第27夜 『議論は終わりぬ』
かねてから地球に視察に来ていた宇宙人が、とうとう観察行動から侵略行為へとシフトする。
密約を破られた米国政府は大変な遺憾の意を表明した。
同日中にアメリカの手によって国連へと提出された『地球防衛計画』をもとに、各国は反撃のための戦力を集結する。
しかし、どれほど強力な防備でそなえたところで、突如としてレーダーの監視範囲外からワープしてくる宇宙船に、現文明の兵器では到底太刀打ちできず各国は苦戦を強いられた。
赤光の圧縮レーザーが、雨さながらに地上へと降り注ぎ、その豪雨に晒された都市は、反撃もままならず、ただ黒煙だけを天へ返すにとどまった。
茜色に染まった空に、主要先進国が白旗をなびかせると、途上国のほとんども戦火を待たずして降伏した。
ここ、日本も例外では無い。
「ああ、あっさりと捕まってしまったが、僕たちは殺されるのか?」
両腕を掴まれたかっこうで宇宙人に連行されながら、男は近くにいた若い女性に問いかけた。女性は男同様、着衣を全て剥がされ全裸であったが、今の状況では色気を感じている余裕など無い。
「あまりジロジロ見ないでよ。そんなこと私に判るわけないじゃない」
「いや、きっと殺されてしまうに違いない……。地球は宇宙人に乗っ取られてしまうんだ」
「ふん、どうせ乗っ取られたって今までと一緒よ」
「どう一緒なんだ? 君は良いかもしれないが、僕には家族がいる。妻や子供が心配でならない……ああ、何故こんな事に」
「離ればなれは可哀想だけど、結局は政治家が宇宙人に替わっただけで、私みたいな凡庸な人間には大した変化には思えないわ。どうせ人はいつか死ぬんだし」
数時間の間、部屋の隅と隅に身体を丸め、二人はこうした会話を繰り返した。
やがて、それにも飽きると会話は徐々に減り、えもいわれぬ不安を抱えたまま二人は眠りに落ちた。
浅く不安定な眠りは、突然差し込んだ白光によって中断された。
入り口とおぼしきシャッターが開き、外部から照らされるかたちで室内は明るくなったのだ。
男が半身を起こすと同時に、光の中から四人の宇宙人が現れ、男と女性の腕を掴んだ。
「何をする! やめろ!」
「オとなしく、シろ」
宇宙人たちは強引に男を立たせると、光溢れるシャッターへ向かった。
「どこへ連れて行くつもりだ!」
「ちょっと、やめてよ!」
宇宙人たちは無言のままだ。
抵抗しようと男が身をよじると、背中に焼けるような痛みが走った。スタンガンのようなものを押しつけられているらしい。抵抗をあきらめ部屋を出ると、そこは通路のようだった。丸い壁面全体が白色に輝き、まるで蛍光灯の内部にいるようだ。
立ち止まり興味深く周囲を見回していた男の背中に再び電撃が走る。
「ハやく、アるけ」
抵抗する気概もすっかり萎え、男は引かれるままに歩みを進めた。しばらく光の通路を進んでゆくと、複数の通路が連結される場所へ出た。
どうやらマンションでいうエントランスホールのようなものらしい。
瞬間、ほとばしるように通路全体が発光し、同時に男は膝が笑いそうな脱力感に襲われた。老婆のように腰が曲がり、その背中から魂が滲みだすのではないかという、奇妙な無重力感だ。
次に目を開いた時、男は檻の中にいた。
テニスコート半分ほどの広さだろうか。スペースの三方はコンクリートの壁が立ち上がり、地面も同様に灰色だ。
男のすぐそばに呆然と立ちすくんでいる女性がいた。
「ここは……」
「檻の中ね」
「それはわかるさ。どうしてこんなところに……」
「あなた、勘が鈍いわね。たぶん……ここは『動物園』よ」
「僕たちを……鑑賞する気か?」
「ええ、でも私たちだけじゃないみたいよ。隣の檻から英語の会話が聞こえたわ。そして向こう側には黒人の男女が閉じ込められてる」
女性は檻の隅に固められていたワラへと歩み寄ると、身体を隠すようにしてワラに身を沈めた。
「おおかた、隣は白人で……私たちの檻の前にある白いプレートには『黄色人種、男女』とでも書かれているんでしょうよ」
男は状況が信じられず、檻へと歩み寄った。両手に檻を握ると、骨にしみるように冷たく、頑丈だった。
女性が言うように、向かい側の檻には黒人男性の姿が見えた。
しかし、どうやら捕らわれているのは人間だけではないらしく、獣の咆哮のようなものも聞こえる。ライオンやゾウ、鳥や猿。わかる範囲でもそれらは居るようだ。
「この場所は……知っている……僕は来たことがある。ここは郊外の動物園じゃないか」
「宇宙人がそのまま流用したんでしょ? 地球上の珍しい動物を飼っておくために」
呆然と園内を眺めていると、檻の前を二人の宇宙人が通りかかった。
「オとうさン、コれがニんげんだよね」
「ソうだよ、サっき見た猿とイう奴の進化上位種だ。ヨり攻撃的な種に属すル。知性は高いガ、精神性は幼稚ダ。種の存続より経済活動を選んダ。放っておいたラ、他の種まで巻き込ンで絶滅してしまう種ダ。無理矢理でも保護しテ正解ダよ」
「ウわぁ、ドシガタイ種族なんダね」
そういうと、小さな子供宇宙人は手にした袋から何かを取り出した。
「ねェ、オとうさん。こいつら、言葉はわかるノ?」
「あァ。園内全域に言語翻訳機が設置しテあるからね。さっきの猿の言葉モわかったろ?」
「そッか、ジゃあ……」
宇宙人の子供は。手に取ったモノを力一杯、檻に向かって投げつけてきた。
男は反射的によけたが、ミンチ肉のようなものが横顔に直撃する。生ぬるい脂のぬめりが、男の頬に付着した。
「ホら! 餌喰って、繁殖シろ! 交尾シろよ! 交尾! 好きなダけ食って増エろ!」
楽しそうに肉片を投げつけてくる宇宙人に顔を向け、男は怒鳴った。
「やめろ! 僕らはそんなモノは食べない!」
「アはは、怒っタ、怒っタ。面白イ、オとうさん、この種は面白イ」
「ソうだね。デも隣の白いのはもっと面白イぞ。ホら、交尾を始めタ」
「わァ、見タイ、見タイ」
隣の檻から艶っぽい声が聞こえ出すと、宇宙人親子は白人たちの檻へと移動した。
――狂っている。こんなこと、許される事じゃない。
ワラに身体を隠していた女性が顔を出し、涙に濡れた頬を男に向けた。
「わたし、あんたとヤるなんて、死んでもゴメンだからね!」
「僕だってお断りさ……」
隣の白人は、どうして衆人環境にあって、性行為ができるのだろう。男は陰鬱な気分に奥歯をならした。一抹の不安が肺の底を締め付ける。
――自分たちも、いずれ、そうなるのだろうか。
恥を忘れ、理性を捨て去り、動物として生きるのだろうか。
男は力一杯に檻を揺らし、枯れるほどの大声で叫んだ。
「こんなのは人間じゃない! 鑑賞しても無駄だ! 人間はこんな檻の中で生活する生き物じゃない! もっと文化的な種なんだ! 服もベッドも、ちゃんとした食事も必要だ! 檻の中でもいい、せめて普段の人間らしく生活させてくれ! 人間は、愛する人との間にしか、子供をもうけないんだ! こんなこと、こんなことはやめてくれ!」
人間としての尊厳を取り戻すべく、声を張り上げる男。
その叫びは、二つ隣の檻にいたライオン夫婦の耳にも届いた。
「ねぇ、あなた。人間が面白いこと言っているわよ」
「ああ、聞こえた。いまさら『人間らしく』などと……よく言うものだ」
「ここで『らしく』生活できている生き物なんて、いないのにね。いままでも、これからも……」
「放っておけ。じきに慣れる」
* * *
宇宙歴史学者が書き残した文献によると、絶滅を免れた地球人類種は、その後も500年は一部の宇宙人の庇護下で細々と繁殖したと記されている。
しかし、それも今は昔。
経営難から地球種動物園は閉園となり、今となっては飼育されていた動物たちの行方はようとして知れない。地球が生物の成育に適さない、死の星となった今では、尚更だ。
テラフォーミング――地球環境化された火星に、動物園から逃げ出した地球人の生き残りがいる――そう発言して笑われる学者がいる。
その一方で地球人が生育できる星など、過去の地球だけに限られる、ゆえに地球人類種は絶滅した――と現実主義に論文を締めくくる学者もいる。
地球人は音楽や芸術に優れていた。
おそらくは花や木、鳥や空を愛した心優しい種族だったに違いない、とロマンを語る研究家がいる。
その一方で過去の観察データを持ち出しては、衆人環境で公然と性交し、それを他の動物種にも強要していたような、品性のカケラもない種族だった。と断じる向きもある。
地球人はどこへ行ったのか。地球人とはなんだったのか。
誰も真実を知り得ないままに、こうして終わったはずの議論が続く。
宇宙が果てる、その日まで。
《議論は終わりぬ 了》




