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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「消えない影」


登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親


 「消えない影」




寄り添って、じゃれあって、他愛のない話をして、時間は過ぎていく。

夕食を食べ終え、昨日と同じく先に百合に風呂を勧めた。

すっかり寒くなってきたし、浴槽にお湯を張って、用意していた入浴剤を入れておいた。

甘いバニラの香りがする泡風呂だった。今日のために、前々から購入していたものだ。

風呂から出てきた百合は泡風呂を気に入ったらしく、日向に髪の毛を乾かされながら嬉しそうな顔をしていた。


「ああいうのなら、一緒に入ってもよかったのに。」


「恥ずかしいだろ?」


「泡で見えないですよ?」


「いや、入る時とか、出る時とか。」


「タオル巻けばいいじゃないですか。」


「いや、そういうわけにはいかないだろ。」


一緒に入浴なんて、自分の理性が持つわけがない。

自分は百合の白い腕や、パジャマから覗く細い足でさえ意識してしまうのだから、タオル一枚巻いただけの姿なんてきっと耐えられない。

そんなことを知ってか知らずか、この無邪気な天使は無防備な笑みを見せる。

日向は邪なことを考えないように必死に手を動かし、百合の髪を乾かした。


百合の髪を乾かし終わって、日向も風呂に入った。

あんなことを言っていた手前、百合が入って来るんじゃないかと思ったが、そんなことはなかった。

日向は安心したような、少し残念なような、妙な気持ちになった。


体を洗って、風呂に浸かる。

風呂の中の泡は、もう既にほとんど残ってはいなかった。


昨日から四六時中百合と過ごしているから、こうして一人になると色々考えてしまう。

泡風呂だなんて、少しキザすぎただろうか。

今まで恋愛経験なんてなかったから、どうしていいかわからないのだ。

どこまでしていいんだろう。やりすぎて、引かれたりしないだろうか。


今では毎朝作っている百合の分のお弁当だって、最初は迷った。

デートの時に毎日でも自分の料理が食べたいと言ってくれて、嬉しかった。

だからお弁当を作ったのだけれど、出来上がってから、あれは社交辞令だったんじゃないか、こんなことをされたら困らせてしまうのではないかと、一人で何度も考えたものだ。

自分ができることなんてたかが知れているし、たいしたことはしてあげられてないと思う。


けれど、百合のあんなに嬉しそうな顔が見れてよかった。

もっともっと、百合を喜ばせてあげたい。

百合をできるだけ甘やかしてあげたい。なんだってしてあげたい。

あんな可愛い彼女の笑顔を、もっともっと見ていたい。


だから、自分のこの邪な気持ちを押し込めないと。

体が目当てで付き合っているわけじゃない。

百合は自分の恩人だ。自分にとっては、女神のようなものなんだ。

そんな百合を、自分勝手な性欲で汚してはいけない。

そう、日向は思った。


風呂から出てリビングへ戻ると、百合はおかしな恰好をしていた。


「おかえりなさいませ、ご主人様。」


そう言って、百合は悪戯っ子のような顔で微笑む。

あまりに妙な光景に、日向は呆然と立ち尽くした。


それもそのはずだ。

さっきまでパジャマ姿だった百合の服装が、一変している。

黒いフリルのワンピースに白いエプロンドレス、頭には同じく白いフリルのついたカチューシャを付けていた。


「百合…何やってるの…?」


「見てわかりませんか?メイドさんです!」


スカートの裾を摘まんで、百合はくるりと一周してみせる。

意外とスカートが短い。スカートとニーハイソックスの間から、白い太ももがチラリと覗いた。


「メイドって…え?…ええ、なんで?」


わけがわからずに、日向は戸惑うことしかできない。

反対に百合は、満面の笑みを浮かべて、自分の反応を楽しんでいるようだった。


「学園祭で着るコスプレが、昨日届いたんです。

 ひーくんはメイドさんが好きって聞いたから、メイドさんにしました!」


そう言って、百合はこれ見よがしにメイド服のスカートを翻す。

そして可愛らしくポーズを取って、得意そうに日向に見せつけた。


「…俺、そんなこと一言も言ってないけど…。」


「ええっ?…坂野先輩に騙されましたかね?」


「…やっぱり亮太か。」


百合にそんなことを吹き込むのは、亮太しかいない。

荷物が多かったのも、この衣装のせい。

携帯電話に夢中だったのも、このことを亮太に相談していたのだろう。


「似合いませんかね…?」


百合はしょんぼりと肩を落として、上目で日向を見る。

日向は、改めてメイド服姿の百合を見た。

童話に出てきそうなフリルのワンピース。

メイドと言うより、絵本にでも出てきそうなお姫様にも見える。

メイドがどうこうというわけではなく、百合は何を着ても可愛いと思う。


「可愛いよ。」


「ホントですか?」


「うん、似合ってる。」


その言葉に、百合は満面の笑みを見せた。


「じゃあじゃあ、今日は私がひーくんにご奉仕しますよ!」


「ご奉仕…?」


「何かしてほしいことはありませんか?このひーくん専属のメイドがなんでもしてあげますよ!」


すっかり元気になった百合は、張り切ってみせる。

なんでもしてあげる、その言葉に、日向はなんだかそわそわした気持ちになった。

いや、駄目だ。変なことを考えないと決めたばかりなのに。

自分の理性の緩さに、溜息が洩れそうになった。


「ええ…別に、何もしなくていいよ。」


「なんでですか!あ、じゃあ髪乾かしてあげます!」


「それくらい自分でできるし…。」


「いつも私の髪乾かしてくれるんですから、お返しです。はい、座って座って!」


そう言って、半ば強引に椅子に座らせられた。

百合が背後に立ち、ドライヤーの熱風を感じる。

誰かに髪を乾かしてもらうなんて、初めてのことだった。

時折百合の指が髪や地肌を掠める。その度に、なんだか緊張した。

自分は今まで当たり前のように百合の髪を乾かしてきたけれど、いざ自分がされる側になると、案外照れくさいものなのだと日向は知った。


「次は何してほしいですか?」


髪を乾かし終わって、専属メイドは次の指示を心待ちにするように言う。


「そう言われても…。」


急に言われたって、そんなこと思いつかない。

それに、百合にはしてもらってばっかりだ。

自分だって、何かしてあげたいのに。


「遠慮しないでくださいよ。あ!肩揉んであげましょうか?」


「え…いいよ、凝ってないし。」


「じゃあ、膝枕してあげましょうか?」


「それはちょっと…恥ずかしい。」


「じゃあじゃあ、えーっと…えーっと…。」


うーんと唸って首を捻りながら、百合は考える。


「いや、何もしなくていいよ。いつも通りでいい。」


「もー!ひーくんったら、欲がないですよ、欲が。」


そう言って、百合は頬を膨らませた。

そんな仕草でさえ、可愛らしいと日向は思った。


欲がないなんて、そんなわけがない。

けれど、自分のこの汚い性欲を口にすることはできなかった。

この邪な気持ちは、自分の中だけに押し込めておこうと日向は決めた。



楽しい時間は過ぎるのが早く、すっかり夜も更けてきた。

いつもそうだ。百合と過ごしていると、時間を忘れてしまう。

時計を見れば、そろそろ日付が変わる頃だった。

百合に元のパジャマに着替えてもらって、メイドごっこは終わりにした。

そして、そろそろ眠ろうと、昨日と同じように二人でベッドに入った。


けれど、昨日とは違い、百合は無口だった。

手を繋いでピッタリとくっついて、何かを考えるように目を伏せていた。


静寂の中に、昨日と同じ時計の音だけが響く。

黙っていても、カチコチと時は進む。

百合と過ごす、最後の夜だった。


「ねえ、ひーくん。」


ふいに、百合がポツリと呟く。


「何?」


百合は、躊躇うように息を吸ってから言った。


「…何も、しないんですか。」


その言葉に、心臓がトクンと跳ねた。

けれど、日向は平静を装って聞き返す。


「…何も…って、何が?」


「だから…その…。」


そう言いかけて、百合は口ごもる。

言葉を選んでいるのか、言い辛いことなのか、百合の視線は暗闇を彷徨う。


「私じゃ…駄目ですか?」


「…え?」


消え入りそうな小さな声で、百合は言った。


「私…胸もちっちゃいし、子供っぽいし…。やっぱり私じゃ、そういうことしたいって思えませんか…?」


日向は耳を疑った。


「ちょ…ちょっと待って。それって…その…セ、セックス…したいってこと…?」


その行為を言葉にするのが恥ずかしくて、小声になってしまう。

百合も同様なようで、顔を真っ赤にして目を逸らす。

けれど、自分にギュッと抱き付いて、囁くような声で言った。


「…ひーくんは、したくないんですか?」


「えっ…したい…けど…でも、…え?」


日向は動揺していた。

口が滑って、思わずしたいと言ってしまった。

ああ、でも、そんなことを言ったら百合に嫌われてしまうのではないか。

いや、百合は自分を誘っている。本当にいいのだろうか。

いや、冗談かもしれない。自分を試しているだけかもしれない。

百合は本気なのか?本気で言っているのか?これは夢じゃないのか。

日向は、思いっきり爪を手の平に食い込ませてみた。痛い。夢じゃない。


夢じゃない?これは現実なのか。どうしよう。自分はどうすればいいんだ。

今日の百合の様子がおかしかったのだって、もしかしたらこのためだったのだろうか。

自分に手を出してほしいがために、わざと誘うような素振りを見せていたのだろうか。

据え膳くわぬは男の恥、なんて言葉を思い出した。けれど、いいのか?本当にいいのか?

混乱した頭で日向はぐるぐると思考を巡らす。

でも、ダメだ。頭がパンクしてしまいそうだった。


百合は顔を上げて、真っ直ぐに自分を見つめる。


「私は、したいです。ひーくんがほしい。」


百合の凛とした強い声と、切ない瞳。

日向は鼓動が早くなるのを感じた。


「…ホントに、いいの?」


頬を真っ赤に染めた百合は、小さく頷く。


「…ひーくんの好きにして。」


その言葉に、どうにかなってしまいそうだった。

理性を保つなんて、もう無理だ。

今すぐ百合を自分のモノにしたい。


「百合…。」


日向は百合に覆いかぶさって口付ける。

百合は日向を抱きしめて、それを受け入れた。

貪るように何度も何度もキスをした。呼吸ができないほど長く唇を重ねた。

しつこいくらいに百合の柔らかい唇を堪能する。

そして、唇に割って百合の口内に舌を滑り込ませた。

百合は少し驚いたように体を震わせたが、日向に応えるように舌を絡ませた。

生暖かい舌が絡まる感触に、ひどく興奮した。

今宵、自分は百合を抱く。


唇が離れると、どちらのものともわからない唾液が糸を引いた。

情欲の色に染まった百合の瞳に、切ない溜息が洩れる。

仄かな月明かりがベッドの中の二人を照らす。

百合が愛おしい。愛しさが溢れて、胸がいっぱいになった。


心臓が壊れてしまいそうだ。興奮で呼吸が荒くなるのを自覚した。

こんな可愛い子を好きにできるなんて、夢みたいだ。


「どうしよう…なんか、ドキドキしすぎて死にそう…。」


百合をぎゅっと抱きしめて、肩口に顔を埋める。

興奮と恥ずかしさで、百合に顔を見られたくなかった。

きっと今自分は、凄く情けない顔をしている。


「ふふっ、大袈裟ですよ。」


そう言って、百合はクスクス笑った。

細い指が髪を梳く。百合の暖かい体温に包まれると、一層鼓動が早くなった。


情けない話だけれど、自分には経験がない。

頭の中で何度も百合を犯してきたが、いざその行為をするとなると、どうしていいかわからない。

緊張と興奮で、頭の中は真っ白だった。


「だって、俺初めてだし…。」


百合の肩口に顔を埋めたまま、日向は言った。

こうして顔を隠していないと、恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


「私だって、初めてですよ。ひーくんが、初めて。」


百合は、強い声で言った。

初めて。以前の事件の詳しいことは、敢えて聞かないようにしてきた。

それが百合のためであり、自分のためであると思ったからだ。

百合はどこまで彼方に汚されたのだろう。今自分がしてる以上のことまで、されたのだろうか。

なんだか腹立たしくなった。百合は自分のモノなのに。

自分は百合を傷付けまいと、大切に大切に守ってきたのに。


「…怖くない?」


「大丈夫です。ひーくんなら、大丈夫。」


そう言って、百合は精一杯縋りつくように自分を抱きしめた。


もう一度キスをして、舌を絡める。

百合は「でも、ちょっと恥ずかしい」と、はにかんで笑った。

首筋から肩にかけて、唇を這わせてキスをする。

百合の綺麗な肌に自分の感触を教え込ませるように、ゆっくりと、優しく。

唇が肌を這うたび、百合の口からは切ない吐息が洩れた。


肌と服の隙間に手を滑り込ませて、服を着たままの百合の体をそっと撫でた。

吸いつくような若い柔肌の感触。陶器のような白い肌は、月明かりに照らされて幻想的に見えた。

時間を掛けて、ゆっくりと百合の肌を愛撫する。

手で、唇で、百合への愛しさを伝えた。


そして、日向は意を決して、百合が着ているパーカーのファスナーにそっと手を掛けた。

緊張で手が震える手で、ゆっくりとファスナーと下ろしていく。

薄いピンクの下着と、小さな胸の谷間が露わになった。


百合は恥ずかしいのか、両手で顔を覆って、身を固くしていた。

日向は、下着の上から百合の形のいい小振りな胸を揉んでみた。

手の平にすっぽりと収まるサイズの百合の胸は、柔らかかった。

触ったことのない感触。女の子特有の温かい柔らかさ。

百合の心臓が、トクトクと早いリズムで脈打ってるのが伝わる。

百合も自分にドキドキしてくれている。


「ね、百合、顔見せて…。」


「駄目です…。恥ずかしい…。」


百合は顔を覆ったまま、小さく首を振る。耳まで真っ赤だ。

可愛らしく恥じらう百合に、胸がきゅっと締め付けられた。

百合は今、どんな顔で自分のことを感じてくれているのだろう。


「お願い…顔見たい…。」


百合は、イヤイヤと首を振る。

顔を隠して恥じらう百合は可愛い。けれど、やっぱりその顔が見たい。

もどかしい。じれったい。我慢なんてできない。

日向は百合の手首を掴み、顔を覆うその手を少し強引に退けた。


「あっ…。」


けれど、やっと見れた百合の表情に、日向は目を瞠った。


「え…。」


百合の目には、涙が滲んでいた。瞳には怯えの色が浮かんでいる。

興奮して気付かなかったが、百合の体は小刻みに震えていた。


「ち、違うんです!平気、…平気だから…」


慌てて取り繕う百合の瞳から、涙が溢れた。

堰を切ったように、ポロポロと雫が滴り落ちる。


本当は、怖くて堪らなかったのだろう。

どうして百合が怖がっていることに気付けなかったのだろう。

浮かれていた。自分は、完全に浮かれていた。

百合が体を許してくれたことに舞い上がって、周りが見えていなかった。

何よりも気にしてあげないといけなかったのは、百合の気持ちだったのに。

自分の快楽ばかりを優先して、百合が怯えていることに気付けなかった。


「…ごめん。やっぱり…今日はやめよう。」


そっと、日向は百合の上から退いた。

そして、その震える体を隠すように、布団を掛けてやった。


「ひーくん待って!違うの…違うの…。」


手で涙を拭いながら、百合は言う。

けれど、涙は止まることはなかった。


「無理しなくていいよ。そういうことしなくても、俺…百合といられるだけでいいから。」


宥めるように、百合の頭を撫でる。


「違うんです!ひーくんが嫌なわけじゃなくて…その…。」


百合は真っ赤な目で、嗚咽を洩らした。


「わかってる。いいよ。大丈夫だから。」


なんだか百合を見ているのが辛くなって、日向は百合に背を向けてベッドに横になった。

百合が背中に縋りついてくるのを感じる。とてもじゃないけれど、振り向けなかった。


「ひーくん…。」


背中越しに、すすり泣くが聞こえた。

抱きしめて慰めてあげたい衝動に駆られたが、できなかった。

今の自分には、そんな資格なんてない。


日向は、百合が泣き止むのを、ただ静かに待った。


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