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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「夢の中の羊たち」

登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。

中村将悟 クラスメイト。

新田百合 一年生。



2日に1回くらいのペースで更新していこうと思います。

 

 「夢の中の羊たち」




 -産んでほしいなんて誰が言った-


 -いっそ俺たちを殺せばいいだろう-


 -そうすればお互い幸せだ。…母さんなんて大嫌いだ-


初めて抵抗した夜の記憶。


 -どうして…どうして、そんなことを言うの…?-


 -あの人と同じ顔で、そんなことを言うの…っ!?-


 -どうして…あなた達も私のことを責めるの…-



真っ赤に染まる荒れ果てた部屋。

手首から血を流し、動かない母親。

近づいてくるサイレン。

怯えて泣き喚く彼方。



-あなたが、私を殺すのよ-



感情を閉じ込めることを覚えた夜の記憶。








「日向、日向起きて。朝だよ。」


自分を呼ぶ彼方の声が聞こえる。

瞼が重い。体に力が入らない。思考がほんのり霞がかっている。

日向は手探りで彼方の腕を掴む。


「どうしたの…?」


彼方は少し荒い日向の呼吸に気づく。

日向の額に手を乗せ、いつもより熱い日向の体温に驚く。


「…すごい熱…。今日は学校休もう?」


「ん…。」


どうやら先日の雨のせいで風邪をひいたようだ。

体がだるい。頭が働かない。

寒くて暑い、変な感覚だ。


「ちょっと待ってて。今熱さまシートとかお水とか持ってくるから。」


彼方がベットから降りようとするも、日向は彼方の腕を離さない。

解こうと思えば解ける程度の力だが、今の日向はあまりにも弱弱しかった。


「…行くな…。」


声にならない声を絞り出す。


「え?」


「どこにも…行くな。」


彼方を掴むその手は、弱弱しく、それでも必死に縋りついているようだった。

熱のせいか、潤んだように見える日向の瞳は、少し切なく揺れていた。


-寝かせてから持ってくればいいか。-


あんなことがあった後で、日向が不安になるのも無理はない。

彼方は諦めたように日向の手を強く握り、微笑んだ。


「大丈夫だよ。僕はもうどこにもいかないから。」


その言葉に日向は安心したように、もう一度瞳を閉じた。

浅い呼吸を繰り返す、ほのかに上気した頬。

半開きのだらしない唇が、何故かとても官能的に見えた。


彼方は手の平を日向の頬に添える。


―このまま閉じ込めてしまえたらいいのに。


最近日向が見ている世界が自分と違う気がする。

日向の世界には自分以外の誰かがいる気がする。


狭い世界で二人きり。

それで充分なはずなのに。

入水して日向の気を惹いてみても、何かが掛け違っている気がした。


―日向は僕がいないと生きていけない。


―けれど、「僕以外の誰か」も必要としている気がする。


そのまま、その呼吸を止めたい衝動に駆られる。

奪われるのが怖い―。











「坂野先輩、ちゃんと日向先輩と仲直りできたんですか?」


毎週月曜日の図書室の約束。

静かな図書室で亮太は元気なく机に伏せっていた。

百合はそんな亮太を、心配するような呆れた様な目で見ている。


「あー…これからだよ。」

「珍しくヘコんでいるんですね。」


先週の金曜日、日向と亮太が衝突したことを百合は心配していた。

あの後、日向は図書室に帰って来なかった。

その場にいた百合も、感情を剥き出しにした日向を初めて見て驚いていた。


「なー、…俺の悪いところってどこだと思う?」

「…うーん。空気の読めないところ?」


百合はいつものように、少し考えたそぶりをみせて答える。

亮太は顔を上げて遠くを見つめ、ため息をつく。


「…やっぱそう思う?」

「自覚していたんですね。」


百合は-意外だ-という顔をする。


「俺はさー、ちゃんとアイツらと仲良くなりたかったの。

 俺が力になれるなら、いくらでも力になってやりたいと思ったんだ。

 なーんでうまくいかねえのかなあ…。」


亮太は机の上で手を組み、その上に顎を乗せる。

わざとらしくうーん、うーんと唸りながら考える。


「どうして日向先輩にこだわるんですか?」


「んー、最初は気まぐれで声かけたんだけどさー、…見えちゃったんだよ。」


「見えちゃった?何がですか?」


亮太はハッとした様子で口を塞ぐ仕草をする。

慌てて手を左右に振り、


「あ、いや、なんでもない!今のなし!」


と必死な様子で誤魔化した。

百合はその下手な誤魔化しに気付きはしたが、

-敢えて聞かないでおこう-と口を噤んだ。


「でもさ、日向はどんなことがあっても自分の感情を押し殺して、

 ただ黙って我慢する奴だと思ってたからさ、

 ああやってちゃんと俺のこと怒れるんだ、怒鳴れるんだって思ったら

 なんか…安心した。」


満足げに薄笑みを浮かべる亮太。

頬杖を突きながら黙って話を聞いていた百合は、静かに口を開いた。


「坂野先輩って…マゾなんですか?」


百合の意地悪な発言に亮太は頷く。


「大人のお姉さんに弄ばれたい願望はあるかな!」


「それはさすがにどうかと思いますよ。」


「ひどい!男子高校生ってこんなもんだぜ!」


静かな図書室にいつものように二人の笑う声が響く。

亮太の落ち込みは、すっかり晴れていた。


-そうだ、ちゃんと謝ろう。そしてゆっくりゆっくり距離を詰めていこう。-








大きな深呼吸を一つ。覚悟を決めて教室に入る。

が、日向も彼方もまだクラスに来ていなかった。

拍子抜けした亮太は肩を落とし、自分の席に着く。


-いつものように「おはよう」と、ちゃんと真っ直ぐに「ごめん」を言おう。-


しかし、始業の鐘が鳴っても、二人はクラスに姿を見せなかった。


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