かってんなら何で――」

 返答代わりに、顔の前に押し付けられたのは一枚の紙。


「何だぁ…? えーと、何々……『リスティ・アリアスを差し出さなければ、実力行使に移り、清氷高等学園を破壊した上で強奪する』? …なんだ、この子供のいたずらみたいなのは」

「ところが、いたずらではないのだ」

 マリスは、ビルの一角を指差す。

 一見、何の変哲も無い一角だが――良く見れば、景色が微妙に揺らめいている。

「……迷彩シート? まさか――」

「そうだ。昨日、爆発がそこで発生し、建物の一角を破壊した。……幸いにも死傷者はいないが、修復中はそうなる」

「都市警察は動いたのか?」

「…ああ。だが、この件は他の学園の指図、と言う可能性も有る。都市警察は期待できないだろうな」

 ――この学園都市の様々なインフラは、参入している様々な学園によって運営されている。治安を守る『都市警察』とて、例外ではない。故に、もしもその学園たちの一つが調査しないよう圧力を掛けたのならば、都市警察の動きは著しく鈍くなる。『清氷高等学園』もまたその『学園の一つ』であるが、無理に圧力を掛ければ板ばさみにされた都市警察の動きが更に予測不能になる可能性もある。


「んで俺を呼んだのは、この件の調査か? 俺ぁ探偵じゃねぇんだぜ?」

 やれやれ、と面倒くさそうなポーズをして見せる。

 目の前の女には借りがある故、出向かない訳には行かなかったが…本来限理は遠出を好むような性格ではない。

「……無論、違う。お前の適性は良く分かっているつもりだ。――『リスティ・アリアス』を守ってもらいたい」

「分かってんじゃねぇか。……で、そのリスティ何とかってのは、どこにあるんだ?」

「今から案内する。付いて来い」


「――三十年前程から、『ブレスド』――『祝福された者たち』と称される特殊な能力を持つ人々が生まれるようになりました。初めの頃は疎まれ、研究材料とされていた人たちですが、十五年前の『神国大戦』でブレスド排除に躍起になっていた神国イディアが、ブレスドとそれに同情する人々により解体された事で、お互いの理解と融合が進んで行ったと言う歴史があります。皆様の中にもブレスドは居ますね…はい。ウィル君、高羽さんがそうですね。この『神国大戦』については、また明日の授業で――」

 隣のクラスから、講義の声が漏れてくる。

 ――この学園都市も、『神国大戦』を機に、ブレスドへの理解と、一般人との交流を深める為と言う名目で設置された物だ。

 だが、そのブレスドを人体実験に使っているのではないか等、黒い噂が絶えないのもまた事実。

 この『清氷高等学園』は特に融合の方に重きを置いており、各クラスではブレスドと一般人の生徒が入り混じっての授業が行われている。無論ブレスドの方が能力がある分だけ有利な時もあるが、採点の際にはそれが考慮される為、明らかな不公平は無いとされている。


 がらりと、教室の扉が開けられる。

 前を歩いていたマリスが教室に入った瞬間、喋っていた学生たちが一瞬にして水を打ったかのように静まり返る。

(「相当恐れられてんだなマリスのやつ……まぁあの性格じゃ仕方ねぇか」)

 クラス全体…十人程の学生たちが見守る中、ハイヒールをこつこつと鳴らしながら、教壇へと歩み寄る。

(「……ん? 俺に『リスティ・アリアス』を見せるんじゃなかったのか? ……何で教室なんだ?」)

 嫌な予感がする。だが、ここまで来た以上、タダで帰るのも癪だ。せめてそのリスティ何とかを拝んで帰るべきだ。

 ――そう考えたが故に、限理は手招きされるがままに、教壇へと近づいてしまった。


「この男が、私に代わって君らの担任となる、時咲限理先生だ。主担当教科は近代史。見た目はこんな感じだが、…まぁ、仲良くして欲しい」

 最後の辺は明らかに言う事に困った感ありありだったが、問題はそこではない。

(「ちょっと待て、俺が先生だと!?」)

 向けられたあからさまな抗議の視線を、さも見えなかったかのように受け流し。逆に『自己紹介しろ』と目配せするマリス。

 限理が持っていた更なる抗議の意志は、自らの脚の甲にマリスのヒールが乗せられたのを感じた瞬間消え去った。ここで従わなければ一気に踏み抜かれかねないのである。

「あー…なんだ。時咲限理だ。まぁ、近代史なら何とかいけるんでな。質問あったら遠慮なく聞いてくれ。よろしく」

 我ながら適当極まりない挨拶だ、と自省する限理。仕方ない。準備してこなかったんだから――と脳内で自己弁護を始めた瞬間、一人の女子生徒が立ち上がる。

「マリス先生、これは余りにも無責任ではありませんか?」

 ほう、マリスに正面から反論をぶつかる人間は珍しい。少し興味を持ち、限理はその学生を観察し始める。

 ――気品のある仕草と、高級素材で仕立てられたと思われる学生服――清氷高等学園に於いてはデザインさえ同じであれば、自分で学生服を作る事も許されると職員室の前の宣伝チラシ草案に書いてあった――から見て、それなりに裕福な家の出だろう。綺麗な銀髪は日の光をよく反射し、顔に化粧の跡は無いが、それでも綺麗である。眼差しは確固とした意志を感じさせ、見る人によっては『生意気』と感じる事もあろうが、限理はその目は嫌いではなかった。

「どう言う事だ?」

「……この方はとてもではないですが、清氷高等学園の先生にふさわしいと思いません」

「説明したまえ」

「この清氷高等学園は、学生たちを気品ある紳士淑女に育成し、お互いがお互い、ブレスドと他者の間の架け橋になるような人材にするのが目的と記憶しております」

「その通りだ」

「この方がそのイメージに沿うとは、私は思いません」

 二十人弱のクラスにざわめきが走る。多少なりとも、女子生徒に賛同する意見があるようだ。


(「俺が先生なんて、やっぱ無理なんじゃねぇか?」)

 マリスに向けられた問いを含んだ視線は、しかし冷たい一睨みで返される。

「……気品が重要、とでも言いたげなお前たちに聞こう。お前たちが紳士淑女になり、社会に出た際。同僚や顧客に『気品の無い者』が居た際……お前たちはそれを蔑んで、交流を避けるのか? ……それが紳士淑女足る者の振る舞いか?」

「「っ……」」

 明らかにクラスの空気が変わる。誰も、マリスの言葉に反論する為の理屈を思い浮かべられない。

「然し…!」

「何だ、まだ何か異論があるのか?」

 またもや先ほどの女子生徒。一つ深呼吸し――

「この先生の知識に疑問を感じますわ」


「ほう……なら、試してみるか?」

 一瞬面倒くさそうな表情を浮かべる限理。だが、マリスに一睨みされ、元に戻す。

「…それでは、時咲先生にお聞きしますわ。……『神国大戦』の転機となったと言われております『泰山戦役』。この一戦の敗北により、神国イディアが多くの将軍を失いました。特にマシリー将軍の戦死の影響は大きかったと言われていますが、この敗戦の理由は何でしょうか?」

「隠蔽系能力を持つブレスドによる強襲で、黄渓河のダムが破壊され、それによって補給線が断たれた関係で全滅」

 間髪居れずの回答に、『おおっ』と言う声がクラスのどこかで上がる。

「これくらいは歴史教師として当たり前ですわね。では次は――」

「――と言うのは表向きだ」

「えっ!?」

「そもそも、それだけならば損害は出るだろうが、あそこまで大きくならなかったはずだ。黄渓河氾濫の報が届いた瞬間、マシリー将軍は撤退を考え始めるだろうからな」

「けど、参考書にはそのような事は何も――」

「自分の頭で考えてみろ。……マシリー将軍の用兵術、特に不利な状況に於いて損害を最小限に抑えると言う点については神懸かっている。この点は色々な歴史家が認めている。その彼が、どうしてあの場を脱出できず、戦死したのか?」

「…それでは、あなたはどうお考えなのですか?」

「何通りかの可能性がある。…例えば、要人が軍中を訪れており、それを逃がす為に囮になった、と言う可能性。実際、アイリーン姫はこの期間中、表の行事に一切参加していないだろう? ……国王の誕生日にも、体調不良と言って、な」

 ざわめきが広がる。学生たちは各々、参考書や携帯用のデバイスで情報の裏づけを取り始める。

「…その可能性は確かにありえますわね」

 きっ、と不満そうに口元を曲げながら、女子生徒が着席する。


「これで時咲が先生としての能力が十分にある事は実証されたな。まだ文句のある者はいるか?」

 静まり返る教室。それを見て、満足そうに頷くマリス。

「とりあえず今日一日、担任を頼んだぞ? 何、難しい物ではない。悩みを聞いてやる程度でいい」

 そう言いながら、去っていたその後姿を見て、深く溜息をつく限理。

「……ガキどもは苦手なんだがなぁ」

 だが、すぐさま自分に全クラス分の視線が向けられている事に気づき、おっほんと咳払い。

「ああそうだ」

「うおっ!?」

 びくっとなる。

「……言い忘れていた事があった。リスティ・アリアス…放課後、校長室へ来るように」

「私ですか?」

 言葉を失った。この時まで、すっかりその名は何か『物』の名前だと思っていた。

 答えたのは、先ほど質問してきた少女だったのだ。

(「ったく、こりゃ前途多難だぜ…」)

 自身の護衛対象からの印象は最悪に近い。…護衛者としては、決して良い状況ではなかった。


 ――昼休み。

「一通り目を通したが……」

 職員室で弁当を頬張りながら、目を通した資料を纏め、片付ける。

 ――担任になるには当然、クラスの生徒の事を理解する必要がある。護衛対象であるリスティがその中に含まれているとあれば尚更だ。

 そのリスティについて資料から見て取れたのは、ヨーロッパ系の権力を持つ家に生まれ、両親がブレスドだったが為に生まれつきブレスド能力を持つと言う事。

 そしてその能力は――

「……確かにこりゃ、使い方によっちゃ――」

 最後のから揚げ一個を、口に放り込む。

 午後の一授業目は、近代史…限理の担当なのである。


「おら、授業始めっぞー」

 彼が教室の扉を開けそこに入った瞬間。

「ぎゃはは!面白いじゃーん」

「へぇー。そんなのあるんだ。今日の放課後行ってみっか」

 各々の話に話を咲かせる学生たち。限理の存在等見えていないかのようだ。

 それを気にもせずに、黒板に歩み寄り、講義のタイトル「神国イディアの始まり」を書き始める限理。

「ちょっと先生!?この状況で授業を始めるつもり!?」

「聞きたくないヤツは聞かなくていい。お前らが学ばなくても俺は別に困らんからな。うるさいって言うなら衝立でも立ててやる」

 先生から『お墨付き』を貰ったと思ったのか、回りの学生たちは『やった!』とばかりに、さらに音量を上げる。

「けど、その結果、試験落ちて留年になっても俺は責任はとらねぇ。直前の補習もスコア調整もしねぇ」

 えっ。とばかりに、一気に静かになる。

「当たり前だろ。お前らが自由を謳歌するのは大いに結構。…この学園都市はそう言う所だと俺は聞いているからな」

 くるくると、チョークを回しながら、さも当たり前かのように言い放つ。

「…けどな、自由には常に結果が発生するんだぜ。…その結果に対して責任が取れるのは、そりゃそれをやったヤツしかいねぇだろうが」

「でも、子供がやった事は大人が――」

「……んじゃ、いつその子供は大人になるんだ? 今までずっと責任を取らなかった奴が、『はい、今日からは自分のやる事に責任を持ってくださいね』と言われて、できると思うか?」

「……っ」

「……甘やかすってのは、俺は全く人の為にならない事だと思っている。……一度も失敗を経験していない人間が失敗を考える事が出来ないように、全てを甘やかされて素通りされた人間は、いざそれに直面した時…対処が分からなくなる物さ」

「先生も失敗した事あるんですか?」

 その言葉に、僅かに限理が戸惑ったように見えた。

「…ああ。俺は神様じゃねぇからな。無論、失敗した事はあるさ」

 僅かにその目に浮かんだ悲しみは、然し、生徒たちには気づかれなかった。


「神国イディアの始まりは、当時新興宗教として扱われていた『応報教』の一つ。その教義は、人に天命があり、それに無理に背こうとすれば天罰が下ると言う、単純で分かりやすい物だったぜ。それが、当時ほぼ独裁の道を突き進んでいた中国の情勢に乗じ、密かに世界中から集めていた信徒たちで一気に国家を成した」

「中国はそれを黙ってみていたのですか?」

「勿論違う。外交、武力の両面によって、自分たちの国土を取り戻そうと試みた。けど、どっちも失敗した――当時の国連に派遣されていた各国の代表も、応報教信徒が多く紛れ込んでいたし、過去に戦争の経験がある信徒が部隊を組織し、中国軍を迎撃した。――応報教の影響は、それだけ広かったんだよ」

 生徒たちに、先ほどの騒がしさはない。

「結局、中国は折れるしかなかった。外交面からの圧力もあったし、これ以上武力行使を強行すれば、逆に自分たちが国際的に孤立しかねなかったからね」

 黒板に書かれていたのは、『中国』とかかれていた棒人間が、たくさんの目に睨まれている所。

 ――生徒たちが授業に聞き入っているのは、先ほどの『責任についての話』の影響も無論、なくはない。だが、それよりも、理路整然と限理が解説を行い、原因と結果のつながりを省略せずに解説していたのがあった。

「――かくして、応報教教祖を神皇とする宗教国家『神国イディア』の誕生…って訳だ」

「イディアは、周りとは仲良くしていたんですか?」

「――少なくとも最初はな。…その『後』に何があったのかは、また明日、『神国大戦』の授業で説明するぜ」


 かくして、授業が終わり。職員室に戻った限理は、今度はこの学園で最近起こった一連の爆発事件についての資料を読み始めた。

「……爆発事件は計4件か。3件目が発生した直後に例の脅迫状が届き、その次の日に4件目…」

 二件目まで死傷者なし。三件目は付近を通過していた生徒一名が衝撃波で壁に衝突し軽傷。そして四件目は――

「教室一つが爆発。重傷5、軽傷7名…か」

 死者は出なかったとは言え、今までの件に比べて、異様といえる負傷者の多さ。要求に従わなかったが故にエスカレートした、とも考えられるが――

「それにしては妙なやりかただぜ」

 威嚇した後に脅迫状を出すのならば、一件目があれば事足りる。二件目、三件目の必要は全くない。寧ろ考えられるのは……

「一件目から三件目までが能力の実験の類…か?」

 爆発系の能力を持つブレスドならば、不可能ではない。何よりも何も危険物を携帯せずとも、それ系統の能力を持つブレスドならばどこでも爆発が発生させられる。探知不能の人間爆弾のような物だ。

 だが然し、この学園の警備はそれほど甘くはない。部外者が侵入しよう物なら即座に察知されるだけの警報網が、科学的、そして探知のブレスド能力的な意味合いで張り巡らされている。

 では学内の者の犯行か? それも怪しい。学園内の生徒、先生両方の名簿をマリスより取り寄せ調査したが、爆発の能力を持つ物はいない。

 ならば、可能性は――

「能力を隠し持っていた、或いは新たに覚醒した者が居た。若しくは強力な隠蔽系のブレスドの存在…か」

 そこまで考えた時点で、電話が鳴る。

「もしもし? ……なんだ、マリス。今度は何の呼び出しだ? …校長室? はいはい分かりましたよっと。一日中お前に振り回されてるんだ。今更何も言わんさ」

 用件の見当はついている。……クラスに新担任として紹介された時、マリスは言っていたはずだ。『リスティ・アリアス…放課後、校長室へ来るように』と。



「――どうして時咲先生がここに居るんですか!」

 テーブルを叩きそうになるのを無理やり我慢したのか、振り上げた手を震えながらも下ろす。

「無論、君の身の安全の確保の為だ」

 そんなリスティに対して、マリスの声からは、一寸の感情も感じられなかった。

「そんな監視みたいな物はいりません!」

「…だ、そうだがよ?」

 わざとらしく、マリスに目線を向ける限理。これで引き下がってくれれば楽だったのだろうが、目の前の鉄面皮の女が、そんな『生易しい』物ではないのも、彼は良く知っていた。

「――君の安全を守るのは、身柄を預かったこの学園の責任だ。その為にはありとあらゆる必要と考えられた手段は取られなければならない」

「例え私がそれを望んでいなくても、ですか!?」

「その通りだ」

 さも当然のように返され、少し怯むリスティ。だが、直ぐに勢いが戻り、更に食い下がる。

「――ブレスドではない時咲先生がそれに適任だとは思いませんけれども」

「性格はお世辞にも良いとは言えんが、実力は確かだと考える」

(「……余計なお世話だぜ」)

 心の中で愚痴ながらも、敢えて口は出さない。

「――私の方が先生より強いと思うのですけど、それでは護衛の意味がないと思いませんか?」

「……ほう。お前が時咲先生に勝てると。そう思うのか?」

「――ええ。そう思いますけれども?」

 マリスの音色に、自身の能力を甘く見ていると言う感覚を覚えたのか。自信ありげに腰に手を当てるリスティ。

(「ガキを煽ってんじゃねぇよ…」)

 次の展開が既に読めた、と言わんばかりに、顔に手を当てる限理。


「……では、時咲先生と勝負してもらいましょうか」

「望む所ですわ。……私はブレスド能力を使ってもいいのですよね?」

「無論だ。君の喉元に時咲先生が手を触れれば彼の勝利。彼を行動不能にすれば、君の勝利だ」

「分かりました。体育館、お借りしてよいのですよね?」

「…ああ。学園長権限で許可する」

 ……ん?

 今、何か、意外な事が言われなかっただろうか?

「おい、マリス…お前、学園長だったのか? ここの?」

「ああ、それがどうしたか?」

 ――道理で皆がかしこまっていた訳だ。

 ぽん、と飛行機代が出せたのも。この学園にとっての部外者であるはずの限理が、何の質問もされずに学園に入れたのも、そういう理由なのだ。

「……然し、お前が人に教える立場になるとはな。昔は――」

「その様な事を言っていていいのか? 既にリスティは体育館に向かったが、不戦敗するつもりか?」

「それも面倒がなくなっていいんじゃ――分かった、分かったから、そう睨むな」

 ポリポリと頭を掻きながら、体育館へと向かう。

「しっかたねぇ。……久しぶりに、ちょっとだけ真面目にやるとすっか」


「――あら。ちゃんと来ましたわね? てっきり理由をつけて逃げる物だと思ってましたが」

「……そうしたいのは山々なんだが。そうすると更にひでぇ目に合うんでな」

 見上げると、体育館二階のバルコニーから、マリスがこちらを見下ろしている。

 ――流石にこの『監視』下ですっぽかせるとは、限理も思っていない。


「逃げないと言うのならば、私も容赦は致しません。出来れば傷はつけないようにはしますけど……」

「んな悠長な事は言わなくていいよ」

「え?」

「……俺がお前を攫いに来た『敵』だと思え。どんくらい実力があるか、見てぇからな」

「っ……!」

 受け取りようによっては、格上の人間が格下に掛ける言葉。

「後悔しても、もう遅いですわよ!! 来て! 『スティール』『シルバー』!!」

 両手を交差させる構え。その叫びと共に、白と黒の球体が、リスティの体の周りを回りながら出現した。


 球体の輪郭がぶれている。それは、この球体が『この世の理に沿って』作り出された物ではないと言う証。

 ――資料で読んだ所によれば、リスティの能力『魂の支配者』(ソウルマスター)は、物に宿る思念の様な物を自分の中に宿し、それを呼び出し使役する――と言う物だ。

 無論、思念などと言うオカルト的な物の科学的解析が容易な訳がなく、彼女の能力はこの『メルステラ』に於いても最も研究が遅れている物の一つだ。

「――!」

 リスティが目を閉じると、空に浮かんだ球体はそれぞれ変形し――機械的な拳を形作る。

 彼女が目を開けた瞬間、一直線に限理に飛来する白と黒の拳。

「うぉっと!」

 横に一歩踏み出し、体を横にすると、二つの拳が共に空を切る。

 ドゴン。重い衝撃音と共に、地面が揺れる。

「……物理的な打撃力持ってんのか。単に当たると精神に作用する幽霊みてぇなもんだと思ってたが、意外と危ねぇもん扱ってんな」

「怖気付きましたか?」

 リスティの元に二つの拳が戻ってくる。

(「今のをその場を動かずに回避した…身のこなしは確かに只者ではないですわね」)

 黒の拳のみを飛ばす。白の拳は、体をガードするように構える。


 向かってくる黒の拳に向かって、然し限理は敢えて『歩み寄る』。

「!?」

 拳が直撃しようとしたその瞬間、脚をきゅっと捻り、僅かに方向転換。それだけで、彼の頬を掠め、黒の拳が飛んでいく。

「――で、トリックはこれだけなのか?」

 丸で狐につつまれたような感覚だ。確かに黒の拳は直撃コース上にあったように見えた。だが、それを僅かな方向転換で、彼はかわしたのだ。

「っ…! 来なさい、『ブレイズ』『ブリザード』!」

 更に紅と蒼の球体を呼び出す。それらはドラゴンのような形に変化すると共に、ブレスでも吹いたかのように霧の様な気体を放つ。

「……!」

 後退した限理の袖の先を、蒼の息が掠める。それだけで、まるで冷凍庫に入れられたかのように袖がパリパリに凍ってしまう。

「こりゃ確かに強力だぜ……」

 多種多様な能力を持つ『思念』を呼び出し、様々な状況に対応する事が出来る。

 保有している『思念』の種類がどのくらいあり、どの様に増やすのかは分からないが、若しも無限に増やせるのだとしたらば、それこそ『世界最強』も遠くはないのかもしれない。

 ――後ろから、黒の拳が戻ってくる。目の前の気体に気をとられた隙を狙ったのだろう。

 それをギリギリまで引き付けてから――横にかわす。

「!」

 黒の拳がリスティ自身を直撃する寸前、彼女が手を翳してそれを止める。

(『自立ではなくリスティ自身の制御か。なら、話ゃ簡単だ』)

 腕の攻撃を回避した体勢そのままに、体を低くして急加速。大回りの軌道ながら、一瞬にしてリスティの後ろに回りこむ。そのまま地面を強く蹴り、後ろからタックルを仕掛けようと――

「甘いですわ! 来なさい、『スパーキー』!」

 黄色の球体。それは一瞬にして、ドラゴンの姿に変わる。先ほどの紅と蒼の物よりも一回り小さい。

 くるっと頭をかしげ、指示を待つ姿はなんとも愛らしい。

「スパーキー、痺れさせてやりなさい!」

(「!? 指示した…だと!? 自律型かよ!?」)

 先ほどの『思念』は、言葉に出さずとも自動で攻撃を行っていた。ならばこれは――

 吐き出される霧は、然し先ほどの二体とは比べられないほどの量で。この『思念』があれらより上位である事を物語る。

 限理の姿が、一気に霧に飲み込まれる。

「…怪我はしませんが、一日くらいは痺れて動けませんわ。明日の有給届けはマリス先生に――って、あら?」

 ――異変は、霧の中の限理の姿が空中に向かって浮かび上がった事。

「――っ!? ジャケット…?!」

 霧が晴れた時、そこにあったのは限理の着ていたジャケットだけ。

 人が霧の様に消えるはずは無い。それこそ『ブレスド能力でも用いない限り』。

「まさか――」

「残念。外れだぜ」

 二階のフェンスに掴まっていた限理が飛び降り、そのまま重量でリスティを圧し倒す。

 首を掴んだまま、拳を振り上げる。マスターの危機を察した金色のミニドラゴンが大きくその口を開けるが――

「…だめよスパーキー。 …わたくしの、負けですわ」

 その言葉を聴いた瞬間、拳を下ろし、立ち上がる限理。

 手を伸ばして、引き上げるようにしてリスティが立ち上がるのをも手伝う。

「……流石に危なかったぜ。まさか自律型まで居るとはな。お前の目を誤魔化すのは難しくなかったが、そいつの目が誤魔化せるかはちっとひやひやした」

「……先生は本当にブレスドではないのですの? あの一瞬で、二階まで飛び上がるなんて……」

「そこに体育用の鉄棒があるだろ? あれを利用すりゃ難しくはねぇ」

 そう言って、実際にやってみせる。跳躍と共に、片足で鉄棒を踏みつけ、そのまま再跳躍。すると、簡単にその手は二階の手すりに届いた。

「……そいつの霧は確かに広範囲に効果が及ぶが、同時に自分の視界も一気に悪化しちまうからな。使う時は気をつけるこった」

「……」

 確かに限理の動きは『熟練』と言える物だった。鉄棒を利用して二階に上がったと言う説明も無理はない

 だが、それでもリスティは不思議な感覚を覚えていた。この先生は、自分に何か隠し事をしている。沿う感じたのである。

(「――今考えても仕方ないですわね」)

 例え本当に隠し事をしていたとしても、彼女には関係の無い事だ。それよりも、約束は約束。負けた以上、明日からは限理の護衛を受け入れる事になる。

「先生、明日からよろしくお願いしますわ」

「おう。気をつけて帰れよ」

 そう言って、リスティが視界から消えた後、拳骨が限理の頭に直撃していた。

「…何をしている。護衛なら家までついていかないか」

「いてて…マリスよ、明日からってあいつ言わなかったか?」

「そんな悠長な事を言っている場合ではない。襲撃はいつ発生するか分からんのだ。全く……ほれ」

 渡されたのは、鍵の束。

「お前の新たな泊まり場所だ。いちいちホテルから通勤だと時間も掛かるだろう?」

「……お前が親切にする時ってのは、碌な事がねぇんだよn…っとと、失礼失礼。…他に選択肢はねぇんだろ?」

「無論だ」

「……んじゃ、仕方ねぇか……」

「ああ、それともう一つ」

 去り際に呼び止められる。

「……本当に、『使わなかった』のか?」

「……愚問だ。俺が15年前から『使わなくなった』のは、お前も知ってるだろ」


「――ふう。今日も一日、ひどい物でしたわ」

 寮の部屋に帰るなり、ベッドに倒れこむリスティ。

 ――ブレスド能力をあそこまで連続運用したのは初めてだ。それなのに、――敗北した。

 悔しい。それ以外に色々な感情が頭の中で渦を巻いているようで、どうにも落ち着かない。

 そんな時、ドアのチャイムが鳴る。緊張が走る。何と言っても彼女は狙われている身だ。この寮のほかの部屋には他のブレスドの生徒も居るとは言え、油断は禁物。

「ブレイズ、ブリザード、スパーキー!」

 三体のドラゴンを呼び出し、扉に向けて攻撃の照準を合わせるように指示する。

 破壊系の能力でドアを破ってきたならば、三体の一斉射撃で行動不能に出来る。例え一瞬でリスティ自身が制圧されようと、自律行動であるスパーキーが迎撃を行ってくれるはず。

 そこまで念入りに準備をして、彼女は少しだけ、扉を開ける。

 のぞき穴から覗かなかったのは閃光対策。もしもその類、或いは催眠系の能力ならば危険である。『自律行動する』『攻撃を受けない思念の僕』であるスパーキーが居る以上、一緒に反応できるこの方式の方が安全なのだ。

「…あん? リスティ?」

「せ…先生!?」

 何でここに、とか、ここは女子寮ですよ、とか、色々な言葉が浮かんでは消える。

 だが彼女は何一つ、口に出せずに居た。

「まぁ、マリスによりゃ、俺は今日からここの隣の部屋に住む事になったらしい。よろしく頼むわ」


「――はぁぁぁぁぁあああああああああ!?」

 予想外の事態に、リスティは絶叫するより他無かった。

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