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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「不器用な優しさ」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

渡辺真紀 バスケ部マネージャー。

竹内京子 二年生。

新田百合 一年生。日向の恋人。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 彼方と同じ優樹の店で働く従業員。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。


「不器用な優しさ」




「お待たせしました。」


美容室の入り口の待合室のソファーで雑誌を読んでいると、

ヘアメイクと着付けを終えた京子が、彼方の前に現れた。


「どうですか?」


優樹が選んだ、派手なピンク色の花柄の浴衣。

浴衣に合わせて、上品に結った短い黒髪。

枝垂桜のような簪を挿して、京子は少し恥ずかしそうに目を逸らす。


浴衣に着飾った京子に、彼方は口をポカンと開ける。

恥じらう様子が、いつもの京子と違って、

やけに可愛らしく見えて、目を奪われた。


「すごい…馬子にも衣裳ってやつだね。」


彼方は、呆然としたまま、言葉を洩らす。

浴衣一つで、人はここまで変わるのかと、驚いていた。


「それ、褒めてませんよね…。」


京子はガッカリしたように肩を落とす。

一応、京子も女の子だ。褒められるのを期待していたのだろう。


「いやいや、可愛いと思うよ?」


彼方は、慌てて京子を褒める。

しかし、それがわざとらしすぎたのか、京子は呆れたようにため息を吐いた。


「こんな派手な浴衣…なんか恥ずかしいです…。」


そう言って、京子は恥ずかしそうに、浴衣の袖で顔を隠す。

ド派手なピンク色に、大袈裟すぎるほどの花柄。

優樹のセンスは、少しズレている。


「僕は『もっと大人しい色の方がいい』って、言ったんだけどね、

 優樹さんが『女の子は絶対ピンク!誰が何と言おうとピンク!』って。」


彼方は優樹との浴衣選びを思い出して、呆れながら、京子に説明する。

優樹が次々と手に取ったのは、奇抜でド派手なものばかりだった。


「なんで止めてくれないんですか…。」


袖の隙間から少し顔を覗かせて、京子は恨めしそうに、彼方を睨む。


「優樹さんが、僕の意見を聞くと思う?」


その言葉に、京子は大きくため息を吐いた。





花火大会の会場で合流した優樹は、上機嫌だった。

この花火大会は、県内一大きな花火大会で、

歩行者天国になった沿道沿いには、様々な屋台がたくさん並んでいたからだろう。

花より団子、花火より屋台。子供のような思考だ。


「かき氷くおーぜ!何にする?俺ブルーハワイ!」


そう言って、優樹はハイテンションで、かき氷の屋台に駆け寄る。


「なんでお兄ちゃん、そんなに奇抜なものばっかりなの…。」


京子はそんな優樹に呆れながらも、

浴衣のせいで狭くなった歩幅で、優樹の後に続く。


「いいじゃん!せっかくだし!」


浴衣を選んだ時にも思ったが、優樹はとにかく奇抜で派手なものが好きだ。

そして、年の割に、無邪気で自由な振る舞いをする。


「もー…。私はレモンかなあ。彼方さんは?」


「僕はメロン味が好きかな。」


そう即答した彼方に、京子は不思議そうな顔を見せた。


「彼方さん、これは色が緑なだけで、メロンの味なんてしないんですよ。」


そう言って、京子は緑色のシロップを指さす。


「え?そうなの?」


そんな京子の言葉に、彼方は不思議そうに首を傾げる。


「そうですよ。イチゴも、メロンも、着色料が違うだけで味は一緒ですよ。」


そう説明する京子の横で、

優樹は笑いを堪えるように、口元を手で覆っていた。


「彼方…お前、もしかして…

 メロンパンにメロンが入ってると思ってるタイプか?」


少し馬鹿にしたように、優樹は口に手を当てたまま彼方に問う。


「違うんですか?」


意味がわからない、という顔で彼方が答えると、

優樹は噴き出すように笑いだした。


「うわー、馬鹿ですね。」


「ぷっ…お前…可愛いな…。」


呆れる京子の隣で、優樹は少し乱暴に彼方の頭を撫でて、無邪気に笑った。


それから、色々な屋台を巡った。

花火なんてそっちのけで、たこ焼き、焼きそば、綿菓子を食べて、

射的や、くじ引きなども、夢中になって何度も挑戦した。

子供のように無邪気に大はしゃぎする優樹を見て、

彼方と京子は呆れながら、それでも楽しくお祭りを満喫した。



ふいに携帯電話がメールを受信する。

彼方は立ち止まってメールを確認すると、店の客からだった。

突然店が休みになって、客に断りのメールを入れたけれど、

今日は土曜日で、自分の客だけで10人以上も来店する予定だった。

受信ボックスを見ると、他の客からも、

次の来店や、同伴の約束をするメールが何通も返ってきていた。


チラリと前を見ると、優樹と京子は楽しそうに屋台を見ている。

ちょうどいい。京子に気を使って、二人きりにしてあげよう。

そう思った彼方は、人混みの隅に立ち止まり、メールを返し始めた。


彼方は、そんなにマメな方じゃない。

こういうチマチマとメールを返す作業が、苦手だった。

メールなんてしないで、店に来ている時に、次の約束をすればいいのに。

来店や同伴など、仕事に関するメールならまだいいけれど、

どうでもいいような日常的な内容のメールを送ってくる客もいて、

いちいちそんなメールを返すのは面倒だな、と彼方は思う。

まあ、そう思ってしまったら、こういう商売はできないわけで、

彼方は必要最低限だけ、メールのやり取りをしていた。


「あれ?彼方君?」


ふいに、誰かに声を掛けられる。

その声は、よく知ったゆるい声で、久しぶりに耳にする声だった。


「あ…千秋ちゃん。」


顔を上げると、同じクラスの矢野千秋が、林檎飴を持って立っていた。

千秋は、白い浴衣姿で、普段学校で見る制服姿とは違い、少し大人っぽく見えた。

大人しい色合いで、あまり強く主張しないシンプルな花柄。

京子も、こういう浴衣ならもっと可愛いのに、と彼方は思った。


「彼方君も、こっちの花火大会来てたんだねー!私も友達と来たんだー。」


千秋は、嬉しそうに微笑んで言う。

少し先には、こちらを窺う千秋の友人らしき少女たちもいた。


「ああ、うん…まあね。」


目を逸らして、気まずそうに答える。

学校の人間に色々バレるのはマズい。


「もしかして…日向君も、一緒?」


千秋は、周りをキョロキョロと見渡しながら言う。

あまり優樹と一緒にいるところを見られるとマズい、

そう思った彼方は、慌てて否定する。


「あ、いや!…日向はいないよ。」


その言葉に、千秋は残念そうな顔をした。


「そっか。また日向君に浴衣、見せられなかったなあ。」


肩を落として、千秋はポツリと、小さな声で呟く。

その言葉が、少し引っかかった。


「また?」


彼方が首を傾げて聞くと、千秋はおずおずと、たどたどしい口調で語りだした。


「うん、前にね、学校の近くの神社の夏祭りのときにね、

 みんなで一緒に行く約束をしてたんだけど…

 前日になって、やっぱり彼女と行くからって…言われちゃって…。」


千秋は、林檎飴の棒をクルクルと指で回しながら、

少し暗い表情で言葉を紡ぐ。


日向はちゃんと、百合と恋人として過ごしているのか。

望んでいたはずなのに、心が痛い。

日向の隣は、自分だけのものだったのに。


「せっかく日向君に、どんな浴衣が好き?って聞いて、

 白いのがいいって言われたから…これにしたんだけどね。

 見てもらえなかったや…。」


そう言って、千秋は少し困ったように微笑む。


ああ、そう言えば千秋も日向に好意を抱いていたように見えた。

健気に、日向好みの浴衣まで買ったのに、千秋もフラれてしまったのか。

自分も千秋も、日向のことが好きなのに、報われない。


「そうなんだ…。似合ってると思うよ。可愛い。」


彼方は微笑んで、夜の仕事ですっかり言い慣れた、

見え透いたお世辞を呟く。


「本当?ありがとう!」


けれど、彼方の言葉に、千秋は疑うこともなく、嬉しそうに微笑んだ。


「もー彼方さん!勝手にどっか行かないでくださいよ…って…。」


遠くから京子が彼方を見つけて駆け寄ってくる。

しかし、彼方が千秋と話しているのを見て、京子はその場にピタリ立ち止まった。


「あ…京子ちゃん…。」


「え?彼方君の彼女…?」


千秋は驚いたように、彼方と京子を交互に見て、不思議そうに首を傾げる。


マズい。千秋に、京子との関係を、変に勘繰られるわけにはいかない。

これ以上、千秋の傍にいたら、ボロが出てしまう。


「…違うよ。ただの友達。」


そう素っ気なく言うと、彼方は千秋に背を向ける。


「僕、人を待たせてるから。…じゃあね。」


「え…彼方くん…?」


そのまま彼方は、振り返りもせずに、人混みの中へと紛れる。

余計なことを言わないように、余計な疑いが掛からないように、

今は、千秋と口を聞かない方がいい。



人混みに紛れて、千秋が見えなくなると、彼方は安堵して溜息を吐いた。

そして、気まずそうに立ち尽くす京子を見つけて、声を掛ける。


「優樹さんは?」


彼方が千秋を連れていないことを確認すると、

京子も安心したように、息を吐いた。


「向こうで、金魚すくいに夢中になってます。」


そう言って、京子が指さしたのは、子供たちが群がる金魚すくいの屋台だった。

優樹はその輪の中心で、周りの子供たちと競っているのか、

楽しそうに大声で笑っていた。


「…ホント、たまにあの人が年上に思えないときがあるよ…。」


「それは同感です…。」


彼方と京子は、子供以上に無邪気にはしゃぐ優樹を見て、肩を落とした。

優樹は、そんな二人の様子を知ってか知らずか、

子供たちとの金魚すくいバトルは、熱を増していった。

今だけは他人のフリをしよう、と二人は思って、

金魚すくいの屋台から、少し離れたところで優樹を見守った。


「さっきの、学校の人ですか?」


浴衣も着慣れたのか、先程までの恥じらいもなくなって、

京子はいつもの澄ました顔で言った。


「ああ、同じクラスの女の子だよ。」


彼方は、金魚すくいにはしゃぐ優樹を、遠目で見ながら答える。


「余計なこと言ってないでしょうね?」


「大丈夫。何も言ってないよ。」


じーっと、訝しげに彼方の顔を見つめる京子。

当然だ。夜の仕事をしているなんて、バレるわけにはいかない。


「もしバレたら、お兄ちゃんの立場まで危うくなるんですからね。

 ちゃんと上手くやってくださいよ。」


京子が心配しているのは、彼方のことではない。

彼方が年齢を詐称して夜の仕事をしていることがバレて、

非難の矛先が兄に向くことを、京子は恐れている。

京子がこんなに必死になるのは、兄のためだけだ。


「わかってる。迷惑はかけないよ。」


彼方は困ったように笑った。



結局、優樹は20回以上も金魚すくいに挑戦し、

50匹以上の金魚を掬ったが、「飼えないから」と言って、

一緒に金魚すくいに白熱していた子供たちに配った。

せっかく何千円もつぎ込んでいたのに、と京子は呆れたが、

金魚貰った子供たちの嬉しそうな顔を見て、優樹は満足そうに微笑んでいた。


そして、花火も全て打ち終わり、屋台も終い支度を始めたころ、

彼方たちも帰路に着こうと、沿道沿いを歩いていた。


「いてて…。」


突然、京子が足を押さえてうずくまった。


「どうした?」


優樹と彼方は、うずくまった京子に駆け寄る。

押さえた足を見ると、酷い靴擦れをしていた。


「わー、痛そう…。草履なんて、履きなれないもんね。」


痛々しい傷に、彼方は顔をしかめる。

優樹は顎に手を添えて、少し考えるそぶりを見せる。


「ん。」


そう短く言って、優樹は京子に背を向けて、しゃがみ込む。


「え…?何?お兄ちゃん。」


突然のことに、京子は意味がわからないというように首を傾げる。


「何って…おぶってやるよ。」


「え、いいよ!いい!」


平然と言い放った優樹に、京子は顔を真っ赤にして拒否した。


「ばーか。そんなんじゃ、歩けねーだろ?ほら。」


そうぶっきらぼうに言って、優樹は手をバタバタと振って催促する。


「わ、私重いし…!」


京子は真っ赤な顔のまま、手を左右に降って、尚も拒否する。


「あーもう。5秒以内にこねーと、おぶってやらねーぞー。

 ほら、はーやーくー。」


優樹はじれったそうに、更に両手をバタバタと振る。


「ええ…っ。」


「ほら、京子ちゃん。せっかくだから、おぶってもらったら?」


躊躇う京子に、彼方はニヤリと笑う。

優樹のことが好きなら、いいチャンスではないか。

どうしてそんなに頑なに、拒否するのか。


「なんか…恥ずかしいじゃない…。」


京子はそう言って、真っ赤になった顔を両手で覆って隠す。


「何言ってんだ。昔はよくおんぶしてやっただろー?」


優樹は顔だけを振り返らさせて、

子供のように尻込みする京子を見て、呆れたように呟く。


「それは、小っちゃい頃の話でしょ?私、もう大人だもん…。」


京子は顔を隠したまま、小さく呟く。


「お前はまだまだ子供だろ?」


子供のようにイヤイヤ、と首を振る京子に、

優樹は大きくため息を吐いて、立ち上がる。


「あーもう、仕方ねえなあ。」


そう言って、優樹はしゃがみ込む京子を、軽々と持ち上げる。

両手で京子を抱えて、まるでお姫様だっこのような状態だった。


「あ、ちょっと…!や、やだ!お兄ちゃん…!」


京子は驚いた様子で、手足をバタつかせる。

しかし、優樹の腕は力強く、ビクともしないようだった。

優樹は涼しい顔をして、京子を抱えたまま、歩き出す。


「はいはい。あぶねーから暴れるな。

 …やっぱ、ちょっと重いなー。」


軽い調子で優樹がそう呟くと、京子は大人しくなり、

恥ずかしそうに、小さく言葉を洩らす。


「だから言ったのに…。」


京子は真っ赤な顔で、優樹から目を逸らす。

恥ずかしくて、まともに優樹の顔が見れないのだろう。


「昔は、もっと軽かったのになー。」


「だから…それは、子供の頃の話でしょ…。」


京子は唇を尖らせて、拗ねたような仕草を見せる。

そんな京子の様子を見て、優樹は何かを考えるように目を伏せた。


「そーだな。…まー、それだけ京子が成長したってことだなー。」



そう言って、優樹は満足そうに微笑んだ。




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