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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「それぞれの夜」

登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

渡辺真紀 バスケ部マネージャー。

竹内京子 二年生。

新田百合 一年生。日向の恋人。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

優樹   彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

誠    彼方と同じ優樹の店で働く従業員。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。


 「それぞれの夜」





静かな部屋の中、彼方は京子の隣に座って、俯いていた。

両手で顔を覆って、まだ止まらない涙を隠す。

あんなことをした手前、彼方は京子の顔を見ることができなかった。


突きつけられた正論すぎる正論に、何も言い返すことができなかった。

間違ったことをしているのは、痛いほど自分でわかっている。

けれどそうする以外に、自分を保つ方法がなかった。


彼方が落ち着くのを待って、京子は温かいカフェオレを淹れてくれた。


「ずっと一緒にいれると思ってた。二人だけで、ずっと、永遠に。

 でも、日向がそれを望んでないってわかって、…怖くなった。」


彼方は、ポツリ、ポツリ、ゆっくりと、言葉を紡ぐ。

京子は、ただ黙って、彼方の話を聞いていた。


ああ、自分はどうして京子に、こんな話をしているのだろう。

きっと、薬のせいだ。

薬のせいで、頭がぼーっとして、判断能力が低下しているんだ。

じゃなきゃ、京子にこんなことを言うはずがない。

そうじゃなきゃ、こんな情けないこと、言えるわけがない。


「でも、日向のことが好きだから、

 日向の幸せを願わないといけないって、そう思ったんだ。

 そう思いこまないと、辛くて死んでしまいそうだった。」


そう言いながら、彼方は手で涙を拭って、顔を上げる。

京子は、黙って正面を見つめたまま、

そっと、彼方にティッシュを差し出す。


疑うこともなく、自分は日向が好きだ。

そんなこと、他人には言えなくても、

京子になら、言ってもいいような気がした。

自分と似たような想いをしている、京子になら。

蔑まず、否定せず、理解してくれると、そう思った。


「…だから、ちゃんと言ったよ。『彼女作りなよ』って。

 進路だって、『一緒じゃなくて、日向の好きなことしなよ』って。

 そう言って、日向を突き放した。冷たくした。」


彼方はたどたどしい言葉を並べながら、

彼方は京子が差し出したティッシュを受け取る。

そして少し乱暴に涙を拭って、彼方は小さく息を吐いた。


「そうしないと、日向は優しいから、きっと僕の手を取ってくれる。

 きっと一人で悩みながら、僕の傍にいてくれる。

 でもそれじゃダメなんだ。僕じゃ日向は…幸せになれないんだ。」


彼方は自嘲的な笑みを浮かべて、ティッシュをギュッと握りしめる。

その笑顔は、痛々しかった。


日向の優しさに縋るのは、いけないことだって、わかってた。

自分が日向を好きな気持ちと、日向が自分に想う気持ちは、多分全然違うものだ。

それは充分にわかっていた。

日向に無理矢理キスをしたあの夜に、嫌というほど思い知らされたんだ。

日向の恐怖に怯えたような顔が、頭から離れなかった。


「本当は、日向のことを好きになっちゃいけないって、わかってた。

 ずっと一緒にいられないことも、わかってたんだ。」


拳をきつく握って、辛い想いを乗せた声を絞り出す。


あの日に戻りたいなんて、言えるわけがない。

散々変わってしまった現実に、後戻りなんて許されない。

変わることを望んだんだ。

変えることを選んだんだ。

全てを変えてしまったのは、自分自身だ。


「でも、好きなんだ。本当に本当に、日向のことが好きなんだ。

 一緒じゃなきゃ駄目なんだ…。日向じゃなきゃ…駄目なんだ…。」


自分が心を開けるのも、落ち着くのも、日向しかいない。

自分には、日向以外に愛せる人間なんていない。

日向しか、いない。


「どうしたら…日向の一番でいられたの…?」


縋るような、弱弱しい声。

その、あまりにも痛々しい彼方の姿に、黙っていた京子は、静かに口を開く。


「別に一番じゃなくても、傍にいられたら、それでいいじゃないですか。」


迷いのない、真っ直ぐな声。

京子も自分と同じような気持ちだと思っていたのに、

彼女は、自分と全く違う選択をしたのか。


好きだから、相手にも好きになってほしい。

ずっと傍にいてほしい。

でも、それができないから、日向から離れた彼方。


好きだけど、相手にも気持ちを伝えない。

いつか離れてしまうことをわかっていても、

今は何も言わずに、傍にいる選択をした京子。


「…京子ちゃんは、強いね。でも、僕はもう…そんなことできない。」


彼方は苦しそうに顔を歪めて、小さく、吐き捨てるように呟く。


「もう…戻れないんだ。

 きっと、もう…日向は、手も繋いでくれない。」


俯いて、震える声を洩らす彼方。


好きだから、突き放す。

突き放すくせに、触れたいなんて、馬鹿げていると思う。

けれど、誰かの体温がないと生きていけないという、弱い人。


小さくため息を吐いて、京子は目を逸らしたまま、彼方の手をそっと握る。


「私で良ければ、手ぐらいなら繋いであげますよ。」


京子の手に、彼方は驚いたように一瞬目を見開いた。

そして何も言えないまま、すぐにまた俯く。

けれど、手を離すことはなかった。


「…なんで、京子ちゃん…そんなに男前なの…。」


そんな彼方の言葉に、京子は少しむくれて、握った彼方の手に爪を立てる。


「痛いよ…。」







将悟の計らいで、亮太と真紀は同じ部屋で眠ることになった。

日向と百合のことが気になって、真紀や誠と共に、こっそりと抜け出して、

二人の部屋の前で息を殺してみても、部屋の中は驚くほど静かだった。

すぐに将悟に見つかって、部屋に戻されたけれど、

二人は仲直りできたのか、風邪で寝込んでいる日向は大丈夫なのか、

亮太は色々気になって眠れなかった。


「日向と百合ちゃん、もう寝たのかな。」


広い和室に布団を二組敷いて、二人は背中合わせで横になっていた。

真紀とは幼馴染で、家族とも仲が良く、小さい頃はよく、

互いの家を行き来して泊まったり、一緒に眠ったりもした。

けれども、高校生にもなって一緒に寝るなんて久しぶりすぎて、

少し亮太は、緊張していた。


「さあ?隠れていちゃこらしてるのかもよ?」


そう答えると、真紀は小さく欠伸を洩らす。

そして、枕を抱きしめて、俯せになる。

俯せで眠るのは、昔からの真紀の癖だ。


「てか、なんで真紀ちゃんと一緒の部屋なんだよー。

 百合ちゃんとがよかったー!」


そう言いながら亮太は、体をごろんと捻って、

仰向けになって、長い両腕を頭の上で伸ばす。

日向と百合が同じ部屋で眠ると聞いて、亮太は驚きもあり、羨ましくもあった。


日向には、夏祭りに見かけて以来、会うこともなかった。

将悟は「風邪で寝込んでるから」と言い、日向に会わせてはくれなかったし、

どうして日向が将悟の家に泊まってるのか、と聞いても、

「色々あって」としか、将悟は答えなかった。

それで「ずーるーいー」と駄々をこねて、自分たちも泊めてもらったのだ。

おかげで誠という、将悟のバンド仲間と仲良くなった。

誠はよく喋って、面白くて、優しい人だった。


「アンタ…よくそんなこと言えるわね…。」


真紀は呆れたようにため息を吐く。


「いや、冗談だけど。」


当然、あの二人の関係を邪魔したいわけではない。

けれど、どうせならみんなでワイワイと盛り上がりたかった。

百合だけは、日向の部屋に入れてもらえたようだけれど、

そのまま百合は、日向の部屋から出てこなかった。

夕食の時も、日向も百合も顔を見せなかった。

今頃百合は、日向と一緒に眠っているのだろう。


「あの子のこと、諦めたんじゃなかったの?」


真紀は顔だけを亮太に向けて、呆れた顔を見せる。


「…諦めたよ。」


亮太は天井を見つめたまま、小さく呟いた。


「その割には、相変わらず百合ちゃん、百合ちゃん、って言ってるじゃないの。」


訝しげに、真紀は言う。

確かに諦めたと言いながら、百合の名前をよく呟くのは自覚していた。

恋心はもうないとしても、何故か目で追ってしまうし、

無意識に「今何をしているのだろう」とか、

「日向とは上手くいってるのか」なんて、考えてしまう。


「…百合ちゃんってさ、日向のことで嬉しそうに笑ったり、

 どうしようって困ったり、落ち込んでしょんぼりしたりするの。

 それがホントに可愛くてさ。

 …俺は、そんな百合ちゃんが、好きだったんだ。」


好きだった。

百合のことが、確かに好きだった。

けれど、自分が好きなのは、日向のことを考えて一喜一憂する百合だった。


「でも告白して、フラれたんでしょー?」


真紀は布団の上で頬杖をつきながら、機嫌が悪そうに言う。

真紀が百合の話題を出すと不機嫌になる理由を、亮太は知らない。

情けなくくすぶっている自分が、みっともないとでも思われている。

それくらいにしか、思っていなかった。


「まあな。でも、わかってたよ。

 俺じゃあ、あんな顔してくれないんだろうなーってさ。」


天井を見つめたまま、亮太は考える。


嬉しそうな顔、困った顔、しょんぼりと肩を落とす姿。

日向にしか、百合にあんな表情は、させられない。

自分には、強気な笑顔しか向けてくれないのは、わかってた。


「そういえば、真紀ちゃんは好きな人、いないの?」


いつも自分の話ばかりで、真紀の恋愛事情なんて、聞いたことがない。

真紀からも何も言わないし、他の友人からも聞いたことがなかった。


亮太の言葉に、真紀は少し考えるように口を噤んだ。

そして、数秒の沈黙の後、真紀は顔を赤らめて、枕に顔を埋める。


「…いるわよ。」


枕越しの、くぐもった声で、小さく呟く。

消え入りそうなほど、小さな声。

その言葉に、亮太は驚いた。


「えっ!?…誰?」


亮太は体をガバッと起こして、真紀を見つめる。

表情は見えないが、頬が赤く染まっているような気がした。


「…ずっと、一緒にいる人。」


知らなかった。

真紀に好きな人がいる話なんて、聞いたことがなかった。

亮太は冴えない頭で、必死に考える。

真紀の、ずっと一緒にいる、好きな人。


「もしかして…」


真紀はギュッと、目を瞑る。

心臓が止まりそうだ。

いくら亮太でも、これだけ言えば、きっと、わかってしまう。


「菊池!?」


「はあ!?なんでそうなるのよ!」


余りにも見当違いな答えに、真紀は顔を上げて、反射的にツッコミを入れてしまう。

真紀の素早いツッコミに、亮太は「へ?」と言いたそうなマヌケ面で、首を傾げる。


「だって、菊池と真紀ちゃん同じクラスだし、部活の時も仲良く喋ってたじゃん!」


真紀と同じクラスの菊池慶介。

亮太や真紀と同じバスケ部で、スポーツだけでもなく、成績もいい。

高校からの同級生で、話している姿は、とても仲良さそうに見えた。


「それは…まあそうだけど、別に菊池のことは、なんとも思ってないわよ。」


真紀はため息を吐いて、肩を落とす。

亮太は察しが悪い。

そんなこと、昔から知っているはずなのに、

気付いてもらえることを期待した自分が、馬鹿みたいだと、真紀は思う。


「アイツも、結構イケメンだと思うけどなあ。」


口を尖らせて、面白くなさそうに、亮太は呟く。


「…まあ、私の好きな人は、イケメン…ではないかもね。」


真紀は口元に手を添えて、考えるように言葉を紡ぐ。


「マヌケで、お馬鹿で、空気が読めなくて、もうなんか…全てにおいて残念な人よ。」


そう言って、真紀は鼻で笑う。

目の前の本人は、不思議そうに首を傾げた。


「…そんな奴のどこがいいんだ?」


そんな亮太のマヌケ面が面白くて、一層真紀は微笑んだ。


「さあね。自分でもよくわかんないわ。」


わざとらしく肩を竦める真紀に、亮太は意味がわからないまま、呟いた。


「ふーん。まあ、そんなもんか。」







みんなが寝静まった夜。

将悟と誠は、将悟の部屋で布団を並べて、背中合わせで横になっていた。

本当は誠には別の部屋を用意していたのだが、日向と百合、亮太と真紀という部屋割にしたら、

「えー?じゃあ俺も将君とがいいー。」と言われ、仕方なく一緒に寝ることになった。

楽器やアンプがたくさん並ぶ部屋は、布団を二組敷くのには少し狭かった。


「ねえ、将君。」


静かな部屋で、誠が囁く声が聞こえる。


「…なんですか?」


将悟は誠に背を向けたまま、静かな声で答える。


「日向君と百合ちゃん、羨ましいと思ってる?」


恋人関係のことを言っているのだろうか。

彼女を亡くした自分を、気にしているのだろうか。


「…アイツらが幸せそうなら、それでいいんじゃないですか。」


二人が羨ましいとか、妬ましいとか、そういうことは思わない。

ただ、なんでここに彼女がいないのだろうと、そう思うことはある。

悲しいとか、辛いとか、苦しいとか、そんなものじゃない。

ただ、どうして、なんで、という、どうしようもない虚無感に襲われるだけだ。


「あのさ、…もう、忘れてもいいんじゃないの?」


躊躇いがちに、誠は呟く。

いつもお喋りな誠が、こんなにも控えめなのは珍しい。

きっと、自分に気を使っているのだろう。


「忘れようと思って忘れられるものなら、とっくに忘れてますよ。」


誠の方を振り返らずに、将悟は静かな声を洩らす。


簡単に忘れられるほど、安い想いじゃない。

自分にとっては、忘れられない大事な記憶だ。

それに、彼女のことを、忘れたくはなかった。


「もう二年だよ?…もっと楽な生き方した方がいいんじゃない?」


窺うような誠の声。

その言葉に、将悟の布団を握る手に、力が籠る。


わかってる。

こんな自分が惨めで、情けなくて、みっともないのは、痛いほどわかっている。

けれど自分は、誠のように器用には生きれない。

彼女のことを忘れて、他の誰かを愛するなんて、できない。


「…それができたら、苦労しませんよ。」




そう言って、将悟は目を瞑った。



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