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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「月の居場所」

登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

渡辺真紀 バスケ部マネージャー。

竹内京子 二年生。

新田百合 一年生。日向の恋人。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 彼方と同じ優樹の店で働く従業員。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。



「月の居場所」




篠田誠。25歳。

昔から面倒事は嫌いだし、努力することも嫌いだった。

ただ楽に、楽しく生きていければ、それでよかった。


父親は、大きな製薬会社を一代で作り上げた社長。

母親は、現役の敏腕弁護士。

兄は二人いて、二人とも東京のいい大学を出て、一流の会社に勤めている。

絵に描いたようなエリート一家だ。

その中で、自分はいわゆる落ちこぼれ。


幼いころから、父親も母親も、仕事ばかりで家にはほとんどいなかったし、

たまに顔を合わせて、口を開けば、

「勉強しなさい」

「いい学校に入りなさい」

「いい会社に勤めなさい」

と、呪文のように繰り返した。

親に言われるまま、机に向かって勉強をしている兄たちを見て、

子供ながらに疑問を抱いたことを覚えている。

そうやって勉強した先に、何があるのだろう。

無表情でただペンを動かして、ちっとも楽しそうじゃない。

まるでその姿は、親の操り人形のようだ、とも思った。


自分が小学生になると、一番上の兄も、二番目の兄も、

親の期待通り、私立の中学受験、県内で一番頭の良い公立高校受験に、難なく合格した。

けれど、相変わらずただ無言で机に向かっていて、

その頃には、兄たちの笑顔なんて思い出せなくなっていた。

親の笑っている顔も、見たことがない。

いや、見たことがないはずはないが、どうしても思い出せなかった。

母親も父親も、家にいても書類やパソコンの画面を見ながら、

眉間に皺を寄せて、ずっと難しい顔をしていたからだ。

母親も、父親も、兄たちも、自分のことなんて、誰も構ってくれなかった。


そんな静かな家が寂しくて、自分はわざと勉強ができないふりをした。

小学校のテストなんて、難しいわけじゃないし、100点なんて簡単に取れた。

けれど、解答欄に見当違いな答えを書いたり、

空欄にしたりして、ほとんど0点に近い点数を取った。

そんなテスト用紙を見て、母親は鬼のような形相で自分のことを叱ったのを覚えている。

叱られたのは、怖くて悲しかったけれど、子供ながらに、

『初めて母親が、自分のことだけを見てくれた』と思った。

それが嬉しくて、何度も何度も0点を取った。

その度に、母親は酷い顔で怒って、自分を見つめて叱ってくれた。

けれど、そのうちに母親は0点のテストを見ても、自分に見向きもしなくなった。

自分は親の期待に応えられない出来損ないだと、呆れられたのだ。見捨てられたのだ。

そんな家に、自分の居場所はなかった。


勉強をして、100点を取れば、また母親は自分のことを見てくれるだろうか。

いや、きっと、兄たちのように「もっと勉強しなさい」と、言われ続けるのだろう。

誠は、兄たちのようには、なりたくなかった。

友達と遊ぶことも、楽しそうに笑うこともできないまま、机に縛り付けられるのは嫌だった。

結局、成績は挽回できずに、頭の良い兄たちとは違う公立の中学へ進学した。

そのまま何もする気も起きないまま、ただ毎日を怠惰に過ごしていった。


一応高校には入ったが、中学の頃から悪い奴らとつるみだし、

飲酒、喫煙、万引き、カツアゲなんて当たり前。

無免許バイクでの暴走行為、シンナーや脱法ドラッグ、一通り悪いことに手を染めもした。

一日中不良グループとつるんで、学校にも行かず、

堅苦しい家になんて帰りたくなくて、朝から晩まで喧嘩に明け暮れた。

そして高校一年の夏、傷害事件を起こして高校を退学させられた。


傷害事件と言っても、敵対していた不良グループが喧嘩を売ってきたのだ。

幸い自分は体格にも恵まれていたし、喧嘩も強かった。

だから、応戦して返り討ちにしただけ。

刃物や道具を使ったわけではない。

相手が死んだわけでも、骨が折れたわけでもない。

まあ、ヒビくらいは入ったかもしれないが。


その事件を起こした時、母親は泣き崩れた。

兄たちは、まるで汚いものを見るような目で、自分のことを見ていた。

父親は初めて「できそこない」と言って、自分を殴った。

後にも先にも、父親が自分のことを見たのは、その時だけだった。


先に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。

自分は悪くない。身を守るためだ。

なのに、なんだ、そのゴミを見るような目は。

全部全部気に入らない。

自分を認めてくれない世界が、嫌いだった。

その頃には、成長しきった反骨精神や、反発心がすっかり肥大していた。


伸ばした銀髪も、ピアスも、タトゥーも、自分を強く見せるためだった。

強く見せていれば、自分に喧嘩を売ってくる奴らなんていなくなるからだ。

代わりに、同級生や、仲の良かった友人を、たくさん無くした。

自分の周りに残ったのは、不良仲間だけだった。


優樹に初めて会ったのは、自分が17歳の夏だったと思う。

その頃の自分は、高校を退学してから、家出同然に家を飛び出して、

バイトもせず、何もする気が起きなくて、友人の家を転々としていた。

相変わらず不良仲間とつるんでいて、とてもまともとは言えない人生を送っていた。

仲間とつるむのは好きだった。

けれど、同時に孤独も好きだった。


だから、たまに一人で公園のベンチに座り、ただぼーっと空を見上げて一日を過ごす。

その日は朝から雨が降っていて、いつもと違う屋根付きのベンチに座っていた。

ベンチのすぐ横には灰皿が備え付けてあり、誠は静かな雨音を聞きながら、煙草をふかしていた。

時刻は深夜だったと思う。俗に言う、丑三つ時くらい。

当然だが、雨降りの公園には誰もいなかった。

誰かいたとしても、こんなガラの悪い自分に近付こうなんて人間は、

自分たちと同じような不良少年以外に、誰もいなかった。

街を歩いていても、みんな自分を避けて、目も合わせないように顔を背けた。

誰も自分に近寄らない。そんなはずだった。


その男は、土砂降りの雨の中、手に傘を持っていた。

けれど、差そうとはせずに、傘は閉じたまま、びしょ濡れになっていた。

俯いて、誠のもとへと、ゆっくりと歩いてくる。

いや、自分のもとではない。灰皿の前でピタリと立ち止まる。

こっちが目的だったようだ。

誠は黙って、その男をじっと見つめる。

ゆるいパーマをあてた髪が、水を纏って重たそうに垂れていた。

頬が濡れているのは、きっと雨のせいだろう。

着ているのは、この暑い夏に見合わないような、暑苦しい黒いスーツだった。


誠を気にする様子もなく、その男は灰皿の前に立ち、

ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。

そして煙草の箱をポケットに戻して、再びゴソゴソと、ポケットの中を探る。

ライターでも探しているのだろう。

腰のポケット、胸ポケット、様々な場所を探って、

ライターが見つからなかったのか、肩を落として、大きく溜息を吐いた。


変わった男だと思った。

こんな深夜に、公園に来るなんて。

警戒する様子もなく、ビビる様子もなく、自分の傍に近寄ってくるなんて。

傘を持っているのにも関わらず、それを差さないところとか。

雨のせいで余計に蒸し暑いのに、スーツをキッチリと着込んでいるところとか。

変な奴だな、と思った。

だから、これは気まぐれた。


誠は黙ったまま、自分のオイルライターに火を灯して、その男に差し出す。

その男は驚いた顔をして、瞼をパチパチと瞬かせた。


「サンキュ。」


そう言いながら、その男は煙草を咥えたまま、

誠の差し出すオイルライターに顔を近づけ、煙草に火を灯した。


正面からその男の顔を見ると、自分よりは年上に見えた。

二十歳そこそこくらいだろうか。

パーマで曲線を描く前髪から、ポツリポツリと水滴が滴っている。

目頭が少し赤い。泣いていたのだろうか。


「優しいんだな。ありがとう。」


紫煙を吐き出しながら、その男は自分に微笑んだ。

その男の笑顔が、何故か眩しくて、見ていられなくなって、誠は目を逸らす。


「…別に。」


人に真っ直ぐな笑顔を向けられるのは、いつぶりだろう。

真っ直ぐにお礼を言われたことなんて、ないかもしれない。

なんだか恥ずかしいような、照れるような、くすぐったい気持ちになる。


「お前、名前は?」


誠の素っ気ない態度を気にも留めず、その男は軽い調子で伺う。

この男は、自分が年下だと気付いたのだろう。

先程よりも、馴れ馴れしい様子だった。

こんな自分に声を掛けるなんて、本当に変な奴だ。


「…篠田。」


誠は紫煙を吐き出しながら、静かに答えた。

別に名乗る必要も、理由もないのだけれど、その男のことが、妙に気になった。

これは、気まぐれだ。


「しのだ?」


その男は少し不思議そうに首を傾げる。

そして、ゆっくりとベンチに座る自分の正面に立った。

一歩歩くたびに、ポタポタと濡れた体から水滴が落ちる。


「ちげーよ。それ苗字だろ?俺が聞いてるのは、名前だよ。な・ま・え!」


人差し指を立てて、ぐいっと誠に詰め寄る。

そんな子供のような無邪気な仕草が、大人っぽい見た目と違って、アンバランスだった。


本当に変な奴だった。

それから、その男は毎晩その公園に現れた。

誠が素っ気なくしているにも関わらず、自分を警戒することもなく、

萎縮することもなく、馴れ馴れしく笑って、話しかけてくる。


後から聞いたことだが、

優樹に初めて会ったその日は、優樹の両親と弟の、葬式があったらしい。

暑苦しいスーツの理由は、家族を亡くしたからか。

傘を差さなかったのは、泣いているのを悟られたくなかったからだろう。

こんな自分に声を掛けたのは、きっと、悲しみでどうかしていたのだ。

話し相手が、ほしかっただけだろう。


そのうちに優樹のことを知り、少しずつ心を開いていった。


優樹は純粋だ。疑うことなく、すぐに人を信じる。

馬鹿正直で、お人好し。子供のように気まぐれで無邪気。

いつか悪い奴に騙されるのではないかと、心配になるほどだ。

明るくて、素直で、少しぶっきらぼうだけど優しい。

自分とは大違いで、誠の目には、優樹はキラキラと輝いて見えていた。

優樹に、憧れに近いものを抱いていた。

優樹のようになりたいと、そう思った。


自分は優樹とは違う。

純粋でもないし、明るくなんてない。

本当はお喋りでもないし、常に他人を疑っている。

社交的だなんて演じているだけで、本当は誰よりも他人を嫌っている。

同時に、自分自身のことも。


太陽のように、キラキラ輝く優樹を見ていると、

自分なんて、自ら輝けない、くすんだ月のようだと思う。

けれど、そんなキラキラ輝いている優樹の傍にいれば、

太陽と月のように、その光で自分も輝いて見えるんじゃないかと、そう思っていた。


そうして、優樹と出会ってからしばらくして、不良仲間とつるむのはやめた。

代わりに、優樹と一緒に過ごすことが多くなった。

優樹には小学生の妹がいて、優樹はその妹を溺愛していた。

いつも「可愛い可愛い」と言っていて、端から見ると、ロリコンか、誘拐犯にでも見えた。

けれど、亡くした家族の代わりに妹を育てると言い出し、

まだ遊びたい盛りだろうに、大学を辞めて、夜の店を出すと言い出した時は驚いた。


どうしてそんな境遇になってまでも、明るく笑えるのか。

どうして優樹は、そんなにキラキラと、強く輝けるのか。

不思議だった。羨ましかった。

自分もそうなれたらいいのに、と思った。

だから、自分も一緒に働くと、優樹に言った。

優樹の傍にいれば、自分もそうなれると、まともになれると、そう思った。

優樹は少し驚いたような顔をして、それからいつものように笑って、

「そう言うと思った」と、自分を傍に置いてくれた。


最初は、カウンターだけの小さな店から始まった。

自分は夜の仕事の経験なんてなくて、手探り状態で必死に働いた。

次第に固定客も付いてきて、週末には、店に入りきらないほどの客で賑わった。

店も波に乗ってきて、「狭い店内じゃ不自由だから」と、

優樹は、最初より大きな場所に店を引っ越した。

それから従業員も増えて、さらに客も増えて、もう一度引っ越しをした。

二回の引っ越しを経て、今では地元でちょっとした有名店になっている。

優樹には、経営の才能があるのかもしれない。


その頃には、自分も作り笑いが上手くなって、女子顔負けのマシンガントークを覚えた。

張り付けた笑顔も、徐々に自然になって、

「明るくて楽しい、みんなのお兄ちゃん」という立場を、手に入れた。

不良仲間とつるんでいたころとは、違う。

少しは、まともになれた気がした。

たくさんの客や、従業員に囲まれた優樹の傍が、自分の居場所だ。

優樹は自分に、まやかしの輝きをくれる。

誠は優樹のことを、誰よりも慕っていた。



そう言えば、たくさんの従業員がいる中、

最初に彼方を紹介された時、優樹が冗談を言っているのだと思った。

だって、とても20歳には見えない。

どう見たって、高校生くらいだと思う。

少なくとも、大人には見えない。

初めて彼方と話した時に、「なんて胡散臭い奴だろう」と思ったのを、覚えている。

何か隠しているような、光のない目が、やけに気になった。


張り付いたような笑顔で、本心を隠す姿。

言葉巧みに、他人の懐にはするりと入るが、

自分の心の中には、絶対に誰も入れようとはしない潔癖さ。

いつもニコニコしているのに、時折、誰のことも信用していないような冷たい瞳をする。


一緒に働くうちに、誠の中で、彼方に対する「胡散臭さ」は肥大していったけれど、

「夜の仕事する奴なんて、何か言えないような理由がある奴ばかりだから、

あんまり詮索してやるなよ。」と優樹に釘を刺され、本人には聞くことができなかった。

あの気味の悪い笑顔。光のない冷たい瞳。

どう考えたって、おかしい。


7月下旬から8月いっぱいという、期間限定なのも気になった。

その期間は、一般の学生の夏休みにも被る。

もしかしたら彼方は二十歳なんかではなく、高校生なのではないか、という疑問を持った。

ちょうど自分には、彼方の出身と同じ、潮南の田舎に住むバンド仲間がいたし、

軽い気持ちで、言葉巧みに将悟を揺すってみた。

まさかその時に、彼方にそっくりな人間に出会うなんて、思ってもみなかったが。

ずぶ濡れでバス停に倒れていた、彼方そっくりな少年、日向。


将悟や日向と話すうちに、自分の感は当たっていたのだと、確信した。

彼方は二十歳ではない。日向の双子の弟で、高校三年生だ。

けれど、同時に懸念も生まれた。

この事実を知って、どうする?優樹に言うのか?彼方に迫るのか?

そんなことをして、どうなる?優樹を戸惑わせるだけだ。

優樹の作り上げた店を、引っ掻き回すような真似はしたくない。

それに、自分も、余計な面倒事はごめんだ。


どうせ彼方は、9月になれば店からいなくなる。それまでたった数週間だ。

彼方がいなくなれば、何もなかったかのように、元に戻る。

それならば、知らないふりをしよう。そう決めた。

優樹に余計な心配なんて、させなくていい。

面倒事は、見ないフリ、聞かないフリ、知らないフリ。

知らないから、自分は関係ない。知らないから、なかったことに。

「最初から、そんな事実はなかったのだ。」

そう自分に言い聞かせた。


彼方がいなくなるまでの数週間が、平和に過ぎればいいと思った。

優樹の傍が、自分の居場所。それを脅かされたくはなかった。

自分の太陽を、地に落とされたくはなかった。



「あれ?彼方君は?」


夏休みも終わり、いつものように誠は、優樹のマンションに遊びに来ていた。

仕事以外でも、何をするわけでもなく、こうして優樹と過ごすことが日課だった。

特に理由なんてない。ただ、優樹の傍は楽だから。


通されたリビングには、優樹と京子だけがいて、彼方がいない。

いつもは彼方も優樹の家にいるはずなのに。


「あー、なんか『出かけてくる』って言って、どっか行ったぞ。」


そう言いながら、優樹は京子の隣に座る。

優樹のマンションのリビングは、テーブルを挟んで、

二人掛けの大きなソファーが二つある。

京子が座ってた奥のソファーが、優樹の特等席。

その向かいが、いつも誠や、彼方が座る「お客様用」だ。

誠は慣れた様子で、その「お客様用」のソファーに腰掛ける。


「へー、珍しいねえ。彼方君が一人で出掛けるなんて。」


同伴やアフター以外の時は、彼方はいつも優樹と行動を共にしていた。

こうして一人で出掛けているなんて、珍しい。

何か、変なことをしていないといいが。

そう考えてしまうのは、自分が彼方を信用していないからだろう。


「女のとこかもなー。」


そう言って、優樹は煙草に火を点ける。

別に、誠は彼方に彼女がいることに、驚きはしない。

二十歳でも、高校三年生でも、そういう年頃だ。

彼女がいたところで、何ら不思議もない。

けれど、それでよく枕営業なんてできるなと、軽蔑した。


言わないだけで、知らないふりをしているだけで、

自分は、彼方の隠していることを知っている。

枕営業のこと、年齢を詐称していること。

優樹に秘密にするのは、彼方のためではない。

優樹と、自分自身のためだ。


「アイツ、田舎に女いるみたいだぞ。」


紫煙を吐き出しながら、優樹が言う。


「田舎に…女?」


京子は首を傾げる。

驚いているというより、怪訝そうな表情だった。

そういえば、優樹に彼方を紹介したのは、京子だったはずだ。

京子は、彼方の隠していることを、知っているのだろうか。

知っていて、優樹に紹介したのだろうか。

いや、それはあまり考えられない。京子も優樹を慕っている。

わざと優樹を裏切るような真似は、しないと思う。


「京子、何か知ってるのかー?」


優樹はニヤニヤと茶化すように、隣に座る京子の顔を覗きこむ。

けれど、京子は素早く顔を背けた。

それは、恥じらいや、照れじゃない。


「い、いや…知らない。」


この京子の反応は何だ?

明らかに、何かをを隠すようだった。

違和感を感じる。京子が優樹を裏切るわけない。

裏切るわけはないけれど、京子は何かを知っているのではないか。


「なーんだ。つまんねーの。」


ほら、そう言って、優樹は疑わない。

明らかに怪しいのに、人の言葉を鵜呑みにする。馬鹿正直なお人好し。

それが優樹のいいところではあるのだけれど、同時に危うさでもある。

京子も自分と同じ、知らないふりをしようとしているのか?

何かを知っているとして、京子はどこまで知っているのだろう。

きっと、自分よりも、彼方の深いところを知っているのではないか。

知っていて、何故、優樹に彼方を紹介したのか。

他にも隠し事があるのだろうか。

優樹の立場を脅かすような隠し事が。

もしそうなら、自分はどうすればいい?

どうすれば、優樹を守れる?


「誠、顔こえーよ。」


優樹の言葉で我に返る。

ぐるぐると思考を巡らせて、気付いたら難しい顔をしていたようだ。


「え?あ…ああ、ごめん。考え事してた。」


慌てて誠は、取り繕って笑う。

まさか京子を疑っていたなんて、言えるはずもない。

けれど、疑い深い自分の性格は、そうそう直せるものではない。


「まあ、お前の顔が怖いなんて、元からだけどなー。」


ニシシと、悪戯っ子の笑みで優樹が笑う。

酷い言われようだ。けれど、自覚はある。

しかし、親から遺伝した垂れ目は、今更どうにかなるものでもない。


こうして無邪気に笑える優樹が、羨ましかった。

優樹は自分の憧れ。自分も優樹のようになりたかった。

こんな自分を、まともな人間にしてくれたことも、感謝している。

恥ずかしいから口には出さないが、誠は、優樹に忠誠を誓っていた。


だから、もし彼方が優樹の邪魔になるのなら、

知らないフリを続けることができなくなる。

そう、誠は思った。



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