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機械人

「……」



 口は自由に開くのに、お互い何も言えなかった。只々、顔を合わせた状態で硬直してどちらかが動き出すのを待っているようだ。


 どうしよう、どうしようどうしよう。

 機械人だと、言おうと思っていた。だがこんな風にばれるなんて思いもしなくて、これからどうすればいいのか分からない。頭が真っ白になって何も考えられない。

 これならばもっと早く自分で打ち明ければよかったなんて後悔しても、遅いのだ。



「るか……お前」



 蓮さんの反応が怖くて俯くと不意に名前を呼ばれる。それでも顔を上げることが出来ずにただ手を握り締めていたのだが、直後に続いた彼の言葉に私は恐れも忘れて思わず顔を上げることになった。











「機械人、なのか?」

「――え?」



 彼は今、何と言った?



 機械人と、確かに言ったのか?

 そんなはずはないと思ってしまう。だって機械人なんて存在を知っている人間なんて殆ど存在しないのに。



「……何で、それを」



 大混乱のまま小さく口にした言葉に、彼は反応することなく無言で立ち上がる。そしてそのまま、蓮さんは私の横を通り過ぎると部屋を出て行ってしまった。扉が閉まる音を聞いて我に返ると同時に首を傾げる。



 訳が分からない。

 だが一人になったことで多少の冷静さは取り戻した私は今一度、蓮さんの言葉をはっきりと脳内で再生させる。……やはり彼は、きっぱりと機械人という言葉を使っていた。


 もしかして、彼にも機械人の知り合いがいるのか? だって皮を見ただけで機械人だと確証を持つなんて、私達種族の特徴を知って居なければありえないのだから。



 少し思考を巡らせている間も彼は戻って来ない。果たして蓮さんはこの部屋に戻って来るんだろうか。むしろ彼の部屋に追いかけた方がいいのか、けれどそれで二度と顔を見たくないと言われたら。


 ……嫌な想像も過ぎり、はらはらと動けずにその場に立ち尽くしていると、再び玄関の扉が開く音がした。その間三分程だろうか、私は一瞬だけ迷った後恐る恐る廊下へ出て、部屋の中に入って来た彼を見る。




「れ……」



 蓮さん、と言おうとした言葉は殆ど音になることなく消え失せた。



「こういう、ことだ」



 出て行く直前に言った言葉への返事だったのだろう。はっきりとそう口にした彼は……彼、ではなかった。声も態度も雰囲気も何もかも出て行く直前の蓮さんそのものなのに、その姿だけが全く異なっていたのだ。


 白。一言でそう表せる見た目だった。服から覗く手も、首も、そして顔も。全て真っ白な姿だった。



「き……かい、人」

「……だな」



 苦笑する姿はいつもとは全然違うのに、脳裏に普段の姿がダブって見える。

 彼の姿は、まさしく機械人そのものだった。人間とは全く違う硬質な体のどこを見ても昔から見慣れた同族の姿であり、私は思わずあんぐりと大口を開けながら茫然と彼を眺めてしまった。


 ありふれた黒である私とは違い、故郷でも珍しい混じり気のない白い体は、いつもの白い調理服を着る蓮さんを彷彿させ彼らしい色だと思った。すごく、綺麗だと思ってしまった。






 疑問も混乱も混ぜこぜに動揺しきっていたが、それでもしばらく時間が経てば頭の中も落ち着いてくる。とりあえず玄関で立ち往生し続ける訳にも行かず、私達は先ほどまで夕食を食べていたリビングへと戻ることにした。

 しかしその前に、私も彼に一言断って洗面所へと先に向かった。何だか私だけ今の姿でいるのが可笑しな感じがしたのだ。



 一度深呼吸をして彼の前に本来の姿で現れた私は、テーブルを挟んで蓮さんが座る目の前に腰を下ろした。緊張していたからだろうか、気が付いたら勝手に正座していた。



「……えっと」



 何て言葉を切り出していいものか。蓮さんもきっとそう思っているのだろう、こちらに驚きの視線を向けながらも口を開いては閉じ、開いては閉じ。まるで言葉にならない。


 地球、日本。そんなアパートの一室で機械人同士がテーブル越しに黙り込んでいるなんて、本当に可笑しな光景だ。




「……はは」

「蓮、さん?」

「悪い……なんか気が抜けて」



 肩を落として力なく笑った彼を見て、私も釣られて緊張の糸が切れた。張りつめていた空気が壊れ、お互い小さく笑い合う。




「……蓮さんは、機械人なんですよね?」



 確認の為にもう一度問いかけると彼は少し頬を掻きながらも、しかししっかりと頷いた。



「ああ。るかも、そうなんだよな?」

「はい、おばあちゃんとお母さんは元日本人ですけど。だから鈴木って名字も借り物の偽名なんです」

「俺も。うちは他種族の混じらない生粋の機械人だから、名字は政府に用意してもらったし名前の漢字も当て字だ」



 そっか、蓮さんが機械人だということは日本人のような名前は偽名だったのか。……レン、さんか。テオおじさんと違って本名でも日本名で通用したのでそうしたのだろう。私も、両親はどちらでも使える名前にしたかったようだし。



「レンさんは、何でここに?」

「向こうじゃろくな料理なんて学べないしな。るかは母親の故郷に来たかったのか?」

「お父さんとお母さんが出会った場所でもあったので、ずっと来たかったんです。……レンさん、クリスマスに来た二人、両親ですよ」

「え……。ああそうか、そう言われれば納得も行くような。……じゃあつまり、俺はるかの父親に対抗心燃やしてたのかよ……」

「だからはっきり否定したじゃないですか」



 そういえば、レンさんは三年も日本に滞在している。今まで留学ということしか頭になかったので一瞬疑問に思ったが、確か仕事ならばもう少し長く滞在できると聞いたことがある。特に食品関係は今政府が力を入れている事業の一つなので申請も通りやすいのだろう。



「……というか、地球に来てまで機械人に会うとは思いませんでした。知り合いなんて居ませんでしたし、それも隣同士なんて」

「まあアパートは政府が物件を選んでるから全くの偶然とは言わないが……予め知らせてくれてもいいのにな」

「多分知られたくない人もいるんでしょうね」



 見知らぬ機械人に勝手に同族だと知られていたら、それはそれで怖い。特に必死になって正体を隠している日本でそんなことを言われたら。



「今となってはいいけど、もしるかが同族だって最後まで分からなかったらこのまま別れてたかもしれないんだよな……」

「すみません、ずっと言おう言おうと思っていたんですけど……」

「俺も同罪だ。さっき大事な話があるって言ったよな? その時に本当は言うつもりだったんだ」



 レンさんはそう言うと、私を見ていた視線をずらしてテーブルを見つめた。まるで私に顔を見られたくないように下を向いたが、しかしすっかり片付いたテーブルには薄っすら彼の自嘲する表情が映っている。




「……ずっと、言いたかった。俺と一緒に来てほしいと、機械人になってほしいと。だけど、るかを向こうに連れて行ったら、きっと幸せそうな顔も見れなくなるって思った。あっちの料理を考えれば分かるだろ?」

「でも、そのくらい……」

「俺にとっては、お前が美味しそうに食べる姿は連れて行きたいって気持ちと天秤に掛かるくらい大事なことだったんだよ」



 確かに地球食は美味しいし故郷の料理はちょっと味気ないけど、それでも幼い頃と比べれば随分変わって来ているし、勿論日本に来るまで毎日食べていたのだから嫌いじゃない。それにレンさんのような料理人が増えれば、これからもっと美味しいものが向こうでも食べられるだろう。



「それに、るかは両親と仲がいいのも知ってたから同族になってくれなんて余計に言えなくて、な」

「私も、レンさんに嫌われるのが怖かったし……それに」

「それに?」



 無意識に出た言葉に反応を返されて、私は出掛かった声を思い止まる。続けて言おうとしたのが何しろ盗み聞きした時の出来事だったから。

 彼が一目惚れしたという容姿が偽物だと言いたくなかったということなのだから。



「何でもないです」

「……この際だ、隠し事は無しにしないか? もう話さなかったことですれ違うのは嫌なんだ」



 真剣な表情でそう言った彼に若干の罪悪感が湧いてくる。機械人であるだとか、それほど重大な話でもないのに。

 盗み聞きしたというのも気まずくて口を噤んでいたのだが、結局レンさんの酷く真面目な視線に白旗を上げることになったのは私だった。




「その……この前、レンさんが店長と話しているのを聞いちゃって」

「店長と? 何の話だ?」

「……私に、一目惚れしたって」



 うわああ、自分で言葉にするのが恥ずかしくて堪らない。羞恥で顔が熱くなるを感じて思わず顔を両手で覆った。

 レンさんの反応が気になって微かに開けた指の隙間からこっそりと彼の方を窺うと、両手と片手の違いはあったものの同じような恰好で顔を押さえていた。



「あれ、聞いてたのかよ……」

「本当にすみません」

「まあいいけど、それが何だって?」

「レンさんが好きになったのが偽物だって、知られたくなかったんです」



 私はそう自分で口にしながら、しかしふと「あれ?」と自分の発言に疑問を抱いた。

 私は蓮さんの見た目を好きになった訳じゃないが、それは単純に地球人のかっこいいという基準がいまいち分からないからだ。テレビのアイドルにはしゃぐ学友を見ても、その隣にいる芸人とどっちがかっこいいなんて判断できなかった。


 同じように、地球や他の惑星を訪れたことのある同族も似たようなことを言っていたのを聞いたことがある。価値観がまるで違うので、本当に理解できないのだ。

 けれどレンさんは人間の姿の私に一目惚れした。



「……るか、お前最後まで聞いてたのか?」

「一目惚れだって聞いた瞬間にショックで聞くのを止めました」



 何せ向こうでは一目惚れはおろか告白すらされたことがなかったのだ。そう言うと、彼は何故か大きくため息を吐いて「盗み聞きするくらいなら最後まで聞いてほしかった」と脱力したように肩を落とした。

 最後までって、あの後店長と一体何を話していたんだろう。




「……料理人になりたくて日本に来た。葉月洋食店で働き始めて、最初はよかった。だんだん上達するのが目に見えてやる気も出た」

「レンさん?」



 脱力していたかと思うと、彼は不意に居ずまいを正して真っ直ぐ私を射抜く。急に何の話だろうかと首を傾げたが私も釣られて前屈みになっていた姿勢を戻した。



「だけどさ、結局俺は見習いでお客さんに料理も出せなければ修行以外は雑用ばかりだ。俺が作った料理を食べるのは自分か店長だけで、店長には改善点を指摘されるだけ。そうやってるうちに段々何が美味しいのか、自分が何でここに来たのか分からなくなって来たんだ」



 あの頃は酷かったとレンさんは軽い口調で言うが、きっとそんな言葉では表せないほど辛い時期があったのだろう。



「俺は生粋の機械人で最初は味なんてよく分からなかった。だから今まで色んな所の料理を食べて色んな味を覚えて来たけど、結局どれが美味しいかなんて答えが出ないんだ。大体、向こうでは種族も味覚も人それぞれ全く違う。だからこそ店長に学べてよかったとは思うけど……自分の料理の味に自信が持てなくなったんだ」



 地球とは違う、様々な人種や生物が入り混じる惑星だからこそ、美味しい料理に正解なんてない。店長はその人の好みに合わせて作るけど、向こうで同じことをやろうとするのは相当困難なことに違いない。



「自分が目指していたのは何だったのか、分からなくなってどうしようもなくなった時……そんな時だったんだ、お前がここに来たのは」

「え?」



 いきなり自分の話になって驚いていると、レンさんはそんな私の様子に笑いながら酷く嬉しそうに目を細めた。



「あの日、るかが何てことない賄いを泣きそうになりながら、本当に幸せそうに食べてくれた。その顔を見て思ったんだよ。もっとこの子の笑顔を見たい、もっともっと喜ぶ料理を作りたいって。……だから好きになったんだって、そう店長に言ったんだよ。恥ずかしかったけど」



 一目惚れだろ? と首を傾けて問われ、確かにそう言われれば容姿だけが一目惚れする要因とは限らないかと納得した。

 納得はしたものの、今の私は頭の片隅で冷静にそう考えながらも顔は真っ赤だったし、冷静な部分以外はレンさんの言葉にどう返していいのか内心大混乱だった。


 素直に思うのは、嬉しいというその気持ちだけだった。



「るかが俺の初めての、唯一の客だった。お前がいたから俺は料理を諦めずにいられたんだ」



 彼はそこまで言うと立ち上がり、そしてテーブルを周り込んで私の隣に腰を下ろした。



「改めて言う。るか、好きだ。機械人でも人間でも、どんなお前でも好きなんだ。だから俺と一緒に帰って、これからも隣で笑っていて欲しい」



 言葉と共に差し出された手を、私は震えてしまった手でゆっくりと両手で握る。



「……はい!」



 手だけではない、声も震えて泣きそうだった。レンさんの気持ちが嬉しかったからでもあるし、今までずっと思い悩んでいたことに対する安堵でもあった。


 少しだけ零れた涙を袖で拭って彼を見上げると、とても優しくこちらを見つめていた目と視線が合う。



「何か、おかしいですよね。今まであんなに悩んでたのに」

「おかしくなんてない。それだけ悩む程、好きだったんだから」

「はい」



 こんなに都合のいいことがあってもいいのか、人生の幸運を全部使い果たした気分だった。だけどこれからもレンさんと一緒に居られるのだ。例え使い果たしたってそれだけの価値があるし、彼と居られるのならきっとこれからも――幸せ、なのだろう。








 随分と遅くなったデザートを口に運ぶ。やはりどれも美味しくて、蕩けそうな気分に浸っていると、レンさんがフォーク片手に「やっぱり」と呟いた。



「やっぱりどんな姿でも、るかはるかだな。本当に幸せそうに食べてくれる」



 そう言った彼の方こそ、私よりも余程幸せそうな顔をしていた。





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