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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「解けぬ糸。」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。

中村将悟 クラスメイト。

矢野千秋 クラスメイト。

新田百合 一年生。



2日に1回くらいのペースで更新していこうと思います。


 「解けぬ糸。」


―おかしいと思わねえの?


―お前らホモかよ、気持ち悪い。


―普通じゃない。…異常だろ。



頭にフィルターが掛かったように、全てが霞んで見える。

今自分に向けられているのは、歪み切った自分たちの関係への軽蔑の目だ。


自分でも理解はしていた。

普通ではない。こんな関係が普通のわけがない。

考えないようにして、なんとなく考えていたのに、

いざ他人に指摘されると何と答えたらいいのか、わからなくなる。


自分でもこの関係が異常なことくらい、わかっていたのに。

否定も肯定も、弁解でさえ、何一つ思いつかなかった。





「ホモとか…そんなんじゃない…。けど…。」


やっと絞り出した言葉は、途切れる。

何を伝えればいいのか、どう伝えればいいのか、考えても出てこない。

口を塞いで俯く日向を見て、亮太はなんとか話題を変えようとする。


「そ、そういえばさ!えっと…日向は、なんで学校…こないんだ?」


わざとらしさが、亮太らしい。

あの事件の日から、ちょうど一週間立っていた。


「それは…彼方が…。」


言いかけて止める。

先程の話題を、蒸し返してしまうところだった。

彼方に学校に行かせてもらえないなどと、口が裂けても言えなかった。


「彼方のこと心配なのはわかるけど、水曜から期末テストだし、

 出席日数のこともあるし、このまま休み続けたら最悪、留年するぞ?」


「ああ…わかってる。」


察したのか察していないのか、亮太の話題は学校のことにシフトする。

いろいろありすぎて、テストのことなどすっかり忘れていた。

テストでいい点を取ったところで、自分の未来がどうこうなるわけじゃない。

日向は変わりつつある環境に、思いを馳せる。


「お前ら進路調査票も出してないだろ?卒業したらどうするつもりなんだ?

 まさか卒業しても弟と一緒の大学行く、とか言うんじゃないだろうな?」


しばらく黙っていた将悟が口を開く。

卒業とか大学とか、今はそんな未来のことを何も考えられなかった。


「それは…。」


「いつまでもそうやって、ベッタリ一緒にいられるわけがないんだぞ?

 お前にはお前の、弟には弟の人生があるんだから、ちゃんと考えろよ。」


「将悟…。そんなすぐには未来のことなんて、決められないだろ…。」


将悟は曇りのない真っ直ぐな目で語り続ける。

日向は、彼方と離れる未来なんて想像ができなかった。


「見ろ。」


将悟は喫茶店の窓の外を軽く指さす。

そこには幼い子供を抱いた母親と父親が、仲良さそうに歩いていた。


「ああやって普通に卒業して、彼女作って、結婚して、家庭を作って、

 子供が生まれて、家族を守るために働く。…それが普通なんだよ。」


将悟は目を細めて呟く。

彼方もいつかは自分以外の女性を選ぶ時がくるのだろうか。

自分もまた、彼方以外の女性を選ぶのだろうか。


窓の外の家族は幸せそうで、それが余計に日向の心を締め付ける。


「そんなの、俺たちにはまだ早いって。」


「早くねえよ。もうすぐ俺らも18だ。

 充分に働くことも、結婚することもできる歳なんだよ。

 ちゃんと考えろよ。お前らの人生にとって、何が一番いい選択なのかを。」


真面目な顔のまま、二人に諭すように話す将悟。

日向と同じ歳なのに、こんなにもしっかりと未来のことを考えている。

しかし、いくら正論を振り翳されても、どうしようもない未来に耳を塞ぎたくなる。


「お前、一回弟と距離置いたほうがいいんじゃねえの?」


迷いのない真剣な将悟の目。

その視線が日向に突き刺さるようで居た堪れなかった。


「俺…もう帰らないと…。」


日向はこの場から、早く逃げ出したかった。

目に見えない未来など、考えたくはなかった。


「日向…なんかあったら俺に相談してくれよ…。俺ら、友達だろ?」


「…ありがとう。」


日向は小さく呟き、買い物袋を持って立ち上がる。

亮太は少し寂しそうな顔をした後、いつものように豪快な笑顔を見せる。


「明日絶対学校来いよな!絶対だぞ!」


そんな太陽のような眩しい亮太の笑顔が、脳裏に焼き付いた。





日向の背中が見えなくなると、亮太がため息を吐く。


「お前、なんであんなこと言ったんだよ。」


将悟は窓の外を見つめ、考えるように腕を組む。


「別に俺らが口を出すことじゃないけど、なんかムカついた。」


「…なんだそれ。」


亮太は呆れるように肩を落とす。


「日向は優しいんだよ。…優しいから、彼方のことを突き放せないんだよ。」


「だとしても、あいつらはこのままでいいわけないだろ。」


「そうかもしれないけど…。俺ら、まだ高三だぜ?」


「アホか。もう高三だろ。

 お前もあいつらと友達って言うなら、ちゃんとあいつらのこと心配してやれよ。

 優しくするだけなら他人でもできる。ただ優しくするだけが友達じゃないぞ。」


亮太は、たまに将悟が同い年だとは思えないときがある。

将悟は歳の割に大人びている。見た目も、思考も。

自分たちが想像もつかないような未来のことまで、しっかり考えている。

亮太はそれが誇らしく、どこか寂しかった。









辺りはすっかり夕日が照らしていた。

日向は少し早足で家に向かう。


玄関の扉を開ければ、そこに彼方がしゃがみこんで待っていた。


「…遅いよ、日向。どこ…行ってたの?」


「それは…。」


彼方は不安そうな小さな声で、日向に詰め寄る。

そんな彼方に日向は戸惑う。

まるで捨てられてた子供のような、

今にも泣きだしそうな顔をしていたからだ。


「ねえ、逃げようとしたの?」


日向の腕を掴み、静かな声で問いかける。

小刻みに震える細い指が、日向を離さない。


「…違う。…ちょっとそこで亮太と…中村と会ったから、

 少し…話をしていただけだ。」


誤魔化そうかと思ったが、今の彼方にそんな誤魔化しをしても無意味な気がした。

誤魔化しても正直に話しても、きっと彼方は自分に縋りつく。

たった数時間離れただけで、彼方はこんなにも不安でいっぱいになってしまうのだから。


「え…?どうして…?どうして日向が亮太や中村君と会うの!?

 なんであの二人なの…?なんで僕よりあの二人のところに行くの…?」


今にも溢れそうな涙を瞳いっぱいに溜めて、彼方は日向に縋りつく。

日向の腕を握る手に力が籠る。

それがまるで彼方の執着心のように、強く、強く。


「…全部聞いた。彼方がやったこと。彼方が言ったこと。全部。」


「え…?」


日向は彼方を真っ直ぐ見つめて話す。

彼方は口をポカンと開け、茫然とした様子だった。


「…僕のこと…嫌いになった?」


消え入りそうな彼方の声。

俯き、日向を掴む腕を静かに見つめる。


「…俺が彼方のことを、嫌いになれるわけがない。」


本心だ。

彼方が自分の知らない誰かを傷つけたとしても、

目の前で傷つき震えている彼方の方が大事だ。

日向は彼方の手を、離せない。


―お前にはお前の、弟には弟の人生があるんだから。


心に突き刺さった将悟の言葉を思い出す。

考えても答えが出ないのなら、今はまだこの手を手放さなくてもいいだろう。

少しずつ少しずつ変わっていける時を探せばいい。


「日向…。ねえ、言って。

 …僕がいないと生きていけないって、言ってよ…。」


日向に抱き付くような格好で、彼方は日向の肩に顔を埋めて涙をこぼす。

不安からくる涙か、それとも安心して気が抜けたのか、日向の肩は少し濡れた。

そんな日向の頭を撫でる。


「俺は…彼方がいないと、生きていけない。」


それは、繰り返される呪いの言葉だった。









ここ最近、眠るときはしつこいほどに、彼方が纏わりついてきた。

しかし今日の彼方顔を背けるように壁の方に向いてしまった。


―おそらく「寝言」だろう。


日向も彼方に背を向けて布団に入る。

静かな長い沈黙の後、彼方が小さな声で「寝言」を言った。


「日向は優しいから…。

 僕が嫌ならちゃんと言って。日向が僕のこと嫌なら…っ。

 今なら、まだ…放してあげられるから…。」


少し涙声が混じるその声を、

日向は無言で聞かないフリをして眠りについた。





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