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本日はホームシック、のちに大荒れの模様です。

 機械人……いや、人間も皆あまり気持ちが上昇しない日があるものだ。

 特に雨の日で、更に言えばお客さんも少なければどうにもやる気など起きない。店長は「客が来たら呼べ」と早々に店の奥の自宅へ戻って行ってしまったし、残された蓮さんと私はやることも全て終えて非常に暇な時間を過ごしていた。


 梅雨、というらしいこの時期は好きではない。何となく憂鬱になるし、それに皮膚が中々乾かないのが問題だ。乾燥機に入れられれば楽なのだが、皮専用の乾燥機がある故郷と違って地球の普通の洗濯用のものは使用できない。



 ……向こうが懐かしいな。お父さんとお母さんはどうしてるだろうか。

 まだ数か月しか経っていないというのにそんなことを思った。こんな年になって家が恋しいなんて恥ずかしくてますます気落ちする。テーブルに肘を付けながらため息を吐いていると、賄いを作っていた蓮さんが「どうした?」と声を掛けて来た。



「いえ、ちょっと……感傷的になってただけです。両親はどうしてるかな、とか」

「寂しいのか?」

「少し」



 彼は煮込んでいる鍋の様子を確認した後手を拭いてこちらにやって来て、私の座っている椅子の背凭れに手を置く。



「……寂しいと思うってことは、るかは家族と仲がいいんだな。この間も話してたし」

「蓮さんはそういうこと思わなかったんですか?」

「さあ、な。俺のとこはちょっと……大分、溝があって」



 家出同然で出てきたようなものだから、と苦笑する空気が背中越しに伝わってくる。



「そう、だったんですか……」

「まああんまり気にするなよ! ここ料理の修行出来るのは本当に幸せだし、それに今はそんなこと考えてる暇も無くなった」

「何でですか?」

「……とあるやつの世話を焼くのに忙しくなったからかな」



 蓮さんの気配が背中から離れていくのを感じる。「さて、ミネストローネはどんな感じだ」とわざとらしく口に出しながら鍋の前まで戻る彼を振り返り、憂鬱だった気分が少し晴れるのを感じた。

 寂しい時に誰かが気にしてくれるというのは、とても嬉しいことだ。



「蓮さん、いつもありがとうございます」

「お互い様だ。俺も、るかが来てからもっと頑張らないとなって思うようになったから」

「え?」

「だってお前、本当に美味しそうに食べてくれるから」



 以前も言ったが、本当に美味しいのだから仕方がない。そう言うと、鍋をかき混ぜていた手を止め、彼がこちらを振り返った。



「るかが幸せそうに食べるのを見るのが最近の俺の楽しみなんだ。だから、これからもっと美味いもん作ってやるから覚悟しとけよ」

「望むところ、ですけど」



 そりゃあ私にとってはメリットしかないのだから望むしかない。しかしやはり私だけが貰ってばかりの現状は座りが悪い。



「その代わり、蓮さんが何か困ったら言って下さいね。私に出来ることがあるか分かりませんが全力でお手伝いします!」

「そうか? じゃあとりあえず味見してくれ」

「そういうこと以外です! それはいつもやってることじゃないですか」



 ほら、と小皿をこちらに向ける彼に一言文句を言ってから、私は立ち上がって厨房へと足を踏み入れた。












「……昔、ですけど。私一度家出したことがあるんです」



 味見が終わっても何となく厨房から出ずにいると、先ほどの蓮さんの言葉で不意に以前の記憶が蘇ってきた。



「るかが?」

「はい。確か、十歳くらいだったと思うんですけど」



 意外そうな顔をした彼に私は当時を思い出して苦笑いが出てしまう。今思うとなんてくだらないことで家を飛び出したんだろう、と。



「前に、両親は仲がいいって言いましたよね。お父さんはお母さんが大好きで、お母さんもお父さんのことが大好きで……勿論蔑ろにされたことなんて一度もないのに、私なんていらないんじゃないかって思ったことがあったんです」

「それは……」

「冷静になって見てみれば本当に目一杯の愛情を貰っていたのに、その時は気付きもしなかった。それで家を飛び出して、お父さんの友人さんに匿ってもらおうと思ったんですけど……その途中で、その、誘拐されまして」

「……って、はあ!?」



 しんみりとした雰囲気で静かに相槌を打っていた蓮さんが頷こうとした首を止めて驚いたように声を上げた。確かに私にとっても完全に予想外の展開だったので驚くのは無理もない。



「大丈夫だった……んだよな?」

「はい。誘拐された所を見ていた人が居て、それで数時間もしないうちに助かったんですけど」

「よかった……」



 蓮さんは私の肩に両手を置くと、まるでたった今誘拐犯から解放されたように「無事でよかった」とぽつりと呟いた。何だか恥ずかしい。


 ……彼には言わなかったのだが、より詳しく言うとただの誘拐ではなかった。犯人達は身代金を要求するのではなく、私の体のパーツを回収して売り飛ばそうとしていたのだ。人間で言うのなら、体を掻っ捌いて内臓を売られるようなものだ。

 当然身代金を要求するような誘拐事件とは違い人質の命の保証などなく、むしろ積極的に奪われると言った方がいい。だからこそ想像はしたくないが、警察が見つけてくれるのが後数時間遅ければ私はきっと生きていなかっただろう。



「事件の後に両親が警察に迎えに来てくれたんですけど、お母さんは私が悪いのにずっと泣きながら謝ってたんです。警察にも、私にも」



 私を抱きしめて怖い思いをさせて、一人にしてごめんね、と泣き続けていたお母さん。そして、お父さんは――。



「お父さんは、ものすごく怒ってたんです」

「るかに?」

「いえ、犯人に。警察の人に止められても「自分で手を下さないと気が済まない」って留置場に殴り込もうとしてました」

「……愛されてるな」

「はい……」



 怒ったお父さんを見たのは、後にも先にもあの時だけだった。あんな怖い声で怖いことを言うお父さんを見たのも。

 そんな大変な騒動を起こしてようやく自分がどれだけ二人に愛されていたのかを思い知ったのだから、私という子供は非常に傍迷惑な存在だっただろう。




「蓮さんって彼女いるんですか?」

「はあ!? あ、悪い。彼女? ……いない」



 唐突に話題を変えた私に驚いたのか、彼は酷く狼狽えた後にやけに憔悴した様子でそう返事をした。聞いちゃいけないことだったんだろうか。



「そうなんですか」

「ま、まあ気になる子なら……」

「うちのお父さんも私と同じように一年日本に留学していたんですけど、その時にお母さんに出会って。それから故郷に戻って遠距離恋愛の果てに結婚したんです」

「……すごいな」

「そうですよね。その間は一年に一度しか会わなかったみたいです。……本当はそんな両親に、少しだけ憧れているんです」



 普段はいい加減にしろって思うこともあるけど、それでも宇宙の端と端で生まれた人達が出会って幸せに暮らせるなんて、本当に運命だと思う。



「家出した時だって、きっと私は両親が羨ましかっただけなんです。あんな風に互いに想い合える関係が、羨ましかった。だから勝手に疎外感を抱いて……馬鹿みたいですよね」

「そんなことない」



 鍋の火を止めた蓮さんが皿を取り出して美味しそうな匂いがするミネストローネを盛り付ける。それを私に手渡すと、彼は空いた手でふわりと私の頭に手を置いて優しく微笑んだ。



「るかにだって、いつかそんな相手が見つかるさ」

「そうかなあ……だといいんですけど」

「案外、近くにいるかもしれないぞ。……例えば――目の前に」


「あーもう全く、傘差してんのに何でこんなに濡れるかな! るかちゃーんタオル持ってきてくれー!」



 え、と短い言葉を紡ぐ時間も与えず入り口の扉が豪快に開き、武藤さんが濡れた上着を鬱陶しそうに脱ぎながら入って来た。


 まるで一瞬時が止まったかのように私と蓮さんはその状態で固まり、そしてほぼ同時に我に返って動き出した。私はタオルを取りに、蓮さんはお冷を出しに。




「……びっくりした」



 まさか蓮さんがあんなことを言うなんて思っていなかった。いや、あれはただの軽口で冗談だったのではないのか? でも彼はそんな冗談を言うだろうか。



「店長、武藤さん来ましたよ」

「分かった、すぐ行く」



 内心酷く動揺しながらも店長に声を掛けてタオルを貰う。機械人でよかった。そうでなければきっと今の私はあからさまに顔を真っ赤に染めていただろうし、店長にも不審な目で見られたことだろう。

 冷静に、冷静に。と何度も何度も心の中で繰り返して平常心を取り戻そうとする。それなのに蓮さんの姿を見た瞬間、再び先ほどと同じくらい心臓が早くなってしまった。


 武藤さんは既に席に着き、蓮さんは注文を受けたのか店長が来るまで料理器具や材料を準備しており、タオルを渡してしまえばもう私の仕事はなかった。



「蓮さん、あの……」

「何だ?」


「……賄い、頂きます」



 さっきの言葉の真意を聞きたかったのに、出てきたのはそんな言葉だけだった。

 彼は嬉しそうに頷き、また先ほどのような優しい笑みを浮かべる。


 どくん、とまた心臓の音が聞こえた気がした。



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