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料理の秘訣

「すみません、遅くなりました!」

「近くの店行くのにどれだけ時間掛かってんだ馬鹿野郎!」



 葉月洋食店へ蓮さんと共に駆け込むと、すぐさま店長の怒鳴り声が響いた。蓮さんは店長に謝った後、恐らく料理を待っていたであろう常連の武藤さん――とても陽気なおじさんだ――に頭を下げる。



「申し訳ありませんでした」

「まあまあそんなに気にするなって、他のやつらと喋ってたからそんなに待った気はしないし。……というか、そもそも店長が材料少ないの見逃してたんだろ? お前も偉そうに怒るなよ」

「そーだそーだ、店長も見習い君に謝れよ」



 武藤さんの言葉に他の客も囃し立てるように声を上げると、店長はうっ、と小さく呻いた後、バツガ悪そうに「悪かったよ」と蓮さんに謝った。



「遅かったのは事実ですから、すみませんでした」

「確かにいつもよりやけに時間掛かってたな。……るかと会ったからか?」

「いえ……まあいろいろありまして」



 あの出来事を説明するのも気まずく、私はどうしたものかと言葉を濁していたのだが、直後店に飛び込んで来た「るかちゃん居る!?」という女性の声に全員が振り向き、そして次に続けられた言葉に頭を抱える羽目になった。



「そこで聞いたんだけど、男を取り合って金髪の女の子が殴られたって! この辺で金髪って言ったらもしかしてるかちゃんじゃないかと」



 女性――常連の斉藤さんが告げた言葉に、彼女に向けられていた視線が一気に自分に向かうのが分かった。



「……それ、るかのことなのか?」

「すみませんでした」



 店長の声に言葉に声を返したのは私ではなく、苦々しそうな顔をした蓮さんだった。






 結局事情を話さざるを得なくなり、店長だけでなく店にいる客全員に先ほどの出来事を知られた彼は酷く疲れた顔をしていた。



「なるほどなあ、最近の女子高生は怖い怖い」

「まあ見習い君って顔良いからねー、私が後二十歳若ければ逆ナンしてたかも」

「いやいや俺だって後三十歳若ければ……」


「……るか、叩かれたんだろ? 大丈夫か?」

「はい、平気ですよ」



 店長が表情には出さないものの心配そうに声を掛けてくると、武藤さんがいきなり立ち上がって「そうだ!」と何か思いついたように大声を出す。



「見習い、この際責任をとってるかちゃんを嫁にしたらどうだ?」

「あ。それいいね、賛成」

「はあ!? ちょっちょ、何を言ってるんですか!」



 呆気に取られていた私とは裏腹に蓮さんは酷く動揺を露わにし、厨房へ向かっていた足をどこかにぶつけたのか転びそうになっていた。

 その様子が面白かったのかいつも仏頂面なことが多い店長もにやりと表情を崩す。



「いいじゃねえの。お前の所為でるかが傷物になったんなら責任とらねえとなあ」

「店長まで何を……! というか傷物とか言わないで下さい!」

「るかちゃんはどうなの? 見習い君じゃあ不満? 料理上手よ」

「料理上手なのはいいですよね」

「るかを食べ物で釣らないで下さい!」



 蓮さんの料理は美味しいから毎日食べられたら――今でも結構な頻度でお裾分けや賄いを作ってもらっている身だが――確かに幸せだろうなと思いながら何となく話していると店長と話していた蓮さんが割って入って来る。

 ぜえぜえと息を切らしながら必死の形相に、そこまで私と結婚したくないのかとちょっとばかり心が痛んだ。


 まあ私も、お父さんやお婆ちゃんのように地球で結婚相手を見つけるかなんて分からないのだが。むしろ一年で見つけられる方が珍しいのではないかと思う。地球人と結婚している機械人など本当にごく僅かで、基本的にお互いの惑星間を自由に行き来できる人達との結婚が大多数だ。



「……あ、そうそう。忘れてましたけどお弁当、持ってきましたよ」



 ここに来た目的なのに関わらず頭から抜けていた。私は鞄から大きなタッパー――男性二人分のお弁当が入るのがこれしかなかった――を取り出して店長に差し出した。



「ああ、そういえば言ってたな」

「店長にお弁当!? もしかしてるかちゃん……見習い君じゃなくて店長の方が目当てで」

「違います」



 すっぱり否定して「ちゃんと二人分作って来ましたよ」と弁当を示して厨房へと持っていく。仕事の合間に食べて欲しいとは言ったがいつになるか分からないので冷蔵庫へとしまう。





 店は基本的にランチとディナーの営業でその間は店を閉めている。私が最初に訪れた時もちょうどその時で、客の入りがよかった今日は結局その休憩時間に入るまでお弁当が食べられることはなかった。


 プロに味の感想が聞きたくて残っていた私も少し仕事の手伝いをして、それから静かになった店内で蓮さんと店長は二人とも席に着いて箸を持った。

「いただきます」と声を合わせた二人は各々好きに箸を付け始め、私は思わず咀嚼する表情を固唾を呑んで見守った。



「どうですか?」

「美味しいよ」

「本当ですか!? 店長は?」

「三十点」



 蓮さんの言葉に舞い上がって期待を込めて店長を振り返るが、帰って来たのは冷静な一言だった。個人的に今までで一番成功したのに、と少し気落ちする。

 低い、いやプロの舌ならしょうがないのか?



「ちゃんとレシピ通りに作ったのに」

「るか、レシピ通りに作ったらいいと思ったら大間違いだ」



 辛口の点数を付けたにも関わらず食べる手を止めない店長は、煮物を飲み込んでから少し楽しげに口を開いた。



「料理に最も必要なものは……」



「……愛情とか言いませんよね」

「何で分かった」



 溜めるように言葉を止めた店長にまさかなと思いつつそう言うと、何とも予想通りというか逆に予想外と言うべきか、そんな返答が来た。



「……店長って料理が原因で奥さんと別れたって常連さんが話してたんですけど」

「俺の方が上手いから作るなって言ったら怒って出て行かれた」

「どこが愛なんですか」



 そりゃあ出て行く。私が奥さんだったら一発くらい……そんなことしたら店長の命が危ないけど。

 俺が作るからお前は食べてくれればいいって意味だったんだがな、と店長は言うものの、それは言わないと伝わらないだろうなと思った。蓮さんも箸を止めて呆れた顔をしている。



「うちも父親の方が料理上手ですけど、お母さんの作ったものならどんなものより美味しいです! って豪語してますよ」

「お前のとこの両親って仲いいな」

「恥ずかしながら」



 本当にいくつになってもあの二人は仲がいい。確かに他の種族と比べても機械人の離婚率は低い。その理由として、同じ体に手術しなければならない為結婚に慎重だからとも言われているが、それでもうちの両親……加えて祖父と祖母も仲が良すぎである。


 私も結婚したらああなるのかな、と少し遠い目になりながら二人が食べ終えるのをぼう、と眺めた。









「美味しかったよ、ありがとう」

「三十点ですけどね」

「店長はああ言ったけど全部食べたし。素直じゃないんだよ、あの人は」



 休憩に店の奥へ引っ込んだ店長を見送って、私と蓮さんは綺麗に空になったタッパーを洗っていた。

 水の音だけが鳴る中、私はふと先ほどの会話を思い返していた。



「でもやっぱり店長から愛情なんて言葉が出るのは意外だったなあ」

「……実はな、そんなに意外なことでもないんだ、これが」

「え?」



 きゅ、と蛇口を締めた蓮さんを見上げると、彼は「店長ってさ」と改まったように口を開く。



「注文するお客さんやその人の体調なんかを察して味付けを少しずつ変えてるんだよ」

「え、そうなんですか?」

「まあ常連さんなんかだと自分でもうちょっと味付け薄目で! って注文してる人もいるけど、そういうの全部覚えてその時に応じて微妙に変えてるんだ。むしろ家庭の味に近いかもな」

「凄い」



 この店が決して大きくないからこそ出来る芸当かもしれないが、それでも常連客は多いのだ。それぞれの好みに合わせて作るなんて中々出来ないことではないだろうか。



「俺もこの店に弟子入りしたけど、味を覚えようにもその時で違うだろ? どうしたものかって最初は思ったよ」



 蓮さんの話によると、彼が見習いにと言った時店長は最初にべもなく断ったのだそうだ。何とか許しを貰ってもその状態なので、蓮さんが困っていると店長に「だから止めとけって言っただろうが」とため息を吐かれたらしい。



「結局店長が言ったのは『俺の味は真似しなくてもいい。技術は好きに盗めばいいから、お前が美味いと思うものを作れ』ってさ。……自分が納得する味って、難しいんだよな」



 まだ美味しくなるはず、まだ一味足りない。そう思うと一生見習いから抜け出せない気がする、と彼は自嘲気味に笑った。


 終わりが見えなくても、それでも蓮さんは諦めないんだろうな。だって彼は料理が大好きだから。まだ少しの間しか接していない私でも、彼についてそれだけは分かる。






「るか、ちょっと待て」

「店長?」



 片付けも終えて店を後にしようとした時、扉を開けた所で奥に戻った蓮さんと入れ替わるように店長が私を呼び止めた。

 なんだろうかと思っていると「弁当だが」と何か言い難そうに話し始める。



「……まずくはなかった。ごちそうさん」

「こちらこそ、ありがとうございます。素人の料理を食べて頂いて」

「まずくはないが、改善点はある。……まずは見習いのやつのことでも考えながら作ったら、もっと上手くなるんじゃねえの」

「蓮さん?」

「あいつも、るかが来てから今までより随分上達してんだ。お前のこと考えて作ってるんだろうよ」



 そう、だったんだ。

 それだけだ、と踵を返した店長を見送りながら、私は何だか心がぽかぽかしてくる気がした。蓮さんの料理は温かい。料理の温度だけではなく、いつも心が安らぐのだ。


 それが私の為に腕を振るってくれたおかげだとすれば、すごく嬉しい。

 ……確かに、料理は愛情なんだな。



「次はもっと美味しいって言わせてやる!」



 蓮さんや店長が料理を好きな気持ちが少し分かった気がした。誰かの為に作るってとても大変だけど、その分喜びがあるのだ。





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