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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「二人の距離」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

渡辺真紀 バスケ部マネージャー。

竹内京子 二年生。

新田百合 一年生。日向の恋人。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 彼方と同じ優樹の店で働く従業員。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。


「二人の距離」




「はい。…ええ。じゃあ17時くらいに伺うんで!

 うーんと可愛くしちゃってください!

 …はい、じゃあ、よろしくお願いしまーす。」


太陽がてっぺんに昇る昼過ぎ。

優樹は電話をしながらリビングへと入ってきた。

彼方と京子は、向かい合ってソファーに座ってテレビを見ていた。


優樹は通話を切って、京子の隣に座る。

そして、携帯画面を見つめながら、口を開く。


「彼方ー、今から買い物付き合えよー。」


優樹はメールをしているのか、何かを検索しているのか、

スマートフォンの画面の上で指を踊らせる。


「いいですけど、どこいくんですか?」


こうして優樹が彼方や誠を誘って、買い物へ行くのはいつものことだ。

寂しがりなのか、あまり一人では出歩こうとしない。


「うーん、どーこがいいかなあ。」


彼方が聞くと、優樹は顎に手を添えて、考えるように首を傾げる。

どちらかと言えば、優樹の買い物は早い。

いつもは買うものを決めて、買う店を決めてから外出するため、

こうして、優樹が悩む様子は珍しい。


「お兄ちゃん、私は?」


悩む優樹の顔を覗き込んで、京子は問う。

思えば、優樹と京子が一緒に外出することは、少なかった。

妹と出かけるのは恥ずかしいのか、優樹の隣は、彼方か誠ばかりだった。


「京子はダメ。家にいなさい。」


優樹はスマートフォンの画面を見つめたまま、顔を上げずに答える。


「えー、いつも誠さんとか、彼方さんばっかりじゃない!ずるーい!」


京子は唇を尖らせて、拗ねるような仕草を見せる。

それは、いつもの彼方に見せるクールで澄ました表情じゃない。

優樹の前でだけ、「妹」としての素直な顔を見せる。


「ズルくない。」


拗ねる京子をよそに、優樹はスマートフォンを操作し続ける。

メールを打っているのか、優樹の指は、忙しく動いていた。


「…じゃあ、私も友達と遊びに行こうかな。」


京子はそっぽを向いて、自分の携帯を取り出す。

そして不貞腐れたように、乱暴に携帯電話を操作しだした。


眉間に皺を寄せて、不機嫌そうに唇を尖らせる。

優樹に構ってもらえないと、こうして京子は機嫌が悪くなる。

まるで子供のようだ。

そんな京子の仕草に、優樹は顔を上げた。


「それはダメだ!」


そう言って、優樹は京子の手から携帯電話を取り上げる。


「あ、ちょっと…!」


そのまま優樹は立ち上がって、京子の携帯を掲げて、

茶化すように、芝居がかった口調で言う。


「俺の勘では、今日は外出したら、空からクジラが降ってくる!」


わけのわからない優樹の言葉に、京子は呆れてため息を吐く。


「なにそれ…。」


機嫌が悪くなりながら、呆れながら、

なんだかんだ言って京子は優樹に逆らえない。

惚れた弱みとでも言うのか、京子は頬を膨らませながらも、優樹に従う。


「とにかく、京子は家で大人しくしてなさい!」


その言葉に、京子は恨めしそうに彼方を睨んだ。





優樹に連れて来られたのは、駅前のショッピングモールだった。

夏休みということもあって、学生や親子連れがたくさん買い物に訪れていた。

彼方は「知り合いに会わないといいな」と、思いながらも、

今日は仕事着のスーツじゃなく、私服だから、

知り合いに会っても、適当に誤魔化せばいいだろう、と考えていた。


「あ、今日は店休みにするから。お客さんとの約束、全部断っとけよ。」


優樹は歩きながら呟く。


「え?なんでそんな、いきなり…。」


優樹の言葉に、彼方は戸惑う。


今日は土曜日だ。

一番忙しくて売り上げが上がる日なのに、急に休みにされては困る。

客との同伴や、アフターの約束も入っているのに。


優樹は気にする様子もなく、言葉を続ける。


「今日は花火大会だろ?」


そういえば、そんなポスターをどこかで見た気がする。

周りを見れば、浴衣を着た女性がちらほらと見えた。

おそらく、この後にある花火大会に行くのだろう。


「そして、偶然にも明日が京子の誕生日だ。」


優樹はニッコリと微笑む。


そんなこと、初めて聞いた。

だから家を出る時、いつもより京子の機嫌が悪かったのか。

優樹もなんだかんだ言って、過保護なくらい京子のことを想っている。

京子を置いてきたのは、きっとサプライズでもするつもりだったからだろう。


「お祝いするんですか?」


彼方がそう聞くと、優樹は頷く。


「おう。とりあえずプレゼント買いに行って、ケーキ予約して、

 花も注文しとかないといけないし…。あと御馳走も用意しないとな!」


優樹はそう言いながら、用意するものを指折り数える。

そして、後ろを歩く彼方に振り返って、微笑んだ。


「それに、お前も最近ちょっと元気なかっただろ?」


「え…?」


優樹の言葉に、彼方は驚いたようにポカンと口を開けて、立ち止まる。


自分は、上手くやれていたはずだ。

上手に笑って、年齢も、発作も、日向への想いも隠して、

ちゃんと、やれていたはずだ。


驚いた表情の彼方に、構うことなく優樹は言葉を続ける。


「ずっと見てたら、俺だって気付くさ。

 だから、今日は仕事休んで、思いっきり遊ぶぞ!」


そう言って、優樹は笑顔を見せる。

無邪気で、自由で、純真な笑顔。

そんな優樹が、キラキラと輝いて見えた。





「なー、彼方はどんなのがいいと思う?」


そう言いながら、優樹は女性ものの浴衣売り場の商品を物色する。


「…って、優樹さん、よく一人でそんなところに入れますね…。」


彼方は浴衣売り場から少し離れたところから、優樹に声を掛ける。

当然だが、この浴衣売り場には、

これから花火大会に行くであろう女性達が、浴衣を選んでいる。

周りは女性だらけで、いや、女性しかいなくて、

とても男同士で入れるような雰囲気ではない。

売り場の女性たちは、不審人物を見るような目で、優樹のことを遠巻きに見ている。

そんな周りの視線が痛い中、優樹は平然とした顔で京子への浴衣を選んでいた。


「はー?別に、これくらい普通だろ?

 …本当は水着でも買ってやろうかと思ったんだけどさー、

 さすがに、女性ものの水着売り場に入る勇気はなくてよー。」


確かに、水着売り場の方が入りづらい。

男同士で女性ものの水着売り場になんていたら、軽く事件だ。

しかし、この浴衣売り場もそんなに変わらない気がする。


「それなら京子ちゃんを連れてきてあげて、

 自分で選んでもらったらよかったじゃないですかー。」


彼方は呆れながら、ため息を吐く。


「ばーか。それじゃあサプライズにならないだろー?」


優樹は唇を尖らせて、そう言う。

そんな仕草が、少し京子に似ているような気がした。


「…それはそうですけど、

 京子ちゃんは、優樹さんがいないと、機嫌が悪くなるんですよ…。」


彼方は肩を落とす。

きっと、帰ったら絶対京子は拗ねている。

そして八つ当たりされるのは、いつも自分だ。


「へー。あいつもまだまだガキだなあ。」


そう言いながら、優樹は浴衣を物色し続ける。

まるで他人事のようだ。

まあ実際、京子が八つ当たりすることなんてないのだから、当然だろう。


優樹は売り場を右往左往とうろうろして、様々な浴衣を見ていた。

そして、一着の浴衣を手に取って、彼方に見せる。


「お、こんなのどうだ?」


そう言って優樹が手に取ったのは、派手なピンクの浴衣。

大きな花柄が、少ししつこいくらいだった。


「それはちょっと…京子ちゃんのイメージじゃないと思いますけど…。」


彼方は嫌々ながら優樹の隣に寄り、その浴衣をじっと見つめる。

しつこいくらいの派手さが、少し子供っぽく見えた。


「そうかー?じゃあ彼方はどんなのがいいと思う?」


優樹は少し不満そうに問う。


「え?僕ですか?」


彼方は売り場の浴衣を、ゆっくりと眺める。

ピンクや赤、黄色、オレンジなど様々な色の浴衣が並ぶ。

けれど、京子に似合うのは、派手なものよりも、

落ち着いた色合いのものの方がいいと彼方は思った。


「うーん…京子ちゃんは可愛い系よりも、なんかもっとこう…

 あ!こんなのどうですか?」


そう言って彼方が手に取ったのは、

黒を基調としている、赤い花が控えめに描かれたものだった。


「えー?それはちょっと大人っぽすぎねえ?」


優樹は顎に手を添えて、考えるように言う。


「京子ちゃんは、もともと大人っぽいし、

 こういうシンプルなのがいいと思いますけど。」


京子は同世代の女子に比べれば、クールで大人っぽい。

とてもピンクや派手な色は似合わないと彼方は思った。


「へー、お前には京子がそう見えるのか。あ、じゃあこれは!?」


そう言って、次に優樹が手にしたのは、

先程よりも派手な柄の、ピンクの浴衣だった。

優樹は話を聞いていないのか、それともただ単にピンクが好きなのだろうか。


「いや…それならこっちの方がいいですよ。」


彼方は、大人っぽい白を基調とした金魚柄の浴衣を、優樹に見せる。


「いーや、こっちだね!」


優樹は、もう何色を基調としているかもわからないくらい派手な、

カラフルな花だらけの浴衣を取り出す。


「だから、京子ちゃんはもっと大人しい色の方が…。」


「じゃあこっちだな!」


人の話を聞かずに、優樹が次々と手に取るのは、

全て、目に痛いくらい派手な色や柄のものだった。


「ああ、もう…。」


彼方は頭を抱えて、ため息を吐いた。

優樹が自分の話を聞いていないのは明らかだ。




「やべ!もうこんな時間だ。」


優樹は携帯電話で時刻を見て、慌てた素振りを見せる。

あんなに浴衣売り場に入るのを恥ずかしがっていたのに、

いつの間にか、二人とも浴衣を選ぶのに夢中になっていて、時刻は16時だった。

浴衣に帯、髪飾りに草履と、一通りのものは買った。

全て優樹が独断で選んだ派手なものだが。


「彼方、家の近くのSEVENっていう美容室わかるか?」


「あのコンビニの横の…?」


優樹のマンションの近くのコンビニの横の美容室SEVEN。

目立つ大きな看板だったから、記憶にある。


「ああ。予約はしてあるから、これ持って、京子連れて、

 着付けとセットしてもらってきて。俺まだ買い物しないといけないから。」


そう言って、優樹は購入した浴衣などが入っている大きな紙袋を、彼方に押し付ける。

てっきり優樹から京子に渡すものだと思っていたが、

浴衣選びに夢中になっていて、そういえばケーキや花をまだ買っていない。

美容院の予約の時間も差し迫っているようだから、買い物は優樹に任せることにした。

京子に八つ当たりされないといいな、と思いながら、

優樹の指示通り、彼方は優樹のマンションに向かった。




「ただいまー。」


優樹のマンションに帰り、彼方がリビングに姿を見せると、

京子は不機嫌そうに、ため息を吐いた。


「なんだ。彼方さんですか。」


優樹がいないことを確認すると、京子はテレビの方に視線を映して、

彼方の方を見ずに、棘のある言葉を吐く。


「よかったですね。お兄ちゃんに買い物連れて行ってもらえて。」


優樹の言いつけ通り、家にいたようだが、相当機嫌が悪いみたいだ。

彼方はため息を吐いて、京子をたしなめるように言う。


「やっぱり拗ねてた…。もー、今から出かけるよ。用意して。」


「なんで彼方さんと、出かけなきゃならないんですか。」


京子は唇を尖らせたまま、吐き捨てるように刺々しい言葉を洩らす。

テレビを見つめたまま、不機嫌に答える京子に、

彼方は肩を落として、呟く。


「僕だって不本意だけど、優樹さんにお願いされたんだよ。」


優樹の名前に、京子はチラリと彼方の方を見る。


「お兄ちゃんに?」


「うん、今日花火大会でしょ?」


「…花火、お兄ちゃんも来るんですか?」


京子は彼方をじーっと見つめて、窺うように問う。

心なしか、その瞳は、少し嬉しそうに、期待を含んだようだった。


「うん。優樹さんは、まだ買い物してるけど、花火までには戻ってくるよ。」


いつもクールで澄ました顔が、優樹の行動一つ一つで、容易く崩れる。

そうやって、いつも素直に嬉しそうにしていれば可愛いのに、と彼方は思う。


「…着替えてきます。」


平静を取り繕って、京子は静かに立ち上がる。

優樹も来ると聞いて、着飾るつもりだろうか。

けれど、彼方の手には、先程優樹と選んだ浴衣が入っている大きな紙袋が握られていた。


「ああ、別にそのままの格好でもいいよ。どうせ脱がなきゃいけないし。」


そうだ。どうせ、優樹の選んだ浴衣に着替えなければならないのだから、

今着飾ったって仕方がない。


「はあ!?何言ってるんですか!」


京子は顔を真っ赤にして、怒ったように眉間に皺を寄せる。

言い方に誤解があったようだ。


「あ、いや、変な意味じゃないよ。浴衣、着るでしょ?」


彼方は手をヒラヒラと左右に降り、否定する。


「別に、浴衣なんて着なくても…。」


京子は呆れたように、目を逸らしてため息を吐く。

確かに、イベントごとではしゃぐのは、京子の性格じゃない。


「もー、そんなこと言わないで。

 せっかく優樹さんが、京子ちゃんに浴衣選んでくれたのに。」


溜息を吐いて、彼方は手に持った紙袋を京子に差し出す。


「え…?お兄ちゃんが…?」


兄の名前を聞いて、京子は嬉しそうな顔をして、彼方から紙袋を受け取る。

しかし、紙袋を覗いた京子は、茫然とした表情を見せた。


「…なにこれ…。」



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