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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「秘密を匿う」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親



 「秘密を匿う」




木曜日の朝。

百合に彼方を探すことを許してもらって五日目。

日向はいつものように百合を駅まで迎えに行き、一緒に登校していた。


ここ数日の成果はゼロ。

誠も電話で話したこと以上のことは知らないらしいし、昨日は京子にも会えなかった。

自分が思いつく手掛かりはこの二人だけだ。

誠からこれ以上の情報を聞き出すことは難しいし、もし京子に会えたとしても、しらばっくれられたら、他に手掛かりは無くなる。


自分に上手く聞きだせるのだろうか。

京子は一筋縄ではいかないだろう。

駆け引きなんて苦手だ。でも、普通に聞いたら濁されてしまう気がした。


「ひーくん、ちょっと元気ないですね。彼方さんの手掛かり、まだ見つからないんですか?」


百合は、大きな瞳で自分の顔を覗きこんでくる。


「いや…うーん。見つからないって言うか、彼方のこと知ってそうな子に会えなくて…。」


「あれ?誠さんに聞いたんじゃないんですか?」


「誠さんは、今の彼方の居場所わからないって。でも、彼方の居場所知ってそうな子教えてくれた。」


「知ってそうな子って…女の子ですか?」


百合は、訝しげに瞳を細めた。


「うん。…ああ、別に変な関係じゃないから。」


日向は、慌てて弁解する。

百合は、悪戯っぽくふっと笑った。

まるで、自分の反応を楽しんでいるみたいだ。


「わかってますよ。それで、会えないって、その人が遠くに住んでるとかですか?」


「ううん、そういうわけじゃなくて…。ああ、百合は会ったことなかったっけ。

 竹内さんっていうんだけど、同じバイト先の子でさ、学校も同じなんだけど、先週からバイトも学校も休んでるみたいで…。

 昨日、虎丸と家行ったんだけど、留守だったんだ。」


「ふぅん。…でも、体調崩して休んでるだけなら、家にいるはずですよね?

 もしかしたら、ひーくんが探してることに気付いて、彼方さんと何処かに逃げたとか?」


「わからない。たまたま留守だっただけかもしれないし…。」


日向は溜息を吐いた。

本当に留守だったのだろうか。

よく考えれば、自分が家を訪れても、京子が扉を開けるわけがない。

そこに彼方を隠しているなら、尚更だ。


「でも、その話聞いてると、なんだか駆け落ちしたみたいですね。」


「駆け落ち?」


「その人、彼方さんの恋人じゃないんですか?」


「…ああ、それはよくわからない。そうなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれないし…。」


「曖昧な言い方ですね。」


「だって、竹内さんは、彼方のことなんて知らないって言い張るんだ。

 でも、俺、前に二人が一緒に歩いてるとこ見たし…、どうなんだろうな、って思って。」


「完全にクロじゃないですか。でも、どうしてその人は、知らないなんて嘘を吐いたんだろう。」


「多分、彼方がそう言うように、竹内さんに言ったんじゃないかな。俺に見つかりたくないから。」


「そうなのかなあ…。」


考えるように、百合は首を傾げて、うーんと唸る。


「本当に見つけてほしくないんですかね?」


「え?」


「だって、あの人は、ひーくんに異常なくらい執着してたじゃないですか。

 もしかしたら、本当は帰ってきたいけど、合わせる顔がないだけかもしれませんよ。」


「うーん、そうかなあ…。」


「そうですよ、きっと。だから、元気出してください。」


そう言って、百合は微笑んだ。

成果がないことに落ち込んでいたのだけれど、百合の優しい笑顔を見て、わずかに心が綻んだ。

いつだってそうだ、百合は自分を元気づけてくれる。


しかし、百合はよく彼方を探すことを許してくれたものだ。

―あんなことがあった後なのに。

百合の心の傷は、完全に癒えたわけじゃないと思う。

それでも、百合は自分の家族を探すことを許してくれた。


しかし、彼方が帰ってきたとき、百合はどんな顔をするのだろう。

もし自分が百合の立場だったとしたら、複雑だと思う。

自分にとっては大切な家族。しかし、百合にしてみれば、忘れられない傷を植え付けられた張本人なのだから。

それでも、百合は「早く見つかるといいですね。」と、自分を応援してくれる。


本当にこの小さな彼女は強いと思う。

いつだって自分は、百合の優しさと強さに甘えていた。



その日の昼休み。

いつものように屋上に集まり、将悟や亮太と一緒に昼食を食べた。もちろん、百合も一緒だ。

別に約束をしているわけでもなく、こうやって四人自然に集まるのが日常だった。

少し前までは、この場所は自分と彼方だけの隠れ家だったのに。


自分の家庭事情、彼方がいなくなったことを、亮太は知らない。

だから日向は、皆の前では、なるべくいつも通りでいようと努めた。

しかし、聡い百合や将悟には、彼方の捜索が芳しくないことはバレていた。

百合は今朝のように毎日捜索の進捗状況を聞き、心配したり応援してくれるし、将悟も亮太がいない場所で自分を気にかけてくれる。

亮太だけを仲間はずれにしているわけではないが、この話は自分たちだけの小さな世界に留めておきたかった。

下手に話を大きくしたくない。それが、彼方のためでもあると思った。


十二月の屋上は、さすがに寒い。

すぐ傍の海から吹き付ける潮風が、今日は一層冷たく感じる。

雨が降っていないだけマシだが、空はどんよりとした鈍色の曇り空。

自分たち以外に、人影はなかった。


弁当を食べ終え、四人は談笑していた。

亮太が調子に乗り、将悟が呆れながらそれを咎め、百合が少しキツイ言葉で亮太をいじる。

自分はそれを聞いて、頷いたり、相槌を打ったりする。

すっかり、彼方のいない『いつも通り』の光景だった。


「ねえねえ、ひーくん。」


「ん?なに?」


百合は、傍らに置いていた紙袋から小さな包みを出して、自分に差し出した。


「いつもお弁当作ってもらってるから、お礼にクッキー焼いてきたんです。」


「クッキー?」


包みを開けると、可愛らしいウサギの形のクッキーが入っていた。

こんがり小麦色に焼けて、美味しそうだ。甘い香りが辺りに広がる。


「すごい。これ、百合が作ったの?」


「えへへ。早起きして頑張っちゃいました。」


はにかむように百合は微笑む。


「えー!?手作りクッキー!?いいないいなー!」


亮太は、大きな体を揺らして羨ましがる。


「もー。そう言うと思って、坂野先輩と中村先輩の分も用意してきましたよ。」


仕方ないなあ、と言うように、百合は肩を竦めた。


「マジで!?やったー!」


「俺らには気を遣わなくていいのに…。」


亮太は大袈裟に喜び、将悟は少し申し訳なさそうな顔を作る。

身長も、見た目も、中身も、対照的な二人だ。


「はい、こっちが坂野先輩の分で、こっちが中村先輩の分。」


そう言って、百合は紙袋の中から二つの包みを取り出した。


「サンキュー!百合ちゃん!!」


亮太は嬉しそうにその包みを受け取り、少し乱雑に開封した。

中から出てきたのは、真っ黒なクッキーだった。完全に焦げている。


「百合ちゃん…俺のこと嫌いだろ?」


「あら、そんなことありませんよ。ていうか、副産物をあげるだけ有難いって思ってください!」


「いや、これ副産物っていうか、明らかに…。」


失敗作だろ…そう言いたそうにしながら、亮太は真っ黒なクッキーを摘まんで肩を落とす。

将悟も、恐る恐る包みを開ける。中身は、少し茶色がかったクッキーだった。

ココアクッキーにも見えるが、おそらくは少し焼きすぎたのだろう。でも、食べられなくはなさそうだ。


「なんていうか…。すごく百合ちゃんっぽいな…。」


将悟はウサギの耳が折れたクッキーを摘まむ。


「どういう意味ですか?」


「いや、ブレないっていうか、なんっつーか…。」


「日向が一番って感じ?」


亮太が、横から口を挟む。


「ああ、そう、それ。」


将悟は、納得したように頷いた。


「あら、当たり前じゃないですか。ひーくんだけが私の特別ですもん!」


ねー、と同意を求めるように、百合は可愛らしく肩目を瞑ってウインクをした。


「ちょっと、百合、恥ずかいって…。」


「なんだよ照れんなよ!羨ましいぞ、おい!」


笑いながら、亮太が茶々を入れてきた。

将悟も、百合も、クスクスと笑っている。


いつも百合は、人前で平気で恥ずかしいことを言う。

まるで、自分の反応を楽しんでいるかのようだ。

特別、なんて言われるのは嬉しいけれど、なんだか照れくさい。

日向は、そんな気持ちを誤魔化すように頬を掻いた。


百合から貰ったクッキーを、指で摘まんでみる。

型抜きで綺麗に形成されたウサギの形。

百合は自分のことを猫だとか犬だとか言うが、百合はウサギみたいだと思った。

小さな体と、ウサギの耳のように長く靡く綺麗な髪。

元気に跳ねる姿や、ちょこんと自分に寄り添う姿は小動物のようだ。


クッキーから香る、バターと、バニラエッセンスの甘い匂い。


ふと、日向は気付いた。


昨日京子の家に行ったとき、バニラのような甘い香りがしたのだ。

そして、その香りを自分は嗅いだことがある。

そう、あれは確か、夏休みに帰ってきた彼方が漂わせていた香りだった。


―間違いない。昨日彼方は、あの場所にいたんだ。


「ひーくん?どうしたんですか。」


ふと顔を挙げれば、百合が不安そうに自分を見つめていた。


「いや、なんでもない。美味しそうだなあって思ってさ。」


慌てて日向は、取り繕って微笑みを作った。


疑惑が確信に変わっていく。

昨日は留守だったんじゃない。居留守だったんだ。

彼方は、自分に見つかることを恐れているのだ。


それでも、自分は彼方を探すことを諦める気はない。

必ず彼方を探し出して、そして、ちゃんと話をするんだ。

以前のように、仲のいい兄弟に戻るために―。







「あーあ。せっかく晴れてるのに。」


京子は、カーテンを摘まんで外を眺める。

午後になって、久しぶりに晴れ間が見えた。

洗濯物を干すのに、ちょうどいい天気だ。

しかし、それは許されないのだろう。


背後から彼方が近付いてきて、静かにカーテンを閉じた。


「お日様の下で洗濯物干したら、気持ちいいですよ?」


そう言っても、彼方は黙ったままだった。

ここのところ、洗濯物は全部部屋干しだ。

雨が続いていたと言うこともあるが、彼方がカーテンも窓も開けさせてはくれないのだ。

その彼方も、ベランダではなく、キッチンの換気扇の下で煙草を吸うようになった。

外に出ることもなければ、窓を開けることもない。

一日中、二人は暗い部屋の中で過ごしていた。


部屋の中は、少しカビ臭い。

毎日の部屋干しと、もうずっと換気をしていないせいもあるのだろう。

ずっとジメジメした部屋に篭っていると、キノコでも生えてきそうだ。

こっちまで気が滅入ってしまう。


「せっかく晴れてるんだから、どこか行きませんか?」


彼方は無言で首を振る。

そして、自分の腕を掴んで、ベッドへと引っ張った。

彼方はベッドの上で膝を抱え、まるで身を隠すように頭まですっぽりと布団を被る。

京子はベッドの淵に腰掛け、そんな彼方に寄り添った。


彼方の衝撃的な告白から一日。

テレビを見せようとしなかったり、携帯電話を触らせようとしなかったことにも納得がいく。

外に出ることを許さなかったり、遠くで救急車やサイレンが鳴り響くたびに、肩を震わせていたことにも。

自分は、犯罪者を匿っているんだ。


あの後、彼方は躊躇いながらも、全てを語ってくれた。

実の母親を、海に突き落として殺したということを―。

彼方が狼狽し、疲弊しているのは、罪悪感からだろう。


京子は、何と声を掛けたらいいか、わからなかった。

代わりに彼方の体を抱きしめ、その小さく震える体を包み込んだ。


「あ、そうだ。水族館行きません?彼方さん、イルカ好きでしょう?

 それとも、思い切って遠出して、動物園行きますか?ずっと行きたがってたじゃないですか。

 ああ、寒くなってきたから、温泉でもいいですよ。」


そうわざと明るく振る舞ってみても、彼方は何の反応もしない。

もう長い間、彼方の笑顔を見ていない気がする。

以前は、何が楽しいのか、常にニコニコと微笑みを浮かべていたのに。

彼方が喜びそうなことを言ってみても、笑顔を見せるどころか、暗く沈みこんだままだった。


私がこの人を守ってあげなくちゃ。救ってあげなくちゃ。

絶対にこの人を独りになんてしない。

そんな思いが、京子の中で渦巻いていた。


本当に、自分はどうしてしまったのだろう。

以前の自分なら、こんなめんどくさい男と一緒にいるなんて考えられない。

それでも、今は彼方から離れられなくなってしまった。

結局、自分は、彼方に絆され、彼方を愛しているのだ。


「ねえ、僕のこと捨ててもいいよ。」


ポツリと、彼方が小さく呟いた。


「馬鹿なこと言わないでください。」


「いいんだよ…。いらないって言ってよ…。そしたら、僕は一人で死ねるから…。」


人殺しを告白してからの彼方は、頻繁に「死にたい」、「死ぬ」という言葉を口にするようになった。

人を殺したという重圧に、耐えられなくなっているのだろう。

このままだと、この人は死んでしまいそうな気がしていた。

だからこそ、京子は彼方をほおってはおけなかった。


「そんなことばっかり言わないでくださいよ。

 貴方のことを、独りにしないって言ったじゃないですか。」


そう言って、京子は布団越しに彼方を抱きしめる。


「大丈夫。私が傍にいるから。彼方さんのことを守るから。

 死ぬとか、死にたいとか、そんな寂しいこと言わないでくださいよ。」


彼方は、抱えた膝に顔を押し付けて黙っている。

ほどなくして、また嗚咽が聞こえてきた。


傍にいよう。

傍にいて、この人を支えよう。

そう京子は、思っていた―。


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