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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「百合の瞳に映る世界」

登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

渡辺真紀 バスケ部マネージャー。

竹内京子 二年生。

新田百合 一年生。日向に好意を寄せている。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。



 「百合の瞳に映る世界」





前期も今日で終わりの金曜日の放課後。

百合は図書室に向かう足で考えていた。


火曜日に彼方と話をした。

けれど、途中で真紀や将悟に連れ出され、最後まで話を聞けなかった。

彼方は自分に何を伝えたかったのだろう。


―中途半端な気持ちで日向に近付こうとするなら、許さない。


―このままじゃ、日向が壊れてしまう。


―ねえ、日向を助けてあげてよ。


―…僕には、それができないから。


切なそうに、苦しそうに瞳を揺らした彼方は、何が言いたかったのだろう。

何から日向を守れと言うのだろう。

何から助けろと言うのだろう。

考えてもわからない。

けれど、あんな顔をして、恥を忍んで自分に頼み込んできたからには、何かがあるのだろう。


結局、あの日から彼方に会うこともなく、

話の続きを聞けないまま、夏休みを迎えようとしていた。

明日から夏休み。今日で前期が終わる。

日向が図書委員をするのも、今日が最後だ。


もしかしたら、もう学校で日向に会うこともないかもしれない。

夏休みも、日向に会える理由も、会う理由がない。

亮太に夏祭りに誘われたけれど、

日向はきっと、亮太やクラスの人と一緒に行くのだろう。


―二人で行きたいなんて言ったら、困らせちゃうかなー…。


そんなことを考えながら、図書室の扉を開ける。

いつものように、日向がカウンターに座って、本を読んでいた。

百合は適当に日向が見える席に座り、日向を見つめる。

一応、図書委員の仕事中だから、邪魔しないように、静かに。


―少し、元気がないように見える。


日向が俯いて本を読むのはいつものことだが、何かがいつもと違った。

肩を落として、背中を丸めて、どこかいつもより寂しそうに見える。

彼方が言っていたことと、何か関係があるのだろうか。

百合はじーっと観察するように、日向を見つめる。


ふいに、視線を上げた日向と目が合う。

百合がニッコリと笑うと、日向は戸惑うように目を逸らす。


―可愛い。猫みたい。


甘やかされ慣れてない猫のようだと思う。

自分に向けられる優しさに、どうしていいのかわからない、

だから、恥ずかしくなって目を背ける。そんな風に見える。


素っ気ないと思ってこちらが俯いたら、今度は日向から視線を合わせてくる。

そして、また目が合ったら、恥ずかしがって目を逸らす。

こちらが気になって仕方がないようだ。


構ってほしいのに、構ってほしくない。

そんな猫のように、素直じゃないのだ。

そして意外と顔に出る。


そんな日向を見つめるのが、百合は大好きだった。

見つめることで、日向のことがわかる気がした。日向に近付ける気がした。



そして、下校時刻を知らせるチャイムが鳴る。

周りの生徒たちが帰り始めると、百合は日向の座るカウンターへ向かう。


「日向先輩!」


嬉しそうに百合が声を掛けると、日向は静かに顔を上げる。


「新田…。」


名字で呼ぶ日向に、百合は少しむくれる。

そして、笑顔で日向の顔を覗く。


「百合、です。」


少し威圧的な笑顔を向けられると、日向は困ったような顔をして、

照れくさそうに、視線を逸らして小さく呟く。


「…百合。」


恥ずかしそうに自分の名前を呼んでくれる日向に、百合は嬉しくなる。

この前のように、カウンターの前にしゃがみ込んで、日向を見上げる。


日向の真っ直ぐで素直な黒髪が、風に揺れる。

出会ったころと比べて、日向の髪はすっかり伸びていた。


「髪、伸びましたね。切らないんですか?」


百合はカウンターに肘をつくようにして、頬杖をつき、首を傾げる。

その言葉に、日向は少し考えるように目を伏せた。


「…百合は、髪切ったらさ…人って変わると思うか?」


そう呟いた日向は、何かを悩んでいるようだった。

伏し目がちな瞳は、何を映しているのだろう。


「変わらないと思いますよ?

 人間の根本的なところって言うのは、なかなか変わらないですからね。」


顎に手を添えて、少し考えて、再び口を開く。


「んー、でも、変わりたいって気持ちがあるから、髪を切るんでしょうね。

 髪の毛を切るって言うことは、一種の変身願望みたいに思います。

 今の自分が嫌だから、だから…変わりたい、変わるぞっていう、

 ある種の決意表明みたいなものなんじゃないですかね。

 だから髪を切って変わったんじゃなくて、

 変わろうとするために髪を切る、って言うのが正しいと思います。」


その言葉を聞いて、日向は目を伏せたまま、小さく呟く。


「…そうか。じゃあ俺は、切らない。」


「それは、変わりたくないってことですか?」


「……。」


何かを考えるように無言になる日向。

百合はそんな日向の顔を覗きこむ。


長い睫毛が、切なげに揺れる。

少し猫背気味の丸い背中。

自分を守るように、膝の上で両手を組む癖。

そんな姿が、儚くて、綺麗で、大好きだった。


「変わるとしても、変わらないとしても、私はそのままの日向先輩が好きです。」


そう言いながら百合がニッコリと微笑むと、

日向は少し不安そうな顔で、視線を百合に向ける。


「…なんで、こんな俺なんだ?」


自分が好きな日向は、弱い人。

些細なことで思いつめる。

そんな繊細で脆い日向を、守りたくなる。


なんて、そんなことを言ったら、笑われてしまいそうだけれど。


「そんな日向先輩だからですよ。

 好きになるのに、それ以上の理由がいりますか?」


そう言って、百合は首を傾げて微笑む。

言葉だけじゃなくて、態度で、笑顔で、「好き」が伝わればいいと思った。

その瞳に、自分を映してほしいと思った。


そんな百合の笑顔を見た日向は、少し切なげな顔をしたあと、小さく笑った。


「百合は真っ直ぐだな。」


日向が切なそうな顔をした理由は、わからない。

けれど、小さく笑う日向の笑顔が、嬉しかった。


「それだけが取り柄みたいなものですからね。」


その言葉に、日向は小さく首を振る。


「そんなことない。百合はいいところ、いっぱいあると思う。」


「例えばどこです?」


そう言って百合は日向をニッコリと見上げると、

日向は少し困った顔をした。


「…小さいとことか。」


「それっていいところなんですか?」


「明るいところとか。」


「能天気ってことですか?」


「素直なところとか。」


「それって、単純だって意味ですか?」


意地悪そうに百合は笑う。

日向の困った顔が、嬉しい。

自分のことを、困るくらいに考えてくれている証拠だ。


日向は決して嘘を吐かない。

必死で自分のいいところを探してくれる。

不器用に、言葉を紡いでくれる。


「あと…、」


言葉にするのを躊躇うように、日向は頬を掻く。


「…可愛いと、思う。」


そう言いながら、照れくさそうに、顔を背ける。

そんな仕草が、愛しかった。


「日向先輩…。もう一回言ってください!」


百合は日向の言葉に驚いて、カウンターに身を乗り出し、

嬉々とした表情でアンコールを催促する。


「もう言わない。」


「えーっ!なんでですかー!」


百合は少しむくれて、頬を膨らます。


「何度も言うようなことじゃないだろ。」


そう言った日向の頬は、少し赤らんでいた。


「もう一回聞きたいです。」


「今度、な。」


今度、という言葉に、百合は少し切なくなる。

今度とは、いつなのだろうか。


「でも、図書委員って今日で終わりなんですよね…。」


日向がこのカウンターに座るのは、今日が最後だ。

学校での百合と日向の繋がりは、この図書室だけだ。

亮太に夏祭りに誘われたが、きっとクラスの人と行くのだろう。

自分の入り込む余地はない。


しょんぼりと肩を落とす百合を見て、日向は小さな声で呟いた。


「…携帯。」


「え?」


「番号、教えて。」


日向は少し照れくさそうに、目を伏せて、

学ランのポケットの中から、白いスマートフォンを取り出した。


「え?日向先輩、携帯持ってたんですか!?

 坂野先輩に聞いたときは、持ってないって…。」


「…最近、買ったんだ。亮太とも番号は交換してる。」


そう言いながら、日向はまだ慣れていないのか、

少したどたどしい手付きで、携帯電話を操作する。


そして、百合の携帯電話に、日向の番号が登録された。


「これでいつでも連絡取れますね。」


嬉しそうに、携帯電話を握りしめて微笑む百合。

そんな百合を見て、日向は窺うように、遠慮がちに口を開く。


「百合…あのさ…。」


「なんですか?」


「えっと…その…。」


日向は言うのを躊躇うように、少し無言になったあと、

目を逸らして、気恥ずかしそうに、少し赤らんだ頬を掻く。


「俺たち…付き合う…か?」


「え…?」


ぎこちない日向の言葉に、

百合は驚いて、自分の携帯電話を、床に落とした。







夏休みが始まる前に、百合と付き合った。

携帯番号を交換して、毎日一緒に過ごした。

何をするわけでもなく、触れるわけでもなく、ただ一緒にいるだけ。

公園や海辺で、他愛のない話をするだけ。

正直、「好き」という感情は、まだわからなかった。


けれど、百合のいる生活は、意外と居心地がよかった。

意外と聡いのか、自分が言いたくないことは聞こうとはしないし、

あまり話さない自分に文句を言うこともなく、ただ隣で微笑んでくれた。


彼方によく似た、柔らかい笑顔。

百合に彼方を重ねていたのは、言うまでもない。

彼方のことを、忘れてしまいたかった。

自分は独りじゃないと、そう思いたかった。


百合は、可愛い。

明るくて、素直で、真っ直ぐで、とてもいい子だ。

きっと自分は、百合のことを「好き」になれる。

百合も、自分の寂しさを埋めてくれる。

そう信じていた。


百合の優しさに、甘えているだけなのかもしれない。


こんな自分が情けないことも、不誠実だということもわかっている。

亮太に言ったことと、正反対のことをしている自覚はある。

それでも、隣に誰かがいてほしかった。

自分は独りじゃない、そう言ってほしかった。


ちゃんと自分も、百合のことを「好き」になろうとしている。

だから、許される気がした。

許されていたいと思った。


結局、金曜日の夜に家に帰れば、彼方の姿はなかった。

夏休みが始まってから、一度も彼方は帰ってきていない。

どんなバイトをしているのかも、知らない。

誰の家に泊まっているのかも、知らない。

きっと、女の家だろう。


携帯電話があるから、連絡を取ろうと思えば、電話でもメールでもできる。

しかし、話すことがない。

何を話したらいいのか、わからない。

彼方もバイトで忙しいだろう。

きっと、自分のことなど、考える暇もないのだろう。

彼方と連絡を取ることもできず、携帯電話の履歴は、百合で埋まっていた。


これでいいんだ。

きっと、これでいい。

彼方を縛ることなんて、できない。

彼方の望んだ普通の未来のためには、これでいいんだ。


彼方のいない隣を埋めるように、百合を傍に置く。

百合も望んで自分の傍にいる。

自分の未来も、これでいいんだ。


独りじゃない。

彼方がいなくても、百合がいる。

百合が傍にいてくれる。

だから、自分は大丈夫だ。

きっと、大丈夫なはずだ。




そう思うはずなのに、彼方のことが、頭から離れなかった。



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