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17/23

お酒は程々に。

 一1月二日、お正月をのんびり過ごしていた私は不意にカレンダーを見て絶望した。



「あと、三枚……」



 年が明けてしまった。いや、それは勿論分かっていたことなのだが、厚みのあったカレンダーもいつの間にか残す所あと三枚になっており、その重大さを改めて理解した。

 地球に居られるのもあと三か月しかないのだ。蓮さんに機械人だと言いたいなんて思っておきながら、実際にばれそうになると隠して何も言えないままここまで来てしまった。


 言うのが怖いなんてただの言い訳なのだけど、それでも怖いものは怖い。今まで人間だと何の疑いも持っていなかった隣人が実はまったく違うイキモノだと知った時、一体彼はどう思うだろうか。




 年が明ける前に、お母さんとの電話で「茜さんに機械人と言った時、どうだった」と聞いてみた。



「最初の一言が、『今日エイプリルフールだっけ。それとも結婚して幸せすぎてボケた?』だった」



 とまあつまり、信じてもらえなかったらしい。それから何年経っても変わらない容姿や、勇気を出して機械人の姿も見せてようやく理解してもらえたとのことだ。元々人間のお母さんを知っていたので余計に受け入れにくかったのではないかとは言っていた。けれど茜さんはお母さんのことを理解し受け入れ、そして今でも親友だとはっきり口にしている。


 もし蓮さんに拒絶されたら……いや、そもそも受け入れられる方が珍しいのだ。嫌われることだって勿論想定に入れていなければならない。

 けれどそうまでして本当に彼に言いたいのか、と今一度自分に問いかける。このまま綺麗に別れた方が幸せなのではないかと、そう思うことだって勿論ある。


 蓮さんが好きだ。だからこそ言いたいし、言いたくない。

 最初に言いたいと言った気持ちに嘘はない。だけど好きだという気持ちが強くなればなるほど言うことが、拒絶されるかもしれないという不安が大きくなって恐ろしくなる。


 だけど――。








「……」



 すーはー、と深呼吸をしながら私は胸を押さえて蓮さんの部屋の前に立って震える手でインターホンを押す。


 ……正直、未だに気持ちは揺らいでいる。けれど蓮さんを前にして覚悟を決められたら、その時は。







「……るかー?」



 そう意気込んで訪ねたというのに、扉を開けて現れた男は見るからに……ものすごく酔っていた。



「れ、蓮さん……」



 とにかく酒臭い。あまり顔は赤くないものの、しかし態度で丸分かりだ。足元はふらついてぐでんぐでんという言葉がよく似合っているし、しかも何だか無性に楽しそうでへらへらと笑っていた。

 色々深刻に考えていたのに全部吹っ飛んだ。



「るかも飲むか?」

「え、ちょ……!」



 問いかけであったにも関わらず私の返事も待たずに彼はぐいぐい腕を引っ張って来る。

 なるほど、確かに酒癖が悪そうだ。普段の蓮さんを考えればこんなこと絶対にありえない。


 そのまま流されるままに家の中へ連行され、私は普段よりも散らかっているリビングを驚きの目で見回した。自分の部屋ならいざ知れず、この部屋がこんなにごちゃごちゃになっている所など見たことが無い。

 何よりも一番酷いのがテーブルの上に大量に放置された空き瓶である。中身が何だったのかは言うまでもない。



 そうこうしているうちにコップを持った蓮さんがキッチンから戻り、有無を言わさずコップを握らされた。ふらふらとおぼつかない手が中身の入っている瓶を探して彷徨い、そして結局まだ栓の空いていない酒瓶を掴み取った。



「好きなだけ飲んでいいぞ」

「はあ……どうも」



 この調子ではまともな話など到底出来ないだろうなあ、と私は落胆半分、そして安堵半分で注がれたお酒を口に含んだ。少しでも飲まないと解放されなさそうだ。


 蓮さんはお酒を飲む私をにこにこと眺めた後、再び立ち上がってキッチンへと戻ってしまった。冷蔵庫を開ける彼を見てまだ酒を増やすんだろうかと呆れていたのだが、しかし蓮さんが持ってきたのはいくつかのタッパーだった。

 何だろうかと見ていたのだが、次々と蓋を開けられるタッパーの中身を見て私は思わず「あ!」と大きな声を上げてしまった。多分目も輝いているかもしれない。


 タッパーの中身は様々な種類のおせち料理だったのである。

 おせち料理なら私も昨日買って来たものを食べたばかりだが、それもあっという間に無くなってしまっている。しかもタッパーに入っているということは、間違いなく蓮さんが作ったものに違いない。



「食べるだろ?」

「はい!」



 勢いよく返事をすれば、にこにこと笑っていた顔が更に蕩けるように甘く綻んだ。そんな表情にどきまぎしながらタッパーと共に持って来ていた箸に手を伸ばす。

 しかし、何故か先に箸は蓮さんの手に収まってしまった。



「蓮さん?」

「どれがいい?」

「え、じゃあ栗きんとんを」



 取り分けてくれるのだろうか。しかし取り皿などないのだが。

 私が首を傾げていると、蓮さんは笑顔のまま栗きんとんを掴むとそのまま箸の先をこちらへ向けてきた。



「……ん?」

「ほら、あーん」



 どうしよう、蓮さんが本格的に壊れている。


 ぴしりと固まった私に、蓮さんは何の躊躇もなく相変わらず栗きんとんを食べさせようとしてくる。



「どうした?」

「いや、むしろこっちが聞きたいんですけど」

「いつもは美味しそうに食べてくれるだろ? 何で食べないんだ?」



 本当に不思議そうな顔をされた。まるで何が問題なのか分かっていない様子に私は頭を抱えたくなった。蓮さん振り切れすぎだ、普段からストレスが溜まっているのだろうか。

 すると一向に口を開かない私を見て蓮さんはふっと表情を曇らせて箸をタッパーに置き、突然大きく俯いた。



「食べられないほど、俺の料理はまずいのか……」



 小さく呟かれた声は震え、今にも泣き出しそうだった。案の定彼の服にぽつりと涙が落ちたのを見て私は大慌てで首を振る羽目になった。



「違います! 蓮さんの料理は本当に美味しいです!」

「……じゃあ、食べるか?」

「食べます、食べますから!」

「よかった」



 言うやいなや、ころりと表情を戻して蓮さんは素早い動きで再度栗きんとんを掴んで口元へ持って来る。

 変わり身の早さに驚けばいいのか呆れればいいのか分からない。


 ああ、蓮さんの印象がこの数分間のうちにどんどん崩れていく。……けど、まるで幻滅しない、出来ないどころかにこにこと微笑む姿に見惚れてしまっている時点でもう本当にどうしようもないな、と自嘲してしまった。


 そもそも私が訪ねて来なければ彼の奇行も知ることにならなかった訳で、むしろそういう意味では申し訳ない気持ちすらある。

 私は覚悟を決めて、彼に向かって口を開いた。



 ……美味しかった。















「ご馳走様でした」



 空になったタッパーと蓮さんに向かって手を合わせる。……結局全て手ずから食べさせられた上、かなり時間が掛かってしまった。おまけに恥ずかしかったのは言うまでもない。


 相変わらず上機嫌な蓮さんは未だに酒を飲みつつ「美味しかったか?」と尋ねて来る。



「はい、どれも美味しかったです」

「毎日食べたいと思わないか?」

「……そうなればいいですね」



 だけど、こんな日々も後三か月しか残されていない。

 せっかく美味しい物を食べて忘れていた暗い気持ちがひょっこりと顔を出す。本当に、ずっとこうしていられればいいのに。


 暗い顔を見せたくなくて俯く。すると突然どん、とコップを置く音がしたと思うと蓮さんの声が先ほどよりもずっと近くで聞こえた。




「だったら、結婚してくれ」

「……は」



 今、何か変な言葉が聞こえた気がした。

 思考が止まると同時に私は温かい物に包まれる。それが蓮さんだと理解するまで一瞬、まるで時が止まったかのような錯覚に陥った。



「るか、好きだ。お前の好きなものいくらでも作ってやるから、だから結婚してくれ」



 私が目を白黒させているうちにも言葉が紡がれ、余計に混乱が酷くなる。動揺して訳が分からない状態な癖に、いや順序が可笑しいだろうと何故か妙に冷静に脳内で突っ込む。


 ぎゅう、と抱きしめられる腕の力が強くなり、顔を押しつけられている肩が濡れているのを感じる。そして更にぐずぐずとすすり泣く声も聞こえてきた。



「るか……嫌だ、離れたくない。好きなんだ。……連れて、行ければ……」

「蓮、さん」

「あと、少ししか居られないなら、だったら……」



 それ以上は言葉にならず、只々私に縋りつくようにして泣いていた。


 蓮さんも、同じことを考えていたのか。

 そうだったらいいなと思っていた。彼が私と同じ気持ちで……こうして別れを惜しんでくれていたら、と。

 だらりと垂れていた腕を蓮さんの背中に回し、きつく抱き返す。



「……私、だって」



 蓮さんとずっと一緒に居たい。

 零れた雫は、彼の服にしみ込んだ。
















「――るか……おい、るか!」

「……蓮、さん?」



 自分を呼ぶ声が遠くから聞こえ、意識が浮上する。そうして目を開ければ彼が目の前に居て、私はようやく自分が寝てしまっていたことを理解した。

 そうか、私は泣き疲れてあのまま。



「本当に、悪かった!」



 起き上がって一人納得していると、気が付けば蓮さんがそう言いながら綺麗な姿勢で土下座をしていた。部屋は物が散乱したままだが、はっきりとした声で頭を下げる彼はどうやら酔いが冷めたらしい。

 しかし私が気にするべき所はもっと別にある。



「……あの、酔ってる間のこと、覚えてるんですか?」



 口にしながら、どくんと心臓が大きく脈打つ。蓮さんは顔を上げると、酷く苦々しい表情で私から視線を逸らした。



「いや、何にも覚えてないが……想像はつく。大方何かの用事で来たお前に絡んで色々迷惑掛けたんだろ?」

「迷惑、というほどでは」



 実際大変だったことは事実だが正直に言うのも憚られた。どの状態の時の話もしにくい。



「泣いてたみたいだし、起きたらお前を抱きしめてた。もう、どれだけ謝ればいいのか」

「いいですよ、別に」

「そんな訳にはいかないだろ」

「美味しいおせちもご馳走になりましたし」



 そう言うと、蓮さんはテーブルに残されていた空のタッパーに視線を移す。ああ、ちゃんとあれは出したんだなと少しほっとしたように息を吐いたが、しかしもう一度私の方を向いた彼は何か言いたげに口を小さく動かしていた。


 暫しの沈黙の後、蓮さんは覚悟を決めたようだった。




「なあ、るか。俺酔ってる時に何か変なこと言わなかったか?」



 変なことという括りで言えばはっきり言って全部変だったとしか言いようがないが、彼が言いたいのはそういうことではないだろう。





「……秘密です」



 曖昧に言葉を濁したのは、彼が想像していることと同じだという確信が持てなかったから。

 そして自分でも根に持っていると思うが、クリスマスの朝の意趣返しだった。




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