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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「不吉なメール」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。


 「不吉なメール」




将悟は、自宅の居間で、ギターを弾いていた。

何をするわけでもなく、こうやってギターを抱えていると安心する。

もう触れられない彼女を抱きしめる代わりに、彼女の愛した音楽を抱きしめているようだ。

足元には、飼い猫のサクラとスミレが、身を丸めて将悟に寄り添っていた。

アンズはまだこの家に慣れないらしく、部屋の隅からこちらをじっ、と窺っていた。

将悟の家に来てから日が浅いから、警戒心が強いのは、仕方がないのかもしれない。

けれど、日向にだけは、自ら寄っていって懐いていた気がする。

そんな日向は、猫の扱いがわからないらしく、少しおどおどしながらアンズの背を撫でていたっけ。



そういえば、今日は日向の様子がおかしかった。

朝、教室に入ってきた時からだ。

寝不足なのか、徹夜をしたのか、目の下には薄らと隈ができていて、落ち込んだ様子だった。

授業もろくに聞いていないようで、頬杖をついて、窓の外ばかり眺めていた。

何かを考えるようにぼーっとしていて、溜息を吐いたり、時折眠そうな欠伸を繰り返した。


休み時間には、女子に囲まれ、質問攻めに遭っていた。

これは夏休みが明けてから、すっかりお馴染みの光景だ。

けれど、その日は珍しく、日向から女子に何かを聞いているようだった。

いつもは適当に相槌を打ったり、下手な愛想笑いをしているだけだったのに、珍しいこともあるもんだ。

しかし、途中で女子の一人が「日向の連絡先を知りたい」と言いだし、他の女子もそれに続いて携帯を取り出した。

日向は困った様子でおどおどして、女子の押しの強さに負けそうになっていた。

だから、適当な嘘を吐いて、日向を廊下へ連れ出した。


ハッキリ断ればいいのに、適当に流せばいいのに、日向はそれができない。

もちろん、日向は百合のことを考えて拒否はしているのだけれど、ああいう派手な女子は、何かにつけて屁理屈を言う。

「バレないから大丈夫」だなんて、そんな保証はないし、少しは日向の気持ちも考えてやれよ、とも思う。

毎日、毎日、派手な女子に囲まれて、ただただ日向は、圧倒されて、困惑している。

あの女子たちは、元々は彼方を取り囲んでいた女子達だ。

彼方が学校に来ないからって、次は日向だなんて。

それも、日向は彼方と違って、愛想を振りまくタイプではないのに。

日向が困っているのは、誰に目にも明らかなのに、彼女たちはお構いなしだ。

結局女子は、顔がよければ誰でもいいのか。


そういえば、彼方はどうしたのだろう。

日向は「体調を崩している」なんて言っているが、あれは嘘だ。

日向の嘘はわかりやすい。すぐわかる。彼方は体調を崩してなんかいない。

もしかして、まだバイトで家に帰らないのだろうか。

新学期も始まったのに、何故。

そもそも、彼方は何のバイトをしているんだ。

高校生を住み込みで働かせてくれる場所なんて、ほとんどないだろうに。



夏休みも終わりの頃、浜辺で日向に会った。

あの時、日向は、しっかりとした強い口調で言っていた。

「彼方と自分は一緒にいない方がいい」とは、どんな意味だったのか。

「その方が彼方のためだ、自分のためだ」と言ったのは、何故なのか。

日向は、「彼方が間違えたんだ」と、言っていた。

何を間違えたのか。日向と彼方の間に何があったのか。


問いだたしたくても、日向は彼方のことを話そうとはしない。

むしろ、彼方の話を避けているようにも感じる。

そして不思議にも、日向は彼方がいなくても平気そうに見える。

これでいいのか。それでいいのか。

日向は、本当に彼方がいなくても、平気なのか。

そんなわけない。そんなわけないと、思う。

やっぱり二人の仲を裂いたのは、自分ではないか。

自分のせいで、彼方は学校に来なくなったのではないのか。


将悟は、ずっと責任を感じていた。

けれど、自分に何ができる?何をしてやれる?

彼方はしばらく見ていないし、日向も何も言わない。

それに、自分が軽率に口を挟んでいい話じゃない。


日向が頼ってくるのを待つしかないのか。

いや、頼ってくるなんて、保証はない。

結局、自分にはどうにもできないのだ。


こんなことを考えていると、また誠に「お節介だよ」なんて言われそうだ。

でも仕方ない。お節介で世話焼きなのが自分の性格だ。

長年染み付いた性格は、そうそう治るものじゃない。


ふいに、インターホンが鳴る。

時計を見れば、二十二時を回っていた。

こんな時間に、誰だろう。もう遅い時間なのに。

祖母は日課の長風呂中だし、自分が出るしかない。

将悟はギターを置き、立ち上がる。

サクラとスミレが、将悟の足に纏わりながらついてくる。

アンズは変わらず部屋の隅で、身を潜めていた。


「はい。どちら様ですか。」


そう言いながら、玄関の扉を開ける。

そこには、見慣れた大男が立っていた。


「やっほー、将君。」


誠は大きな旅行鞄を抱えて、いつものように微笑んでいた。




とりあえず誠を家に上げて、お茶を出す。

聞けば、優樹と喧嘩をして、家出してきたという。

しかし、誠は一人暮らしだったはずだ。


「だって、優樹君は俺んちの合鍵持ってるし。なんか、家まで押しかけてきそうじゃない?」


誠は、サクラの背を撫でながら呟く。


優樹という男には、一度だけ会ったことがある。

一昨年に自分たちのバンドのライブを見に来てくれて、少しだけ話をしたことがある。

あまり詳しくは知らないが、優樹は誠の勤める店の店長で、お洒落で、カッコいい、大人の男の人という印象だった。

誠と同じく、賑やかで、よく笑う人だったと思う。

けれど、ちょっとだけ意地悪で、「金髪で身長低いと、ヒヨコみたいだな」と、からかわれて、少しムッとしたのを覚えている。

自分が身長低いんじゃなくて、周りの男どもが、でかすぎるんだと思う。

亮太にしろ、誠にしろ、無駄に身長が百八十センチ以上もあるんだ。

そんな人間と並んだら、自然と、自分は小さく見えてしまうだろう。


「それにさー、優樹君ったら酷いんだよ?

 ちょっと仕事のことで喧嘩したんだけどさ、『店長命令だ。嫌ならお前が辞めろ』なんて言うの。

 こっちは優樹君のためを思って、口出ししたのにさー。あー、もう、ホントむかつくー。」


わざとらしく唇を尖らせながら、誠は拗ねてみせる。

そんな可愛らしい仕草を見せても、その長身には全然似合わない。


「喧嘩って…。派手に殴り合いでもしたんじゃないでしょうね?」


「違うよー。もうとっくに、そんなことは卒業しましたー。

 それに、俺は優樹君のことが大好きだから、優樹君には絶対手を上げません!」


そう言って、誠は笑う。

両手を広げて、大袈裟に肩を竦めて、おどけるように。


将悟は、この男の過去を知っている。

こうして、ニコニコ、ヘラヘラと笑っているけれど、昔は相当なヤバい人物だったらしい。

有名な不良グループの一員で、毎日喧嘩に明け暮れて、傷害事件も起こしたことがあるそうだ。

喧嘩は相当強かったらしく、誠がキレたら、誰も手を付けられなかったらしい。

けれど、「今では、すっかりまともになった」と、本人は言っている。

少なくとも、自分の目に映る誠は、優しいし、明るくていい人だと思う。

少しお喋りなところは難点だが、頼りがいがある、しっかりとした大人だ。


「誠さんが問題起こしたら、バンドできなくなるじゃないですか。」


呆れるように、将悟は言う。

手持ち無沙汰が寂しくて、ギターに指をかける。


「だーかーらー、それは大丈夫だって。

 でも、優樹君が謝ってくるまで、仕事は出ないつもり。

 俺、こんなに拗ねてますよーって、アピールし続けるもーん。」


そんな子供みたいなことをしなくても、もう一度ちゃんと話し合えばいいのに。

誠は少し頑固なところがある。本当は顔を合わせづらいだけなんじゃないのか。

将悟は弦の上で指を滑らせながら、溜息を吐く。


「早く仲直りしないと、仕事無くなりますよ。」


「…それは、死活問題だねえ。」


ギターのアルペジオに、誠の困ったような笑い声が乗っかった。


ふいに、将悟の携帯が、机の上で振動する。

マナーモードにしたまま、解除をするのを忘れていた。

青の点滅ランプと、短い二回のバイブレーションは、メールの受信通知だった。

将悟は机の上の携帯電話に手を伸ばす。

ディスプレイに表示されたのは、日向の名前だった。


「お、珍しい。日向だ。」


将悟は受信したメールを開く。


『高校生が一ヶ月くらいで二百万円稼ぐとしたら、どんな方法があると思う?』


「は…?」


突然の内容に、将悟はマヌケな声を上げる。

意味を理解できないまま、携帯電話は再び二度震えた。

また、日向からのメールだ。


『ごめん、なんでもにい。今の忘れて』


誤字がある。几帳面な日向らしくもない。

きっと、慌てて送ったのだろう。

さっきのメールをなかったことにするのか。

しかし、とてもではないけれど、忘れたフリができるようなメールではなかった。


一体どうしたのだろう。

金額的に、学費に困っているのか?

いや、日向は奨学金を借りたりするより、一、二年バイトをして学費を貯めると言っていた。

何か時期を急くようなことがあったのだろうか。

それでも、一ヶ月で二百万円なんて大金、稼げるわけがない。

高校生のバイトなんて、必死で頑張っても、十万円稼げればいい方だ。


「日向君なんてー?」


画面を見つめたまま、固まってしまった将悟を、誠は覗き込む。


「え…あ、いや…。」


将悟は、反射的に口ごもってしまう。

当然だ。いきなりこんなメールが来て、動揺しない方がおかしい。

日向は何を考えているんだ。何かをしようとしているのか。


「何?そんな変なメール来たの?」


誠は不思議そうに首を傾げる。

将悟は本当のことを言うべきか、悩んだ。

もしかしたら、ただの冗談かもしれない。ドッキリかもしれない。

いや、日向は人をからかうようなことはしない。

もし、本当に真剣な悩みだとしたら、余計に他人に洩らさない方がいいのかもしれない。

けれど、将悟一人では、日向の悩みに応えてやれないような気がした。

誠はお喋りだけれど、秘密ごとに関しては口が堅い。

大丈夫だ。誠は信用できる。


「…高校生が一ヶ月くらいで二百万円稼ぐには、どんな方法がある?って…。」


将悟は、誠に一通目の日向のメールを見せる。

小さな文字が読みづらいのか、誠は眉間に皺を寄せて、それから目を瞬かせた。


「へー。高校生が?一ヶ月で?無理だよ、無理無理。普通は、そんなことできないよー。」


誠はおかしそうに笑いながら、ひらひらと手を振る。

自分よりも人生経験の多い誠なら、何か考えがあるかと思ったけれど、違ったみたいだ。


「…ですよね。」


将悟は溜息を吐いて、肩を落とす。

当然か。そんな方法、あるわけない。

けれど、誠はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。


「まあ『普通は』無理だよ。でも、法を犯せば、色々と方法はあるよねえ?」


法を犯す、だなんて。

そんなの、まともな方法じゃない。


「…日向に、犯罪教えろって言うんですか?」


訝しげに将悟が言うと、誠はまた、おどけるように笑った。


「違うよ。そう言う意味じゃない。それに、そのメールって、日向君本人のこととは限らないでしょ?

 例えば、誰か、日向君の身近な人が、いきなり大金を手に入れて、日向君がその人のことを、『何か変なことをしていないか』って、心配している可能性だってある。」


「身近な人…?」


そう言われれば、確かにそうだ。

日向は危ない橋を渡るタイプではないし、ましてや犯罪に手を染める人間でもない。

身近な人。もしかしたら、日向は彼方のことを言っているのかもしれない。

「一ヶ月くらい」それは、夏休みを指しているのではないか。

彼方は夏休みに住み込みでバイトをしていると、日向が言ってた。

そのバイトの内容も、知らないと言っていた。

そうだ。そう考えれば、辻褄が合う。


「将君は、どんな方法なら、短期間で二百万稼げると思う?」


首を傾げて、誠は問う。

しかし、平凡に、普通に生きてきた将悟は、思いつかない。


「そんなこと言われても…。俺、そういうのよくわからないですよ。」


「まあ、俺の方が詳しいかもね。」


そう言って、誠は無邪気に笑う。

過去に不良をしていた誠は、そういうことに詳しいのだろうか。

そういうことを、過去にしていたのだろうか。

誠の過去は、話でしか聞いたことがない。

そもそも不良だったのは十代の頃の話らしいし、出会ったころにはすでに、こういう明るくひょうきんな男だった。

ニコニコと人当たりよく笑う誠を見ていると、不良だった過去が嘘のようにも思える。

いつもの冗談なんじゃないかとさえ、思ってしまう。


誠は机に頬杖をついて、少し考えるような素振りをみせる。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「んー手早いのは窃盗だよね。強盗とか、恐喝とか。

 でもそれって数回、数十回も繰り返さないと、二百万なんてなかなか稼げるものじゃない。

 繰り返しているうちに警察に捕まっちゃうねえ?」


誠は膝に乗るサクラの頭を撫でて、首を傾げる。

その表情には笑みが浮かんでいるが、とてもではないけれど、楽しい話なんかじゃない。

訝しげな将悟の視線を無視して、誠は言葉を続ける。


「あとは、薬物の売買かな。

 これはルートを持っていれば簡単にできるけれど、足がつきやすい。

 まあ、警察も無能ではないし、薬を使ってる人間が捕まったりしたら、売人から組織まで、芋づる式にパクられちゃうね。

 確かに手っ取り早く稼げるけれど、リスクが大きすぎる。例え二百万稼げたとしても、すーぐ捕まっちゃうねえ?」


物騒なことを、平然と話す誠。

その微笑みが、なんだか不気味だ。


「…それは、有り得ないと思います。」


窃盗や薬物なんて、普通の高校生がやるものじゃない。

日向にしても、彼方にしても、有り得ないことだと思う。


「そうだね。ただの高校生が、って考えると、あまり現実的じゃない。

 犯罪には、リスクが付き物だからね。逮捕されちゃったら大変だ。

 まだ高校生なのに、そんなくだらないことで、わざわざ人生を棒に振ることはないもんね。」


誠は大袈裟に肩を竦めてみせる。

そして、目を細めて言った。


「じゃあ一番リスクが少ないのって、何だと思う?

 将君くらいの歳の男の子が身一つで稼げる、手っ取り早い方法。」


誠は人差し指を立て、ニヤリと笑った。


「身一つで、って…。そんな方法、あるわけないでしょう。」


「あるよ。それも、手軽でローリスクなとびっきりの方法がね。」


そう言って、誠はおどけるようにウインクをする。

ふざけて話すような内容じゃないのに。


「そんなの…」


誠は将悟の言葉を遮り、立てた人差し指を将悟に向けた。


「売春だよ。お互い同意の上なら、足はつかない。

 一回の稼ぎは数万でも、繰り返せば一ヶ月で二百万くらいは稼げるでしょ。

 それに、捕まるリスクは少ないし、若くて顧客がいっぱいいるなら、簡単だ。」


その言葉に、将悟は言葉を失った。


売春だなんて。

好きでもない人と寝て、お金をもらうだなんて。

体を売り物にするなんて、普通はできない。

善良な道徳心を持っていたら、できるわけない。

少なくとも、自分はできない。


「でも、それは…女子だけ、ですよね?」


将悟の言葉に、誠はゆっくりと首を振った。


「そんなことないよ?まあ、確かに、女子高生は一種のブランドだ。

 男は若い女の子が大好きだし、援助交際なんてものもあるからね。

 でも、男だって需要はあるよ。

 若くてカッコよくて、えっちが上手かったりしたら、お金を払ってでも抱いてほしい、なんて言うお姉さんは、少なからずいる。

 ヒモ男に貢ぐダメ女みたいな感じ?…いや、あれは少し違うか。」


そう言って、誠はクスクスと笑った。

けれど、将悟は言葉を失ったまま、何も言えなくなっていた。


あの双子は顔がいい。

彼方はよくモテていたし、日向だって最近モテるようになった。

確かに、顔が良ければ目立つし、女子も群がる。

でもまさか、売春をしているかもしれないなんて。


誠に言われて組み立てた推測通りだと、彼方は夏休みに家を出て、売春をしていたことになる。

しかも、新学期を迎えて、まだ一度も学校に来ていないことを考えると、今でも売春を繰り返している可能性が高い。

そして、何らかの形で大金が日向の手に渡って、日向が驚いて自分に連絡してきた。

彼方が家を出た時期と金額を計算したら、全ての辻褄は合う。


息が、詰まりそうだった。

無意識にギターのネックを握る手に、力が籠る。


どうしよう。

自分はとんでもないことを、知ってしまったのではないか。

こんなことを知ってしまって、自分はどうすればいい?どうするべきなんだ。

この話を日向に伝えるべきか?いや、伝えてもいいのだろうか。

日向は、最近やっと明るく笑うようになった。

それなのに、こんな話をしたら、日向はまた心を閉ざしてしまうかもしれない。

いや、でも、あのメールの内容からして、おそらく日向も疑問に思っている。

今日だって、なんだか落ち込んだ様子だった。

きっと、日向も彼方のことを気にしている。

でも、言うべきか、言わないべきか。

言わない方が、いいんじゃないのか。

知らない方が、幸せなんじゃないのか。

けれど、秘密にしておけるのか。


「将君。」


誠の声で、現実に引き戻される。

いつの間にか、考え込んでしまっていたようだ。

誠はおかしそうに笑っていた。


「全部推測だよ?もしもの話。

 本当にそうと決まったわけじゃないんだから、そんな顔しないでよー。

 日向君は、そんなことできるような器用なタイプには見えないし。

 あ、もしかしたら、冗談だったんじゃないのー?」


いつもと同じ軽い口調で、誠は微笑む。


日向は、こんな悪趣味な冗談を言うような人間じゃない。

友達だから、わかる。

きっとこのメールは、遠まわしに自分に助けを求めていたんじゃないのか。

でも、誠と話して、自分たちだけの手に負える問題ではないことに気付いた。


「だったら、いいんですけどね…。」


将悟は溜息を吐いて、肩を落とした。


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