表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
51/171

「似ている瞳」

登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

渡辺真紀 バスケ部マネージャー。

竹内京子 二年生。

新田百合 一年生。日向に好意を寄せている。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。


 「似ている瞳」




次の日の朝、布団に包まったまま、亮太は眠たい頭を働かせる。


どうして日向を怒らせることばかり言ってしまうのだろう。

そんなつもりは全然なかったのに、気がつけばいつも言葉を間違えてしまう。


日向が百合とくっつけば、それでいいと思っていた。

そうすれば、百合が報われると思っていた。

でも、そうじゃなかった。

そこに日向の気持ちがなければ、何の意味もなかった。

そうじゃなければ、百合は幸せとは言えない。


―じゃあお前は、告白されて、自分がその子のことを、まだ好きかどうかも、

 これから好きになれるかもわからないまま、その子と付き合うのか?

 気持ちがないまま、付き合うのか?…それこそ、不誠実だろ。


日向の方がよっぽど誠実に、百合と向き合っている。

ちゃんと、百合のことを考えている。


自分は、そんな日向の気持ちを無視したことを言ってしまった。

百合のことばかりを考えて、日向の気持ちを考えられなかった。


自分はいつも空気に流され、目の前しか見えていない。

よかれと思って言ったことも、その場しのぎでしかない。


日向の苛立った顔が、今でも脳裏に焼き付いている。

そんなに怒ったり、睨んだりするような人間じゃないのに。

そんな日向を苛立たせるのは、いつも自分だ。


「日向…まだ怒ってるかな…。」


その場で謝ったが、そのあと一日中、日向はイラついているように見えた。

前に日向を怒らせたときは、なかなか仲直りできなかった。

日向が風邪をひいて、学校に来なくなって、

家まで行っても彼方に面会を断られ、「顔も見たくない」と言われた。

そんな風に思うほど、怒らせてしまったことを、死ぬほど後悔した。


4月にクラス替えと同時に、日向に声を掛けた。

面倒そうに素っ気なくあしらう日向に、声を掛け続けた。

それで、無理矢理友達になったつもりでいた。


ああ、でも、最初に日向に声を掛けようと思ったのは、どうしてだっただろう。


最初はただ、双子というのが珍しかった。

こんな海と山しかない人口も少ない田舎町に、双子など他にいなかったからだ。

興味本位で話しかけ続けて、暇があれば後ろから見つめ続けて、気づいた。


そうだ。見えたんだ。

日向の間後ろの席だから、見えてしまった。


日向は絶対に人前では学ランを脱がないのに、

授業中、ノートを取る時に袖が邪魔なのか、

ふとしたときに、右手の袖だけを少し捲る。


その学ランの袖から覗く白い腕の、不思議な痣。

それは薄くなっては場所を変えて濃くなる、不思議な痣だった。

長く休んだ後には、必ず新しい痣が増えていた。


あれは何だったのだろう。

たしか体が弱いからと言って、体育も休みだ。

何かの病気だろうか。


日向も彼方も部活はおろか、体育すら出ない。

だからスポーツで痣ができるなんてこと、考えられなかった。

どこかにぶつけるとしても、頻繁に増えては消える痣は不自然だ。


いや、もしかしたら、彼方があの痣をつけているのだろうか。

彼方の日向に対する執着や、独占欲は異常だ。

首筋の噛み跡と同じように、彼方がやったことなのだろうか。

だとしたら、彼方も学ランを脱がないのは不自然だ。


まだ彼方とも仲良かったころ、彼方は楽しそうに母親のことを話していた。

朝食も、弁当も作ってくれる普通の優しい母親。

虐待なんて、有り得ないだろう。


なんなんだ。何を隠しているのだろう。

あまり自分のことを話そうとしない日向は、何かを隠している。

仲良くなったつもりでも、まだ心の距離があるのだろうか。

日向も彼方も、自分の心の深いところに人を入れようとしない。


「でも、そんなこと聞いたら、また怒らせるよなー…。」


せっかく仲良くなったと思っていたのに、また日向が離れていくのは嫌だった。

きっと、人には言えない理由なんだろう。

配慮に欠けることは言わないようにしよう。

そして、朝一番にちゃんと謝ろう。


胸を張って、日向に友達と呼んでもらえるように。

自分は、日向の味方でいよう。







「日向、昨日はごめん。」


朝一番に、日向が教室に現れたのと同時に、亮太は謝った。

日向は驚いたような、意外そうな顔をして、目をパチパチさせた。

そして少し照れくさそうに、目を伏せて小さく呟いた。


「…俺も、昨日イライラしてて…ごめん…。」


「本当に、ごめんな…。」


申し訳なさそうに、しょんぼりと肩を落とす亮太。

そんな様子がいつもと違うような気がして、日向は少し困ったような表情をした。


「もういいって。…亮太らしくないぞ。」


「だって、前に怒らせたときも、顔も見たくないって言ってたし…。」


俯き気味に、肩を落とす亮太の言葉に、日向は不思議そうに首をかしげる。


「…?俺、そんなこと言ってないぞ?」


「え…だって…」


そうだ。あの時は彼方が、そう言ったのだ。

家まで押しかけた自分に、彼方があの事件を起こす前に、言った言葉だ。

もしかしたら、あの時から彼方は、

自分を、日向から引き剥がそうとしていたのかもしれない。


「あ…いや…なんでもない。」


「なんでもないって…。」


言葉を濁した亮太に、日向は何かを言おうと口を開けたが、

その言葉は千秋に遮られた。


「ねえねえ、お祭りのことなんだけどねー、

 来週の日曜日の17時に、神社の鳥居の前で集合でどうかなー?」


そう言いながら、千秋が二人のもとへ近づいてくる。

朝からテンション高く明るく振る舞う千秋は、

ニコニコと上機嫌なようだった。


無理もないだろう。

テストも終わって、来週から夏休み。

楽しみにしている夏祭りも、もうすぐだからだ。


「お、おう大丈夫だぜー!」


亮太がいつもの調子で元気よく返事をする。

その返事を聞いて、千秋は一層嬉しそうに笑った。


「よかったあー。日向君も絶対来てね!」


首を傾げて、嬉しそうに日向を見上げる千秋に、

日向は断ることができなかった。


「…ああ。」


その返事に、千秋は満足そうに微笑んだ。







放課後の裏庭。

彼方は一人の少女を待っていた。

たくさん小さな花壇と、ベンチだけがある広い裏庭。

花壇には、色とりどりの花が咲いていた。


―そう言えば、裏庭の花壇なんて、ちゃんと見たことがなかったな。


小さな花、大きな花、力強く咲き誇る花、まだ蕾のままの花。

赤、白、黄色、ピンクに紫。

いろいろな花を眺めてみる。


そして、一輪の大きな花に目が留まった。


繊細で綺麗で、力強い鮮やかな赤い花。

それはダリアと書いてあった。


―この花は日向みたいだな。


大きくて、美しくて、でも触れたら壊れてしまうそうな、そんな花。

その隣で、今にも枯れそうになっている白いダリアがあった。


―これは、僕みたいだ。


その白い花は、赤い花に凭れかかるように俯いて、今にも散ってしまいそうだった。

それが、まるで今の自分たちみたいで、何故か心が苦しくなった。


もう、日向に甘えているわけにはいかないんだ。

この花のように、凭れかかってはいけない。

自分でちゃんと立たなくては。

逆に日向を支えられるようにならなくては。


そんなことをぼうっと考えていると、ふいに、後ろから聞きなれた声が自分を呼ぶ。


「彼方先輩、お待たせしました。」


「京子ちゃん。」


振り返ると、竹内京子が立っていた。

その京子の手には小さな紙袋を二つ握られていた。


「これ、兄から、頼まれていたものです。」


そう言って、京子は持っていた紙袋を二つ、彼方に手渡した。

よく見る携帯電話会社の紙袋。


「ああ、ありがとう。」


彼方はそれを受け取り、中身を少し覗く。

指定した色は、赤と白だった。

それは自分と、日向の色。


「でもなんで二台も必要だったんですか?」


京子は不思議そうに首を傾げる。


「それは…内緒かな。」


人差し指を立て、口元に添えて、彼方は微笑む。

京子は彼方のこの微笑みが苦手だった。

彼方の笑みは、何かを隠すような笑顔だったからだ。


「ま、別にいいですけど。でも、兄に迷惑だけはかけないでくださいね。」


クールな表情を崩さず、京子は静かな声で言う。

そんな京子を見て、彼方は可笑しそうに、笑った。


「京子ちゃんってさ、お兄さんのこと、好きだよね。」


「…まあ、兄なんで。」


図星な様子で、少し気まずそうに目を背ける京子。

京子はいつも兄の話をする。兄の心配をする。

そんな京子に、彼方は興味があった。


「京子ちゃんはさ、許されないってわかってても、

 お兄さんと一線を越えてみたいって思ったこと、ある?」


「なんですか、いきなり。」


突然、訳の分からないことを言われ、京子は頬に手を当て、考える。

いくら兄のことが好きだと言っても、それは兄妹愛だ。

それ以上でもそれ以下でもない。


「僕は、あるよ。」


「彼方先輩…女姉妹いましたっけ?」


「いないよ。」


彼方はニコニコと微笑んだままで、考えていることが読めない。

女姉妹がいないのなら、日向しかいないではないか。

京子はそんな有り得ないことを、考えた。


「え?じゃあ、あのもう一人の…。」


察したように、驚いた表情を見せる京子に、

彼方は再び、人差し指を立て、口元に添えて、首を傾げて微笑む。


「なーんて、冗談だよ。」


悪戯っ子のように、楽しそうに笑う彼方に、京子は安堵した。

いくら双子と言えど、同性愛なんて、有り得ないだろう。

京子は小さくため息を吐く。


「悪い冗談ですね。」


「本気にしちゃった?」


冗談めかして彼方は笑う。

けれど、京子の目には、ニコニコ笑う彼方に、違和感があった。


「正直、彼方先輩なら…有り得るのかな、と思って。」


「それは、どう意味かな?」


ニコニコと笑顔の仮面を被ったまま、彼方は問う。

京子は、彼方の笑顔が、笑顔じゃないような気がしていた。

その笑顔で、何かを隠しているように見えた。


「最近、彼方先輩ってイライラしているように見えるんですよね。

 あのお兄さんとも、一緒にいないみたいだし。

 だからですかね…女の子の前でニコニコしてても、なんか、変っていうか…。

 やっぱり、お兄さんと一緒にいる時の方が自然っていうか…」


途中まで言葉を紡いで、京子は彼方の表情の変化に気付く。

伏し目がちで、少し、悲しそうな顔をしていた。


「…京子ちゃんの目には、僕はそういう風に見えるんだね。」


その姿はまるで儚い花のようで、風に吹かれれば消えてしまいそうだった。

笑顔の仮面を外したその顔は、とても弱く脆く、切なそうに揺れていた。


傷付いたような彼方の表情に、京子は何も言えずにただ、戸惑う。


「ああ、そんな顔も似ているね。」


ふいに、彼方の腕に包まれる。

背中に回された彼方の腕は、少し震えている気がした。


そして、彼方は京子の耳元で、低い声で囁く。


「ねえ、僕…傷付いちゃった。慰めてよ。」



そんな彼方を、京子は振り払うことができなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ