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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「ぼやけたピント。」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。

中村将悟 クラスメイト。

矢野千秋 クラスメイト。

新田百合 一年生。


 「ぼやけたピント」


眩しいほどの夏の日差しが煩わしくて、家中のカーテンを閉めた。

それでも完全な暗闇にはならなくて、彼方は頭から布団を被った。

真っ暗な、ほとんど身動きのできない狭い空間。

隣には日向がいるはずで、その狭い世界が全てだったのに。

自分を避けるように、学校へ行ってしまった日向のことを考える。


―いつまでも好きでいてくれる保障なんてねーだろ!?


日向の口からそんな言葉が出るなんて意外だった。

いつも不安や嫉妬を、口に出して依存するのは、自分だった。

日向はただ黙って、そんな自分の傍にいてくれる。

ただ黙って、縋りつく自分に依存してくれていた。


「未来なんて…そんな不確かなもの…。」


目に見えない不確かな未来を思うより、

手の届くこの狭い箱庭を守る方が、はるかに容易い。

自分のしたことが過ちだとしても、日向の隣を、奪われたくはなかった。


二人だけの箱庭。狭いけれども幸せな世界。

それを日向も望んでいると、心の底で信じていた。



日向は無口だ。よく言えばクール。

少し口下手なところがある。

それでも、何も言わなくても、

お互いに相手の言いたいことは、なんとなく伝わっていた。


いつも自分が「女の子から告白された。」と言えば、

「付き合ってやればいいのに。」と素っ気なく返す。

それは、なんとなくだけれども、自分が、日向以外を選ばないことを、

日向がなんとなくわかっているからこそ、言える余裕であると思う。


なんとなく。そんな不確かでも、確かな、絆で結ばれていた。


一人になると、日向のことばかり考えてしまう。

昨日、亮太と将悟に会ってから、日向の様子がおかしい。

いや、自分が日向にキスをした時からだろうか。


奪われたくないから、日向の気持ちを確かめたいから、キスをした。

けれど、逆に日向を困らせてしまったのかもしれない。

本当は、その一線を越えてはいけないことは、わかっていた。

ただどうしても、確証がほしかった。

日向は優しいから、自分を振り払わない。離れていかない。

日向の隣は自分だけ。ずっと一緒に生きていける。

そんな確証が、欲しかった。


自分が日向に依存していることは、充分わかっている。

この依存は、恋心と同じだ。

自分は日向に、恋をしている。


そう思うたびに、日向を閉じ込めてしまいたくなる。

誰にも合わせず、誰とも話させず、ただ自分だけを見てほしい。

未来の話を言われても、日向が別の女性と付き合うとか、

キスするとか、想像できない。したくもない。

自分以外の人に、触れてほしくない。



―好きな人を嫌いになるほど嫌なことってなんだろうなーと思って。

―…浮気、とか?


ふいに、いつかのキッチンでの会話を、思い出す。

彼方は、目を見開き、困惑した。


「…どうしよう…。」


自分は許されないことを、してしまったのかもしれない。

道徳や法律や人道なんてものじゃない。

ただ一人、何をしてでも守りたかった日向に、

許されないことを、してしまったのかもしれない。


もしかしたら日向は、もう二度と、

自分に笑いかけてくれないかもしれない。


嫉妬に狂った自分の軽率な行動で、日向を傷付けてしまった。

日向の未来に、自分の居場所は、もうないのかもしれない。

だからこそ、進路の話をしたのだろう。

二人が、別々の未来を、歩むために。


きっと見限られたのだ。

だから日向は、自分を置いて行ってしまったのだ。


彼方は、あまりにも軽率に、

不誠実なことをしてしまった自分を、死ぬほど恨んだ。


日向の未来に、自分の居場所がないのなら、

自分はどうすればいいのだろう。

日向のいない世界を、どうやって生きていけばいいのだろう。

いつかのように、泡になってしまえばいいのか。

泡になって消えてしまっても、日向は悲しみすら、しないかもしれない。



ぐるぐると、不安が渦を巻く。


「どうしよう…どうしよう…独りぼっちになっちゃう…。」


ドクドクと、心臓がうるさい。

呼吸が荒くなり、上手く息ができない。

眩暈がする。体が言うことをきかない。

彼方は苦しくなる呼吸に、胸に手を当て、布団の中でうずくまる。

体が熱い。そして寒いような不思議な感覚。

息苦しさに、生理的な涙が溢れる。

必死で息を吸って吐く。呼吸の仕方を忘れたように、

ただ、口を開いて荒く、浅く、息を吸い、吐き出し続けた。


―…息が、できない。…このまま死んじゃうのかな…。


涙がとめどなく流れる。

頭にフィルターがかかったように、何も考えられない。

ただ、死んでしまいそうな息苦しさが続く。

徐々に遠くなる意識に、彼方は瞼を、閉じた。











放課後。

HRも終わり、明日から始まるテストに向けて、

徐々に生徒たちが帰っていく。

日向も帰ろうと、鞄に荷物を詰め込んでいた。


「うあー!もうテストとか憂鬱!部活もできねえし!」


「お前は部活サボってばっかだろ。」


「うるせー!サボっててもやる時はやる男なの!俺は!」


「はいはい。」


背中越しに、いつも通りテンションが高い亮太と、

呆れ気味の将悟の会話が聞こえる。


「しょーごはそのツラで意外と勉強できるとか詐欺だよなー。」


「お前がただの馬鹿なだけだろ。

 赤点取ったら追試とかで夏の大会出られなくなるぞ。」


「…それはマズい…!高校生活最後の大会を追試で逃すとか笑えねえ…。」


「じゃあ諦めて猛勉強しろよ。」


「えー。じゃあ将悟が俺に勉強教えろよー。」


「嫌だ。お前うるさくて勉強にならねーだろ。」


「ええー。あ!そーだ!」


トントンと、亮太に肩を叩かれる。


「日向!勉強教えて!」


振り向いた日向に、亮太は満面の笑みで、大型犬のように懐いてきた。


「いや、今日は早く帰らないと…彼方が」


「まーた弟かよ。」


日向が言い終わる前に、将悟が吐き捨てるように言う。

金髪の隙間から、銀のピアスが揺れる。

将悟は少し挑発的な瞳で、真っ直ぐに日向を見つめてくる。


「おい将悟やめろよ!日向だってちゃんと考えてるんだから!」


亮太が牽制するように、将悟の方を見て言う。

しかし、将悟は構わずに口を開く。


「お前、そんなに弟のことが大事なら、

 それこそちゃんと、アイツの幸せを考えてやれよ。」


「…ああ。わかってる。」


昼休みの屋上での亮太との会話で、

将悟が嫌味で言っているわけじゃないことは、わかってた。

ただ、答えが出ない今は、あまり挑発しないように言う。


「じゃあ、また明日。」


日向はそれだけ言って、教室を後にする。

あれ以上あの場所にいても、また喫茶店のようなことになるだけだ。

今はそんなことよりも、家に残した彼方のことが心配だ。





二人は、静かに教室を出ていく日向を見送った。

亮太は小さくため息を吐き、将悟の方を見る。


「将悟はさー、どうしてあんな言い方しかできないかなー。」


「大事なことだからこそ、甘やかしたらダメだろ。」


「日向もさ、あれからちゃんと考えてるんだって。あんまり焦らせるなよ。」


「アイツらは、誰かが厳しく言ってやらねえと、変われねえだろ。」


将悟は机から教科書類を鞄に詰め込みながら言う。

亮太はその様子を見つめながら、自分も鞄を開く。


「そんなん、親が言えばいいことじゃん。」


「そうだけど…てか、アイツらの親は何も言わないわけ?」


「さあ?そういえば二人とも親の話あんまりしないよなあ。」


「てか、親も見分けついてんのかな。」


「さすがにわかるだろ…。」


呆れたように、亮太はわざとらしく両手を開いて見せる。

そんな亮太を見て、将悟は自分の少し長い襟足を、指で遊ばせながら呟く。


「てかアイツらもちゃんと見分けられるように、

 髪型とか変えたらいいのにな。」


「そんなこと言って…、将悟みたいな髪になったら嫌だぞ。」


「…これはポリシーだ。」



将悟は少しむくれたように、亮太から視線を逸らした。



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