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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「懐かしい場所」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親


 「懐かしい場所」




朝目が覚めると、隣に誰もいない。

そのことには、未だに慣れない。

どうしようもない喪失感に襲われるのだ。

自分が一人きりだと錯覚してしまう。


そんな時は、早く百合に会いたいと思ってしまう。

まるで、百合を彼方の代わりにしているみたいだ。

いや、そんなことはない。自分は純粋に百合を愛している。代わりなんかじゃない。

そう自分に言い聞かせるのも、日課になっていた。


ベッドの隅で眠る癖も消えない。

隣に誰もいないとわかっていながらも、この狭いシングルベッドの奥半分を空けておくのだ。

彼方のことだから、急に帰ってくるかもしれない。

そんな淡い期待も、消えなかった。


日向は、体を起こした。

毛布を剥ぐと、肌寒い。時計は午前八時を指していた。

退屈な休日は、いつも寝すぎてしまうようだ。

ベッドを降りて、クローゼットから紺色のカーディガンを取り出して羽織った。


これは確か、去年の冬に彼方と色違いで買ったものだ。

自分が紺で、彼方がグレー。

サイズが同じだから、よく交換して着ていたっけ。

彼方は「寒い」と言って指先まで袖を伸ばす癖があるものだから、両方とも袖が伸びきっていた。


クリーゼットの奥には、グレーのカーディガンが寂しそうにハンガーに掛けられたまま。

寒くなってきたけれど、彼方は服をどうしているのだろう。

夏物を数着だけ持って出て行ったまま、帰ってきた形跡はない。合鍵も残したままだ。

服を取りに、帰ってきてもいいのに。


日向は部屋を出て、洗面所で顔を洗った。

リビングに行くと、母親がテレビを見ながらヨーグルトを食べているところだった。


「あら、おはよう、日向。」


「おはよう。ごめん、遅くなって。朝ご飯、今作るから。」


「いいのよ、今ヨーグルト食べちゃったから。」


そう言って、母親はスプーンを咥えたまま、空になったヨーグルトの容器を見せる。

母親がいる暮らしに慣れてきてからは、起きて家に誰かがいることに、少しの安心感を抱いていた。

朝起きて「おはよう」、家に帰って「ただいま」が言える暮らしは、なんだかくすぐったい気持ちになるけれど、心地よいものだった。


「ごめんね。腕がこんなんじゃなきゃ、私が朝ごはん作ってあげられるんだけど…。」


ギプスで固められた手を不自由そうに上げて、母親は困った顔を作ってみせる。


「そんなのいいよ。それより、先生なんて言ってた?昨日病院行ってきたんだろ?」


「来月には、ギプス取れそうだって。でも、しばらくリハビリは必要みたい。」


「そっか。家事は俺がやるから、母さんは治すことだけ考えてればいいよ。」


日向はキッチンへ入って、ヤカンを火にかける。

その間に、食パンを二枚トースターに入れて、プライパンに油をひく。

今日の朝食は、トーストと目玉焼きでいいだろう。

慣れた手つきで卵をプライパンに割り入れ、蓋をする。


戸棚の隅からインスタントコーヒーと紅茶の缶を出す。

自分用のコーヒーと、母親の紅茶。

冷蔵庫の中には、牛乳はない。彼方がいないと、使う人間がいないからだ。

彼方のマグカップは、その存在を隠すように、食器棚の奥の奥に追いやられていた。


この家には、彼方の痕跡がたくさんある。

それも全部、自分にしかわからないものだけれど。


出来た朝食を食卓に並べ、二人はいつもより遅い朝食を取った。


「今日は?バイト?」


食べやすいように四つに切ったトーストを口に運びながら、母親は言う。


「ううん、今日は休み。昼過ぎから出掛ける用事はあるけど。」


「なあに?また彼女?」


にんまりと、母親は意地悪そうな笑みを作る。

母親に詮索されるなんて、なんだか照れくさい。


「それは…まあ、うん。」


日向は母親の顔が見れずに、テーブルを見つめたまま答えた。


「んもう、照れちゃって。そろそろ母さんにも紹介してよー。」


「まあ、…そのうち。」


「そのうちそのうちって、前もおんなじこと言ってたでしょー?日向の『そのうち』は、いつなのかしらー?」


拗ねるように、母親は唇を尖らせる。

なんだか子供っぽいその仕草は、彼方を思い出させた。

将悟にも、よく似た親子だと言われたっけ。


「だから、そのうち紹介するって。どうでもいいだろ、俺のことなんて。」


照れ隠しで、無意識のうちに素っ気ない返事になる。

けれど母親は気にすることなく、柔らかい微笑みを見せた。


「あら、大事なことよ。大事な一人息子のことだもの。」


その笑顔はあまりにも自然で、虐待を繰り返していた姿とは似ても似つかなかった。

同一人物のはずなのに、あの頃の母親はもうどこにもいなかった。

目の前にいるのは、息子想いの優しい母親。

全てが上手くいっているはずなのに、そのギャップに、日向はいまだに慣れずにいた。


「あ、そーだ。そういえばね、昨日、不動産の雑誌を見てたの。

 来年になったら、不動産も引っ越し業者さんも混むから、早めに決めておかないと、って思ってね。

 やっぱり学校の近くがいいわよねえ。スーパーとかコンビニも近くにあると便利だし…。

 治安いいところっていう条件は譲れないわよね。いつ不動産見に行こっか。」


「…本当にいいの?」


「当たり前でしょ。もう合格も決まったんだから。モタモタしてると、いいところ無くなっちゃうわよ。」


「だって、学費だって安いわけじゃないし、そのうえ一人暮らしなんて…相当お金かかるだろうし…。」


「大丈夫。息子を一人暮らしさせるくらいの蓄えはあるんだから。

 それに、不謹慎な話だけど、事故の保険金いっぱい入ったし。

 だから、日向はお金の心配なんてしなくていいのよ。」


自分を納得させようと、母親は饒舌に話し、悪戯にウインクをして見せる。

十一月半ばになって、こうして高校卒業後の話をすることが多くなっていた。

日向は既に、面接と作文だけの簡単な推薦入試を受けて、早々に合格していたのだ。

卒業後の進路も確定し、春になれば、自分はこの家を出ていく。


「ちょっと寂しいけど、日向の将来のためだもんね。」


「ごめん…。」


「なんで日向が謝るのよ。もう、おかしな子ね。」


良好な親子関係だった。

けれど、嘘を吐いているという罪悪感からか、まだ母親への不信感が完全に消えてはいないからか、日向は母親の目を見て話をすることができなかった。


母親は、自分の作り話を疑ってはいない。

何の疑問を抱くこともなく、「一人息子」の自分を愛してくれている。

母親の中には、彼方というもう一人の息子なんて、少しも存在していなかった。


朝食を済ませて、洗濯物を干して、日向は自分の部屋へ戻った。

最近は、家事をするときと、食事をする時以外は、ずっと部屋篭りっきりだ。

なんとなく、母親と顔を合わせることを、できるだけ避けたかった。


母親の疑いのない微笑みが、自分には少し辛いのだ。

顔を合わせれば、母親は笑顔で色々な話を聞いてくる。

学校のこと、バイトのこと、友達のこと、彼女のこと。

自分のことを知ろうとしてくれているのだろうが、母親と会話をするたびに、彼方の存在を隠す些細な嘘が積もっていく。

それがなんだか、苦しくて仕方がないのだ。


することもなく、日向はベッドに寝転がった。

趣味でもあればいいのだか、夢中になれるものなんて、何もなかった。

頭の中はいつも、百合のこと、彼方のこと、母親のこと。

自分のことよりも、人のことばかりを考えているんだ。


ヘアメイクの本を開いてみても、なんだか退屈だ。

この本を買った当時は、百合に色々な髪型をさせてみたくて、何度も何度も読み返した。

けれど、やっぱり百合は自然のままが一番だ。

あの真っ直ぐでしなやかな髪は、何も手を加えない方が綺麗で美しい。

最近は、家に母親がいるから百合を家に呼ぶことができず、ヘアメイクの練習もできないけれど。


日向は、本を閉じて、携帯電話を手に取った。

彼方に与えられた携帯電話。

もっとも、その本人は電話番号もメールアドレスも変えてしまって、連絡はとれない。

彼方の携帯電話には、自分の電話番号やメールアドレスは登録されたままなのか。それすらも、わからない。


携帯電話を持って数カ月。

覚えた機能は、電話とメールと少しのインターネットと写真だけ。

といっても、連絡を取る人間は限られているので、電話帳に登録された人間は十人もいない。

その中で、毎日連絡を取り合うのは、百合だけだった。


日向は慣れた手つきで指先を滑らせ、アルバムを開いた。

その中には、百合を撮った写真が、数枚だけ保存されている。

学校で授業をサボった時のもの。デートで浜辺を訪れた時のもの。学園祭の時のメイド服姿。

写真の中の百合は、いつも笑っていた。カメラ越しの自分に笑顔を向けていたのだ。


一枚だけ、百合と二人で映っているものがある。

頬が触れてしまいそうなほどくっついて、照れながらも撮った写真。

写真慣れしていない自分は、ひどくぎこちない笑顔だった。

そんなぎこちない顔の隣には、幸せそうに笑う百合がいた。

自分が大好きな、可愛くて柔らかい天使の笑顔。


いつだって一緒にいたいのだけれど、そういうわけにもいかない。

だから、こうして写真を見て、寂しさを紛らわす。

百合の笑顔を見ていれば、少しは救われるのだ。


しばらくして、廊下で物音が聞こえた。

扉が開き、閉じる。

母親がトイレにでも行ったのだろう。

日向はベッドを抜け出し、こっそりと玄関に向かった。


物音を立てないように、郵便受けを覗く。

今日の郵便物は無いようだ。

日向は、再びこっそりと部屋に戻った。


こっそりと郵便受けを覗く理由は、二つある。

一つは、彼方から連絡がくるかもしれないという望みを、捨てきれていないから。

二つ目は、彼方宛に届く葉書や封書を、母親に見つかる前に処分するためだ。

例えダイレクトメールでも、彼方と名前の分かるものは、母親に見つかるわけにはいかない。


少しでも疑問を抱かせないように、リビングやトイレ、風呂場や洗面所からも彼方の私物は片付けた。

そして、母親に自分の部屋には入らないようにキツく言ってある。

自分の部屋も、見えるところには彼方の痕跡は残していない。

服や小物は、全部クローゼットやタンスに仕舞った。


自分の部屋は、物が少ない。

ベッドは一つしかないし、テーブルも小さなものが一つ。

座布団代わりに使っているクッションは二つあるが、客用だと言えば納得するだろう。

端から見れば、一人部屋だと思われるだろう。


ずっと二人で一つだった。

だからなんでも共有してきたし、ベッドも机も一つあれば充分だった。

なんて、昔の暴力的な母親から、ほとんど何も与えられなかった言い訳かもしれない。

けれど、それが今は、ただただ都合がよかった。


昼食を済ませ、日向は出掛ける準備を始めた。

シャワーを浴びて、髪を整えて、服を着替える。

時計を見ると、午後一時前を指していた。

もうすぐ百合の乗る電車が駅に着く時間だ。


クローゼットを開けると、ハンガーには、二本のマフラーが掛かっていた。

百合に貰った茶色のチェックのマフラーと、差出人不明の真っ赤なマフラー。

日向は、迷わずに百合に貰ったマフラーを手に取った。


学校に行くときと、百合に会う時は、いつもこのマフラーを身に着ける。

赤いマフラーは、バイトに行く時だけだった。

差出人不明と言っても、こんなマフラーを贈ってくる人間は一人しかいない。

見慣れた雑な文字は、間違いなく彼方のものだった。


あんな派手なマフラー、自分に似合うとでも思っているのか。

女でもないのに、あんなに真っ赤なマフラー。

そう思っても、何処かで彼方が見ているかもしれないと思うと、手放せないでいた。



駅に向かっている途中で、ポケットの中で携帯が震えた。

百合からのメールだった。

電車に乗り遅れたので、一時間ほど遅刻する、といった内容だった。


百合がこうしてデートに遅刻してくるのは、珍しくはない。

一時間に一本しかない電車に乗り遅れることは、多々あった。

遅刻の理由は、着ていく洋服を迷っていて、髪が上手く決まらなくて、など様々だ。

「そんなに着飾ったりしなくていい、いつも通りでいい」といつも言うのだけれど、百合は「いつだって可愛く見られたいんです」なんて可愛らしい言い訳してくるのだから、すぐに許してしまう。


待つのは嫌いじゃない。待たせるよりはマシだ。

それに、自分のために可愛らしく着飾ってくれる百合を見るのが楽しみだった。

いや、着飾っていても、着飾っていなくても、いつだって百合は可愛い。


それにしても、一時間ほど時間が空いてしまった。

一度家に帰ってもいいのだけれど、今日は珍しく晴天が広がっている。

日向は、散歩をして時間を潰すことにした。


と言っても、特に行く宛なんてない。

この田舎町は、何処へ行っても海と山しかないのだ。

どうしようかと悩みながら歩いていると、見慣れた岩場へ着いた。


高台から見渡せる海と、二つの大きな岩。

夫婦岩ともよばれる、男岩と、それよりも大きな女岩。

一応観光名所だとは言うが、観光客が来ているのを見たことなんてない。

機具岩だなんて名前がついているが、フリガナがないと「はたごいわ」だなんて読めないし、木でできた立て看板は、古くて文字が掠れていた。


ここは、小さな時からよく来た場所だ。

自分は外で遊ぶのはあんまり好きじゃなかったのだか、彼方がこの高台を気に入っていた。

だから、いつも彼方に無理やり連れて来られていたんだっけ。


彼方は、小さな時から海が好きだった。

その理由は知らない。人魚姫の絵本が好きだからなのかもしれない。

いや、本当はたいした理由なんてないのかもしれない。


一度自分の目の前から消えた時だって、ここでいなくなろうとしていた。

あれは母親の虐待が酷かった、六月の雨の日だった。

嫌な予感がして、必死で彼方を探したんだ。

どこにいるかもわからない中、それでもこの場所が自分を呼んでいた。

雨で体を濡らして、息を切らして必死で彼方を見つけ出したら、彼方は「やっぱり、日向は僕のヒーローだね。」そう言って、泣きそうな顔で微笑んだのだ。


あの頃は、二人だけの箱庭の世界だった。

お互いがいれば、それだけで生きていけた。お互いに依存しきっていた。

狭い世界で二人きり。それ以外の世界なんて知らなかった。


けれど、今は違う。

自分のその箱庭を飛び出して、彼方はその箱庭から逃げ出して、バラバラになってしまった。

どうして、こうなってしまったのだろう。

自分たちは、何を間違えてしまったんだろう。


海を眺めて黄昏てみても、答えは出なかった。

今日の海は穏やかだった。晴れ渡った晴天。

誰一人いない寂しい岩場で、波の音だけが響いている。

穏やかな波が引いては押してを繰り返す。

海から吹き付ける潮風は、ひんやりとしていて、寒いくらいだった。


いつだったか、この岩場で彼方が怪我をした時のことを思い出した。

あれは、まだ二人が小さかったころ。

彼方が十メートル以上ある岩に登ると言い出したのだ。

自分は、危ないから、と止めたが、彼方は聞く耳を持たなかった。

結局、途中で彼方は足を滑らせて落ちたのだ。幸い軽い怪我で済んだ。


いつだって、やんちゃなのは彼方の方で、自分はただ見守っているだけだった。

彼方には積極性があったから、遊びでもスポーツでも、新しいことには興味が引かれ、なんでもやろうとした。

もちろん上手くいくこともあったし、そうじゃないことだってたくさんあった。


日向は、その大きな岩を見つめた。

あの頃よりも大きくなった自分よりも、何倍も大きな二つの岩。

彼方が落ちたのは、女岩の方だった。


ああ、確か、あの岩場の上には、見たこともない花が咲いていたんだ。

その花を、彼方は自分に取ってきてくれようとしていたんだ。

結局その花は手に入らなかったし、彼方も怪我をして散々だったけれど、彼方は泣かなかった。

代わりに、自分が泣きそうになったんだっけ。


いつも自分が彼方の世話を焼いていると思いながらも、実際は彼方に与えられてばかりだった。

居場所も、生きる意味も、全て、何もかも。

彼方がいたから、自分は今まで生きていられたんだ。


学園祭のあの日、彼方は自分の目の前に現れた。

あの狐の面の男は、間違いなく彼方だ。


一瞬だけ見えた耳に光るピアス。

それは、京子のネックレスと同じモチーフだった。

その男が振り返った時、ジーンズの尻ポケットからは、見慣れたペンギンのストラップがぶら下がっていた。

あれは、京子が学生鞄に付けていたものと全く同じものだ。

そして、首から下げたカメラ。街で見た時と一緒だ。


面を付けているから表情はわからないが、彼方は仮装した生徒たちに紛れて、じっと自分を見つめていたような気がした。

けれど、すぐに背を向けて行ってしまった。

自分に声を掛けることもなく、駆け寄ってくることもなく、彼方は行ってしまった。

その背中を見て、追いかけるべきではないと思った。声を掛けるべきではないと思った。


マフラーのお返しとして京子に肉じゃがを渡した時も、「次はタケノコの煮物がいい」と言った。

タケノコの煮物は、彼方が肉じゃがの次に好きだったメニューだ。

その話を聞いて、少しは彼方に近付いたと思ったのに。


彼方は今、何を思っているのだろう。

このまま、別々に生きていくのが正しいのだろうか。

もう自分のことなんて、なんとも思っていないのだろうか。


彼方が決めたことだ。今更自分が口を出すわけにはいかない。

けれど、百合がいればいいと言いながら、自分は彼方への未練を捨てきれずにいる。

口では強がっていながらも、今でも無意識にその影を探してしまう。

もう戻らないとわかっていながら、望みを捨てきれずにいる。


―なあ、彼方。俺たち、間違ってないよな


穏やかな水面に問いかけてみても、返事が聞こえるはずもなかった。


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