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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「お面の下の仮面と温もり」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親



 「お面の下の仮面と温もり」




午後からは、学園内を日向と二人っきりで回った。

腕を組んでいつもより密着して、周りの視線も気にせずに、二人の時間を楽しんだ。

日向は照れくさそうにしながらも、嫌がったりはしなかった。


クレープを食べたり、講堂で演劇部のお芝居を見たり、グラウンドの仮設ステージでは仮装コンテストなんてものもやっていた。

日向の後輩のクラスがやっているお化け屋敷にも入りたかったのだけれど、日向はあまり乗り気じゃなかったからやめた。

後で聞いた話では、日向はお化けや心霊といったものが苦手らしい。

たかが学園祭のお化け屋敷に入る前から怖がっているなんて、なんだか意外だった。


けれど、今まで知らなかった日向の一面が見れるのは、嬉しかった。

その後輩の前では適当に言い訳していたが、本当のことは自分だけにこっそりと教えてくれる。

少し臆病なところも、意外と甘えん坊なところも、とっても寂しがりなところも、自分だけが知っている日向の姿。


まだまだ知らない一面も、あるかもしれない。

それはきっと、これから知ることになるのだろう。

けれど、二人の間に隠し事なんて何一つない。

誰も知らない日向の一面一面を、自分は知っている。

それが、ちょっとした優越感だった。


誕生日にプレゼントをしたマフラーも、毎日つけてくれている。

ここ最近は、夏に比べてすっかり気温が低くなったけれど、まだマフラーを巻くには少し早い。

それでも、自分がプレゼントしたマフラーを嬉しそうにつけている日向の姿を見るのは、いいものだ。

なんだか首輪をつけているみたいだ。自分のモノだ、という目印のようにも思える。

身に着けるものをプレゼントしたのは、独占欲の表れだった。


「でも嬉しいなあ。ひーくんと学校でデートできるなんて。」


「いつも一緒にいるだろ?」


「そうですけど、やっぱり学園祭は特別ですよ!こうやって、みんなの前でイチャイチャできるし!」


そう言いながら、百合は日向の腕にギュッとしがみつく。

人目なんて、気にしなかった。


「百合…そういうの恥ずかしいって。」


日向は、周りの視線を気にするように小声で言った。

照れたように困った顔をするけれど、自分を振り払ったりはしない。

周りの生徒がチラチラをこちらを見ている。ヒソヒソと話している人もいる。

もっと見ればいい。そして羨めばいい。この素敵な人が、自分の彼氏だ。


外の風が冷えてきて、二人は校舎内に入った。

自分のクラス同様、校舎内でも教室を使った模擬店をしている。

先程までは校舎内の人は少なかったのに、今は人で溢れかえっていた。

外が寒くなってきたからと、みんな考えることは同じなのだろう。


どこに行っても、人、人、人。

一体この田舎町のどこからこんなに集まってきたのだろう。

しっかりと腕を組んでいないと、はぐれてしまいそうだ。


ふいに、日向が立ち止まった。


その視線の先には、仮装した生徒がわいわいと騒いでいた。

おそらく、さっき仮装コンテストに出場していた生徒だろう。

大きなカボチャの被り物を被った背の高い男子、可愛らしいフリルのついた黒いワンピースを着た魔女、包帯でぐるぐる巻きにされているのはミイラ男だろうか。

気合の入った仮装姿が並ぶ中、お面だけを被った男の姿もあった。


日向は、その人混みをぼーっと見つめていた。


「ひーくん?どうしたんですか?」


そう声を掛けると、日向は人混みから視線を逸らした。


「…いや、なんでもない。次どこいこっか。」


取り繕うように小さく笑みを作って、日向は自分の手を引く。

そして、心なしか早足でその場を後にした。







誠に言われたことを思い出しながら、京子は静かな廊下を一人歩いていた。

窓の外を見ると、相変わらずの秋晴れ。グラウンドは人で賑わっていた。

今の自分の気持ちとは、全くの別世界だ。


枕営業ってなんだ。

どうして彼方は、他の女を抱いているんだ。

自分には、一度もそういうことをしようとしないくせに。

付き合っていると思っていたのは自分だけで、彼方からしてみればただの遊びだったのか。

ああ、そうだ。彼方は、元々そういう男だったじゃないか。

誰とでも寝るし、百人切りだという噂さえあったじゃないか。

本人は可笑しそうに「百人は言い過ぎ」だなんて言ったけれど、否定なんてしなかったじゃないか。


彼方からすれば、誰でもよかったんだ。

都合のいい女なら、誰だってよかった。

きっと、自分じゃなくても、よかったんだ。

なんだか、浮かれていた自分が馬鹿みたいだ。


苛立ちと焦燥。言い知れぬ虚無感。

悲しくて悲しくて仕方なかった。

じんわりと目頭が熱くなるのを感じる。


ただの冗談であってほしかった。

自分と彼方を引き離すための、タチの悪い冗談であってほしかった。

そうだ、誠の話が、本当かどうかはわからないじゃないか。

きっと彼方なら、「そんなの嘘だよ」と、いつものように笑ってくれる。


彼方を探さないと。

ああ、でも、怖い。

会って、直接彼方の口から真実を告げられるのが怖い。

否定されてたとして、その言葉を自分は信じられるのか。

疑いたくないのに、どんどん不安が広がっていく。


京子は、その場に蹲った。


涙が溢れてしまいそうだった。

たった一言で気持ちが揺らぐほど、自分は弱い人間じゃなかったはずだ。

いつから自分は、こんなに弱くなってしまったのだろう。

それは、きっと、彼方を愛してしまったから。


「京子ちゃん?」


ふいに、頭の上で声が聞こえた。

聞きなれた、低く優しい声。

ゆっくりと顔を上げると、そこには狐の面を付けた男が立っていた。


「ああ、やっぱり京子ちゃんだ。」


首には、お気に入りのカメラを提げている。

耳元で光るのは、自分とお揃いの猫と月。

今一番会いたくて、会いたくない人。


「彼方さん…。」


安っぽい狐の面を外して、彼方は笑う。


「こんなところに蹲ってどうしたの?もしかして体調悪い?」


そう言いながら、彼方は心配そうに顔を覗きこんでくる。


「…ちょっと立ちくらみがしただけですよ。」


京子はそっぽを向いたまま、ゆっくりと立ち上がった。

なんとなく、今は顔を見られたくなかった。


「なんで…こんなところにいるんですか。」


「せっかくだから、やっぱり京子ちゃんと学園祭楽しみたいと思ってさ。…怒ってる?」


自分の機嫌を窺うように、彼方は少し困ったように首を傾げる。

そうやって自分の機嫌を窺うところは、いつも通りだった。

いつも通りが、逆に京子を不安にさせた。


さっき誠に言われたことを聞くなら、今だ。

疑いは早いうちに晴らしてしまった方がいい。

けれど、今答えを聞く勇気なんてなかった。


誠に言われたことは自分の胸の内に隠して、京子は平静を務めた。

考えすぎだ。少しは彼方のことも信用してやらないと。


「別に…怒ってませんけど…。そんな変装じゃ、誰かに気付かれるんじゃないんですか?」


「案外気付かれないものだよ。誰も話しかけてこないし、だーれも僕に気付かない。」


そう言いながら、彼方はお面を両手で弄ぶ。


「まるで、最初から僕がいなかったみたいにさ。…なんて、冗談。」


狐の面を外しても、笑顔の仮面で彼方は笑う。

いつもそうだ。この人の冗談は、寂しい冗談なんだ。

平気そうな顔で笑いながら、本心を冗談の一言で誤魔化す。

そんな、強くて弱い人。


「私は、すぐに彼方さんだってわかりましたよ。」


きっと、どれだけ隠れても見つけ出せる。

顔を隠したって、姿を隠したって、自分なら絶対に探し出す。

最初からいなかったなんて、そんな寂しい思いをさせない。


「それは僕が声かけたからでしょ。」


「声かけなくてもわかりますよ。そんな悪趣味なお面被る人は貴方くらいです。」


「あはは。京子ちゃんは厳しいなあ。」


いつもの軽口を叩きながら、二人は笑い合う。


大丈夫。自分はいつも通り、彼方に接することができる。

そうだ。誠の言葉なんて嘘だと思い込もう。嘘に違いない。

彼方は毎日自分に会いに来てくれるし、こうしてデートをしたり、二人の時間を大切にしてくれている。

彼方の愛は、充分過ぎるほど伝わっている。

だから、疑うことなんて、何もないんだ。



それから、学園祭に来たことに対してグチグチ言いながらも、彼方と学園祭を楽しんだ。

一緒に模擬店を回ってみたり、自分のクラスのお化け屋敷にも誘ってみたり。

お化け屋敷では、彼方は怖がるどころか、他の客と同じようにきゃっきゃと声を上げてはしゃいでいた。

お面をしていても、その下は、いつもの無邪気な笑顔だとわかる。


京子は嫌がったのだが、「こういうのは雰囲気が大事なんだから」と彼方に言われ、しぶしぶ暗闇で手を繋いだ。

なんだか、やけに恥ずかしかった。

お面で顔を隠している彼方は気にしていないようだが、お化け屋敷の中は自分と同じクラスの友人だらけなんだ。

きっと、後からお化け役の友人に「あれは彼氏なのか」とか、「どんな人?」など、質問攻めにされるだろう。


お化け屋敷を出て、次はどこに行こうかと人通りの少ない廊下の隅でパンフレットを見ていた時のことだった。


「あ、ちょっと待って。」


そう言うと、彼方は立ち止まり、ジーンズの尻ポケットから携帯電話を取り出した。

お揃いのペンギンのストラップが揺れる。


「メールですか?」


「うん、お客さんから。」


慣れた手つきで、彼方は携帯電話のディスプレイに指を滑らせる。

せっかく一緒にいるのに、自分をほおって客とメールだなんて。

思えば今までも、自分の家で二人っきりで過ごしていても、彼方は携帯電話が鳴るたびに画面を確認してメールを返していた。


誠の言葉が蘇る。


やっぱり、あの話は本当だったのではないか。

自分だけが特別だなんて、嘘だったんじゃないのか。

やっぱり自分も、彼方の中では不特定多数の、その他大勢の内の一人なんじゃないか。

お揃いのストラップやピアスを付けて喜んでいたのは、全て嘘だったのか。

全部、自分を繋ぎ止めるための演技だったのか。


そう思うと、ふいに涙が溢れた。


「ちょっと京子ちゃん、どうしたの…。」


止めようと思っても、涙は止まらない。

堰を切ったかのように、ポロポロと溢れてきた。


彼方は、困ったようにオロオロと慌てる。

涙を止めないと。何か言わないと。

そう思うのに、涙は止まらないし、言葉なんて出なかった。

せめて泣き顔を見せないよう、両手で顔を覆った。


すると、ふいに彼方に抱きしめられた。


「何か嫌なことでもあった?」


耳元で囁く優しい声。

暖かい体温と、嗅ぎ慣れた煙草の匂い。


京子は彼方の胸に顔を埋めて、静かに泣いた。

彼方はただ黙って、自分が泣き止むまで抱きしめていてくれた。




日が沈んで外が暗闇に染まるころ、グラウンドではキャンプファイヤーが行われていた。

小さな火を囲み、男女が仲良さそうにフォークダンスを踊ったり、隅の方で友人同士で集まって談笑したりしている。

祭りの後だからだろうか、センチメンタルにぼーっと火を眺めている生徒もいた。

そんな様子を、二人は二階の空き教室から窓越しに眺めていた。


「なんか切ないねえ。青春の終わりって感じ。」


「青春なんてこれからじゃないですか。まだ高校生なんだし。」


「三年生は、そろそろ本格的に受験勉強でしょ。来月からは推薦入試もあるんだし。…あ、京子ちゃん。あそこ見て。」


そう言って彼方が指を指したのは、キャンプファイヤーから少し離れた場所だった。

そこには、日向が彼女と踊っている様子が見えた。

日向は首を傾げながら、不器用に彼女の手を取る。

フォークダンスなんてしたことがないのだろう。

足が縺れそうになったり、彼女とぶつかりそうになったり、とても上手なダンスとは言えなかった。

それでも顔を見合わせて笑う姿を見ていると、幸せそうに見えた。


「でも、日向が元気そうでよかった。最近ちょっと悪い予感してたんだよね。」


「悪い予感?」


「うん。僕の悪い予感って結構当たるんだよね。でも、今回はハズレみたいでよかった。」


窓際で頬杖をつきながら、彼方は遠くの日向を見つめる。

切ないような、慈愛に満ちた眼差しを見ていると、京子もなんだか切なくなった。

やっぱりこの人は、日向への未練だらけだ。


「日向さんのところ…行ってくればいいじゃないですか。」


「さっきね。日向とすれ違ったんだ。」


視線を日向に向けたまま、彼方は呟く。


「日向ったらね、じーっと見つめてくるの。

 でも、声なんてかけてくれなかった。追いかけてもくれなかったよ。

 …そういうこと、なんだよ。」


何が「そういうこと」なのだろう。

会いたいなら、会いに行けばいいのに。

会いに行けないなんて言い訳だ。

手の届くところにいるのに、目の届くところにいるのに、どうして。


けれど、彼方の切ない顔を見ていると、何も言えなくなった。


本当に、彼方は幽霊みたいだ。

彼方からは日向が見えるのに、日向からは彼方が見えない。

日向に見つけてほしいのに、日向は探してすらくれない。

ここに彼方はいるのに、日向の中には存在しない。


「僕たちも踊ろうか。」


ふいに、彼方は顔を上げて微笑んだ。


「…踊れるんですか?」


「見様見真似でやってみるよ。まあ、どうにかなるでしょ。」


そう言って立ち上がり、片手を差し出す。


「さあ、お手をどうぞ。お姫様。」


京子は躊躇いがちに、その手を取った。



自分が泣いた理由を、彼方は聞かなかった。

京子も、誠から聞いた話は言わなかった。とても、聞けなかった。

それでも、ただ黙って自分を抱きしめてくれていた彼方の優しさに、京子は救われた。


泣き止んだ後は、少し気まずい空気に包まれたものの、彼方はいつものように振る舞った。

京子も赤い目のまま、「目にゴミが入っただけです。」と強がってみせた。

それでもなんだかバツが悪くて、「何も聞かないんですか?」と彼方に聞いた。

「京子ちゃんが言いたくないなら、聞かないよ。」と、無理に泣いた理由を聞いてこなかった。


疑ってはいけない。不安がってはいけない。

誠の言葉より、自分の彼氏を信じよう。

だって、この人は、こんなにも優しくて暖かい。


きっと、大丈夫。この人を信じて大丈夫。

せめて自分だけは、消えかけの幽霊みたいなこの人の、唯一の理解者でいたい。

そしてこの人が、自分の唯一の拠り所だ。


遠くで聞こえる音楽に合わせて、薄暗い教室の中、二人は不器用なダンスを踊った。


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