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地球の女性は怖い

 信号待ちをしながら、私はちらちらと前方の道に立っている三人――蓮さんと二人の女の子を眺めた。二人の服装は同じで私も度々目にするものだ、恐らく近くの高校の制服だろう。

 女子高生にもモテるとは蓮さんすごいなあとどうでもいいことを考えた。


 私の位置からだと蓮さんは後ろ姿しか見えないので彼がどんな顔をしているのかは不明だが、その分女の子達の表情は鮮明に窺うことができる。

 セミロングの黒髪の大人しそうな顔立ちをした女の子は俯いているものの、その目からは今にも雫が零れ落ちそうになっている。もう一人の子は対極に、茶色のポニーテールを振り乱す勢いで憤っており、蓮さんを強く睨み付けていた。



 ……しかし、蓮さんは今の時間店にいるはずなのだが、一体どうしてここにいるのだろうか。


 その疑問は信号が変わってから発覚した。先ほどまでは横切っている車で見えなかったが、横断歩道を渡ると彼の手に買い物袋があるのが見える。どうやら足りなくなった材料を買い足しに外に出ていたのだろう。店長は結構うっかりしている所があるから。



「……どうしよう」



 横断歩道を渡り終えてしまい、後は店まで殆ど一本道だ。そう、その一本の道に彼らは立ち尽くしているのである。別に道の端から端まで陣取って通行を妨げている訳ではないのだが……蓮さんに気付かれずに通ることは確実に不可能である。


 彼だって女の子二人に取り合われている修羅場を知り合いに見られたくなんてないだろう。遠回りしてでも別の道から行くかと体を反転させようとした所で、しかしその時不意に顔を上げた黒髪の女の子とばっちりと目を合わせてしまい、しかも同時に「あ」と二人して声を上げてしまった。


 当然蓮さんも、そしてもう一人の女の子も気付いてこちらを向いてしまい、私はうろうろと視線を彷徨わせた後、逃げる訳にもいかずに彼らに近付くしかなかった。



「るか」

「あ、どうも……」



 どうにも気まずそうな顔をした蓮さんに言葉を返しながら、私はちらりと女の子達を見る――と、何故かまたしても黒髪の女の子と目があった。



「あなたは確か……彼と一緒に働いてた」

「え、あ、そうですけど」



 どうやら私のことも見たことがあるらしい。お店に来ただろうか考えるが、常連さんならともかく全てのお客さんの顔まで覚えているはずがない。



「麻衣、ちょっとこの女何なのよ! 急に出て来て」



 すると突然怒っていた方の女の子がもう一人の子――麻衣というらしい――を庇うように前に出て私に噛み付くように声を上げた。



「あの……」

「部外者は引っ込んでてよ、今麻衣はこの人と大切な話をしてるんだから!」



 ……ははあ、成程。どうやら私は思い違いをしていたようだ。二人の女の子との修羅場になっていると思ったのだが、こちらのポニーテールの子は付き添いのようなものなのか。


 故郷でも学校でこんな光景見たことある。種族が違っても女の子はどこでも同じようなものだと勝手に納得していると、黙っていた蓮さんが「あのなあ……」とようやく口を開いた。



「何度も言うが俺は買い出しで急いでるんだ。客を待たせてるんで早く戻らないといけない」

「女の子の告白無視するなんてどういう神経してんのよ!」

「……だからそれもはっきり断っただろうが」

「美代、もう本当にいいから……」



 麻衣さんとやらが怒っている少女の服を掴んで弱々しく制止する。……のだが、それは逆に彼女に油を注いだようで更に荒々しく怒りを撒き散らしている。



「もういいってば……仕事の邪魔したら」

「何言ってんの、麻衣の気持ちを踏みにじられたままでいいの!? ……大体、あんた!」

「私?」

「あんた、この男の何なのよ!」



 ……隣人です、と言いたいのだが。

 私はちらりと蓮さんを見上げた。どう見ても困っている。お客さんを待たせることもだが、この状況を打開できないことに苛立っているようだった。


 先ほどからの話を聞く限り、告白は既に断っているのに一向に放してもらえないらしい。蓮さんが店に戻れないのは私も困るし、早くどうにかしたいのだが……。

 だったらいっそのこと。



「……彼女です」

「るか!?」

「そんな……」



 嘘を吐いてでもさっさとこの場を終わらせた方がいい。蓮さんが何を言っても聞かなかったのだから、このまま放っておいても同じことだろう。


 そう思って言ったのだが、あまりにショックだったのかとうとう涙腺が決壊した少女を見てちょっと胸が痛んだ。



「そういう訳だから、蓮さんはもう店に」

「……ふざけないでよ」

「え」

「麻衣の純粋な気持ちを弄んでおいて他の女がいる!? ふざけんじゃないわよ!」



 どうしよう、手が付けられないとはこういうことを言うのか。

 わなわなと拳を震わせながら私の目の前にやって来た少女に危機感を覚え、一歩後退する。しかしそれもすぐに距離を詰められてしまった。



「おい、るかから離れ」

「ちょっとくらい可愛いからって調子に乗ってんじゃないわよ!」



 蓮さんが止めるよりもずっと早く、彼女の手は私の頬を打った。頭を揺らす衝撃とスパーンと綺麗に鳴った音に茫然と立ち尽くしていると、溜飲が下がったのか彼女はふん、と鼻を鳴らし「あんたなんかよりもいい男、沢山いるんだからね!」と泣いている子を引き摺るようにして去って行った。



「……」



 ざわざわと、周囲の野次馬であろう声が耳に入って来る。蓮さんを揶揄する言葉や、修羅場を楽しんでいたらしい人達の声が煩わしくて眉間に皺が寄った。



「るか! 本当にごめん、大丈夫か!?」



 女の子達が去って行くのを一瞬唖然と見送っていた蓮さんは我に返ったように目を見開いて私に頭を下げた。恐る恐ると言ったように打たれた頬に伸ばす彼の手を、私は触れられる前に掴む。

 正直、今はすぐさま注目されているこの場から離れたいのが本音だ。そのまま蓮さんの手を引いて店の方向へ早足で歩き出した。



「大丈夫ですよ。私も適当なこと言いましたし、自業自得です」

「だが、すごい音がしたぞ。痛かっただろうに……」



 私よりもずっと痛々しそうな顔をした彼に逆に申し訳なくなった。何しろ私は機械人なのである。あの程度の衝撃ならば驚きはしたが全く痛くない。むしろ全く赤くもなっていない頬に違和感を持たれないかとはらはらする。



「こう見えても頑丈なんで平気ですよ。私こそ勝手に彼女なんて言ってすみませんでした」

「いや。るかが叩かれたのにこんなこと言うのはあれなんだが、正直助かった。店に戻ろうとしても何度も止められて困ってたから」



 でも、本当にごめん。と改めて頭を下げられ、私はどうしていいのか分からず「本当に大丈夫ですから!」と言い続けるしかなかった。




「と、ところで蓮さんってモテるんですね。常連の奥さんもかっこいいって言ってましたし」

「……だとしても嬉しくないけどな、今日みたいなことが起こったりすると」

「さっきの女の子、私のこと知ってたみたいですけどお客さんだったんですかね」

「らしい。……一目惚れしたとか言われた」

「一目惚れって本当にあるんですね」



 初対面で好きになるって結構難しいと私は思ったりする。それこそものすごく外見が好みだったり、ものすごいピンチに助けてもらったりすれば分からなくもないが、身近でそういう人を見たのは初めてだ。


 蓮さんはまた少し困ったような顔をしながら頬を掻こうとして、しかしその手に持った荷物を見てさっと顔色を変えた。



「そうだな。……っていうか、のんびり歩いてる場合じゃなかった!」

「あ、そういえば」



 お客さんを待たせていたことを思い出し、慌てて走り出す。……私はといえばぐん、と引っ張られた腕に、今までずっと彼の手を引いていたことに今更ながら思い至った。


 手を放すと、それに気付いたのか蓮さんがこちらを振り返る。



「……そういや、るかは今日バイトなかったよな? 一緒に着いて来てよかったのか?」

「店長から聞いてませんか? 私今日、二人にお弁当作って来たんですよ。仕事の合間に食べてもらおうと思って」

「聞いてないな。まあ店長のことだし言わなくてもその時分かるくらいの感覚だろ。……そっか、じゃあ楽しみにしてるな」

「あんまりハードル上げないで下さいよ」



 今日初めての笑みを溢した蓮さんと共に、私は大急ぎで店へと走っていった。




 ……とりあえず、地球の女性は怖いということが本日の教訓である。お父さんの話もありそう実感せざるを得なかった。




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