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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「来訪者」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。


 「来訪者」




日曜日の午後。

京子は、いつものようにバイトに勤しんでいた。

日曜日のランチタイムは忙しく、家族連れやカップルで店は賑わっていた。

ホールも厨房も大忙し。今日は、同じ高校の三人も勢揃いしている。

自分と虎丸は、客を席に案内したり、オーダーを聞いたり、料理を運んだり、会計をしたり、開いたテーブルを片付けたり、ホールと厨房を飛び回る。

厨房には、店長とシェフ、それに日向が慌ただしく動いて料理を作る。

意外にも、日向の仕事は、早くて丁寧。

手際もいいし、こちらの動きを読んで、丁度いいタイミングで料理を出してくれる。

すっかりこの店にも慣れたようだった。


バイト中でも、京子の首には、彼方がくれたネックレス。

普段の自分は、アクセサリーなんて付けないのだけれど、この首輪は付けたままでいたかった。

別に、彼方の気持ちが嬉しかったわけじゃない。

貰ったからには、付けてあげないと悪いと思っただけだ。

決して、彼方の独占欲に囚われたかったわけじゃない。

少しだけ、絆されただけだ。



昨日あの後、彼方は京子の家に泊まった。

ちょうど、仕事の休みをもらっていたらしい。

いつも週末の土曜日は、店が忙しいと兄が言っていたのに。

まあ、彼方がいなくても、兄や誠、他にも従業員はいるから大丈夫か。

兄の店のことは、自分には関係ない。


何をするわけでもなく、ただいつもと同じ少し離れた距離で、テレビを見たり、話したりして過ごした。

夕飯は冷蔵庫にあるもので、適当に炒めたり煮たりして済ませた。

彼方は一切調理は手伝わなかったが、皿洗いは進んでやってくれた。相変わらず、食は細かったけれど。

ベランダで煙草を吸おうとする彼方を咎めたり、他愛のない話をしたりして時間は過ぎた。


「何もしないから、一緒に寝よう。」

そう彼方に言われて、京子は警戒しながらも、一緒にベッドに入った。

けれど、夜か更けても、朝が来ても、本当に彼方は何もしなかった。

抱きしめることも、キスをすることも、それ以上のことも、何も。

ただ狭いベッドで身を寄せ合って、眠っただけ。


彼方が京子のアパートに泊まるのは、二度目。

初めては、自分を抱いた時。

遊びで抱かれたあの夜、彼方の手がやけに優しかったのを覚えている。

あの時、彼方はどんな顔をして自分を抱いたのだろう。

覚えていない。思い出せない。いや、違う。見ていないのだ。

あの情事の最中、京子は彼方の顔を一度も見ていない。

けれど、あの夜、確かに彼方は、自分に日向を重ねていた。


隣で眠る彼方の寝顔は、思った以上に幼くて、本当に子供のようだった。

あどけない無防備な寝顔。自分の隣で安心しきった寝顔。

少しだけ、彼方が欲しくなった。


朝が来て、京子がバイトへ行くと共に、彼方は兄のマンションへと帰ってしまった。

名残惜しそうな顔をして、「また来るね」と彼方は微笑んだ。

その顔が寂しそうに見えたのは、自分の自惚れなんかじゃないと思う。

彼方は寂しがりだ。嫉妬深くて、独占欲が強くて、他人に依存するタイプだ。

愛されたくて仕方がない、愛されることでしか、自分の存在意義を見出せない。

そんな、不安定な危うい人。



午後三時を過ぎて、ランチタイムのピークを終えた。

店内は静けさを取り戻し、慌ただしさもなくなって、京子は厨房に入り皿洗いをしていた。

日向とシェフは、厨房で夜の分の食材の仕込みをしている。

虎丸は空いた皿を下げ終わって、カウンターの机を拭いていた。

店長は、銀行に行く用事があると言って、外出している。


「あー!竹内さん、何すかそれ!彼氏からのプレゼントっすか?ってか、彼氏いたんすか?」


目聡く虎丸が、京子の首に付けられたネックレスに興味を示す。

この男は、自分と同い年のはずだけれど、京子の方が先にこの店でバイトをしているという理由で、不器用な敬語を使ってくる。

裏表が無く、明るくて爽やかなサッカー少年だ。

この人懐っこさは、虎というよりは、まるで犬みたいだと思う。


「…まあ、一応。」


洗い物を一段落させて、京子は答えた。

口に出して認めると、なんだか照れくさいものだ。

なんだか心がそわそわする。


「うわー初耳っすよ!彼氏できたの、なんで黙ってたんですか!水臭いっすー。」


「別に、虎丸くんには言わなくてもいいでしょ。」


「えー、気になるじゃないっすかー!ねえ、高橋さん!」


虎丸は、厨房で野菜を切る日向にも声を掛ける。


「え?いや、別に…。」


日向は、手を止めて顔を上げた。

けれど、興味津々な虎丸と違って、日向はあまり興味がないようだ。

そりゃそうだ。女子ならいざ知らず、人の恋路に興味のある男なんて、あまりいないだろう。

目の前で、目をキラキラさせている虎丸を除いては。


「なんでっすかー。高橋さん冷たいっす!

 自分も彼女いるからって、余裕な顔しないでくださいよー!」


「俺、そんな顔してないけど…。」


「あーあ、モテる男は余裕があっていいなあ。」


同じ高校というだけの繋がりの三人だが、シフトが被るうちに、一緒に仕事をしているうちに、すっかり打ち解けていた。

日向と虎丸は男同士だから話が合うようだし、いや、一方的に虎丸が年上の日向を慕っていると言った方が正しいか。

とにかく二人は仲が良いし、京子も日向と普通に話をするようになった。

彼方の話通り、日向は飼育小屋の前で自分を見たことを覚えていないみたいだし、

変に素っ気ない態度を取り続けても、逆に疑われると思って、なるべく普通に接するように努めた。


「と・こ・ろ・で、彼氏って、うちの学校の人っすか?」


虎丸はカウンターからグイッと身を乗り出して、京子に聞く。


その質問に、京子は考えた。

彼方は同じ学校だ。でも、もう学校には行っていない。

それに、同じ学校だと答えれば、次は何年の誰だという話になりかねない。

彼方のことを、日向に悟られるわけにはいかない。

それなら、答えは一つだ。


「同じ学校じゃないわ。年上の人。」


「えー、そうなんすか?年上の大人かあ。なんか意外っすね!」


年上とは言ったが、大人だなんて言っていない。

虎丸は勝手に想像して、勝手に納得するところがある。

まあ、彼方のイメージとかけ離れるなら、それでいいのだけれど。


「ちなみに、どんな人なんすか?」


まだ聞くのか。

虎丸は目をキラキラさせている。

ふと日向を見れば、日向は興味なさげに、既に仕込みに集中していた。

こちらの話を聞かれる心配はない、だろうか。

まあ、彼方だとわからないように言えばいいか。


「どんな人って言われても…うーん…。ちょっとお馬鹿で、子供みたいな人かなあ…。」


「なるほど。なんだかほっとけないタイプで、母性本能くすぐられちゃったんすね!」


「母性本能って…。別にそういうわけじゃないわよ。」


「いや、俺にはわかるっすよ。女の人って、そういうの弱いですからね!」


虎丸はうんうん頷いて、一人で納得している。

虎丸が言っていることが少し当たっていて、なんだか悔しい。

確かに自分は、彼方に絆されてしまっている。

彼方をほっとけないし、見捨てることはできない。

最初は情が移っただけだと思っていたのに、恋愛感情にまで発展するなんて。

彼方のことを、好きだと思う日がくるなんて。


「高橋さんも、彼女さんに何かプレゼントしたりするんすかー?」


虎丸は日向に話しかける。

虎丸の興味は、日向に移ったようだ。

日向は微かに顔を上げて、作業をしたまま答える。


「…まあ。昨日、指輪贈ったよ。」


そう言って、日向は仄かに顔を赤らめた。照れているのだろうか。


「指輪っすか!?まさか、婚約指輪!?」


虎丸は大袈裟に驚いてみせる。


「そんなわけないだろ。まだ高校生だぞ。」


「でもでも、指輪って、そういう意味っすよね!?」


「…まあ、そうなったらいいな、とは…思うけど。」


「うわー、さすがっすね!結婚式、絶対呼んでくださいね!!」


「だから、そんなんじゃないって…。まだ早いよ…。」


口元を手で覆って、日向は恥ずかしそうに俯く。

最近日向と話すようになってわかったのは、日向は照れ屋で恥ずかしがりだということ。

彼方とは正反対だ。彼方は、平然と恥ずかしい台詞を言うのに。


そういえば、昨日日向を見かけたのは、五階のアクセサリー売り場のフロアだった。

そこで、日向は彼女に指輪をプレゼントしたのだろうか。

日向は、彼女と手を繋いで笑い合っていた。二人はとても幸せそうだった。

誰の目から見ても、二人は幸せそうな恋人同士だった。


バイトに来る日向は、毎日元気そうに見える。

彼方と違って、日向は彼方のことを、何とも思っていないのか。

日向は、彼方がいなくても、平気なのか。彼女さえいれば、それでいいのか。

ああ、本当に彼方は報われないな。少しだけ、可哀想に思う。


ふいに、涼しげな風鈴の音が聞こえる。

店の扉が開いた音だ。新しい来客だろうか。


「あ、俺行くっす。」


そう言って、虎丸は店の入口へと向かって行った。

暇を持て余していた虎丸の、やっとの仕事だ。


虎丸の仕事は完全にウエイターのみ。

厨房に入って、仕込みや洗い物をすることはないから、暇な時間はどうしても手持無沙汰になる。

だからいつも暇な時間は、こうしてカウンター越しに自分や日向に話しかけてくる。


虎丸がホールへ行くと、厨房は静かになる。

川口シェフは元々寡黙だし、さっきから一言も喋らずに厨房の奥で仕込みをしている。

日向もどちらかと言えば無口な方だし、自分もそんなに喋るタイプではない。

さっきまで賑やかだったのに、なんだか少しだけ寂しい。

自分も洗い物が終わって暇だし、たまには日向とも話してみるか。


「仲良いんですね。」


京子は、カウンターの方を向いている日向の後ろから声を掛ける。


「え?」


日向は手を止めて、意外そうな顔をして振り返った。

当然か。自分から日向に話しかけることなんて、滅多にない。


「彼女さんと。」


「ああ、まあ。たまに、怒らせたりもするけど…でも、それなりに仲良くやってるよ。」


そう言って、日向ははにかんで笑う。

話し方や性格は違うけれど、やっぱり顔は彼方とそっくりだ。


「高橋さんの彼女は、どんな人なんですか?」


「うーんと…。ちっちゃくて、可愛くて、優しくて、凄くいい子だよ。」


「同じ学校の子でしたっけ?」


「うん。一年生。」


「でもバイトしてると、なかなか彼女に会えないんじゃないですか?高橋さん、結構シフト入れてるでしょう?」


「そうでもないよ。毎日一緒に学校行ってるし。帰りも一緒だし。」


「毎日…ですか。」


「うん。毎日。少しでも、一緒にいたいと思ってさ。」


彼女の話をしている日向は、とても柔らかくに笑う。

彼女のことを思い出して、それはそれは幸せそうに。

そこに彼方の影は、見つからなかった。

日向は、彼方がいない毎日を、幸せそうに過ごしている。


「…幸せそうですね。」


「あ…ごめん。なんか…惚気みたいになっちゃって。」


そう言って、日向はまた照れたように口元を隠す。

彼女の話になると、いつも以上に饒舌になるようだ。

無意識だったのか、日向は恥ずかしそうに目を逸らした。



「オーダー入りまーす…。」


ホールから厨房の方へ戻ってきた虎丸は、浮かない顔をしていた。

何か、問題でもあったのだろうか。


「オーダー、アイスココア二つなんすけどー…。」


「どうした?」


日向も虎丸の様子に気付き、首を傾げる。

可愛らしく首を傾げる仕草は、彼方と同じだ。


「…なんか、高橋さんの知り合いって言ってるんすよ。

 ガタイ良くて身長高い銀髪の人と、ちょっと身長低めの金髪の人。

 二人ともピアスじゃらじゃらで、ちょっと怖そうなヤンキーみたいな人だったんすけど、…本当に高橋さんの知り合いっすか?」


虎丸は、心配そうに日向を見つめる。

確かに、日向は大人しそうだから、そういうタイプの人間とつるむようには見えない。


当の日向は、首を傾げて数秒考えた後、思い出したように、ポンと手を叩いた。


「…ああ。」


「マジで知り合いなんすか!?高橋さんって、ああいうタイプの人とは付き合いなさそうなのに。」


「友達だよ。ドリンク、俺が持ってっていい?」


そう言いながら、日向は既にドリンクの準備を始めていた。

グラスに氷を入れて、ココアを注いで、トッピングに生クリームとココアパウダー。

手際がいいから、あっという間に出来上がる。

それはまるで、魔法みたいだった。


「いいっすけど…。大丈夫っすか?カツアゲとかされませんか!?喧嘩になっても、俺、腕っぷしには自信ないっすよ!?」


「大丈夫だよ。見た目あんなだけど、いい奴だから。」


大袈裟に心配する虎丸に、日向はおかしそうにクスクスと笑う。

その笑顔は、彼方にそっくりだった。

当たり前か。彼らは双子なのだから。


銀髪、長身、ピアス。

京子も、似たような知り合いがいる。

兄の友人で、兄の店の従業員。

彼も襟足だけ長く伸ばした銀髪で、両耳には数えきれないほどのピアスをしている。

程よく筋肉がついた長い腕にはタトゥーが彫られていて、垂れ目のせいでガラが悪く見える。

京子が誠に初めて会ったのはまだ小学生の頃で、その見た目で「怖い人」という印象を持ったのを覚えている。

実際には、気のいい、少しお喋りな優しいお兄さんだったけれど。


「じゃ、ちょっとだけ顔出してくる。」


そう言って、日向はアイスココアを持って厨房を出る。

京子と虎丸は、黙ってその背中を見送った。


厨房からは、ホールは見えない。

虎丸が話した特徴は、誠と一致している。

まさかとは思うが。そんな偶然あるはずないが。

けれど、そんな目立つ人間、こんな田舎に何人もいるものなのか。


京子は気になって、厨房を抜け出し、こっそりとホールを覗く。

その客が座る席は、窓際の一番奥。目印のように、テーブルの前に日向が立っていた。

手前の方に派手な金髪が見えた。もう一人の方は…日向と観葉植物が邪魔で見えない。

不自然にならないように、別のテーブルを拭くフリをして、少しだけその席に近付く。

その銀髪の男が見えた時、京子は目を瞠った。


そんな偶然あるわけない。

あるわけないのに。あっていいはずがないのに。


そこにいたのは、やっぱり誠だった。

しかも、日向と仲良さそうに談笑している。


「久しぶり、日向君。最近どう?元気?」


「ええ、まあ。お陰様で。」


「なんか明るくなったんじゃない?彼女ちゃんのおかげ?毎日彼女ちゃんといちゃいちゃしてるの?ねえねえ、そこんとこ、どうなのー?」


「いや…その…。まあ、仲良くはしてます…。」


「もー、そんなに照れなくたっていいじゃない!」


「誠さん、あんまり日向のこと、茶化さないでやってくださいよ。」


「あはは。だって気になるじゃん~。」


三人の会話は、とても親しげだった。

初対面なんかじゃない。誠は、日向を知っている。


どうして、誠がここにいるんだ。

どうして、日向と親しげに話しているんだ。

誠は、全てを知っているのか。

彼方の秘密を。自分と彼方の関係を。彼方と日向が双子なことも。

いつから気付いていたんだ。いつから知っていたんだ。

どうしてここに現れた。誠は何がしたいんだ。


ふいに、誠と目が合った。

誠は京子を見て、ニヤリと微笑んだ。


誠の目が、言っていた。


―俺は、全部知ってるよ。



心臓が、ドクンと跳ねた。


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