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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「無意識の衝動」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。

中村将悟 クラスメイト。

矢野千秋 クラスメイト。

新田百合 一年生。

白崎先生 精神科医



 「無意識の衝動。」


夕日が差し込み、外はすっかりオレンジに染まっていた。


日向が現れ、すっかり落ち着いた彼方に、

白崎は真っ直ぐ目を見て話しかける。


「今日はその点滴が終わったら、帰っても大丈夫よ。

 でも、来週にでも二人でまた病院に来てね。」


「俺も…ですか?」


意外そうな顔をする日向に、白崎は優しく微笑みかける。


「ええ。だって…彼方君、一人で病院来れる?」


彼方は少し気まずそうに、白石から目をそらす。

そのまま日向の手をギュッと握り、小さな声で呟いた。


「…日向と一緒じゃなきゃ、やだ。」


「ほらね。日向君も彼方君についてきてあげてね。」


「…わかりました。」


そう言って微笑む白崎に、日向は何故か違和感を感じる。

顔は笑っているのに、目が笑っていない。

まるで自分たち二人を観察するような目つきだった。


―気味が悪い。


日向はそう思った。







病院からの帰り道、彼方はただずっと黙って、

遠慮がちに、日向の制服の袖口を掴んで歩いた。


こんな田舎町に、歩いている人間などほとんどいない。

誰かに見られたところで、もう今更どうでもいい。


日向もただ黙って、袖口から伝わる彼方の存在を感じながら、

家までの、いつもより少し遠い距離を歩く。


海が見渡せる海岸沿いの静かな道路。

沈みゆく夕日が海に反射して、キラキラと輝いていた。

それはまるで、この世界に二人だけしか存在していないような錯覚をさせた。



「ねえ、僕…死んじゃうのかな。」


ポツリと小さく呟く彼方。

おそらく、白崎から何も聞いていないのだろう。


「そんなことない。

 死んだりするようなことはないって、あの先生が言ってた。」


振り向くことなく、淡々と日向が言う。

彼方は日向の袖口を掴んだまま、立ち止まる。


「…そっか。残念だね。」


消え入りそうな、小さな声。


「え?」


袖が掴まれているため、日向も自然と立ち止まる。

振り向いた日向の目には、悲しそうな彼方の笑顔が映った。


「僕が死んだら…日向は、自由になれるのにね。」


その笑顔が、とても儚く、まるで消えてしまいそうだ、とさえ思った。

肌に纏わりつく生暖かい潮風に、攫われて消えてしまうのではないか、

と思うほどに、彼方の笑顔が、痛々しかった。


「…馬鹿なことを言うな。」


日向は震える声を誤魔化すように、彼方の手を、強く握る。

その手に、彼方は少し困ったような顔をして、俯いた。


「だって、僕は狡いから…、ずっとこうやって日向にしがみつくよ。

 たとえ…日向が突き放したとしても…きっと狡いやり方で…、日向に縋りつくよ。

 だから…一番簡単なのは、僕が…死んじゃうことなんだよ。」


俯き、涙を堪える彼方。

日向は、自分よりほんの少しだけ身長が高いはずの彼方が、

何故かとても小さく感じた。


「…そんなことを言うな。

 彼方がいないと生きていけないのは、…本当だから。」


「日向…。」


握った手から、彼方の暖かい温もりが伝わってくる。

顔を上げた彼方は、驚いたような、嬉しいのか、

感極まってポロポロと涙をこぼし、泣き出してしまった。


「今日は泣き虫だな。」


「だって…もう…そんなこと、言ってくれないと…思って…っ。」


日向は、呆れたような、でもどこか愛おしそうな表情で、

指で彼方の瞳に溢れる涙を掬ってやる。

もう片方の手を、彼方の頭の添え、優しく撫でる。

その優しく繊細な指先が、彼方は大好きだった。


「髪、伸びたな。家帰ったら切ってやるよ。」


幼いころから、彼方の髪を切るのは日向の役目だった。

器用で優しいその指先で、彼方の不安をほどいていく。


「僕、日向の指好きだな。」


涙を拭うその指先に、自分の指先を絡める。

少し冷たい日向の体温は、涙のせいか湿っていた。






床に新聞紙を敷いて、真ん中に椅子を置き、そこに彼方を座らせる。

服に切った髪がつかないよう、申し訳程度に首元にタオルを巻く。


「いつも通りの長さでいいか?」


「うん。」


日向は、嬉しそうに座る彼方の細い髪の毛に触れる。

指に纏わりつく、猫のようにしなやかな黒髪を、櫛で梳かす。

前髪を、横の方を、襟足を、ゆっくりゆっくり梳かしていく。

ふいに目に入った彼方の白い首筋が、

折れてしまいそうなほどに、細いことに気付く。


手に触れて、少し力を入れただけで、

その呼吸が止まるのではないかと、思ってしまう。


彼方は安心しきった様子で、目を伏せていた。


―ずっと二人きりでいれないのなら、いっそのこと―。


少しの好奇心と、抑えきれない衝動に、

そっと、その首筋に、手を添えてみる。


「…どうしたの?」


彼方の不思議そうな声に、我に返る。


―俺は今、何をしようとしていた…?


ドクドクと心臓がうるさい。

嫌な汗がじんわりと手の平に滲む。


「い、いや。…なんでもない。」


動揺を隠し、手を除けようとする。

しかし、彼方の首筋の添えた日向の手は、彼方に上から覆われる。


「いいよ。…僕、日向になら、何されてもいいよ。」


凛とした、迷いのない声。

彼方は、日向が何をしようとしたのか、わかっていたのだろうか。


「な…何言って…。」


「このまま、力を入れて。」


日向の手を覆う彼方の手に、少しの力が籠る。

俯きがちで、表情の見えない彼方に、日向は恐怖を感じた。


「…っやめろ!こんなことするつもりじゃ…」


彼方の手から逃げるように、日向は両手を引く。

勢いで後退りする日向。

ゆっくりと振り向いた彼方は、少し悲しそうな顔でニッコリと笑った。


「…僕が要らなくなったら、日向の手で…殺してね?」



日向の手には、彼方の首の少し暖かい体温が、残っていた。




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