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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「影を探す」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親


 「影を探す」




将悟から聞いた誠の電話番号に、電話をかけてみないといけない。

京子を見つけて、彼方の居場所を聞かないといけない。

彼方を、連れ戻さないといけない。

いなくなった母親を、探さないといけない。


色々することはあるのだけれど、今は孤独を埋めることだけを考えていた。

心が寒くて仕方がなかった。

やっと手に入った普通の家庭が、脆くも崩れ去った。

結局自分は、彼方も母親も失ったのだ。


そんな孤独を埋めるために、百合を利用するような真似をする自分は卑怯だと思う。

けれど、そうしないと自分が壊れてしまいそうだった。

独りが怖い。孤独が怖い。誰にも愛されなくなるのが、怖い。

誰かに、愛されていたかった。

誰かに、必要とされていたかった。

独りぼっちになるのは、もう嫌なんだ。


日向は言葉に詰まりながらも、母親がいなくなった理由について話した。

おそらく、真実であろう事故の憶測も。


百合は何も言わずに静かに自分の話を聞き、自分を抱きしめ、頭を撫でてくれた。

自分の弱さと、情けなさに、腹が立つ。

百合の前でだけは泣かないと、決めていたのに。


「大丈夫。ひーくんは一人じゃない。私がいます。私は絶対にひーくんから離れたりしませんから。」


暖かい温もりで、百合は自分の体を包む。

その胸に顔を埋めると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。

なんだか落ち着く、百合の香り。


「…ホント?」


「本当ですよ。私がひーくん見捨てるわけないでしょう?

 たとえ、ひーくんから『別れて』って言われたって、ぜーったい別れてあげませんから。」


優しい声で、百合は囁く。


「俺…っ。百合が思ってるより、ずっと情けないよ?」


「知ってます。そんなところも含めて好きですよ。」


「俺、全然男らしくないし、百合にカッコいいところみせたいと思っても、何にもできないし…いいところなんてないよ…?」


「あら、ひーくんはいいところだらけじゃないですか。優しいし、器用だし、お料理も上手だし。それに、とってもカッコいいですよ。」


「こういうの言うの恥ずかしいけど…。俺、意外と寂しがりだし、いっぱい百合に甘えるよ?」


「そうですね、ひーくんは甘えん坊ですもんね。でも私は、そんなひーくんが好きなんですよ。」


一つ一つ丁寧に、百合は不安を解いていく。

凛とした声と、優しい指先。天使や女神のようだと思った。

いつだって、自分を癒してくれるのは、百合しかいない。

彼方がいなくなっても、母親がいなくなっても、百合はこんな自分の傍にいてくれた。

百合がいたから、自分は腐らずにいられたんだ。


「俺、百合に話さないといけないことがある。」


意を決して、日向は顔を上げた。


「なんですか?」


「怒らないで聞いてくれる?」


「もちろんですよ。」


「彼方のこと…なんだけど…。」


そう言いかけて、百合の引き攣った頬を見て、言葉を飲み込んだ。

百合の前で彼方の話をすると言うことは、百合との約束を破るということだ。

自分が誰よりも信頼し、愛している百合を、裏切るということだ。


それでも、今言わなきゃいけない気がした。

百合に隠し事なんてしたくない。自分の全部を百合に知っておいてほしい。

例えそれが、自分の自己満足だったとしても。


けれど、やっぱり怖い。

百合まで失ってしまったら、自分には何も残らない。

失うのはいつも一瞬だ。たった一言を間違えれば、百合も―。


喉元まで出かかっているのに、言葉が出てこなかった。

百合を見つめると、彼女は難しそうな顔で俯いていた。

やっぱり、止めよう。言わないでおこう。言うのは、まだ早い―。


そう思ったとき、百合はぎゅっと自分の手を握ってきた。


「いいですよ。言ってください。」


凛とした声で、百合は言った。力強い瞳が自分を見据える。

それは、百合の決意を窺わせた。

日向は、百合の手を握り返し、続きを口に出した。


「彼方のこと…探そうと思うんだ。

 やっぱり俺、彼方のことをこのままにできない。百合との約束…破ることになるけど…。

 でも、彼方のこと探して、ちゃんと話がしたい。もう逃げたくない。これ以上、誰も失いたくないんだ。」


そこまで話すと、百合は息をふっと吐き、微笑みを作った。


「そうですよね…。ひーくんにとって、彼方さんは大切な家族ですものね。

 私もお姉ちゃんがいなくなったら、すぐに探さなきゃってなると思います。」


「百合…許してくれるの…?」


「許すも許さないも、あんな約束をした私が悪いんです。」


そう言いながら、百合は指を絡める。


「探しましょう。彼方さんのこと。私も協力しますから。」


「ありがとう…百合。ごめん、約束守れなくて。」


「もう、ひーくんったら。謝らないでくださいよ。」


おかしそうに百合はクスクスと笑う。


「でも、ひーくんは私の彼氏なんですよ。それは絶対に譲りませんから。」


そう言って、百合は可愛らしくウインクをした。



それから百合と一晩を過ごし、土曜の午後になって百合は家に帰った。

百合を駅まで見送り、家に帰ってから、日向は一人きりの部屋で携帯電話を取り出した。

そして、昨日将悟に教えてもらった誠の電話番号を押す。


『はーい。もしもーし?』


数コールの後、電話口から間延びした声が聞こえてきた。

後ろでは、大音量の音楽が流れている。どこにいるのだろう。


「あ、あの…日向です。」


『ああ、日向君か。将君から大体の話は聞いてるよ。』


ちょっと待って、と言われ、しばらくすると電話の向こうが静かになった。場所を移動したのか。


『で、何だっけ。彼方君のこと?』


「はい。」


『…って言っても、日向君が知りたがってることは、多分俺にはわかんないよ。』


「彼方の居場所とか、知りませんか?」


『さあ?前住んでたところには、帰ってないみたいだけど。』


「前住んでたところって…?」


『うちの店の店長の家。将君から聞いてると思うけど、彼方君、俺と同じ仕事してたんだよね。』


「あの…それってどこですか?」


『行っても無駄だよ。その店長も、彼方君が帰って来ないって心配してるくらいだから。』


「そんな…。」


『勝手に人んちを教えるわけにはいかないけど…。

 日向君のバイト先に、竹内京子ちゃんっているでしょ?あの子のお兄さんがうちの店長なんだ。』


「竹内さんの、お兄さん…?」


『そう。だから、その繋がりで彼方君はうちの店で働いてたんじゃない?

 まあ、俺も、店長も、彼方君の行先はしらないけど、京子ちゃんなら何か知ってるかもね。

 ただ、京子ちゃんは手強いよ~。ホントのこと話してくれるかな。』


そう言って、誠は意地悪そうにクスクスと笑う。


「誠さんは、本当に彼方の居場所を知らないんですか?」


『やだなあ、疑ってるの?本当に知らないよ?

 大体、俺は彼方君を日向君のところに帰した方がいいって、ずっと店長に言ってたんだから。』


「…そうなんですか。」


『うん、そう。だから、これ以上のことは知らないから、京子ちゃんを当たってみればいいよ。

 あの子は、絶対彼方君がどこにいるか知ってると思うから。むしろ、一緒にいるかもね。』


誠と電話をしても、収穫はなかった。

誠は飄々とした男だが、嘘を吐いているとは思えない。

自分に嘘を吐くメリットもない。


と、なると、後は京子だけが頼りだ。

次にバイトのシフトが一緒になった時に聞き出そう。

そう思っていたのだが、京子に会えないまま、四日が過ぎた。


「…今日も竹内さんは休みか。」


十二月に入ったばかりの水曜日。

店長の梨本は、シフト表を手に、厨房を見渡した。

キッチンの中には日向とシェフの川口。カウンター越しに虎丸が立っている。


「先週末から三回連続無断欠勤なんて、竹内さんらしくないな。虎丸、何か聞いてないのか?」


「えー、わっかんないっすよー。クラス違うっスもん。」


「そうか…。高橋君は?何か聞いてない?」


「俺も、学年違うんで…。」


虎丸は思い出したように「あっ!」と声を上げる。


「そういえば選択教科は一緒なんスけど、今週は一回も見てない気がするっス。学校も休んでるんじゃないっスか?」


「竹内さん、学校も行ってないのか。…よし、虎丸。帰りにちょっと様子見て来い。

 サボりならいいけど…竹内さん、一人暮らしなんだろ?何かあったら大変だ。」


「はあ…。じゃあ、帰り寄ってみるっス。」


そうして、その日は、いつもより少ない人数で仕事を回した。

幸い、そんなに忙しくはなかったし、京子のこともあり、いつもより早く店を閉めた。


閉店作業を終えて、着替えて帰ろうとする虎丸の背中に、日向は声をかけた。


「待って、虎丸。竹内さんのとこ、俺も行く。」


「え?高橋さんも?でも、高橋さんちと反対方向っスよ?」


「そうだけど…えっと…ほら、心配だし、さ。」


虎丸は不思議そうな顔をしながらも、自分が付いていくことを断ったりはしなかった。


京子の家は、この田舎には珍しい洋風な外観のアパートだった。

周りの景色に溶け込めていないお洒落な赤煉瓦。

二階建てで、それほど広くはなさそうだ。


そのアパートの前に立った時、なんだかやけに甘ったるい香りがした。

何の香りだろう。自分は何処かでこの香りを嗅いだことがある気がするが、思い出せない。

バニラのような甘い香り。誰かがお菓子でも作っているのだろうか。


虎丸は迷うことなく二階へと続く階段を上った。

何度も来慣れているのだろう。

一番隅のドアの前に立ち、「ここッスよ。」と言った。

二○五号室。それが京子の部屋らしい。


虎丸はインターフォンを押した。

しかし、しばらく待ってみても京子は現れない。


「出ないッスね~。」


そう言いながら、虎丸はもう一度インターフォンを押す。

それでも京子は出ない。耳を澄ませても、物音一つしない。ひっそりと静まり返っている。


「どっか出掛けてるんスかね?」


「いや、寝てるだけかも。」


「やっぱ風邪ッスかね?それにしても長引いてる気がするッスけど…。」


「ああ。何もないといいんだけど…。」


それから何度インターフォンを鳴らしても、京子が扉を開けることはなかった。


どうやら留守らしい。

仕方ないと、その日は諦めるしかなかった。

帰り際、虎丸は鞄からルーズリーフの紙とペンを出して、手紙を書いた。

みんな心配している、連絡がほしいと、ありきたりな内容の手紙を郵便受けに突っ込んで、二人は帰路に着いた。


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