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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「泡になる前に」

登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。

中村将悟 クラスメイト。

新田百合 一年生。



2日に1回くらいのペースで更新していこうと思います。


※今回は軽い暴力表現と、人によってはBLと感じる表現が含まれています。

 「泡になる前に」



毎週金曜日は、彼方が飼育小屋で動物たちの世話をしているはずだった。

しかし、どこにも彼方の姿は見当たらない。

授業が終わってからお互いに委員会の仕事をするために、

廊下で「また後で」と、別れたはずなのに。

二人は毎日一緒に登下校する。

仕事が終わったからと言って、先に帰るはずがないのだ。

そんなことは一度もなかった。


それに、飼育小屋は少し荒れているように見える。

動物たちの飲み水や餌の補充もされていない。


-彼方はここに来ていない…?-


飼育小屋には鍵が掛かっている。彼方と別れたのは一時間ほど前だ。

何かをしているとしても、あまりにも遅すぎる。


-もしかしたらまだクラスにいるかもしれない-


なんだか悪い予感がする。

日向は自分たちのクラスへ足早に向かった。


静かな廊下に日向の足音が響く。


お世辞にも広いとは言えない校舎の3階の一番隅。

それが日向と彼方のクラスの1組。

3階までの階段を全力で駆け上がり、震える指で扉を開けると、

そこには1人の男子生徒しか残っていなかった。


「高橋…?」


彼はよく亮太とよくつるんでいる中村将悟。

男子にしては髪が長い、バンド少年だった。

彼は誰かを待っているのか、一人で雑誌を読んでいるようだった。


-彼方がいない-


「中村…。彼方…彼方を見なかったか!?」


息を切らし、切羽詰った様子の日向を見て、中村は驚いたようだった。


「えっと…さっき、一人で帰ってくの窓から見えたけど。

 どうしたんだ?」


日向は考える。一人で帰るわけがない。

だって家にはあの人がいるかもしれない。

臆病な彼方が家に一人で帰るはずなんてない。


「…どっちだ?どっち行った!?」


「裏門曲がって右、だけど…」


二人の家は裏門から曲がって左だ。

反対方向には、海しかない。


-海…。-


嫌な予感がする。


「わかった!ありがとう!」


慌てて扉を閉めることもせずに駆け出す。

日向は今までにないくらい動揺していた。


-早く、早く彼方を見つけないと-


重々しいくらいの曇天からは、ポツリポツリと雨が降ってきた。

夕方にしては暗いこの空が、とても絶望的なものに感じる。

湿った空気が体に絡みつく。蒸し暑い風が肌に嫌な感触を残していく。




-人魚姫って悲しいお話だね。-


-大事なものを全部捨てても、愛されなかったんだよ。-


-王子様を殺すことができなくて、

 泡になった人魚姫は、幸せだったのかなあ。-


-でも泡になって、妖精になって、

 王子様を見守れるなら、それも幸せなのかな-




ふいに昔の記憶が蘇る。

幼いころ、彼方が好きだった絵本を思い出す。

思えばあの頃から彼方は、海に特別な思いを抱いていたのかもしれない。



車通りも少ない海沿い。

うねった坂の上、このあたりの海を見渡せる高台へと足を運ぶ。


広い広い砂浜。

先ほどよりも勢いを増した雨。

岩礁に打ち付ける波。

荒れる日本海。


こんな時期に人がいるはずがない。

しかし、日向は確信していた。


-ここに、彼方はいるはずだ。-


日向は、老朽化が激しくボロボロになった欄干をつたい、砂浜へと降りる。

息も絶え絶えに、辺りを見渡す。


雨で視界が悪い。

湿った砂に足を取られる。

海水浴シーズン前の砂浜は、石やゴミで荒れて果てていた。

雨足はどんどん強くなるばかりだった。


-彼方はこの海のどこかにいる。早く見つけないと…。-


そう思った瞬間。


一瞬の閃光。


それが雷の光だと気づく。


しかし、その一瞬。


岩陰に誰かがいるように見えた。

その人物は自分と同じ顔、同じ体。

憔悴した表情で荒れ狂う水面を見つめていた。


「彼方…っ!」


見間違うはずがない。

日向の叫ぶ声に、彼方は振り向く。


「   、         。」


-ガラガラッ-


凄まじい雷鳴が彼方の声を掻き消した。

泣きそうな顔をした後、彼方はいつものように微笑んだ。


「やっぱり、日向は僕のヒーローだね。」


彼方の体は雨のせいか、それとも「何か」をしようとしていたのか、

頭から、体からすべて、びしょ濡れだった。


「馬鹿言うな…っ!何してたんだ…こんな海で…っ。」


彼方は足元まで来ている波を見つめながら、小さな声で呟いた。


「夜になって、それでも誰にも見つからなかったら…

 遠く…遠くへ、行こうかと…思ってた…。」


トクン、と心臓が跳ねる音がした。

日向は彼方に駆け寄り、細く頼りないその腕を掴む。

二度と離れないように。どこかへ消えてしまわないように。

掴む腕に力がこもる。


「そんなに強く掴まなくても大丈夫だよ。

 日向が来てくれた。だから…もう、大丈夫。」


その笑顔はいつもより愁いを帯びていて、

気を抜いたら海に攫われてしまいそうだった。


「お前がいなくなったら…俺が…生きていけない…っ。」


ありったけの力で、彼方を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。

そして日向は彼方の肩に頭を凭れた。

彼方はそんな日向の頭を優しく撫でる。


「ふふっ。なんだか恋人同士みたいだね。」


「…勝手に言ってろ。」


雨音。波音。雷鳴。

この海は音で溢れていた。

小刻みに揺れる日向の肩に、彼方は少し、優越感を覚えた。

二人の体は雨で冷たくなっていた。




足取り重く、日向は彼方の手を取り帰路に着く。

覚悟を決め、微かに震える指で玄関の扉を開ければ、母親はいなかった。

二人は一気に緊張が解け、脱力した。


久しぶりに、二人きりの夜だった。



いつものように寄り添ってベッドに入る。

しかし、毎晩日向に向かい合って眠るはずの彼方は、珍しく壁側に体を向けた。

そして頭まですっぽり布団に包まってしまった。


「あー…寝言言おうかな。」


しばらくして、意を決したように布団から目を覗かせ、

チラッと日向が起きていることを確認して話し出した。


「なんだ。言いたいことがあるなら、こっちを見て言えばいいだろう。」


「もーっ。今から言うのは寝言だから聞いてないふりしてよー。」


彼方の顔は布団に隠れているが、わかる。

頬を膨らませ、少し拗ねているような表情をしているのだろう。


「はいはい。聞こえないふりして聞いてやるよ。」


日向も彼方に背を向け、布団を被る。


「あのね、」


布団をギュッと握りしめるのを感じる。

短い沈黙の後、彼方はゆっくり、ゆっくりと「寝言」を呟く。


「日向って、僕のことが大好きなんだなあって思うんだ。

 …今日のことで確信しちゃった。」


彼方は恥ずかしくて素直に言えないことを、

こうやって時々「寝言」として日向に聞かせる。

日向はそれを「聞いていて聞いていないフリ」をするのだ。


「でもね、だからこそ僕がいなくなればいいって思ったんだ。

 だって、僕が消えれば日向の守りたいものがなくなる。

 そしたら、日向は自由になれるんだよ。

 僕を、二人でいることを、守る必要なんてなくなるんだ。」


日向も布団を握る手に力がこもる。


-何を言っているんだ、こいつは…。-


「日向は強いから、一人でも生きていけるって思ったんだ。

 …本当はそんなことなかったみたいだけど。」


触れる背中から彼方の体温が伝わってくる。

日向はただ黙って、彼方の言葉を聞く。


「だから賭けをしたんだ。

 夜になる前に日向が僕を見つけてくれたら、今まで通りでいよう、って。

 もし見つけてくれなかったら…

 泡になって、妖精になって、日向を見守るって。」


彼方が振り向き、日向の背中にピッタりとくっつく。


「日向が僕を見つけてくれて、本当に嬉しかった。」


弱弱しく、消え入りそうな声。


「…嬉しかったんだよ。」


人騒がせな奴だと思う。

どれだけ心配したと思っているんだか。

そもそも、本当に一人で消えてしまうつもりだったのか。

日向はため息を一つついた。


「…俺も、寝言。」


ついでだ。自分の気持ちも言ってしまおう。

もう二度と彼方に、変な気など起こさせぬように。


「今日…お前が見つからなくて、隣にいなくて…本当に怖かった。

 なんとなく、どこか遠くへ消えてしまうような気がしてた。

 彼方がいない世界なんて、想像しただけでも胸が苦しくなった…。」


大きく息を吸い、吐く。


-依存しているのは、俺の方だ。-


「…勝手に消えるな。俺を置いていくな。

 もし本当に消えてしまいたいと思うなら、俺も一緒に消えるから…。」





すっかり雨が上がった空からは、ぼんやりとした月明かりが二人を照らしていた。


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