第62夜 『幸福ヒプノシス』
夢見る少女がいる。
それなりに美しかったし、声だって小鳥の囁きのよう。親切心に溢れており、性格も悪くない。
ただ、少女には不満があった。
本人のお眼鏡にかなうようなボーイフレンドがいなかったのだ。
何度か男の子に言い寄られたことがあったが、どれも理想とはほど遠く、親しい付き合いにまでは発展しなかった。
そして、いつか素敵な男性が現れると根拠なく信じ、彼女はただ年齢を重ねた。
つまり現在では、おおよそ少女とは言い難い年齢になっていた。
ただ便宜上、ここでは少女と呼ぶ。
あるとき、少女が庭の手入れをしていると、土中から小さな箱が出てきた。
それには美しい装飾がしてあり、土に埋まっていたにも関わらず少しも汚れていなかった。
――まぁ、なんて美しい箱。
少女はうっとりした。せっかくだからアクセサリー入れにしましょう。
何気なく箱を開けてみると、みるみる煙がわき上がり、半裸の女性が現れいでた。重要な部分は布で隠れているが、あまりにもあられもない姿。
「助かりました。ありがとう。私は女神です」
突飛なことを言う。しかし、少女とて夢見る少女、きっとそうなのだろうとあっさり受け入れた。
「まぁ。庭に女神が埋まっているなんて、なんだかロマンチックだわ。どうして箱に詰めこまれていたの?」
「女神とて女……。色々あるのです。聞くのは野暮というもの……。ところで助け出してくれたお礼に、なにか一つだけ願いを叶えてあげましょう」
少女は首をかしげた。一つとは腑に落ちない。
「こういう場合の願いは、三つが相場じゃないのかしら」
「相場とか、イヤらしいことを言ってはなりません。私は悪魔やランプの魔人のように、人間ががっかりするようなインチキをしないから、一つでじゅうぶんなのです」
「そういうものかしら」
「そういうものよ」
「どこか、損した気がするわ」
「私は、願いを叶える前に、アナタに教えてさしあげるのです。願いがどういう結果をもたらすか、その末路を」
それならば、と少女は願いを考えた。
こんなチャンスは滅多にない。失敗のないよう、慎重を期さねば。
「素敵なボーイフレンドが欲しいわ。私がボーイフレンドを願ったら、どういう末路になるのかしら?」
「アナタと彼はすぐに恋に落ち、永遠を誓うでしょう。しかし、誓うだけです。二人が中年になった頃、互いに罵倒しあうことになります。ちなみに二人の間に生まれた男の子が、日に日に彼に似てゆくのを、アナタは苦々しく思うでしょう」
「そんなの嫌だわ」
「そうでしょう、そうでしょう」
「じゃあ、素敵な旦那様では?」
「彼もいずれは中年となり、ときたま変なニオイを漂わせてアナタを不快にさせます」
どうやら、一筋縄にはいかないらしい。これはイカンということで、少女は発想の転換を試みた。
「じゃあ、私をモテるようにして。そうすれば私は、数多く言い寄ってくる男の中から好きなのを選べばいい。これなら年を取っても男を乗り換えればいいのだから、完璧よね」
女神は少し考えて、興味なさげに脇腹の辺りを掻いた。
「それは、簡単だけど……よく考えてね。世の中でモテている女の子はだいたいが勘違いよ。軽い女とか、簡単にできそうとか、後腐れなさそうとか……。本当にモテている女性は、既に収まるところに収まっているものよ」
「あなた、女神のくせに、なんだかひねくれているわ。勘違いじゃなくて、本当にモテるようにしてくれれば良いだけの話じゃない」
「一緒よ。アナタにいい男を見抜く目があって? 言っちゃえば、モテるようにしたら、アナタは悪い男に騙されて、後で泣くことになるの」
女神は過去に恋愛でなにかあったのだろうか。どうにも悪い結末ばかりを導いてくる。それに、言い方にもトゲがあるじゃあないか。
「じゃあ、私の理想っぽい男を適当に見つくろってよ」
「投げやりな態度は良くないわ。そして『理想の人』の理想の人が、アナタとは限らない。呼び寄せるのは簡単だけど、人の心までは操作できないの」
「じゃあ、白馬の王子さま」
「彼はゲイよ」
「じゃあ私を幸せにして」
「独り身のままでいるのも、結構幸せなものよ……」
遠い目で女神は言う。
「一人なんて嫌よ! じゃあ……」
「ちょっと待ちなさい。先に言っておくけど、幸福に我慢や妥協はつきものよ。どんないい男にだって、駄目な部分が……」
「わかってるわ。お説教はやめて」
女神の言葉を遮りながらも、少女は考えた。
「……じゃあ私が……一生をかけて愛せる男をちょうだい」
「妥当な願いね。その願いなら問題ないかも」
女神は願いを承認し、その成就までしばらく待つよう少女に伝えると、あられない姿のまま天上へ昇っていった。
半年後、少女は妊娠した。
聖母マリアのごとき処女懐胎に、産婦人科医は必死で冷静を装い、言った。
「元気な、男の子です」
《幸福ヒプノシス 了》




