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聖夜の二人

「美味しい……ケーキなんて久しぶりですけど、本当に美味しいですね!」

「それは、どうも」



 家に着いた私達は、早速ケーキを食べ始めた。ここで予想外だったのは、蓮さんが自宅からもう一つケーキを持参してきたことだ。



「蓮さんもケーキ作ってたんですか?」

「まあな。……今日は無理でも、明日るかと食べようと思って」

「……ありがとうございます」



 そんなことを言われて喜ばないはずがない。勿論蓮さんのケーキを食べられることもだが、一緒に食べることを考えて作ってくれたということに思わず顔が綻んだ。


 そうして私のケーキと蓮さんのケーキがテーブルに並ぶことになったのだが……目の前で蓮さんのケーキを笑顔で絶賛しているお父さんに一つため息が出た。

 先ほどまで良い感情を持っているとは到底言えなかった癖にあっさり懐柔されている。別に蓮さんのことを嫌って欲しかった訳ではないし好意的に見てくれるのは嬉しいが、その理由がケーキ一つというのも釈然としないような。


 微妙な表情を浮かべている私に気付いたお母さんは、苦笑しながらそっとこちらに体を傾けて二人に聞こえないように話す。



「太郎さんのこと?」

「何ていうか、ここまで簡単に掌返されると」

「……まあ、確かに本当にケーキが美味しいっていうのもあると思うけど、それだけじゃないと思うよ? 太郎さんも別に好き好んで敵視したい訳じゃなくて、ちょっと父親として意地を張りたいだけだろうし。だから蓮君を受け入れるのに何かきっかけが欲しかったんだと思う」

「受け入れるも何も、別に私と蓮さんは何の関係もないのに」



 恋人でもなければ、彼も気持ちさえ分からない。嫌われているとは思えないし、憎からず想われていたら嬉しいが、蓮さんのそれが恋愛感情なのかとまだはっきりと言い切ることは出来ない。私は勿論そういう意味で好きなのだけれど。



「もう一つ頂いてもいいですか? いやー、本当に美味しくて」

「……るか、悩むのもいいけどのんびりしてると全部食べられちゃうよ」

「ああっ、私も食べます!」



 気が付けば私のケーキも蓮さんのケーキも結構減っている。いくら久しぶりに地球に来たからってお父さん遠慮が無さすぎではないだろうか。とはいえ私も既に結構食べているが。


 もぐもぐとまるで張り合うように頬を膨らませて咀嚼していると、蓮さんが私とお父さんを見比べて「類は友を呼ぶ……」と小さく呟いていた。





「そういえば忘れていましたけど、さっきシャンパン買って来たんです。いかがですか?」



 お父さんはあ、と小さく声を漏らしてそう言うと荷物を漁ってシャンパンの瓶を取り出した。珍しいことにお父さんにしては度数が低いものだ。


 お母さんはシャンパンを注いでもらっているが私と蓮さんは首を振って断る。別に弱い訳ではないが好んで飲むほどお酒は好きではないのだ。確かにエネルギー効率的には良いが、その代わり後で頭が痛くなるので個人的にはジュースの方が好きだ。



「蓮さんはお酒好きじゃないんですか?」

「いや、酒自体は結構好きだけど……」



 蓮さんはどうして断ったのだろうと彼を窺うように見ると、蓮さんは片手で頬を掻いた後私の視線から逃れるように目を泳がせた。



「……ちょっと酒癖が、悪くて」

「え、意外ですね」



 あまりその姿が想像出来なくて驚く。ちなみにどんな風に酔うのかと尋ねてみたところ、その時々で色々違うものの共通して基本的に記憶が飛ぶらしい。



「気が付いたら周りに物が散乱してたり、泣いたのか目が真っ赤になってたり……とにかく記憶がないのが一番問題でな。だから家で一人の時しか飲まないようにしてる」



 酔った蓮さんがどうなるかちょっと試しに見てみたい気もするなんて頭の片隅で思いながら、私は黙々と自分と蓮さんのケーキを食べ比べる。そこまで舌が肥えている訳ではないが、やっぱり蓮さんのケーキの方が美味しく感じた。







 四人で(しかも大食いが二人も)食べていればすぐに二つもあったケーキは綺麗に平らげてしまう。一段落着いた所でテレビを見てのんびりしていると、お母さんが「そろそろ」と立ち上がった。



「太郎さん、もう遅いしお暇しますよ」

「あれ、ここに泊まると思ってた」

「流石にこのスペースで三人はきついですから、別に宿を取ってあります。……るか、私達は明日戻りますけど体に気を付けるんですよ。戸締りもちゃんとして――」

「もう、分かってるって」



 もう何か月一人暮らししていると思っているんだ、お父さんは相変わらず心配性である。

 お母さんにも「何かあったらいつでも電話していいからね」と言われて黙って頷く。しかしこの前のような通話早々泣き出すなんてことは無いようにしたい。



「ちょっといいですか?」



 いざ帰ろうと玄関へ向かおうとした所で、不意にお母さんが蓮さんを呼び止め小さな声で何かを耳打ちした。内容は聞き取れなかったが蓮さんは動揺したように目を瞠ってお母さんを見返している。一体何を言われたんだろう。

 両親の背中を見送った後、私はどうにも気になって隣に立つ蓮さんを見上げた。



「蓮さん、今なんて言われてたんですか?」

「え?」



 聞くのか? と言わんばかりに目を泳がせた彼をそのまま見つめ続けていると、やがて観念したように一つ息を吐いてぎりぎり聞こえるくらいの小さな声で言った。



「邪魔してごめんなさい、後は二人でごゆっくり、だって」

「え?」



 早口で言い終えた彼は踵を返して部屋の中へと戻る。残された私はその言葉の意味を噛み締めて理解し、そして――。



「……お母さん、ホントに何言ってんの」



 気恥ずかしさでいっぱいになりながら、蓮さんに聞こえないように微かに呟いた。次に電話する時の話題が早くも決まった瞬間である。


 あの言葉を受けたからなのかそうでないのかは分からないが、ケーキが無くなっても蓮さんはそのまま私の部屋に居た。二人とも机に寄り掛かりながらテレビを見ており、会話が無くても問題はないのだが……何だか微妙な空気が流れている気がするのは私が気にし過ぎているだけだろうか。



「るか」

「何ですか?」

「今日、どうだった?」



 適当にチャンネルを回した結果のお笑い番組をぼけっと眺めていると、テレビに視線を向けたままの姿勢で彼が尋ねて来る。



「すごく楽しかったです。久しぶりに二人に会えたので」



 沢山歩き回ったので確かに疲労感もあるがそれも心地よいものだ。朝空港で再会してから今の今まで、今日は本当に充実していた。

 そう満足げに答えたのだが、しかし蓮さんは何故か怪訝そうな表情を浮かべてこちらを向く。その目はやけに真剣に見えた。



「その……太郎さんって呼ばれてたあの人、本当にるかの友人なのか」

「え」



 唐突に発せられた質問に、私は一瞬ぎくりと固まった。そしてテーブル越しに私の表情を逃すことなく見ていた彼は「違う、のか?」と畳み掛けるように尋ねて来る。



「友人、ですけど……」

「本当に?」

「何でそんなに疑うんですか?」



 まさか本当にばれているんじゃないかと戦々恐々としながら尋ね返すと今度は蓮さんが言葉に詰まった。


 テレビから聞こえる笑い声だけが部屋の中に響く中、蓮さんは再び私から視線を逸らして横を向く。




「るかは……あの人のこと好きなんじゃないかと思ったから」

「はい?」

「似たもの同士って感じだったし、仲良さそうだったから……どうなんだ?」



 どうなんだってそんなに真剣に聞かれても。拍子抜け半分、驚き半分で彼の言葉を聞きながら私は即座に語気を強めて否定した。何が悲しくて想い人にお父さんとの仲を疑われないといけないんだ。



「まさか、ありえませんよ! それだけは絶対に無いです!」

「……ものすごいばっさりだな」

「あの人は何ていうか……お父さん、みたいな感じで」



 感じも何もそのままなのだがそう言うと、蓮さんは「あの年でお父さんは可哀想だろ」と少し呆れたような、気の抜けたような顔をした。



「まあ、言われてみればるかの保護者みたいだったが。あの二人が親で、るかが小さい子供って感じだな」

「小さいは余計です」



 そんなに子供っぽいだろうか、私は。確かに精神年齢が高いとは言えないがこれでも成人しているのに。

 文句を言いながらも、あの見た目でも親子だと感じてくれたことに少し嬉しくなった。







「……ねむ」



 その後はぽつりぽつりと話すだけで二人ともまったりと時間が流れるままに過ごしていた。会話が無くなると途端に眠気が襲ってきて騒がしいテレビの音すら心地よく聞こえて来る。


 頬をテーブルにつけて微睡んでいると、こちらを向いた蓮さんが苦笑を浮かべていた。



「るか、寝るんならちゃんと横になれ。俺もそろそろ帰るから」

「はい……」



 瞼をこじ開けながら返事をするものの体は一向に動こうとしない。確かに寝るのならベッドに行った方がいいのだが、今の夢現の状態が気持ちよくてこのままで居たい。



「るか? 聞いてるのか」

「はい……」

「……駄目だこれ」



 呆れたような声が先ほどよりも遠い。もうこのまま眠りたいと思っていると、ため息を漏らした蓮さんが隣に座ったような気がした。




「なあ、るか」

「……はい」

「あの人は違うって言ったけど、好きな奴って、いるのか?」

「……はい」



 好きな人、勿論居る。いつも私の心を温かくしてくれる人が。



「……誰?」



 それは――。

















「……あれ」



 ぱっちりと、不意にはっきり目が覚めた。

 電気の色ではない、自然の白い光に目を細めながらベッドから体を起こす。どうやら朝になっていたようだ。昨日はどうしたんだっけ、と寝起きの頭をのろのろと働かせる。


 昨日はお母さん達が帰ってから蓮さんとのんびり過ごしていたはずなのだが……いつ寝たのははっきり思い出せない。蓮さんが帰ったのは見送ったのか、そもそも私はベッドに行った記憶さえ無い。


 しばらく緩慢に思考を巡らせていたのだが、しかし意識がはっきりしてくると私は不意に玄関へと続く扉の向こうに何かを見た気がした。気のせいかとも思ったのだが立ち上がり薄く開かれた扉を大きく開けると、そこには何故か玄関の前の廊下で壁に寄り掛かるようにして眠っている蓮さんが居たのである。



「蓮さん!?」

「……う……るか?」

「何でそんな所で寝てるんですか!」



 思わず出した大声にぴくりと反応して目を覚ました彼は、半分瞼が落ちた状態で私を見て、それから「寒いな……」と腕を擦った。


 当たり前だ、12月後半に何も掛けずに冷えた廊下で眠れば寒いに決まっている。私はとにかく彼をリビングまで引っ張り、暖房の前に連れて行き更に毛布を掛けた。



「……それで、何であんな所で寝てたんですか?」

「ん? ああ、るかがテーブルで寝ちまったし俺も帰ろうと思ったんだが……鍵も掛けずに帰るのも不用心だし、かといってお前の家の鍵の場所も分からなかったから」

「だからって、何で廊下で」

「いや、一応同じ部屋で寝るのもどうかと……」



 それで廊下で寝るという選択肢が出てくるのが蓮さんらしいというか、本当に気を遣う人だ。というか私、やっぱりテーブルで寝ていたのか。つまり蓮さんは更に私をベッドまで運んでくれたということで……どれだけ迷惑掛けたんだ。



「……本当に大変ご迷惑をお掛けしました」



 土下座とまではいかないが思わず姿勢を正して頭を下げる。客人を放置して寝た挙句ベッドまで運ばせて、更に寒い廊下で座って眠らせたなんて、本当に酷いことをした。

 それなのに蓮さんはとても軽い調子で「いいって」と片手を振るだけだった。少しは怒ってもいいと思うのに。



「俺が勝手にしたことだから別にるかが謝ることじゃねえよ。むしろ気にさせて悪かった」

「私が悪いのに謝らないで下さいよ。とにかく、本当にすみませんでした!」

「だから謝らなくてもいいって。……むしろ、いいこと聞けたし」



 いいこと? 何のことだろうかと首を傾げて彼を窺うものの「覚えてないならいい」と意味深な言葉を残して小さく笑みを浮かべられた。



「本当に何なんですか」

「秘密。それよりそろそろ朝飯食べないか? キッチン貸してくれるんなら作るけど」

「はぐらかさないでくださいよ。……食べますけど」



 朝食だけで簡単に話を逸らせると思われていることが少々悔しいが、確かに頭が覚醒してくればお腹が空いて来た。朝食を作るべく立ち上がった蓮さんに続いて私も腰を上げる。 


 美味しい朝食に合わせるコーヒーくらい、私だって準備できる。




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