後日談:帰郷(前編)
「やっと、帰って来たー!」
日本から飛行機を乗り継ぎ、更に宇宙船に乗ること数日。長い長い移動が終わり私達はようやく故郷の惑星に降り立った。
「るか、えらくはしゃいでるな」
「だって一年振りですし」
狭い場所に居続けた所為か異様な開放感を覚えてテンションの上がっている私に、続いて宇宙船から降りたレンさんが小さく笑った。
私は一年振り、そしてレンさんはというと三年振りの帰郷だ。日本は好きだったしあちらの生活は勿論楽しかったが、しかし故郷に戻るというのはまた別の喜びなのである。
地球人の皮を脱ぎ、日本では当然出来なかった機械人の姿でレンさんと共に空港内を歩く。周囲を行き交う人達は私と同じような機械人も多いが、別の惑星から来たらしい、頭に触覚が生えていたり全身青色の体をしていたりする人達も当たり前のように歩いている。
「三年前よりも他の種族が増えた気がするな」
「移住者も年々増えてますからね」
政府の誘致が上手く行っているのか、ここ数年この惑星の人口は少しずつ右肩上がりだ。色んな種族が移住して来て、そして彼ら独自の食文化もどんどん流入して来ている。
「これから色んな惑星の料理を覚えないといけないな」
「それ、すっごく楽しみです! レンさんの料理は全部美味しいし!」
「……お前の期待に添えるように頑張るよ」
地球食とは違う料理でもレンさんが作るのならきっと美味しいだろうと私がわくわくしていると、彼は「プレッシャー掛かるなあ」と言いながらも少し嬉しそうに笑って私の頭に手を置いた。
頭を撫でるレンさんは彼本来の真っ白な機械人の姿だ。混じりっ気のない白に行き交う他の機械人もちらほら彼に視線を向けていて、やっぱり綺麗だなあと何度も見惚れてしまう。
「ところで、お前ここからはどうするんだ?」
「あ、そうだ。両親が空港まで迎えに来てくれてるはずなんです」
「両親……あの人達だよな」
人の皮を被った状態だったが一度地球で顔を会わせたことのある二人を思い出したのか、レンさんがちょっと複雑そうな表情を浮かべた。
「あの時は全然分かってなかったし、俺もご両親に挨拶しに行っていいか?」
「勿論です! えっと、待ち合わせはこの辺なんですけど――」
「るか!」
ちょうど辺りを見回して探そうとしたその時、聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。そしてすぐに、視界に一年振りに――クリスマスの時は皮を被っていたので――見る両親の姿を見つけ、キャリーケースを急いで引き摺って二人の元に駆け寄った。
「お母さん、お父さん」
「るか、おかえりなさい」
「ただいま!」
「長旅だったでしょう、体調を崩したりしていませんか?」
「大丈夫だよ」
お父さんとお母さんは私を見ると嬉しそうに、そして少しほっとしたように表情を緩めた。お父さんの顔がゆるゆるなのはいつものことだけど。それでも嬉しくていつも反発してしまうことが多いけど今日は素直に返事をすることが出来た。
振り返って立ち止まっているレンさんを手招くと、彼は一瞬躊躇った後「家族水入らずのところすみません」と会釈をしながらこちらへやって来る。
「ん? るかと一緒にいたようですが、君は?」
「あのね、実は――」
お父さんが首を傾げて尋ねて来る。私は驚くだろうな、と少し期待しながらレンさんを紹介しようと口を開いた。
「あれ、レン君じゃない」
「え?」
しかし、それはお母さんの一言によってすぐに途切れてしまった。え、なんでお母さん分かったの。
レンさんとお母さんが顔を合わせたのはクリスマスの時のお互い人間の皮を被った状態だけのはずだ。彼が機械人だと知った後もまだ両親にそのことを伝えてはおらず、お父さんもどういうことだと言わんばかりの顔をしている。
思わずレンさんを見上げると、彼はじっとお母さんを見た後「あ」と小さく声を上げた。
「先生、お久しぶりです」
「久しぶり。ちょうど向こうから帰ってきたところ?」
「はい。……というか、え、先生がるかのお母さんだったんですか!?」
「そっちこそるかと知り合いだったなんて、すごい偶然」
「……るか、どういうことですか」
「全然分かんない」
お母さんとレンさんが親しげに話している中、私とお父さんは何故かこそこそと息を潜ませながら二人を窺っていた。
「れ、レンさん。お母さんのこと知ってたの?」
「ああ。俺が地球に行く前に向こうのことを勉強してた時の先生なんだ」
「……あー、成程」
お母さんの仕事を思い出してようやく得心がいった。確かに、ここから遠く離れた地球のことを教えられる人など数が知れている。地球に来る機械人ならお母さんと接点があっても不思議じゃないのだ。
「それでるか、彼とは宇宙船で会ったんですか?」
「え?」
お母さんと親しげにしているのが元教え子だったと分かると途端にほっとしたように息を吐いたお父さんに相変わらずだと苦笑していると、不意にそんなことを尋ねられた。
なんでそんなことを聞くのかと言い掛けてすぐに理解する。そういえばそうだ、いくら名前が同じでも、まさかこの機械人のレンさんが地球で見た蓮さんとイコールになるとは普通思わないか。
私は今度こそ、と二人の反応に期待して隣に立つレンさんの腕を抱きつくように掴んだ。
「レンさんは日本で会ったんだよ。お隣さんで、料理がすっごく上手なの!」
「改めまして……クリスマス以来ですが、この姿では初めまして。向こうでは蒼井蓮と名乗っていました、機械人のレンです。……お嬢さんと、お付き合いさせて頂いております」
「……え?」
少し気恥ずかしげに言いながら頭を下げたレンさんに、お母さんとお父さんはぽかんと口を開けたままその後数秒間制止し、そして次の瞬間騒がしい空港内にもよく響く大声で「えええええええ!?」と叫んだ。
「いやー、まさか君が同族だったとは」
お父さんはそう言って感慨深く頷き……ながら、幸せそうに頬をいっぱいに膨らませていた。
あれから驚く二人が落ち着くのを待って空港から家まで帰ってきた。レンさんはとりあえずホテルを取るつもりだったらしいが、それを聞いたお母さんがそれならばうちに、と誘い一緒に帰って来ている。
そしてそのお礼だと言ってその日の夕飯はレンさんが振る舞うことになり、私は言うまでもないが、お父さんとお母さん、それに私が帰って来たと聞いてやって来たおばあちゃんとおじいちゃん……つまり鈴木家全員に大いに喜ばれた。
「美味しい……! 地球の料理なんて本当に久しぶり」
「これ、向こうから持ってきた食材もありますけど、結構こっちの食材や調味料で代用してるんです」
「そうなの!? レン君、よかったら後で作り方教えてくれない?」
「勿論です」
和食に洋食、中華と様々な料理がテーブルに所狭しと並び、そのどれもが思わず顔が綻んでしまう美味しさだ。機械人が六人も居ればその食欲も凄まじく、大量にあった料理はどんどん止まることなく量を減らしていく。
「るか」
「なに、お母さん?」
「よかったね。レンさんのこと」
「……うん」
そんな中隣に座ったお母さんからそっと掛けられた言葉に、私は改めてじんわりと胸が温かくなるような感覚がした。
テーブルを挟んで座るレンさんはお父さんに料理を絶賛されて少し照れており、そしておばあちゃんに料理に使った食材の説明をしている。おじいちゃんは楽しそうなおばあちゃんを微笑ましそうに見ていて、そして私の隣のお母さんはそんな皆を見て嬉しそうにしている。
美味しいご飯と大好きな家族、そして好きな人。こんな光景が見られるなんて、数ヶ月前には想像もできなかった。
「幸せ、だなあ……」
私はそう呟きながら、幸せな気持ちと春巻きを同時に噛みしめた。
後編へ続きます。