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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「聞きたくなかった言葉」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親


 「聞きたくなかった言葉」




学園祭当日は、とにかく忙しい。

実行委員の仕事として学園祭の見回りをしなくてはならないし、自分のクラスの手伝いもしなければならない。

グラウンドの様子も見に行ったり、体育館のステージの進捗をチェックしたり。

そして、各クラスの出し物に不備がないかをチェックして回る。


三年生は受験勉強のために、二学期から委員会活動をしなくてもいいので、実質二年の実行委員が学園祭を取り仕切っていた。

京子も、その一人だ。

実行委員と言う面倒事を押し付けられ、朝から学校中を飛び回っていた。

色々な場所へ顔を出さなくてはならなくて、とても学園祭を楽しむ余裕なんてなかった。


落ち着いたのは、昼を過ぎてからだ。

他のクラスの実行委員に交代してもらい、やっと休憩時間になった。

京子は休憩ついでに自分のクラスの様子でも見に行こうと、二階の多目的ホールを目指した。


グラウンドに比べて、校舎内の人は少ない。

やっぱり目玉の模擬店はグラウンドに集中しているからだろうか。

二階への階段を上ってみても、人は疎らだった。

昼時ともあって、みんな食事に出掛けているのだろう。


お化け屋敷の入り口には、虎丸が退屈そうに受付係として待機していた。


「あ、竹内さん!おかえりなさいっす。」


「どう?客入りは。」


「まあまあっすね。グラウンドほど賑やかじゃないっすけど、さっきまでは結構賑わってたんすよ。」


帳簿を見ながら、虎丸は言う。


「あ、そうだ。さっき高橋さんが差し入れ持ってきてくれたんすよ。はい、これ。竹内さんの分。」


そう言って渡してきたのは、たこ焼きのようなものだった。

たこ焼きのようなものと表現したのは、たこ焼きに似ているけれど、明らかにたこ焼きじゃない見た目をしていたからだ。

たこ焼きのように丸い形をしているが、ソースや鰹節はかかっていない。

代わりに、チョコレートのような色のソースがかかっていた。

それに、なんだか甘い香りがする。


「なにこれ?」


「なんか、カステラみたいなお菓子だって言ってたっすよ。

 『竹内さん甘いの好きって言ってたから』って。さすが高橋さんっすよね!」


「ふぅん。」


一つ口に含んでみると、確かに甘い。

チョコレートソースにホットケーキのようなふわふわした生地。中にはマシュマロも入っている。

さすが日向だ。たこ焼きをこんなに美味しいお菓子にアレンジできるなんて、センスがある。


「高橋さん、お化け屋敷入っていったの?」


「いいえ。他に寄る場所有るから、ってすぐ行っちゃったっすよ。」


「なーんだ。高橋さんの怖がってるところ、ちょっと見たかったのに。」


ガッカリしながら、京子はたこ焼きに似たお菓子を口にいれた。


「いやいや、さすがに学園祭のお化け屋敷を怖がる人なんていないっしょ。」


ふいに騒がしい笑い声が聞こえ、お化け屋敷の出口を見ると、四人の少年達が出てきた。

見たことがない制服だ。他校の生徒だろう。

その少年たちは、お化け屋敷を怖がっていると言うよりは、稚拙な作りを楽しんでいるようだった。

結構手を掛けたつもりだったけれど、学園祭レベルのお化け屋敷なんてこんなものか。


「みんなあんな感じっすよ。」


そう言って、虎丸は苦笑する。


「あ。そういえば、さっき変な人が来てたんすよ。」


「変な人?」


「男の人なんすけどね、なんか狐のお面被ってて、顔はわからなかったんすけど、『京子ちゃんいますか?』って。」


「狐のお面…?」


なんだか嫌な予感がした。

自分を「京子ちゃん」と呼ぶ人間は限られている。

しかも、お面なんかで顔を隠す必要がある人間なんて、一人しかいない。


「その人、どこ行ったの?」


そう聞くと、虎丸は首を振った。


「いや、わかんないっす。まだ学校の中で、竹内さんのこと探してるんじゃないっすか?」


「そう…。」


京子は多目的ホールを後にし、その人物を探すことにした。

虎丸が言った変な人は、きっと彼方だ。それ以外にありえない。

学園祭に来ないと言っていたのに、何をやっているんだ、あの男は。


人気のない廊下を進み、京子は携帯電話を手にした。

校内を歩き回って探すより、電話をかけた方が早いだろう。

そう思って通話ボタンを押そうとしたとき、何者かに肩を叩かれた。

驚いて振り返ると、


「やあ、京子ちゃん。」


そこには、笑みを浮かべた誠が立っていた。


「誠さん…?どうして…。」


意外な人物に、京子は一瞬頭が真っ白になった。

どうしてここに誠がいるんだ。自分を探していたのは、誠だったのか。


「どうして、だなんて。用がないと学園祭来ちゃいけないわけ?

 それとも、俺が学校に来ると困ることでもあるのかな~?」


笑みを浮かべてはいるが、その目は鋭く光っていた。

まるで、獲物を射るような瞳だ。

京子は、背筋がゾクリと寒くなったのを感じた。


「なんて、冗談。ここの学校に友達がいるから遊びに来ただけだよ。」


お道化るように、誠は肩を竦めて笑う。

両手には何も持っていない。もちろん、顔にお面を被っているわけでもない。

虎丸に自分の居場所を聞いたのは、やっぱり誠ではない。


「…一人で来たんですか?」


「うーん。まあ、そういうことになるのかな。

 さっきまで友達と一緒だったんだけどさ、クラスの仕事があるって言って行っちゃったんだ。

 一人で残されても退屈だし、この学校意外と広くて迷子になりそうなんだよね~。

 ねえ、よかったら京子ちゃんが案内してよ。」


相変わらず饒舌な男だ。

無駄に明るい間延びした声で、ペラペラと言葉を紡ぐ。


「いえ、私も仕事がありますから。」


「ふぅん。そっか。それは残念だな。」


「じゃあ、これで…。」


平常心を装って、早く誠の前から去ろうと思った。

誠は知っている。だからこそ、ここで自分がボロを出してはいけない。隠し通さないと。

しかし背を向けた時、誠は小さく呟いた。


「たこ焼き屋。」


その言葉に、まるで固まってしまったかのように足が動かなくなった。


「グラウンドのところのたこ焼きや行ったらさー、そっくりな子がいたんだよねえ。」


「…なんのことですか。」


「…まあ、その彼とは友達のつもりなんだけどさ。一回京子ちゃんのバイト先にも会いに行ったんだよねえ。

 その時さ、京子ちゃんもいたでしょ?ちゃんと見てたんだよ。」


「誰の…ことですか。」


自分でも白々しいと思う。

けれど、認めるわけにはいかなかった。


「日向君。京子ちゃんと同じ高校の三年生。彼方君の、双子のお兄さんでしょ。」


誠の低い声が、静かな廊下に響く。

京子は、振り向けなかった。

ただでさえ白々しいのに、表情まで隠せる自信がない。

むしろ、もう何も隠せない。誠は全てを知っている。

京子は、ギュッと唇を噛んだ。


「まあ、日向君のことはどうでもいいんだよ。問題なのは、彼方君の方。

 京子ちゃんは彼方君が高校生だって知ってて、優樹くんに紹介したんでしょ?

 それがマズいことだって、わかってる?」


京子は、何も言えなかった。

誠の言っていることは、全部正しい。

自分たちが隠していたかったことを、綺麗に全部暴いていく。


「なんとか言いなよ。知らなかった、なんて言えるわけないだろ。」


誠の言葉には、少し苛立ちが混じってるようだった。

その証拠に、口調がいつもより厳しくなっている。


「そういうつもりじゃ…なかったんです。」


情けないほど震えた声が出た。

どんな弁明も思いつかない。何を言ったって無駄だ。

言い逃れなんてできないことをわかっていながら、他に言葉が出てこなかった。


背中越しに、誠が溜息を吐く音が聞こえた。

苛立ちを落ち着かせようとしているのだろうか。


「てかさー、京子ちゃんと彼方君ってどういう関係なの?ただの学校の先輩後輩じゃないよね?

 まさかアイツが彼氏?付き合ってるの?やめときなよ、あんな奴。碌でもない男じゃん。」


急に軽い口調になり、誠は茶化すように言う。

この男は何がしたのだろう。秘密を知っていて、自分をどうしようというのだろう。

せめて、彼方の不利にならないように答えないと。


京子も静かに息を吐き、気持ちを落ち着けようと努力した。


「…付き合っていません。」


「ふーん。そうなんだ。」


やけにあっさりと誠は納得した。

そして、「じゃあ、この話京子ちゃんにしても問題ないね。」と、鼻で笑うように言った。


「アイツさ、隠れて枕営業してんの。

 常習犯だよ。毎日違う女と寝てる。ちなみに、それで一ヶ月で二百万も稼いだんだってさ。

 どんだけヤッてんのって感じだよねえ。あーあ、若いって怖い。」


「えっ…。」


京子は言葉を失った。


「しかもさ、それをアイツに言ったら、『京子ちゃんだけには言わないで』なんて言うんだよ。

 おかしいねえ?優樹君に、じゃなくて、京子ちゃんに、なんてさ。」


誠は、可笑しそうにクスクスと笑う。

京子は、この男が何を言っているのかが、一瞬理解できなかった。

だって彼方は、自分と付き合っているのだから。


「付き合ってないのなら、なーんの問題もない話だよねえ?」


尚も茶化して笑う誠に、苛立ちが湧いてきた。

そんな話をして、人の神経を逆撫でして、一体どういうつもりなんだ。


「…何が言いたいんですか?」


「あれれ、怒っちゃった?」


「そんなことを私に話して、何がしたいんですか?私にどうさせたいんですか?」


誠の方を振り返って、京子は苛立ちのままに言い放った。

静かな校舎内に声が反響して、余計に大きく響いて聞こえた。

睨むように真っ直ぐに誠を見つめると、誠は浮かべた笑みを消して、真顔になった。

いつもヘラヘラと笑っているこの男の真顔を見るのは、初めてだ。

垂れ目が、どこか冷徹さを感じさせる。


「俺の望みは一つだけだよ。アイツに店を辞めさせてほしい。」


「そんなこと、自分で言えばいいじゃないですか。」


「優樹君から、アイツには手を出すなって言われてんの。

 優樹君はアイツが未成年だってことも、高校生だってことも、知っていてアイツを雇ってるんだよ。

 しかもアイツは優樹君のお気に入りで、辞めさせる気なんて全くないんだ。

 挙句の果てには、この俺に『嫌ならお前が辞めろ』なんて言うんだぜ?

 十年近くずっと優樹君を支えてきた、この俺に。ホント、意味わからねえ。

 優樹君のこと一番わかってあげられるのは、俺以外に有り得ないのに!」


苛立った様子で、誠は乱暴に頭を掻く。

たくさんのピアスと、長い銀髪が揺れた。


「とにかく、京子ちゃんから辞めるように言ってくんない?

 アイツに話しても、生意気に辞める気ないって言うんだ。

 京子ちゃんから言ってもらえれば、気持ちも変わるかもしれないでしょ?」


「どうして、そこまで彼方さんを辞めさせたいんですか?」


真っ直ぐと誠を見据えると、誠は不貞腐れたような、バツが悪いような顔をした。


「…気に入らないからだよ。アイツの全部が気に入らない。

 アイツがくる前までは、俺が優樹君の右腕だったんだ。

 俺の居場所を奪ったアイツが許せない。アイツさえいなければ…。」


「それは、つまり…嫉妬、ですか?」


その言葉に、誠は目を瞠った。

そして、もう一度髪をクシャリと掻いた。


「…そう思ってくれても構わないよ。」







通いなれた校舎、無駄に広いグラウンド、自分のお気に入りの兎小屋。

それらは、何一つとして変わっていなかった。

三ヵ月前と同じまま。まるで、時間なんて経っていないみたいだ。

いや、自分だけがこの日常から取り残されたのだ。

自分がいなくても世界は回る。まさに、その通りだと思った。


三ヵ月前と違うのは、今日は学校内がとても賑やかなことだ。

ハロウィンと重なった学園祭。周りには仮装をした生徒も歩いている。

魔女や吸血鬼、包帯をぐるぐる巻きにした生徒はミイラだろうか。

チャイナドレスやナース服といった、ハロウィンに関係のないコスチュームの生徒もいる。

そのせいか、お面で顔を隠していても誰も不審がらない。

学園祭が偶然ハロウィンの日で、本当に都合がよかった。


彼方は懐かしい景色を、首から下げたカメラで一つ一つ写真に残していく。

久しぶりに訪れた場所。もう二度と来ることない場所だ。

そう思うと、大した思い出がない学校でも、なんだか切ない気持ちになった。


この学校で作った思い出は、なんだっけ。

いざ思い返してみると、なかなか思い出せないものだ。

そういえば、京子と初めて会ったのは、中庭の花壇の前だった。

その時は、確か赤と白のダリアという花が咲いていた気がする。

二度目に見た時は、白いダリアは枯れかかっていた。

今はもう、赤いダリアすらも見当たらなかった。枯れてしまったのだろう。


初めて会った時の京子は、警戒心剥き出しで、なかなか気難しそうな女だと思った。

あの頃の自分は、適当に京子を手玉に取って、都合よく動かすことしか考えていなかった。

平気で嘘を吐き、色を使い、京子に呆れられ、傷付けた。

今思うと、自分でも最低なことをしていたと思う。


けれど、京子と過ごしているうちに、色々な京子の内面を知った。


素っ気ないのは、素直になれないから。

冷たいようで、実はすごく優しくて世話焼き。

口に出すことと思っていることは、大体真逆。

体は細いのに意外に大食いで、甘いものが好き。

甘いものを食べている時の京子は、子供のように幸せそうな顔をする。

酒はそれほど強くなくて、酔うと別人のように甘えてくる。

翌日、酔っていた時のことを思い出して、一人で羞恥に悶えている姿はすごく可愛い。

そのことを茶化したりすると、顔を真っ赤にして容赦なく頭を叩いてくるから、酔っていた時の話は次の日に持ち越さない。


京子と付き合ってから、ほんの少しだけれど、体の調子はいい。

未だに大量の抗不安薬や向精神薬などを飲んではいるけれど、過呼吸の発作は起きなくなった。

以前は睡眠薬を大量に摂取してもロクに眠れなかったのに、最近は割とぐっすり眠れている。

食事だって、以前はほとんど喉を通らなかったのに、今は三食きちんと食べられるようになった。


思っている以上に、京子の影響は大きいのだ。

京子といると安心する。穏やかで優しい時間が流れている気がするのだ。

最初は、日向の代わりだなんて思っていたけれど、今の自分は京子を愛している。

誰の代わりでもない。京子は自分にとって唯一で、特別だった。


できるなら、このまま最後の時まで京子と共にいたいと思った―。


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