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料理教室リターンズ

「えーと、まずはバターを入れて……それから小麦粉?」



 バイト先が定休日である本日、私は自宅のキッチンに立って右往左往していた。初めて本格的な料理に取り組もうと朝から張り切っていたのだ。



 一応大学では栄養学も学んでいる訳で学友も皆料理が上手い子達ばかりだ。というよりも元々料理が上手な子が更に栄養学も勉強して料理に生かしているという感じで、そもそも土台がない私は時々話について行けなくなる時がある。


 今までも賄いや学食で済ませた以外にも一応簡単な料理は作ったことがある。カレーなんかはうちでも食卓に上がっていたからレシピを見れば何となく形になったし、卵料理は比較的簡単でバリエーションも豊富なので好きだ。

 だが一年過ごす中でそれだけでは流石に飽きてしまう。それに蓮さんは賄いだけでなく時々家にもおかずを差し入れしてくれることもあるのだ。少しは私だってちゃんとした料理を自分で作って彼に返したいと思う。




 ……ちなみに、である。先日私の食事事情をちょっとは改善しようと、楽にエネルギー摂取ができる方法を考えていた。そして買ってきたのが灯油だったのだが……後々飲んだ瞬間に一瞬で後悔する羽目になった。


 不味い、とにかく不味いのだ。聞いてはいたけど本当に不味い。何度も言いたくなるほど不味い。

 向こうで食事の度に何となく口にしていたものとは名前こそ一緒だったが味は雲泥の差だ。ものすごい勢いで吐き出し、その後もしばらくずっと咽ていた。……このアパートの壁が厚くて良かったと心から思った瞬間である。そうでなければ蓮さんが心配して駆け込んで来ていたかもしれない。まさか灯油を飲んだなどと言える訳もないのに。


 機械人の様々な秘密を保守する為に、私達が地球で滞在する家は予め役人によって決められる。セキュリティーは勿論のこと、重量がある――大体人間の倍くらいあるらしい私達を支える床の強度や話し声が聞こえにくい壁の暑さなどの建物の頑丈さなどもしっかり考慮されているらしい。

 結局灯油は諦め、地球では年齢の関係でお酒も買えない私は、最終的に比較的安価なサラダ油を飲むという所で落ち着いた。




 閑話休題、兎にも角にも料理をしようと私が選んだのはグラタンだった。理由は簡単だ、レシピに乗っていた写真が美味しそうだったからである。実際に食べたことはないのでどんな味なのか楽しみだった。


 エプロンを付けた私はまずホワイトソースとやらを作る為、バターを鍋に投入し、しっかり溶かしてから小麦粉を加えた。玉にならないように気を付けると書いてあったが早速塊が所々に出来てしまう。

 四苦八苦しながらそれらを潰していた時、不意にインターホンの音が聞こえ私は手を止めた。


 誰だろうかと少し警戒しながら玄関へと向かう。以前一度、よく分からない宗教の勧誘が来てとても大変だったのだ。何とか様は私達全ての人間を救って下さるのですとか熱弁されたが、私は人間ではないのでそんなことを言われても困る。

 扉を開けた先に居たのは蓮さんだったので少しほっとした。



「蓮さん、どうしました?」

「お前のとこの郵便物がこっちに入ってたんだ。ほら」



 差し出された封筒を見れば、なるほど私が通う大学の名前が印字されている。



「わざわざすみません、ありがとうございます」

「ああ、それはいいんだが……何か、焦げ臭くないか? エプロンしてるし、何か作ってたんじゃ」

「あ」



 火を止めるのを忘れていたのを今思い出した。


 蓮さんに何か言う間も無く踵を返す。やばい、どう考えてもやばい匂いがする。ばたばたとキッチンへ走ると案の定、充満した焦げた匂いと底が黒くなった鍋があった。火加減も全く気にしておらず強火にしていたため、短時間放置しただけでもこんなになってしまったのか。



「……あーあ」



 やり直しだ、と落ち込みながら火を止めて鍋を見る。これ果たして綺麗になるだろうかと思案していると「るかー、ちょっと上がるぞ」と玄関の方から声が聞こえ、そこで蓮さんを放置していたことに今更気が付いた。

 了解の言葉を返すと彼はそのままこちらへやって来て、やっぱりと言いたげな顔をする。



「あー、悪い。俺のタイミングが悪くて」

「いえ、私が火を止めるのを忘れてたので」

「作ってたのは……グラタンか」



 テーブルの上に置いてあったレシピ本をひょい、と拾い上げ鍋と見比べた蓮さんがそう言うのに頷く。



「いつもおすそ分けしてもらっているので、上手く出来たら蓮さんにも食べてもらおうと思ってたんですけど……駄目でした」



 そもそも見習いとはいえ料理人の彼に料理でお礼をする自体間違いだったかもしれない。自分で作った方が当然美味しいのだから、もっと別の物を考えた方が彼だって喜ぶのではないか。

 先ほどまではやる気だったのに、黒焦げになった鍋を前にしてどんどん気持ちがしぼんでいってしまう。


 少し俯いていた私に、蓮さんはちょっと嬉しそうに「気持ちだけで嬉しいよ」と顔を綻ばせる。



「そんなに落ち込むなよ。料理なんて失敗して上手くなるもんだし」

「蓮さんもですか?」

「勿論。最初は酷いもんだったぞ? 何の知識もなかった癖に色々好き勝手に作ってみたりしてたからな。ちゃんとレシピを見て作ろうとしているるかの方がすぐに上達すると思う」



 ぽん、と元気付けるように頭を撫でられて単純ながら少し気分が浮上する。子供扱いされているような気がするが、まるで兄が出来たような感じで嬉しかった。



「……よかったら、だけど」

「蓮さん?」

「一緒に作らないか? もうちょっと簡単なホワイトソースの作り方教えるぞ」

「いいんですか?」

「ああ。るかが料理を好きになってくれたら俺も嬉しいからな」



 彼の言葉に大きく頷くと、蓮さんはそんな私を見てにか、と笑った。





 最初から一人で料理をするもんじゃないな、と実感した。本を見るのと人に教えてもらうのでは難易度がかなり変わる。最初に見本を見せてくれるのでそれを真似し、少しでも違っていたら丁寧に教えてくれるのでとても助かった。

 蓮さんは流石に手際が良く、料理を作る姿は見ているだけでこちらが楽しくなってくる。


 彼がマカロニを茹でている間に私は玉ねぎを切る。切るだけなら私だって問題なく出来るので調子よく包丁を動かしていたのだが……。


 とんとんとんとん、かんっ。



「……あ」

「どうした?」

「いえ、あの……ちょっと指を」



 思わず漏れた声に蓮さんが振り返らずに尋ねてくる。一応言葉を返しながら、しかしその時の私は非常にパニックに陥っていた。


 指を切った。より正確に言うのなら、指の部分の皮を切ってしまった。

 包丁が指に接触した時の金属音はどうやら聞かれていなかったようで、特に不審に思われることなく「絆創膏張ってきます」と私はキッチンを離れた。






「……危なかった」



 扉が閉められる洗面所まで避難して、私は薬局で買い物をした時に商品に付いて来た絆創膏を指に張り付ける。こんなの使わないと思っていたのに思わぬところで必要になったものだ。一人だったら絶対に使わなかった。

 皮膚の切れた場所からは本来の体の一部が見えてしまっている。もしあの時彼が振り返って指の様子を見られたら人間ではないとばれてしまっていたかもしれない。


 お父さんは色々あってお母さんに機械人だとばれたと言っていたが、それでも本来は隠し通さなければならないことなのだ。地球にいる宇宙人は機械人だけではないだろうし、私の存在が公けになってしまえば他の種族にも影響を及ぼしてしまうかもしれない。


 あまり仲良くなりすぎるのもよくないか。そんなことも考えるが、私の周りの人達は皆いい人ばかりで今の関係を崩したくないというのが本音だ。



 私がばれないように気を付ければいい。そう改めて心に決めてキッチンに戻ると心配そうな蓮さんが真っ先に私の指を見た。



「大丈夫か?」

「はい、ちょっと痛いですけど大丈夫です」



 本当は全く痛くない癖に。人間のように振る舞う為に吐いた嘘は、心にちくりと小さな針を刺した。











 彼が居たおかげで驚くほど順調に調理は進み、まさにあっという間と言った感じでグラタンは出来上がってしまった。味付けなどは手本を見せてもらう形で蓮さんが行ったので、殆ど彼が作ったようなものだ。


 今度はこれを一人でも出来るんだろうか、とぽつりと呟いたのが聞こえたのか蓮さんは「分からなくなったら何度でも教えるから心配しなくていい」と優しい言葉を掛けてくれる。



「いただきます!」



 わくわくしながら熱いグラタンにフォークを入れる。チーズで覆われた表面を掬い上げると中からふわりと熱気と匂いが漂って来て食欲をそそってくる。期待を胸に大口を開けてぱくりと頬張れば、蕩けるような味わいが口の中いっぱいに広がった。


 初めて食べたグラタンは、想像以上に美味しかった。言葉にならずにゆっくりと味わって食べていると、私の様子を見ていたらしい蓮さんが片肘をついて「お前さ」と口を開いた。



「すげえ美味そうに食べるよな」

「そりゃあ美味しい物食べてますから!」



 予想以上に力強い声が出てしまった。しかしそれだけ美味しいのだから仕方がない、私の所為ではないのだ。

 胸を張ってそう言うと、彼は一瞬ぽかんと口を半開きにして固まった後、何故か小さく声を上げて笑い出した。



「何が可笑しいんですか? それより早く食べないと冷めますよ」

「そうだな。……るか、ありがと」



 ややあって笑うのを止めた蓮さんはようやくフォークを取ってグラタンを食べ始める。先ほどから一切手を止めていなかった私の方はもう半分ほど食べてしまい、食べ終えるのがもったいなく感じた。



「蓮さん。今日は失敗しちゃいましたけど、今度上手くできたら食べてくれますか?」

「喜んで」



 今度こそ私もお返しが出来たらいい。そんな思いで言った言葉に彼はとても優しく微笑みを浮かべ、私も釣られて笑みが零れた。

 蓮さん、本当にいい人だなあ。



「けど、こんなに美味しい物が食べられるなんて、蓮さんと結婚する人は幸せですねー。羨ましいです」

「げふっ」





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