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ハロウィンの悪魔

「るか、何かあったの?」

「え?」

「何か最近、雰囲気が変わったような気がして」



 お母さんと電話をしていた時に不意にそんな言葉を掛けられ、私は困惑して自分の顔を触った。何か変わったのだろうか、自分ではよく分からない。

 お母さんはといえば、何が違うんだろうと画面に近付いて私をじろじろと観察している。



「うーん、何て言うか可愛くなった?」

「……気のせいじゃない?」



 どう考えても気のせいである。何しろ素の姿ならばいざ知れず、人間の皮を被った状態で何かしら容姿に変化が起こりえるはずがないのだから。そうは言うもののお母さんは「絶対可愛くなったって!」とやけに力強く断言した。



「もしかして、好きな人でも出来たの?」

「……えっ!?」

「え、そうなの? 本当に?」


「……どこの馬の骨が」



 自分でも驚く程動揺してしまったのに喰い付かれて困っていると、画面の端からお父さんが厳しい表情で身を乗り出して来た。いつから居たんだろう。


 しかしそんなお父さんも「太郎さんはちょっと待ってて下さいね」とお母さんに再び画面外に追いやられていた。



「深雪さん!?」

「で、誰なの? やっぱりお隣の料理人の人?」

「別に、好きな人なんて居ないから!」



 大体何ですぐに蓮さんが出て来るのだ。そう問い掛ければ「だってよく話聞いてるし」とあっさりした返答が来る。そんなに話していただろうか。まあ蓮さんのご飯が美味しいとはよく言っている気がした。



「本当に?」

「本当、だって……」



 段々否定する声が弱々しくなる。……だって、自分でも正直分からないのだ。蓮さんのことをどう思っているかなんて。変に意識して今の関係を壊したくなくて、彼に抱く気持ちの名前を考えることはしなかった。


 第一、仮に私が蓮さんを好きになっていたとして、きっかけなんて何もなかったのに好きになるなんておかしくないか。













「別に何もおかしくないだろ、それ」

「そうかなあ」



 大学の昼休みにちょうど近くにいた浅井君にそんなことを聞けば、彼は何てことないようにそう口にした。

 以前蓮さんを好きになった女の子は一目惚れしたと言っていた。私は彼の容姿に惹かれた訳でもないし、今まで意識なんて殆どしてこなかった。……こういう言い方をするとまるで私が本当に蓮さんを好きになったようだが、あくまでまだ仮定、である。



「鈴木って、意外と頭堅いよな」



 機械人だからね。



「恋なんて気が付いたら落ちてるようなもんだろ? 特別にきっかけなんて無くても好きなる時はなるんだよ」

「流石、経験者は語る。……ねえ、まだ真紀に告白してないの?」

「俺のことは放っとけ。というかお前が悩んでるのって祭りの時に一緒に居たやつのことか? むしろあれで彼氏じゃなかったのかよ」



 そういえば未だに訂正していなかった。

 ……しかし、私は結局蓮さんのことが好きなんだろうか。再び考え込んだ私に浅井君は「まあいつか自覚するだろ、それがどういう感情かは別として。無理に今考える必要も無いんじゃねえの?」とどうでもよさそうに言い、ラーメンを啜った。


 ……ラーメンも美味しそうだなあ。

 思わず思考が逸れる。まあ確かに、お母さんに言われたからって今答えを出す必要もないのだ。気楽に行こう、と私は手に持ったままだったサンドイッチにかぶりついた。




「トリックオアトリート!」

「うわっ」



 ぱくりとサンドイッチを口に含んだ瞬間、突如背後からそんな声と共に衝撃が襲った。持っていたサンドイッチが丸々全部口の中に押し込まれて咽てしまう。



「……っけほ、真紀!」

「ごめん、食べてるの気が付かなくて!」



 後ろから登場したのは同じ学部で、浅井君の想い人でもある真紀だった。明るく元気の良い性格な彼女なのだが……テンションが高く暴走しがちなのが玉に瑕だ。


 寄り掛かるようにして後ろから私に抱き付き「るか、ごめんね」と頭を撫でるのを浅井君が酷く羨ましそうに見ている。けれど熱々のラーメンを食べている彼がぶつかられていたらもっと大変なことになっていたと思う。



「って、そういえばスルーされたけど、トリックオアトリート」

「そういや、今日ハロウィンだっけ」



 思い出したように浅井君が言うのに、テレビでやってたなあと私も思考を巡らせる。テレビだけでなく最近町中にオレンジ色が溢れているので、何事かと調べたことがありハロウィンの概要は理解しているとは思う。



「悪い、今何も持ってないな……って」

「そう? じゃあこれ貰うわ」



 彼ががさごそと鞄を漁っている間に真紀は浅井君の前にあったラーメンを手に取って啜り始めた。「あああ……」とラーメンに手を伸ばしながら小さく呻いた浅井君は何故か言葉とは裏腹にちょっと嬉しそうに見える。何でだ、食べ物奪われたのに。



「ごちそうさま。美味しかった」

「あ、そう、よかったな」



 二、三口食べた所で彼にラーメンを返した真紀は次にその首をぐるりと動かして私を見た。瞬間咄嗟に手元に残っていたサンドイッチを引き寄せてガードしてしまうと、そんな私を見た真紀は「るかから食べ物取るなんて恐ろしいことしないよ」と可笑しそうに笑った。



「はい、むしろるかにはプレゼント!」

「え?」



 目の前の机に置かれたのは透明なセロファン袋に包まれたクッキーのようである。口を閉じてある針金を取って中身を取り出してみれば、顔があるかぼちゃの形をしていた。ハロウィンの特集でよく見るものだ。



「いいの?」

「勿論! るかが食べてるの見ると癒されるしね」

「ありがとう!」



 一度サンドイッチを端に避け、クッキーを一枚口に放り入れる。素朴な甘さと固すぎない生地のさくっとした食感が何とも言えない美味しさだ。……一つ問題点を挙げるとすれば、あと数枚しかないという所である。

 ほろほろと口の中で解ける甘さをじっくりと味わっていれば、何故か真紀に頭を撫でられ、更に浅井君にも微笑ましげな顔を向けられた。

 ただでお菓子がもらえるなんて、ハロウィンって良い日だなあ。



「……あれ」



 クッキーに舌鼓を打っていると鞄から微かに振動を感じた。先ほどまで授業を受けていたのでマナーモードから解除していなかったな、と思いながら携帯を取り出しその場面に表示された名前に私は首を傾げた。


 珍しい、蓮さんからメールなんて。一応アドレスは交換したものの殆ど今まで使った試もなかったのだ。食事中に行儀が悪いなと思いつつもメールを開けば、そこには『今日の夕飯の後、時間あるか?』と書かれている。

 何だろうとかと思いながら『大丈夫です』と返信していると、側で浅井君が真紀に真っ赤になりながら「とりっく、おあ、と、とりーと……」とたどたどしく告げており、今度はこっちが微笑ましい気持ちになった。














「蓮さん、何の用なんだろう」



 真紀からクッキーを貰って感涙しそうな勢いで喜んでいた浅井君を思い出しながら夕飯を食べる。わざわざメールで予定を聞くなんて滅多にないことだ。了解の返事を返した後、少ししてから何の用なのか尋ねるメールをしたのだがそれに対して返信は来ない。時間的に店で働いているだろうしメールを開いていないのかもしれない。


 ……しかし、今日はせっかくのハロウィンだ。私はふと思い立って蓮さんを迎える為の準備を始めることにした。






 『ごめん遅くなった。今から大丈夫か?』とメールが来たのはそれからしばらく経ってからのことだった。課題も終わり、テレビを見てのんびりしていたのでちょうど良かった。すぐさま返信をして玄関で待ち構える。……蓮さん、どんな反応をするだろうか。


 インターホンが鳴ったのと同時に扉を開き、私は蓮さんの前にばさりと立ちはだかった。



「トリックオアトリート!」



 ばっさばっさと裾をはためかせる私は――白いシーツを被っていた。お化けが怖い蓮さんなら当然驚くだろうと思ったのだ。




「……」



 しかし、予想以上に反応がない。シーツを被って居るのでこちらから彼の表情を窺うことは出来ないので、もしかしたら驚きすぎて声も出ていないのでは? とも思った。

 けれど直後大きなため息が聞こえてきたのでそれが間違いだと言うことは分かったが。



「るか、お前元気だなあ」

「……驚くと思ったのに」

「呆れはしたけど。……ほら、さっさと取れ。裾が汚れるぞ」


「はーい。……と見せかけて!」



 油断しているであろう蓮さんに、私は無意識ににやりと笑いながらシーツを取り去る。


 シーツの下から現れた私は、ゾンビのマスク装備である。

 そう、二段構えだ。



「……」



 今度こそ驚くだろう! と思ったのに無言でマスクを取られた。



「ああっ!」

「ああじゃない。こんなのどこで買ったんだよ」

「ハロウィンの空気に乗せられて、ちょっとそこの雑貨屋で」



 その時はこんなことに使うなんて欠片も考えていなかったけれど。まじまじとゾンビの顔を眺める蓮さんを不思議に思い「怖くないんですか」と尋ねた。



「そりゃあこんなので怖がらねえよ」

「幽霊は怖いのに?」

「……るかだって分かってたら怖いはずないだろ。多少は驚いたが」

「えー」



 どうやら蓮さん、正体不明でなければ恐怖の対象にならないらしい。せっかく驚かせようと色々考えたのに無駄だった。


 ちょっとがっかりした私は、しかしこのままでは終わらせないとばかりに蓮さんの服を掴み、再び「トリック・オア・トリート」と一言ずつはっきりと口にした。

 自分でも食い意地が張っているとは自覚しているが、ちょっとくらいハロウィン気分を味わいたくて彼を見上げる。すると蓮さんは心得たように笑って頷き、片手に持っていた紙袋を持ち上げた。



「これ何だと思う?」

「……お菓子?」

「正解」



 どうやら何も言わなくてもくれる予定だったらしい。


 蓮さんを部屋に上げて紅茶を用意する。その間に話を聞けば、昨日のうちにハロウィン用のお菓子を作ってくれていたという。本当は夕飯までハロウィン仕様にしようとしていたのだが、仕事があるので諦めたのだとか。

 ポットから紅茶を注いで紙袋を開けると、「おおっ」と思わず歓声が飛び出た。中に入っていたのはかぼちゃのタルトで、白いクリームで可愛らしいお化けもデコレーションされている。



「すごい! ……でも、蓮さんハロウィン嫌いなんじゃなかったんですか?」



 ましてお化けなんてクリームでも作るなんて嫌がりそうだと思うのだが。首を傾げた私に、彼はちらりと視線を動かして机の上に置かれていた雑誌に目を向ける。



「まあお菓子に罪はないし……それに、お前が食べたそうにしてたからな」



 雑誌の表紙には美味しそうなかぼちゃのケーキが載せられていた。確かに最近、バイトの休憩時間にもあの雑誌は持って行っていたが……見られていたのか。



「わざわざ作ってくれたんですか? 苦手なのに」

「喜ぶかと思って。……いらなかったか?」

「いらない訳ないじゃないですか!」



 蓮さんがびくびくしながらハロウィンの料理雑誌を捲るのが目に浮かび、申し訳なさと共にじわじわと喜びがこみ上げて来る。





「頂きます!」

「召し上がれ」



 フォークでタルトを切り分け、ドキドキしながら口に含めば濃厚なかぼちゃの甘味が口いっぱいに広がって幸せな気分になった。



「美味しい!」

「よかった。……ちなみに参考までに聞くが、俺がお菓子を持ってなかったらどうするつもりだったんだ?」

「というと?」

「悪戯だよ」



 そういえば、お菓子をくれないと悪戯するぞ、というのがトリックオアトリートの意味だったか。とりあえずその言葉を言えばお菓子を貰えると思い込んでいたので考えていなかった。


 どんなことを言うのか、と少し楽しげにこちらを見ている蓮さんに、私は少し考えた末に口を開く。



「蓮さんが幽霊を怖がってるって店長や常連さんにばらす、とか」

「止めてくれ」



 すごく真顔で言われた。確かにそんなことを知れば皆嬉々としてからかってくるのは目に見える。店の中で怪談大会なんて開かれそうだ。


 持ってきて本当によかった、と安堵する蓮さんを見ながらタルトを食べていれば、あっという間に皿の上は綺麗に無くなってしまった。

 蓮さんも食べ終えるのを待って紅茶をお代わりしていると、最後の一口を飲み込んだ彼が不意に私の名前を呼ぶ。



「るか」

「何ですか?」

「トリックオアトリート」

「ん?」

「だから、トリックオアトリート。まさか、自分だけ貰って終わりなんて思ってる訳じゃないよな?」



 お菓子を求められているのだとようやく気が付き、何かあったかなあとキッチンへ向かう。……が、明日が休みだった為買い物に行こうと思っていたのでお菓子どころか冷蔵庫の中身も今日作った夕飯でほぼなくなっていた。言うまでもないが、真紀に貰ったクッキーなど勿論食べ終わっている。



「あの、何もないんですけど……」

「そうか? じゃあ……悪戯しかないなあ」



 キッチンから彼を振り向くと、蓮さんはそう言いながらにやりととても意地悪そうに笑う。



「ないもんはしょうがないもんな。さて、何にするか……」

「ま、まままま待って下さい!」



 その笑みにぞくりと嫌な予感を覚え、私は戸棚を漁った。何かあった気がする、と思いながら奥まで手を伸ばしていると、日持ちするのでいざという時の非常用として取ってあった飴の袋が指先に触れた。



「あった!」



 しっかりと掴んで戸棚の奥から引っ張り出すとまだ開封されていなかった小分けされたいちごミルクの飴が姿を現す。蓮さんは苺が好きだしちょうどいい。



「これで悪戯はご勘弁を」

「……冗談だよ。でもありがとう」



 先ほどの企んだような笑みを消して平常に戻った彼は飴のパッケージを見て嬉しそうに目を細めた。



「これ、好きなんだ」

「それは良かった。……蓮さん」

「ん?」

「つかぬことをお聞きしますけど、ちなみに悪戯って?」



 先ほどとは逆の立場になりながら恐る恐るそう尋ねると、彼は飴を口に含みながら淡々と言葉を発した。



「そうだな……例えばプリンだと言っておいて冷やした茶碗蒸し食べさせるとか」

「……確かにそれは驚きそうですけど」



 そうか、そういう路線か。

 安堵か何か分からないが拍子抜けしてぐったりと肩の力を抜く。先ほどの表情からしてもっと凶悪なことを要求されるかと思った。


 そんな私の心情を読み取ったのか、蓮さんは再びあの悪魔の笑みを浮かべてやけにこちらに近付いて来た。



「何だ、もっと酷いのがよかったか? だったらお望み通り――」



 顔を近づけられて咄嗟に仰け反る。何だか妙に色気が出ているのは気のせいか。

 腕を掴まれ、決して強い力でもないのに逃げられない。私は考える間もなく咄嗟に叫んだ。



「蓮さんの馬鹿! 夜中に目が覚めて幽霊と遭遇してしまえ!」

「おい、本気で止めろ」



 思わず口をついた言葉は、ハロウィンの悪魔には効果覿面だった。



 次の日の朝、蓮さんに「悪い、昨日は調子に乗った」と頭を下げられた。彼が寝不足だったのは言うまでもない。




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