表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
41/171

「想いの奔走」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。

新田百合 一年生。日向に好意を寄せている。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

 「想いの奔走」



放課後の教室、追試を待つ数人の生徒だけが残っていた。

追試が始まるまであと15分。


亮太は教科書を開くわけでもなく、ノートを見るわけでもなく、

雑な性格ゆえ、何度も地面に落としたり、踏んづけてしまって、

少しボロボロに塗装が剥がれた携帯と、にらめっこをしていた。

というのも、今朝念願の百合とのメアド交換をしたのだ。


最初は警戒心からか断られ続けた。

けれども、告白したせいもあるのか、吹っ切れて、

夏休みが近いからだとか、いつでも連絡とれる方が便利だとか、

適当な言い訳をして、半ば強引にメールアドレスを交換してもらった。


そして朝から授業中、昼休み、時間を構わず、

当たり障りのない、適当なメールを送り続けた。

返信はまばらで、でも休み時間には必ず一通はメールを返してくれた。


百合のメールは可愛い。

星やキラキラマーク、ウサギやクマの絵文字がたくさん並んでいる。

そんなメールが来るのが嬉しくて、特に用事もないのにメールを送り続けてしまう。


『坂野先輩、追試じゃないんですか?』


『なんでわかったの?エスパー?』


『坂野先輩ならきっと追試だろうと思って!』


そんなどうでもいい、何の変哲もないメール。

ウサギや星マークの可愛らしい装飾が百合のように見えて、嬉しくなってしまう。


―百合ちゃん可愛いなあ。


亮太は携帯電話を握りしめてニヤけていると、ゆるい口調の少女から声を掛けられる。


「亮太君、なんで携帯見ながらニヤニヤしてるの~?」


大きな丸い目と、肩まで伸びた黒髪。

矢野千秋だ。


「矢野ちゃん。」


「なにー?彼女とか~?」


顔を上げた亮太に、千秋はニコニコと口元に手を当てて、可笑しそうに笑う。

教室に残っているということは、彼女も追試らしい。


「彼女とかじゃないけど、このメール可愛いだろー?」


そう言って、亮太は百合からのメール画面を見せる。

こんな可愛いメールが来るという嬉しいことを、自慢せずにはいられなかった。


「えー。『坂野先輩ならきっと追試だろうと思って』って~。

 亮太君、この子に馬鹿にされてない~?」


千秋は、そのメール画面を見て、あどけない顔で嫌みなく笑う。


「え!?これ俺馬鹿にされてんの?だってだってウサギの絵文字とかあるよ?」


「女の子は絵文字くらい誰にでも普通に使うよ~。そんな深い意味とかないよ~。

 だって文字だけじゃ寂しいじゃん~。」


「そーなの!?なんか特別とかじゃないと、こういうの使わないんじゃないの!?」


「そんなことないよ~。」


どういうことだ、と混乱する亮太の表情を見て、千秋は構わず、柔らかい笑顔を見せる。


さっきまでの、浮かれていた自分が、恥ずかしい。

可愛らしいウサギやクマは、自分に向けられる好意だと思っていたのに。

亮太は、ため息を吐いて肩を落とす。


「でもさー、珍しいよね。日向君、将悟君とご飯行ったんだよね?」


「将悟が無理矢理連れて行ったみたいだったけどな。

 俺も行きたかったのに…。」


「ふふっ。亮太君は全部追試だしね!

 でも、私も今日追試じゃなかったら、日向君とご飯行きたかったなー。」


羨ましそうに千秋は、無人の日向の席を見つめる。

将悟の名は呼ばず、日向の名だけを呼び、少し切なげなその視線に、

亮太は、変な違和感を感じる。


「もしかして矢野ちゃん、日向のこと…」


亮太の言いかけた言葉に、千秋は慌てたように両手をバタバタさせ、否定する。


「そんなんじゃない!そんなんじゃないから!…まだ。」


そう言いながら、千秋は自分の席の方へ戻っていく。

その頬は、少し赤く染まっているような気がした。


『まだ』ということは、これから好きになる可能性があるということだろうか。

あるいは、既に日向に興味を持っているということだろう。


―百合ちゃんも日向のことが好きなのに。


自分も、百合が好きだ。

みんな報われない恋をしている。


こんな狭い学校の中でさえ、叶わない恋があるのに、

世界にはたくさんの人がいて、恋が成就する人なんて、どれだけいるのだろう。

赤い糸なんて、本当にあるのだろうか。

あったとして、自分の指の糸は誰と繋がっているのだろう。


そんな、らしくないことを考える。


百合は日向に告白をしてフラれた。

それでも、百合は諦めないという。


自分も百合に告白した。

返事は聞かなかったけれど、結果はわかっている。

それでも、諦められない。


百合の恋愛成就を、願わなければいけないのに。

日向はどんな気持ちで、百合の想いを断ったのだろう。

少しは心を痛めたのか、それとも、何も思わなかったのか。


自分がこんなことを思っても、どうしようもないけれど、

選ばれない人間からしたら、選ばれた人間が死ぬほど羨ましい。

それを羨んだところで、現状は何も変わらないということも、わかってはいるけれど。


一人になると考える。

百合のこと。日向のこと。

どちらも大切だ。失いたくはない。



教室に残っている生徒は数人で、各々が静かに教科書やノートに目を通している。

その中に、彼方の背中も見えた。


やっと学校に来るようになった彼方は、変わってしまった。


もちろん、あの事件を許したわけじゃない。

自分が、許す、許さないの問題じゃないことはわかっているけれど、

あの日から話すこともなくなった。

彼方の方から声を掛けてくることもない。


自分が関わっていい問題ではない。

けれど、百合を酷い目に遭わせた彼方を、許せるわけがない。

だからといって、あの日のように暴力を振りかざすこともできない。

自分にはどうしようもない。何もできない。

しかし、それで納得できるはずもない。


握りしめた携帯でメールを打ってみる。

彼女の返信は、早かった。


『彼方のこと、どう思ってる?』


『嫌いです』


彼女から返ってきたのは、絵文字も装飾もない無機質なメール。


きっと百合は、あんなことを言っても、強がっているだけなのだ。

無理をしていないわけじゃない。平気なはずがない。

やはり亮太は、彼方のことが許せなかった。








陽炎が揺れる鉄板の上、そろそろお好み焼きが焼き上がりそうだった。

将悟は取り皿と箸を先に日向に渡す。


今日日向を無理矢理食事に誘ったのは、都合がよかったからだ。

彼方も亮太も追試。二人で話すにはちょうどいい日。

将悟は、日向に聞きたいことがたくさんあった。

亮太や彼方の前ではできない話。


個人的に聞きたい話がいろいろあったはずだけれど、

いざ日向を目の前にすると、何から聞いていいかわからない。

聞かない方がいいこともあるかもしれない。

けれど、自分が日向に将来のことや、進路のことで、

ちょかいを出した手前、聞かずにはいられなかった。


目の前に座る日向は、何故かいつも制服の学ランを着ている。

弟の彼方もそうだ。

焼けるような暑さの夏も、それを脱ぐことはない。

体育も見学で、人前で肌を見せることはない。


だからこそ、先程日向が袖を捲った時は驚いた。

わずかに見えた日向の手首は、白く、綺麗だったからだ。


自分の経験上、腕を隠すということは、

手首に自傷の痕でもあるのだろうと、勝手に思い込んでいた。

彼方の過呼吸を見たあとだからこそ、尚更そう思ってしまった。

けれど、そういうわけでもないらしい。


この時期に寒がりだということはないだろうし、

本人も「暑い」と言っている。


脱がない理由はなんだ?

この双子は何を隠している?


どこか浮世を離れたような二人に、将悟は無意識に『彼女』を重ねていた。

だからこそ興味も持ったし、口出ししてしまう。

そんなことをする必要なんてないのはわかってはいるけれど、

一度持った興味は止まらない。


いつも双子の片割れ彼方と一緒にいて、ベッタリと依存してくっついている。

あの事件以来、彼方が学校に来るようになってからは、そんなことはなくなったようだが。


彼方が日向に向ける執着は、他人から見ても、異常だった。

日向を繋ぎとめるために、日向に好意を寄せる少女に、日向のふりをして乱暴をしたり、

まるで自分の所有物だとアピールするように、日向の首に噛み跡をつけたり。


それは歪んだ愛なのか、行き過ぎた依存心なのか。


日向の少し開いた襟から覗く首筋には、

今も痛々しいほど、赤い噛み跡がハッキリと残っていた。


「最近、弟とどうなわけ?」


無言に耐えられなくなり、将悟は口を開く。

狭い店内には、カラカラと換気扇が回る音と、

ラジオから流れるBGMと、お好み焼きが焼ける音だけが響いていた。


「どう…って。…最近、あまり話さなくなった。」


そう言った日向は、悲しそうな顔をして俯く。

確かに、学校では、日向が彼方を目で追っているばかりで、

二人が話すところを見ることは、なくなった。

それと同時に、日向が今のように悲しそうな顔をすることも多くなった。


「喧嘩か?」


「…違う。彼方と喧嘩なんて…今まで一度もなかった。」


肩肘をついて話を聞く将悟に、日向は首を振る。

彼方とは違う、伸びた黒髪が揺れる。


「じゃあいいじゃねえか。今までベッタリしてたのが、おかしかったんだよ。」


ため息を吐きながら言う。

今の関係の方が、いいに決まっている。

前までの関係が、続いていいはずがない。


けれど、日向の瞳は、寂しそうに揺れている。


「まるで、お前の方が弟のこと好きみたいだぞ。」


将悟は肩肘を突きながら、手の平に頬を添え、再度ため息を吐く。


ため息を吐くと幸せが逃げるとか言うけれど、これはもう自分の癖になってしまっている。

昔はそんな癖なかったのに、きっと、彼女の癖がうつってしまったんだ。

今更直そうとも思わないし、直せる気がしない。


肩を落として俯く日向は、小さく呟く。


「…好きとか、よくわからないけど、…大事なんだ。」


不器用な奴だな、と思う。

日向は、悲しそうに、寂しそうに俯いている。

そんな顔をするくらいなら、腕引っ張ってでも捕まえて、話をすればいいのに。

きっと日向は、嫌われるのが、拒絶されるのが怖いのだ。

だから自分から動けない。聞けない。言えない。


「別にアイツだけが全てじゃねーだろ。」


まるで、日向の世界には、彼方しか存在していないような、そんな印象を受ける。

何かが、普通の人間とは違う気がしていた。

それは双子だからか。

それとも、彼方の歪んだ依存心のせいか。

日向の世界は、驚くほどに狭いような気がした。


―普通に生きてるなら、普通の人生歩めばいいのに。


どうしてそうやって、自ら暗い道へと向かおうとするのか。

彼方以外に、日向を友人だと思う人間も、好意を寄せる女子だっているのに、

どうしてそうやって、それを拒もうとするのか。

彼方と一緒にいたところで、幸せなんてないのに。


無言で俯く日向の視野は、狭い。

それは自分を守るためなのか、彼方を守るためなのか。

差し伸べられる手を、掴むのが怖いだけなのか。


「彼女でも作ったらいいじゃねーか。百合ちゃん?とか。

 あの子が、お前のこと好きなのはわかってるだろ。」


暗い表情をした日向は、一瞬顔を上げ、驚いたような顔を見せて、

気まずそうに眼を逸らして、また俯く。

そんな日向を、頬杖をしながら見つめる。

肩を落として、猫背のせいか、いつもよりも日向が小さく見えた。


「…告白、されたけど…断った。」


日向は、まるで自分を守るように、足の上で手を組み、小さく呟く。


百合はもう告白したのか。

亮太も百合に告白してフラれた。

日向も、変わってしまった彼方のことを、悩んでいる。

そして自分だけが知っている、もう一人の想い。

ああ、誰一人報われないな。


全ての想いが一方通行で、何もかもが噛み合っていない。

世界は思ったより、優しくないみたいだ。

そんなこと、わかってはいるけれど。


「なんでだよ?あの子は凄くいい子だぞ。

 あんなことがあっても、お前のことが好きだって言って、

 お前の弟を責めるわけでもなく、自分を責めてた。

 もう少し、誠実に答えてやってもいいんじゃねーの?」


その言葉に、日向は考えるように、また無言になる。

不器用なりに、いろいろと考えているのだろう。


百合の想いは真っ直ぐだ。

あんなことがあっても、自分に向けられる亮太の好意を断ってでも、

ただ一人、日向のことだけを想っている。

亮太だって、なんだかんだ言いながら百合の幸せを願っている。


報われてほしい、なんて思っていても、

それは自分が口出しすることじゃないこともわかっている。


「ま、それは全部お前が決めることで、俺が口出しすることじゃねーけどな。

 でも、俺だってお前のこと、これでも心配してるんだよ。」




鉄板からは、少し焦げ付いたお好み焼きの香りが立ち込めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ