表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
124/171

「影を残す」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎医師 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。

美波沙織 看護師

高橋奈津子 日向の母親


 「影を隠す」




土曜日の昼は、忙しかった。

席は満席で、ウエイティングが出るほど、カフェ・プレーゴは大盛況。

厨房を川口シェフと日向で回して、ホールは梨本店長と自分だけ。

たった四人で、ランチタイムで忙しい店を回していた。

どうしてこんなに忙しい日に限って、バイトの人間が少ないのだろうと、京子は二日酔いの頭で思った。


パートのおばちゃんも、大学生のバイトも、今日に限って捕まらなかったらしい。

いつもはほとんど毎日バイトに出ている虎丸も、シフトは夕方から。

今日はサッカー部の部活がある日なのだろうか。

京子は二日酔いで回らない頭で、必死に働いた。


昨日、彼方と酒を飲んだ。

日本酒はマズかったけれど、甘い酎ハイが美味しくて、飲みすぎてしまったのだ。

おかげで、所々記憶がない。頭痛もするし、体が重い。

酒を飲んでいる時はなんだか楽しかった気がするのに、こんな代償があるとは、思ってもなかった。


昨日の記憶は、あまりない。

けれど、何か恥ずかしいことを言ってしまったような気がした。

甘えるようなことを言ってしまった気がする。

そんなの、自分に似合わない。素直になるなんて、似合わない。

思い出すだけで、頬が赤くなってくる。


朧げな記憶の中で、彼方に膝枕やお姫様抱っこをされた。

どうしてそうなったのかは、よく覚えていない。

けれど、彼方の力強い腕は覚えている。意外と男らしくて逞しい腕だった。

彼方に起こされて目を覚ますと、自分は彼方に抱き付くような体勢で眠っていた。

一晩中、そうしていたのだろうか。自分から、抱き付いたのだろうか。

どんな顔をすればいいのか、わからなかった。

酒の力は怖い、そう思った。


恥ずかしさに耐えかねて、「遅刻する!」と言って、逃げるように家を出てきた。

とてもじゃないけれど、まともに彼方の顔が見れなかった。

昨日の自分を消してしまいたい。どうして興味本位で酒なんて飲んでしまったのだろう。

まあ、遅刻ギリギリだったのは事実だし、仕方ない。


「竹内さん、大丈夫?体調悪い?ちょっと顔赤くないか?」


自分がフラつきながら仕事をしていると、梨本店長が声を掛けてきた。


「いえ、昨日ちょっとお酒飲んじゃって…。」


「二日酔いかよー。とんだ不良少女だなー。」


梨本店長は呆れた様子で、笑う。

彼は、親でも、学校の先生でもない。京子を咎めることはなかった。


「ま、俺もよく高校の頃やったわ。記憶無くなるまで飲んだりしてなー。」


彼方が言った通り、結構みんなやっているのか。

少しだけ罪悪感があったが、梨本の言葉で安心した。


「心配かけて、すみません。ホント、大丈夫なので。」


「おうおう。でも、無理そうなら言えよ?」


梨本店長に気遣われながら、なんとか忙しいランチタイムを乗り切った。

店が落ち着いたのは、午後四時前。

ピーク時に比べて、ホールは客が疎らになり、すっかり静かになっていた。

体は少ししんどいけれど、取り敢えずは一安心だ。

バイトが終わるまで、あと一時間。それまでなんとか頑張ろう。

山積みにされた空いた皿やグラスの洗い物を見ながら、京子はそう思った。


「大丈夫?店長から体調悪いって聞いたけど…俺が代わりにやろうか?」


ふいに、後ろから声を掛けられる。日向だ。


「いえ、平気です。高橋さんも夜の分の仕込みがあるでしょう。」


「まあ…そうなんだけど。でも、辛いなら休んでた方が…。」


そう言って、日向は心配そうに自分の顔色を窺う。

彼方と同じ顔に、京子は一瞬ドキリとした。

いや、違う。日向は彼方じゃない。


「平気ですって。退勤まであと一時間くらいだし、洗い物だけ片付けて、家で休みますよ。」


「ならいいんだけど…。でも、もうすぐ虎丸来るし、店長に相談して、早めに上がらせてもらったら?」


「大丈夫ですよ。あと一時間くらい、乗り切ってみせます。」


自分は大丈夫だと言っているのに、日向は煮え切らない様子で心配そうな顔をする。


「…無理そうだったら、すぐ俺に言って。」


そう言って、日向は自分の仕事に戻った。


意外と、日向は優しい。

女子にモテるのも、わかる気がする。

無口だけれど、さり気なく人を気遣ってくれる。

けれど、双子なのに、彼方とは全然違う。

顔は見分けがつかないほどそっくりだけれど、性格が全然違う。


日向は、けして人に強制はしない。

自分が大丈夫だと言えば、無理矢理に休ませなんかしない。

けれど、心配性なようで、チラチラとこちらの様子を窺っている。


彼方は、結構強引だ。有無を言わせない。

彼方が決めたことに、自分は拒否権なんて与えられない。

きっと、ここに彼方がいたのなら、自分はとっくに家に帰されていただろう。

それも、一応彼方の優しさではあるけれど。


京子は溜息を吐いて、洗い物に取り掛かった。



洗い物が一段落して手を洗っていると、店の入り口の扉が開いた音がした。季節外れの風鈴の音。

新しい客が来たのだろうか。店長とシェフは休憩に入ってしまったし、自分が行かないと。

京子が慌てて厨房を出ようとすると、その人物は早足でこちらに向かってきた。


「おはよーございますっす!」


元気良く挨拶したのは、虎丸だった。

なんだ。慌てて損をした。京子は小さく溜息を吐いて、虎丸に挨拶を返した。

部活帰りなのか、虎丸はサッカーのユニフォームのままの姿だった。


「おはよ。今日部活だったのか?」


日向は食材を切る手を止めて、顔を上げる。


「はい。朝から練習試合だったんすよ。」


「そうなんだ。どうだった?」


「もちろん勝ったっす!ハットトリック決めてきたっすよ!」


ガッツポーズを決めて、虎丸は笑う。


「よかったな。お疲れ様。」


つられて日向も小さく笑う。

この二人は、タイプは違うけれど、仲が良い。

やっぱり男同士だと、打ち解けやすいのだろうか。


日向がこうやって笑っているのを見るのは、なんだか不思議な気分だ。

出会う前は、誰とも喋らない、笑わない、そんなイメージだった。

愛想がいい方が彼方、無口な方が日向。

学校の噂では、二人はそう言われていたから。

それ以外に、そっくりな二人を見分ける方法がなかったから。


今は髪の色で、どちらが彼方で、どちらが日向かはわかる。

けれど、彼方の彼女の自分でも、二人が髪色を揃えたら、見分ける自信がない。

さっきだって、日向に彼方が重なって、少しドキドキしてしまった。

中身は全然違うのに、二人の顔は似すぎている。

双子だから、仕方ないのだけれど。


「あ、そう言えば、来る途中で高橋さんの弟さん見ましたよ。」


虎丸は、カウンターに手を付いて、身を乗り出す。


「いやーそっくりっすね!髪の毛の色一緒だったら、どっちかわかんないっすもん。

 間違えて声かけそうになったくらいっすよ!」


「え…」


虎丸の言葉に、京子は目を瞠った。

日向も驚いたように目を瞬かせている。


「何処で…何処で見たんだ?」


「そこの海辺っすよ。なんかこう…おっきい犬と遊んでましたよ。」


虎丸は両手をいっぱいに広げて、その犬の大きさを伝える。

日向は難しい顔をして、何かを考えているようだった。

京子は冷静を装いつつも、内心は焦っていた。


彼方は一体何をしているんだ。

大人しく家で待っているんじゃなかったのか。

顔見知りばかりの地元で、フラフラ出歩くのは危険だと思わなかったのか。

京子は焦る気持ちに、爪を噛んだ。


「…ゴールデンレトリバー?」


「あー、多分そうっす。金色の毛のおっきい犬。」


「それっていつ?今?」


「学校からこっち来る途中だったんで、ついさっきすよ。」


事情を知らない虎丸は、不思議そうに首を傾げた。

日向は、厨房に置かれたデジタル時計に目をやる。午後四時四十五分。

確か、日向の退勤時間は自分と同じ午後五時のはず。後、十五分だ。

日向は、彼方を探しに行くつもりなのだろうか。

ここで彼方が見つかるわけにはいかない。

どうにかしなければ。


「ちょっと席外します。」


二人の話を遮って、京子はトイレに逃げ込んだ。

エプロンの中から、マナーモードにした携帯電話を取り出す。

急いで彼方の番号を探して、電話を掛ける。

彼方は三コールもしないうちに電話に出た。


『はいはーい?』


聞こえてきたのは、呑気な声だった。

人の気も知らないで―。


「ちょっと彼方さん、今どこにいるんですか!今すぐうちに戻ってください!」


声を潜めつつも、焦りで口調が強くなる。


『え?突然どうしたの?もうバイト終わった?』


「違いますよ!見られてたんですよ!」


『…誰に?』


探るような、低い声。

耳元で囁かれたその声に、胸がざわついた。


「…バイト先の人です。同じ学校の。」


電話の向こうで、溜息のような息遣いが聞こえた。


『なんだ、別にいいじゃない。』


拍子抜けしたように、彼方は緊張感のない声に戻る。


「そっちに日向さんが探しに行ったらどうするんですか!」


『大丈夫だよ。もう京子ちゃんの家着くし。』


「家で大人しく待ってるって言ってましたよね?ホント、何してるんですか!」


『ただの散歩だよ。退屈だったんだもん。』


悪びれる様子もない彼方に、京子は大きな溜息を吐いた。


「とにかく、日向さんに見つかったらマズいんでしょう?馬鹿な行動は慎んでください。」


『ふふっ、京子ちゃんは心配性だなあ。』


いつもの調子で彼方はクスクスと笑う。

他人事じゃないのに、どうしてそんなに呑気でいられるのか。


『もうすぐバイト終わるんだよね?』


「ええ。五時に終わりますけど。」


『早く帰ってきてよ?京子ちゃんがいないと退屈なんだから。』


「退屈って…。もうすぐ終わりますから、家にいてください。」


『うん、待ってる。』


優しい声色で、彼方は言う。

電話は苦手だ。耳元で彼方の声が聞こえるのが、なんだかくすぐったい。

最近の携帯電話は高音質だし、耳元で彼方に囁かれているみたいだ。

柔らかい優しい声。低く甘い声。彼方の声が、好きだ。

そう自覚すると同時に、酒を飲んだ時のように体が熱くなる。胸がドキドキする。


「と、とにかく、大人しくしててくださいよ。」


『はいはい、わかったよ。』


「じゃあ、切りますよ。」


照れ隠しで素っ気なく言い放ち、電話を切った。

彼方との電話は心臓に悪い。まだ耳に余韻が残る。

彼方の声に、どうにかなってしまいそうだった。


洗面台の鏡で自分の顔を確認する。

少し頬が赤い。頬に触れてみると、熱を持っていた。

自分は彼方の声だけで、こうなってしまうのか。

なんだか悔しい。そして、恥ずかしい。

これじゃまるで、彼方のことが大好きみたいじゃないか。

…実際、そうだけれど。

でも、天邪鬼な自分には、認め難いのだ。


京子は大きな溜息を吐いて、トイレを出た。


厨房に戻ると、虎丸は既に着替えて仕事に就いていた。

日向は時計を気にしつつも、虎丸と談笑しながら、使ったまな板や包丁を洗っている。

時刻は午後五時に差し掛かろうとしていた。

言いつけ通り、彼方が家に帰っていればいいが―。


京子は洗い終わった食器を食器棚に戻していると、店長とシェフが休憩から戻ってきた。

二人が戻ってきて、交代に自分と日向は上りになった。

ようやく帰れる。今日は二日酔いだし、店も忙しかったし、本当に疲れた。

着替えて店を出ようとすると、同じく着替え終わって帰ろうとしていた日向に声を掛けられた。


「竹内さん。」


京子は、ギクリとした。

彼方を目撃した虎丸の話の後だ。

日向は自分に疑惑を持っているはずだし、何を言われるかわからない。

恐る恐る京子はゆっくりと振り向いた。


「送っていこうか?体調悪そうだし…。」


日向は心配そうな表情だった。

なんだ、彼方のことじゃないのか。

京子は肩の力が抜けるように、ほっとした。


「彼女いるのに、そんなこと言っちゃダメですよ。」


「いや、まあ…そうなんだけど。でも、やっぱりほっとけないし。送るだけなら…。」


「平気ですよ。家近いし。それに、私も彼氏いるので、そういうのは遠慮します。」


京子は、キッパリと断った。

心配性も、ここまで来ると少し煩わしい。

子供じゃないのだから、一人で帰るくらい平気に決まっている。


「その彼氏って…」


言いかけて、日向は目を伏せた。


「あ…いや、ごめん。…やっぱりなんでもない。」


そう言って、日向は小さく首を振った。


京子は平静を装って、日向を見つめる。

心の中の焦りを読み取られないように、冷静に。


一体どこまで日向は勘付いているのだ。

自分は日向が確信できるようなことを言っていないはずだ。

まだ、大丈夫。ボロを出さなければ、白を切れる。

余計なことを話してはいけない。そう思って、京子は口を噤んだ。

気まずい沈黙が、二人の間を流れた。


「…じゃあ俺、帰るから。お大事に。」


痺れを切らしたのか、気まずさに耐えかねたのか、日向はそう言って、自分と目も合わさずに行ってしまった。

遠ざかる背中を見つめながら、京子は考えた。


日向は、案外鋭いのかもしれない。

今まで以上に、言動や行動を気を付けないと。

けれど、自分の彼氏が彼方だってわかるようなことは、一言も言っていないはずだ。

やっぱり誠の入知恵か?いや、誠も自分と彼方が付き合っていることは知らないはずだ。

彼方が誠に言うわけもないし、誠は仕事を休み続けているという。


他の誰かが関わっているのだろうか。

いや、それは有り得ない。そんな人間いないはずだ。

自分と彼方が繋がっているということを知る人間は、誠と優樹以外にいない。

優樹は日向のことを知らないし、日向と接触することもないだろう。

問題は、誠がどこまで話したか、だ。


日向は自信がないから核心が突けない。

確証がないから、踏み込めない。

なら、自分は白を切ればいいだけだ。

大丈夫。自分ならできる。隠し通してみせる。


彼方の秘密を守ってみせる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ