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偽名仮名の住所録  作者: まつかく
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第39夜 『私は麻里になる』 前

この短篇はちょっぴりグロ描写が含まれ、苦手な方にはオススメしません。

もともと偽名仮名には含まれていない――ノリで書いた作品なのですが、せっかくなので入れておきます。

■1 私はトモコ。


「勘違いさせたなら、謝るよ。ごめん、無理だわ。じゃあ俺行くし」

 

こうなるのはわかっていた。私に優しくする男子なんて、気まぐれか冗談と相場が決まっている。 

ミカに頭から水を掛けられ、ズブ濡れの私に彼はタオルをくれた。

 

『あの……部活で使うんじゃ?』


『あぁ、別にいいよ。あんま汗かかねぇし』

 

それから半年、いつ告白するか迷っていたが、教室に荷物を取りに帰ってきた彼を見つけ、勇気を振り絞った。 

断られることは覚悟していたし、当たり前だと思った。むしろ、嫌われる事だけが怖かった。

 

彼の去った教室は、夕暮れを迎えようとしている。

オレンジの光が規則正しく並んだ机に反射して、とても綺麗で……紅葉を思い浮かべた。私は嫌われただろうか?

校庭はサッカー部のヤジが飛び交っている。

『ダリぃ』『バカかよ』

すべてが私に向けられているような……そんな気がした。

 

 

「トモコ、あんた折田に告ったってマジ!?」


朝一番から私の机の周りには、いつものメンバーが集まっている。

ミカが続ける。

「答えろよ、言えよ。『私はブサなので、ちゃんとフラレました』って」


京子と麻里が笑う。

 

「トモコが告るとか。うっわ、キモ」


「折田は色白の子が好きらしいよ、トモコ黒豚じゃん?」


「始まる前から、終わってるし」


「マリ、言い過ぎー。あんたはモテるから良いけどー」

 

幼なじみの情けだろう。奈津子からの罵倒は聞こえない。

 

「あんたね、身の程を知りなさいよ。出川哲朗でも断るって」


ミカは私の腕を持ち上げた。

「この包帯なによ? リスカ?」


「マジキモーっっ」


「死ぬ度胸あったら、こんな人間なってねぇって」


「腕切る前に顔切れよ。顔」


「今よりはマシな顔になっちゃうんじゃね?」


「整形する手間省けるじゃん」


「これ、なんちゃってじゃねぇの?」

 

ミカが包帯を無理矢理はぎ取る

「生々しー、きもいわぁ」

「げぇ、マジ引くし」


私の腕にはカッターナイフで五本の線が引いてある。

 一本はミカ。一本はマリ。一本は京子。残る二本は奈津子。

 

幼なじみなのに、イジメに加わっている奈津子への当てつけのつもりだった。

奈津子、ちゃんと見た? この二本は、あんたの傷だよ? ほら、この血がにじんでる、この一番深い傷。

 

私の席から離れた彼女たちは

「もうすぐ奈津子の誕生日だね」と、あっさり話題を変えていた。



私は、一限の授業が終わるのを待たずに下校した。


いじめはいつもの事だから耐えられる……。でも、もし折田君と顔を合わせる事になったら――。考えるだけで吐き気がした。

 

あまり早く帰っても、母がうるさい。私は古本屋に立ち寄った。

カビ臭い、不潔な感じのする古本屋だが、立ち読みには寛容だから気に入っている。

店主の老人は、どうもボケだしているようだ。

万引きなど無縁の店だが、もし万引癖のある人間が来ようものなら天国だと勘違いするのではないか?

 

私は三時間ほど立ち読みした。

古本屋らしく、漫画も飛び飛びに置いてあり、読めば読むほどストレスが溜まる。漫画自体も古く、最近の漫画が並んでいる所など見た事もない。

 

溜息をついて帰ろうとすると、店の入り口に百円均一のワゴンが置いてある。

こういうのは好みじゃない。

どうせ下らない娯楽大作や無駄に売れた芥川賞受賞作……。

目を止めた瞬間――心を奪われた。


『呪詛大典』 呪い?

 

こういった本を買うのは抵抗がある。オカルトオタク、暗い奴だと店員に思われるかも知れない。

店主がボケていなければ、きっと買わなかったと思う。

  

私はトモコ。 

私は呪術師になった。



■2 私は呪術師になる


家に着くまでドキドキが止まらない。私は無理矢理、興奮しようとしているのかも知れない。

折田君に告白した時の高揚感。もう何も感じられないほどの胸の高鳴り。

あの情動を上書きしたかったのかも知れない。

 

部屋に駆け込むと、鞄から剥き出しの『呪詛大全』を取り出した。机の上に放り投げ、制服を脱ぐ。 

なにか臭うように思えるのは、ボロボロの表紙のせいだろうか? すえたような臭いが、部屋に充満するように思える。

 

大きく息を吸い、机の前に座ると、最初のページを開いた。

 

つまらない。

呪詛の歴史なんて、どうでも良い。

 

百円ですら返して欲しくなる。意思表示としてだ。返金してもらった百円は

あとでドブに捨てたって良い。私はただ人を呪いたいんだ。


興味を失い、パラパラとページをめくると、気になるタイトルがようやく目に飛び込んだ。 

『六道の最下層へ落とす』これだ。六道の……最下層、知っている。何かで読んだ覚えがある。これは地獄の事だ。

つまり、相手を殺すための呪いなんだ。


内容に目を走らせる。この呪いをかけるには、相手の髪、爪……。その二つが必要なのか。髪はともかく……爪は難しい。


すぐ下に書いてある、注意書きが目に入った。『髪だけでも効果は得られる。

ただしその場合効果は遅効となる』

髪は簡単だ。効果が遅くなったっていい。

誰にかけようか……?


いじめの主犯のミキと幼なじみの奈津子が真っ先に浮かんだ。

考え込んでから、溜息が出た。私はなんてバカな事をしているんだ?

呪いとか、あるわけ無いのに。ちょっと怖い、おどろおどろしい『呪詛』っていう単語が興味を引いたけど……。


髪を入手するのも手間に感じた。馬鹿らし。ああなんか自己嫌悪だ、いつもこうだ。ネガティブな感情に呼応したのか、私を罵倒する皆の声が頭の中で響いた。


『うっわ、キモ』『ありえねー』

『顔切れよ。顔』『死ぬ度胸もないくせに』


死んで……やるよ。


死んで……お前らみんな呪ってやる。

自殺する度胸が無いというのは、当たっていたかも知れない。どうしても、後一歩が踏み出せなかった。いつも、『ヤバい』ぎりぎりの線までで、それ以上カッターの刃を押し込めなかった。


でもこれなら、恐怖感で止める事はできない。

自分を……呪い殺そう。


どうせ百円で買ったものだ、効果もあるかどうかわかりゃしない。死んだら百円の命だったって事。むしろ価値がつくなら、ありがたいよ。


私は自分の髪を握って、引きちぎった。

笑いが止まらない。

死ぬ前に気になる事が一つだけある。

あの日の折田くんの優しさは気まぐれだった? 冗談だった?

願わくば……せめて気まぐれでありますよう。


私はトモコ。

私は自分に呪われる。



■3 私は自分に呪われれる


自分に呪いをかける。 

そのための材料は簡単に集まった。髪と爪。

どこか気が引けて、爪は使わないでおこうと決めた。 

 

地獄に堕ちる。でも今よりは、ずっとまし。死にたい、というより、消えたかった。誰かを愛したい、というより、誰か一人にでも愛されかった。

 

儀式の作法に従い、全裸になる。

なんて足が太いんだろう。なんて毛深いんだろう。なんて色が黒いんだろう。

なんて……醜いんだろう。

父の灰皿に髪を入れ、本に目を向けながら一言ずつ丁寧に……間違わないように……必ず、呪われるように、呪詛の言葉を読んだ。  

髪の燃える臭いが胸を焼く。

自然と涙が溢れた。

 

さようなら、おかあさん。さようなら、おとうさん。

さようなら、折田君。

 

私はトモコ。 

私は全裸で地獄へ堕ちる。


■4 私には百円の価値もなかった


結論から言うと、私の命は百円の価値にも満たなかった。儀式をしてから、三日は経過している。まだ心臓は鼓動しているし、ここは地獄にしては平和だ。

ミカたちがいる限りある意味では地獄であったが……。

 

私の醜い身体はいまだ血液を循環させている。

いっそのこと、このまま外で凍死するのを待った方が早いのかも。ごった返す商店街の人混みに嫌気が差し、大きく溜息を吐いた。


だが……なにか、おかしい。私の息だけ白くならない。

何度も試すが、私だけ。私だけ、透明の息を吐いている。

――死にだしてる!

 

次の日も、相変わらずミカたちのイジメは変わりなかったが、私の心は軽い。

もう死ぬから、あんたたちとも、お別れ。


そんな風に考えヘラヘラしている私に苛立ったのだろう。ミカたちは日に日に暴力をエスカレートさせていった。 

シャーペンの芯を無数に手のひらへ移植されたり、爪を剥がされたり、除光液を眼に垂らされたり。でも不思議な事に、痛みや苦痛は全く感じない。

ほとんど死んでいるのだろう。

 

そうしたある日、ミカが言った。


「あんた、最近マジ臭いんだけど」

 

気付いていた、腐りはじめている。

死んでるんだから、当たり前だ。口臭と性器は内部からの腐汁が、絶え間ないので特に酷い。 

ミカが正しい、本当に臭いんだろう。でも、私はどうしょうもなく腹が立った。

腹が立って仕方なかった。 

素早くミカの髪を掴むと、力一杯引きちぎった。


そして失わないよう、取り返されないよう。すべてを口に含んだ。


ミカがあげた突然の叫び声にクラス全員の眼がこちらへ向く。私の叫び声には、誰一人振り向かなかったくせに。どうにも怒りが収まらなかった。

 

そういえば止めなかったお前も同罪だ。

 

ミカを気遣う奈津子の髪も引きちぎった。頭を押さえ、痛がる奈津子。オシャレに色づけされたネイル。夢中で爪に噛みつき、はぎ取った。

鉄の味だか、塗料の味だかわかりゃしない。

 

休み時間だった教室は騒然となり、皆が一様に私を非難した。

 

窓の外に眼をやると、外は雪が、とても静かに降り続いている。落ちては地面に溶け、またさらさらと落ちる。とても綺麗だ。積もるといいな。

性器に生えだしている、綿のようなカビを思い出した。

 

私は奈津子の髪を、握り拳からはみ出させたまま、ゆっくりと教室を出た。

本当なら、凄く寒いんだろう。今の私には、寒さは微塵にも感じられない。

 

むしろ腐敗の速度が遅れてちょうど良いかもしれない。

毛根が死に始めているようで、抜け毛も酷い。痛んでいない髪の質だけが私の密かな自慢だったのに。

 

口の中の髪、ミカの毛髪が舌に絡まり不快極まりない。はやく家に帰ろう。


振り返ると教室の窓から、みんながこっちを見ていた。どうやら隣のクラスにも騒ぎが伝わったらしい。

折田君の姿も確認できた。

 

折田君、見て。

私、皮膚の色素が抜け落ちて、肌が凄く白くなったよ。色白の子が……好きなんだよね? 

私こんなに白くなったよ?


口に含んだミカの髪を見られたら、折田君に気持ち悪がられるんじゃないかって思って、笑顔は作れなかった。

 

私はトモコ。

私は髪が全て無くなる前に、死にたい。



■5 私には時間がなかった。


この身体は経済的だ。

暖房はいらないし、食事だっていらない。

生理はしだいに月経とは呼べなくなった。

一日に一度、三分ほど腐汁まじりの血が垂れる、血量自体は減っているようだ。ナプキンでは臭いが気になるので、タンポンに変えた。

臭いものにはフタ、昔の人はいい事を言う。

 

六道の最下層……。この呪いを自分にかけて良くわかった。

地獄とはこの世界なんだ。鬼が我が物顔で徘徊し、泣いているのは繊細なものや、弱者だけ。

 

父の灰皿を用意して、ミカの髪、奈津子の髪、奈津子の爪。全てを並べる。

ミカはともかく、少なくとも奈津子は私の倍の早さで腐る。

これは見物だ。


手早く儀式を済ます。服を着る前に防腐剤を身体に塗り込める。

私はもうすぐ腐り果てるだろう。ミカと奈津子が苦しむ様を、見守る事もできない。それが何より口惜しい。

 

私は呪詛大典のページをめくった。なんとか腐敗を遅らせるか、停止する方法はないものか。

 

すると反魂法というページが目に付いた。魂を身体へと呼び戻す。――これは。

読み進めると過去の実例が載っており、他者の身体に魂を下ろした事もあるという。

私は大声で叫んだ。これだ! 粘着性の強くなったヨダレが机の上に飛び散った。

なんでも今度は対象者の月経の血が必要らしい。これは、手間だ。

 

私は電話を鞄から取り出した。

新着メールなどは、当然無い。ほとんどの人間が拒否リストに入れられており、誰からも嫌がらせメールは届かない。 

私は奈津子のアドレスの拒否設定をはずし、新規メールを作成する。

 

脳までやられ出しているのか、文面が思いつかない。ヨダレがモバイルに垂れる。ボタンが滑って押しにくい。


『気付いてると、思うけど 私、身体が腐ってる。 ミカと、あんたにも同じ、

 呪い、かけた、腐るの。 しかも、あんたのは特別。 爪、かじってごめんね

 いたかったね。トモコ 』

 

これで、いい。

たくさん、きょうふを感じてね、奈津子。

 

腕を見ると、リストカットの痕が酷い。

傷が開いて、血じゃない体液が滲み出ている。シャツが汚れるのは、嫌なのでティッシュで拭う。特に、深かった奈津子の傷は目も当てられなかった。

 

予定を変更して、明日も学校へ行くことにする。やらなきゃいけない事ができた。制服の裏側に、防腐剤を大量に馴染ませる。

 

私はトモコ。 

私は、明日からトイレに、こもる。



■ 私はトイレに、こもった。


トイレというのは都合が良かった。うわさ話や悪口が自然と耳に入るからだ。

なにより、私の身体……この腐臭のごまかしが効く。

 

個室に籠もって三日目、ミカが体調不良に陥ったようだ。顔にできた腫れ物を、しきりに気にしている。


ミカ、あんまり頭はかいちゃ駄目だよ? 髪が、ずり落ちるように、抜けるから。ほら、こんなふうに。

 

私の話題が出た。臭いだの、きもいだの、うざいだのここ一年、まったく成長のない悪口だ。進歩のない人たち……。

家族や、警察が私の事を捜しているらしい。みんなが好き勝手に推理している。自殺しただの、森に帰っただの。

ここに、いるよ。みんなの、そばにいるよ。

 

奈津子が、口を濁している。知っている事、私がメールに書いた内容を、みんなには言ってないのだろう。 

奈津子のカラ元気に同情してしまう。


そうして五日目。

きっと私はついている。人生の運を使い切ったかも知れない。

マリの生理用品を入手できた。

マリ……。


いじめグループ内でも、とびっきりの美人。

家もお金持ちらしく、着るものには金の糸目をつけない。

スタイルもいい。性格だって、今はミカに毒されてはいるが、ほんとは良い子だ。何より、色が白い。

ミカがいなければ、もっと男が寄ってきていただろうに。

もっとも、マリがミカに目を付けられないように、男を避けていたのかも知れない。その頭の良さ、その計算高さも気に入った。

 

マリの身体を頂こう。

そう決めて五日間、トイレにこもったのだ。たった五日で入手できるなんて、私は本当に運が良い。

 

鞄の中で何かが振動している。携帯だ。

また家族からの着信かとおもったら、奈津子からのメールだった。本文は『まじなの?』だけ。

五日もかけて、五文字、そんな、わけはない。


実感が、きょうふに、かわったんでしょう? こわいんだね、奈津子。だいじょうぶだからね。すぐに、なにも、感じなくなるからね


返信しようと、するんだけど

指が、もう、あれ、なんで

あきらめ、ま

いえに、帰、ます、

 

わたしは とモコ

私、は マリに、なる




■7 私、は、マリに、なる


こんなに、あっさりいって良いものなのだろうか?

鏡に映る自らの姿を、眺める。恍惚とした表情で、鏡の向こうのマリが微笑んでいる。なんて美人なんだろう!

 

私は麻里になった。 

学校のトイレで、マリの使用済みを入手した後、私はすぐさま帰宅した。両親にばれないよう、二人が家を空けるのを待ち、部屋へ戻った。

曖昧な記憶の中で、二つだけ印象に残った事がある。

 

一つは、やはり本は臭かった。私の前にこの本を所有していた持ち主、その人も色々良くない事をやったのだろう。

本に染みこんだ汚れから、臭いが放たれているのだ。本の汚れ、シミが血肉と腐汁であることは、私が身をもって証明した。

 

もう一つは、本を所有し続けたいと思った。

このまま、身体が入れ替われば、この部屋にはもう二度と入れないかもしれない。知性を失いかけた頭で、ちょうどいいブックカバーを捜す。こうすれば、後で理由を付けて受け取りに来られる。

……記憶が引き継がれれば、の話ではあるが。

 

一通りの準備を終えた私は、反魂の儀式を執り行った。


結果、私は麻里になった。

 

広く綺麗な部屋、大きなベッド。それらを目にした瞬間、思わず奇声を上げて喜んだ。

おっと、いけない。私はもうマリなんだ。マリは奇声など発さない。

そして今私は鏡の前にいる。

 

遠くから見る、マリの微笑みはどこか繊細で……。悲しそうで、寂しそうで……。あの微笑みもマスターしなければ。鏡に映る微笑みは、どこか不自然だ。難しいな。


グループのみんなですら、憧れていたマリなんだ。そんな簡単に演じられるわけもないか。  溜息を大きくついて、天井を仰ぐと、疑問がふつふつと浮かび上がる。

本物の、マリの魂はどこへ行ったのだろう?

 

私の、あの腐敗した骸に、入ったのだろうか?

ベッドに寝転び、両足を放り出す。なんて柔らかいんだろう、私のパイプベッドとは大違い。

あ、違う、これはもう『私』のベッド。私はマリなんだから。そう、あんな小さくて小汚い家に住んでるトモコとは違う。

私は誰もに劣等感を抱かせる存在になったのだ。

 

こうしてる間にも、携帯が振動を続け、次々とメールを受信している。さて、なにからしようか? 自然と笑みがこぼれる。

最新の受信メールの送信者名が表示されている。


……ミカからだ。

身体にぞわっと寒気が走った。習性とでも言うのだろうか、彼女からのメールと言うだけで指が震えた。 

私は……マリだ! もうトモコじゃない! 思い切って内容に目を通す。

 

可愛らしい絵文字を多用し、甘えた文章が鼻につく。私はこんな手の込んだメールをもらった事がない。これには無性に腹が立った。

 

内容を要約すると『明日も学校を休む』 ということだった。たったこれだけの内容に添付された、過剰とも言えるデコレーションが寒々しい。

慣れない絵文字を使い、時間はかかったが返信できた。要約すれば 『わかった』だ。なんとも手間がかかる……。

 

ミカ……か。

私自身、トモコとして教室へは、しばらく行ってなかったので、ミカがどれほど休んでいるのかわからない。それほど深刻に腐敗が進行しているのか? 疑問がとめどなく沸き上がる。

しかし、あれほど自己顕示欲の強いミカの事だ。ちょっとした臭いや、顔のシミが気になって外出できないのかも知れない。

 

それに末期になると、指先の皮膚が腐って、ずるずるになる。メールなんて、とてもじゃないが……。

どのくらいぶりだろう、腹の底から笑った。ミカが腐敗する身体に恐れ、苦しんでいる姿を想像すると、笑いが止まらない。あぁ……面と向かって『臭い』と言ってやりたい。


知っている。わかっている。マリは、こんな風に笑わないマリは、こんなに笑わない。くすくすと、整った唇を少し開くだけだ。

だがあえて私は笑い続けた。これが最後だ。もう二度とこんな笑い方はしない。

私は、トモコとして、笑い続けた。

 

小学校の遠足以来ではないか? 学校へ行くのが楽しみだなんて。

奈津子はどうなるのだろう? これからの毎日を想像すると、『トモコ』 の笑いが止まりそうもなかった。

 

私はマリ。

私はマリになった。




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