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予期せぬ発覚

※一時完結表示になっておりましたが手違いです。混乱された方、本当にすみませんでした。

「それじゃあ、乾杯!」



 常連さんの言葉で私達は一斉にコップを合わせた。

 私と蓮さんはもう一か月ほどでここを去ることになる。それを分かっていた常連さん達の提案で、私達の送別会を行ってもらえることになったのだ。


 貸切にした店内のテーブルの上に所狭しと並べられた料理は、実は送られる側である蓮さんが全て作った物である。それもひとえに彼の料理をお客さんに出せると店長が認めたからに他ならない。だからこの送別会は今まで修行してきた蓮さんの料理のお披露目も兼ねているのだ。



「見習い、美味いぞこれ!」

「今まで出さなかったの勿体なかったんじゃねーの、店長。売上げ上がったかもよ」



 送別会だというのに湿っぽい空気は一切なく、皆とても楽しそうだ。

 店長と私以外は勿論彼の料理を食べるのは初めてで、常連さん達は一口食べては絶賛してどんどん口に運んでいる。蓮さんの料理が美味しいというのはずっと分かっていたことであるし、褒められて私も嬉しくなる。


 ……なるのだが、今の私はそのことを心から喜べてはいなかった。




「どうしたの、浮かない顔して」

「茜さん」



 美味しい物を前にして落ち込んでるなんてるかちゃんらしくないわね、なんて言いながら私の隣に腰掛けた茜さんは気遣わしげにこちらを見る。



「やっぱり別れるのが寂しい?」

「いえ、それもあるんですけど……」



 茜さんは私の事情を知っている。だからこそ、他の人にも言えないことを話すことが出来る。


 わいわいと蓮さんを囲む彼らが聞いていないのを確認して、私は先ほどの出来事をぽつりぽつりと話し始めた。










 つい先ほどまで送別会を行う為に私はテーブルの準備をしていた。まだ客もおらずいつもよりも静かな店内でふと新しい布巾を厨房へ取りに行こうとした時、店の奥にいた蓮さんと店長の会話を聞いてしまったのだ。



「……見習い、お前るかのどこが好きなんだ?」



 一瞬で厨房に入ろうとした足は止まった。



「ど、どうしたんですかいきなり!」

「いやなに、お前らが居なくなって店も忙しくなるし……より戻せねえかな、と」

「忙しいから戻って来いなんて言ったら絶対に怒ると思いますけど。正直に寂しいって言えばいいんじゃないですか」

「言うようになったな」

「三年もここに居たので」



 店長と蓮さんの軽口を聞きながら、私は最初に聞いた言葉が気になって仕方がなかった。好きだと言われたけれど、どうして私を好いてくれたのかなんて知らないのだから。蓮さんは私に沢山のものをくれたけど、私は殆ど何も返せていない。



「それに、前から疑問だったんだよ。お前、随分早くからあいつのこと好きになってたみたいだったからな」

「……よく分かりましたね」

「んなもん味に出るんだよ。急に張り切り出しやがって」

「はあ……るかには言わないでくださいよ」



 蓮さんがため息を吐きながらそう言ったのが聞こえ、思わず息を潜める。聞かれたくないと言っているのに聞き耳を立てることに若干の罪悪感が湧いたが、それ以上に続く言葉が気になった。


 少し照れ臭そうな彼の声が衝撃と共に私の耳に飛び込んで来たのは、暫しの沈黙の後だった。




「……一目惚れです」

「え?」



 一目、惚れ?


 つい口から零れ落ちた声は幸運にも彼らには届かなかったようだが、私はそもそもそんなことを冷静に判断できる程の余裕などなかった。鈍器で殴られた所ではない、まるで大砲が直撃したようなそんな衝撃が頭を揺らしている。


 それ以上聞きたくなくてテーブル席へと音を立てないように急いで戻る。心臓が嫌な音を立ててばくばくと鳴っているのが妙に耳に入って来た。


 蓮さんの今し方放った言葉が脳内に反響する。一目惚れ、つまり私の見た目を好きになったということだ。……この、作り物である容姿を。












「……なるほどね」



 蓮さんが一目惚れしていたという事実を話し終えると、茜さんは納得したように相槌を打ってちらりと彼の方を窺った。



「まあ私も旦那と付き合い始めた理由なんて適当だったし、今はそれだけじゃないんならきっかけなんて気にしなくていいじゃない」

「でも私の場合、偽物ですよ?」



 もしこの姿が作り物だと知られたら嫌われるかもしれない、愛想つかされるかもしれない。機械人であると口にするのが今まで以上に恐ろしくなった。



「あの子がるかちゃんの容姿が違うだけで態度を変えるとは思えないけど……そうよね、私も深雪のあの姿見た時は流石に驚いたし、そう思っちゃうか。まだ、見習い君に言ってないんだよね?」

「……はい」



お母さん達のように上手く行く確率なんて本当に僅かだろう。だってそもそもお母さんは好きになった人が機械人だった訳じゃなくて、機械人を好きになったのだから。


 それに、もし奇跡的に受け入れられたとても、だ。機械人の私でもいいと、そう言ってくれたとしても彼と一緒にいることなんて出来ない。蓮さんは故郷で店を出すのが夢だと言っていた。だけど私は彼の故郷に住むことなんて不可能で、逆に蓮さんが機械人になってしまったら地球で暮らすことが出来ないのだから彼の夢は実現できなくなる。


 それに気付いたからこそ、どんどん言い出せずにここまで来てしまった。




「ほら見習い、もっと飲め!」

「いえ、酒はちょっと」

「女々しいこと言ってないでぐいっといけって!」



 そんな風に落ち込んでいるのも長くは続かなかった。蓮さんが飲みすぎるとどうなるのかよく理解させられた私は席から立ち上がって慌てて彼らを止める羽目になったのだから。


 ……結局のところ私は無力だった、とだけ言っておく。

















「すごい! こんなに!」

「前菜からデザートまで全て取り揃えたぞ。俺の全力だ」



 もやもやした気持ちは消えないままに訪れた三月十四日の夜。しかしこの時ばかりは私の心も目の前の素晴らしい料理達に完全に奪われていた。


 ホワイトデーを楽しみにしておけなんて言われたが、正直三倍なんてレベルではない。ここって本当に私の家だっけ、ホテルのビュッフェ会場とかではないのか。

 所狭しと並べられた料理の数々に本気で歓声を上げていると、テーブル越しに蓮さんが笑っているのが見えた。私が好きなものばかりで、直前まで人間の皮を洗いながら「この作業も後少しなんだな」なんて感慨に耽っていたのもぶっ飛んでいる。



「いただきます!」

「どうぞ、召し上がれ」



 喜びのあまりついつい表情を崩しながら手を合わせると、彼は嬉しそうに私を見て幸せそうに笑った。



 それからは食べては美味しい美味しいと称賛と咀嚼を繰り返す。まるで時間を忘れるように……忘れてしまいたくて、食べて笑って。こんな瞬間がもう訪れないだろうなんて嫌な気持ちは心の奥にしまい込んで。


 だけどそんな時間はどれだけ私が抗ってもすぐに終わりを迎えてしまう。





「るか」

「何ですか?」

「……大事な話がある」



 メインディッシュを存分に堪能した私に、蓮さんは綻ばせていた表情を硬くして唐突にそう告げた。元々いつ言おうと見計らっていたのだろう、先ほどからずっと私の様子を窺っていたのだから。何か言い出しそうになる度に料理を褒めて、ずっと邪魔をしていたのだから。


 話の内容なんて聞かなくても想像が付く、きっと別れの話だろう。だからこそ聞きたくなくて、私は蓮さんが更に口を開こうとしたのを即座に遮った。



「さっきデザートもあるって言ってましたよね? 後にしませんか」



 もう少しだけ、もう少しだけと言い続けて来た。その時が来るのを恐れて結論を先延ばしにして。デザートを食べた所で時間稼ぎなんて殆ど出来ないと分かっていてもそう言わずにはいられなかった。




「……分かった、じゃあ準備してくるからちょっと待ってろ」

「あ、片付けくらいします!」



 空になった皿を回収しようとした彼の手を止めて自分で片付けを始める。テーブルに乗り切らないほど大量の皿を重ねて持てば、機械人とは言え結構重いものになった。



「大丈夫か? 別に一度に運ばなくても」

「このくらい平気で――」



 突然揺れ始めた床に、何ともないと笑おうとした顔が引き攣った。


 地震だとすぐに分かったものの、ちょうど立ち上がった瞬間に起こった為に崩れたバランスを上手く修正することも出来ず、私の体は皿の重量で前方に傾く。



「るか!」



 蓮さんが反応したのは早かった。すぐさま私に掛け寄ると皿ごと私を抱きしめるようにして受け止め、衝撃を和らげる。


 地震が収まるまで、私は身動きもとれずに彼の腕の中にいた。




「……大丈夫か」

「はい、ありがとうございます」



 床から振動が伝わらなくなると、蓮さんは名残惜しげに私から手を放して心配そうにこちらを見下ろした。


 お礼を言えば、彼は表情を和らげて私の頭をそっと撫でる。それに少しだけ嬉しくなりながらも、虚しい気持ちが過ぎる。蓮さんがそうやって優しく撫でる髪だって偽物なんだよ、と。



「あ、服に」



 蓮さんが私から離れてようやく彼の服が汚れてしまっていることに気が付いた。皿も一緒に受け止めた時に残っていたソースがべったりと付いてしまっていたのだ。



「ごめんなさい!」

「あー、すぐに洗わないと落ちないなこれは。ちょっと洗面所借りていいか?」

「勿論です。本当にすみません……」

「そんなに気にすんな」



 ソースの付いた服を見下ろして眉を顰めた蓮さんは、そう言って洗面所へと向かう。私はその間に皿をシンクに置いてとりあえず水に付けておこうと蛇口に手を伸ばし掛け――。



「あ」



 がたがた、という大きな音と私の声が発せられたのはほぼ同時だった。音の発信源は言うまでもない、洗面所からだ。



 洗面所。つい先ほどまで皮を洗っていて、そして蓮さんが来たので慌ててそのまま放置したままの、洗面所。


 一瞬で体温が急激に下がるのを感じた。それと同時に私は洗面所へと一目散に向かう。1人暮らしの狭い家だ、数秒で目的地には着いてしまう。






「……るか」



 想像通り、私がたどり着いた先には座り込んだ蓮さんと、そして彼の向こうに洗いかけの皮があった。





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