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「ダリアの幸福」  作者: 麻丸。
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「約束の指輪」



登場人物


高橋日向 双子の兄。一人称は俺。

高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。

坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。

中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。

矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。

渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。

竹内京子 二年生。優樹の妹。

新田百合 一年生。日向の恋人。

桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。

白崎先生 精神科医。

リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。

お姉さん リッキーの飼い主。

新田 椿 百合の姉。

竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。

篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。

麗華   彼方の客。

智美   彼方の客。

梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。

川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。


 「約束の指輪」




土曜日。今日は、日向とのデートの日。

百合は朝からご機嫌だった。

今日は、二人を邪魔する学校もバイトもない。

一日中日向と一緒にいられるのは、夏休みぶりだった。

一緒に電車に乗るのも初めてで、些細なことだけれど、そんな「二人の初めて」が嬉しかった。


街の駅に着いて向かったのは、駅を出て東側の商業施設だった。

自分が「映画を見たい」と言ったから、電車で二時間かけてわざわざ遠くの街まで来た。

駅前のショッピングビルは、土曜日の午後と言うこともあって、賑やかだった。

右を見ても、左を見ても、人、人、人。

人混みではぐれないように、固く手を握って歩いた。


今日はいつもより念入りに髪を梳かして、薄化粧をした。

一張羅の白いワンピースと、少し背伸びをした高いヒールのサンダル。

今日の自分は、きっと可愛い。


「映画までまだ時間あるし、どこか行きたいところある?」


最初に映画のチケットは買ったけれど、上演までまだ一時間近くある。

そう聞かれても、街なんて滅多に来ないので、何処に何があるかなんてわからない。

とりあえず、このビルを上から順番に回ろうということになった。

七階の映画館を出て、エスカレータで下に降りて、六階の飲食店街を通り超えて、五階へ。

五階はアクセサリー屋や小物屋、雑貨屋や本屋が並んでいた。

キラキラと目を引くお店の中で、二人は近くの店に入った。


「わー、可愛いのがいっぱい。」


その店は、女性用の比較的安価のアクセサリーや雑貨を取り扱う店だった。

ネックレス、ブレスレット、髪飾りや指輪が並ぶ。

百合は髪飾りを手に取って、髪に合わせてみる。


「どうですか?」


「可愛いよ。」


そう言って、日向は小さく微笑む。

夏休み以来の、外でのデート。

日向も楽しみにしていてくれたのだろうか。

いつも以上に、日向の表情は柔らかい。


店内をぐるっと一周回って、日向は指輪が並ぶ棚で足を止めた。

飾りのないシンプルなものから、派手な石を埋め込まれた指輪まで色々と並ぶ。


「…百合の指は、何号?」


日向は並んでいる指輪を一つ手に取って、百合に聞く。


「うーんどうだろ。測ったことないです。」


「ちょっと測ってみて。」


「どの指ですか?」


「…薬指。」


そう言って、日向は目を逸らして口元に手を当てる。

恥ずかしい時や、照れくさい時に口元を隠すのは、日向の癖だ。

指輪のサイズを測るだなんて、なんだか婚約指輪を選ぶみたいだ。

そんなのは、まだ高校生の二人にとって、まだ先のことだけれど。

でも、本当にそうなったらいいな、と百合は思う。


目の前の棚には、サイズ別に指輪が並ぶ。

五号から十二号まで、様々なサイズを取り揃えていた。

百合は大きいものから順に指に嵌めてみる。


「これは少しおっきいしー…。」


十二号は大きすぎる。ぶかぶかだ。


「これは?」


次に日向が差し出したのは、十号。


「うーん、まだ大きいかなー。」


これもまだ少し大きい。

手を下に向けたら、指をするりと抜けて落ちてしまう。


「じゃあ、これは?」


更にサイズを小さくして、九号。

女性の平均サイズとポップに書いてある。


「んー、もうちょっとですかねー。」


自分は身長が低い分、普通の人よりも、服や靴のサイズが小さい。

特に靴は、サイズが小さすぎると、普通の店では取り扱っていないことも多い。

可愛い靴はたくさんあるのに、自分に合うサイズが無くて、諦めることもある。

子供用の靴の方がピッタリだったりするから、小さすぎるのも困りものだ。

それが服や靴だけじゃなく、指輪にまで現れるのか。

もしかしたら、ここに自分のサイズの指輪はないかもしれない。


けれど、順番に指輪を指に嵌めてみると、自分の指にピッタリなサイズがあった。


「あ、これぴったりかも!」


その指輪は、大きすぎず、小さすぎず、手を下に向けても、抜け落ちたりはしない。

女性平均よりは少し小さいサイズだけれど、自分にピッタリだ。


「それ、何号?」


「えーっと、七号です。」


「百合は、どの指輪が好き?どれがいい?」


日向は、七号の指輪の棚を指さす。

値段は、全て千円ちょっとの安価。高校生でも手が届く値段だ。

でも、日向のその聞き方は、なんだかおかしい。


「…もしかして、プレゼントしてくれようと思ってます?」


百合がおずおずと聞くと、日向は頷いた。


「うん。バイト代も入ったし、せっかく久しぶりのデートだし、何か一つくらい百合にあげたいな、って思って。」


そう言って、日向ははにかんで笑う。

けれど、さっきも映画代を支払ってもらったばっかりだ。

それに、いくらバイト代が入ったとはいえ、そのお金は専門学校の学費に使うためのものだ。

自分のために使っていいお金じゃない。


「駄目ですよ。せっかく学費のためにバイトしてるんですから、こんなことでお金使わないでください。

 そういうプレゼントはいいですから。私は、日向先輩と一緒にいられるだけでいいんです。」


そう咎めると、日向は窺うような視線で首を傾げた。


「…駄目?」


「駄目です!ちゃんと貯金してください。」


ただでさえ、バイトで会える時間が減っているんだ。

こんなところで無駄遣いをして、またバイトを増やされたら、こちらも困る。

ちゃんと貯金して、早く自分の夢を叶えてほしい。

そうすれば、もっと一緒に過ごせる。いつか、一緒に暮らせる。

それまでは、贅沢なんて言わない。隣に日向がいてくれるだけでいい。


「そっか。わかったよ。」


口ではそう言うが、日向はわかりやすくしょんぼりと肩を落とす。

少しでも自分に、カッコいいところを見せたかったのだろうか。

そんなことをしてもらわなくても、日向はいつもカッコいいのに。それに、時々可愛い。

そう思ってしまうのは、やっぱり自分が日向に惚れているからだろうか。


そのアクセサリー店を出る時、日向は名残惜しそうに指輪を見ていた。

指輪なんてなくても、自分は日向から離れていかないのに。

この前みたいに我儘を言ったり、困らせてしまうこともあるけれど、自分は日向の傍を離れる気なんてない。

ずっと日向の傍にいて、弱くて脆いこの人を、支えてあげたい。

日向の隣は自分のものだ。誰にも渡さない。


次に訪れたのは、同じ五階の書店だった。


「こういうの、一人で買うの恥ずかしくて…。」


そう言って日向が手に取るのは、ヘアカタログだった。

どこの書店に行っても、こういう雑誌は大体女性誌のコーナーに並んでいる。

日向が一人で買うのを躊躇うのも、少しわかる。


そういえば、ヘアアイロンも買いたいと言っていた。

これを見て、練習しようというのか。

学校では結構サボり魔だと亮太が言っていたが、こういうところは真面目だ。

日向は真剣な目でページをペラペラと捲る。


「今日おうち帰ったら、私で練習してくれるんですよね?こういうのやってほしいなあ。」


そう言って、百合はその雑誌の表紙を指さす。

表紙の女性の髪形は、ハーフアップの巻髪だった。


「うーん。できるかなあ。なんか、凄く難しそう…。」


日向は似た髪型の説明ページを見て、自信なさげに首を傾げる。


「誰だって最初は初心者なんですから、大丈夫です!それに、失敗しても私は怒りませんよ。」


「えー…。もっと簡単そうなのからにしない?これとかやってみたい。」


日向が見せるのは、シンプルな巻き下ろし。

一番スタンダードな巻髪と言っていいだろう。


「こういうの、百合ならもっと可愛くなると思うし…。」


そう言って、日向は口元を手で覆う。

言ってから恥ずかしくなったのか。可愛い人だ。


それから店内を回って、数冊のヘアアレンジの本や美容雑誌を選んだ。

ついでに日向は、料理の本まで買っていた。

新しい料理に挑戦するつもりか、バイトで必要になったのか。

自分ももう少し料理ができるようにならないと、と百合は思う。

日向の真似をして料理をしてみても、日向のように上手くはできない。

やっぱり慣れなのだろうか。なら、自分ももっと練習しないと。


会計を済ませると、ちょうどいい時間になっていた。

二人は再び七階の映画館へ向かった。


選んだ映画は、テレビでも話題になっていた青春ラブストーリー。

この映画の原作は、自分が好きな少女漫画で、内容はよく知っていた。

冴えない女子高生が、学校一のイケメンに恋をする話。

まるで、何の取り柄もない自分みたいだ。


今思えば、日向と付き合えたのだって、夢みたいな話だ。

最初は、遠くから見つめるだけだった。

日向に会いたいがために、毎週図書室に通った。

最初は目も合わせてくれなくて、素っ気なかった。

けれど、今では隣で楽しそうに笑ってくれる。自分を求めてくれる。

今こうして二人で映画デートをしているなんて、本当に夢みたいな話だ。


映画が始まるまで、二人で手を繋いでいた。

なんだか、薄暗い映画館の中は少しドキドキする。

すぐ隣に日向がいる。息遣いや、心臓の音まで聞こえてしまいそうなほど、近くに。

なんだか、凄く幸せな気分だ。思わず繋いだ手をギュッと握ってしまう。

今日は一日中日向と二人っきり。今日の日向は、全部自分のモノだ。


長いブザー音の後に、照明が落ちる。

当たりは暗闇に包まれた。見えるのは非常口の灯りだけ。

しばらくして、映画が始まった。


ヒロインは、今流行りのアイドル女優。

冴えない女子高生なんかじゃない。彼女は、可愛くて清廉だ。


しかし、映画が始まってしばらくして、日向は席を立った。

「すぐ戻ってくるから」そう言い残して、行ってしまった。

トイレだろうか。それにしては、結構時間が経ったと思う。

百合は、小さく溜息を吐いた。


楽しみにしていたのに。

日向は何処へ行っているのだろう。

もしかしたら、誰かから電話でもかかってきたのだろうか。

今日だけは、誰にも邪魔されないで済むと思ったのに。

日向がデートをしようと言ってくれたのに。

自分は、映画館に一人残されてしまった。


日向が戻ってきたのは、映画が中盤に入ったころだった。

「ごめん、遅くなって」そう日向は謝って、手を繋ぎ直してくれた。

何処で何をしていたのか聞きたくても、映画の途中だ。

あまり話すのは良くないと思って、百合はその言葉を飲み込んだ。

戻ってきた日向は、なんだかそわそわと落ち着かない様子だった。


そのまま何事もなかったように、ストーリーは進んでいく。

横目で日向の顔を窺ってみる。

よっぽど夢中になっているのか、薄らと口が開いていた。

いつも日向の家でテレビを見ていても、気付いたら日向はポカンと口を開けている。

それはきっと、自分しか知らない日向の癖。日向は口が緩い。

そんなところがマヌケで、それでもなんだか可愛くて、怒っていたのに、どうでもよくなってしまった。

自分の視線に気付いたのか、日向はこちらを向いて不思議そうに首を傾げる。

「どうかした?」と聞きたいのだろう。

百合は笑いを堪えながら、首を振った。「なんでもないよ」と。


映画はハッピーエンドを迎えて終わった。

冴えない女子高生が、いろんな困難を乗り越えて男の子と付き合う、そんなありふれたストーリーだった。

原作の漫画はまだ連載されているから、最後の方は映画オリジナルストーリーで、漫画を読んでいた自分は結末を知らないからドキドキした。


映画を終えた二人は、少し遅めの昼食を取ろうと、六階の飲食店街へ移動した。

そのフロアは様々な飲食店が立ち並び、ラーメンやお好み焼きなどの大衆グルメから、イタリアンやフレンチ、寿司などの少し高級なお店まで色々あった。

そんな中で二人が選んだのは、オムライスの専門店。


メニューにはデミグラスソースがかかったオムライスや、トマトソース、クリームソースなど、いろいろなソースを取り扱っていた。

オムライスの中のご飯も、一般的なチキンライスとバターライスから選べる。

トッピングにはエビフライやハンバーグまである、バラエティ豊かな店た。


「美味しい!」


オムライスを頬張りながら、百合は微笑む。


「よかった。」


日向もつられて微笑む。

百合が注文したのは、バターライスを包んだ卵にクリームソースがかかっていて、エビフライも乗っているものだった。

メニューの写真よりも大きくて、ボリュームがある。

卵がふわふわでとろとろで、美味しい。

日向が注文したのは、チキンライスにトマトソースの一般的なオムライスだった。


「でも、日向先輩の作るお料理の方が美味しいですよ!」


「そんなわけないだろ?俺、料理はできるけど、上手いわけじゃないし…。」


「そんなことないですよ!日向先輩のお料理は本当に美味しいし、毎日でも食べたいくらいです!」


「毎日…。」


そう呟いて、日向は照れたように目を逸らした。

だって、本当のことだ。日向の作る料理は美味しい。

毎日食べられたら、きっと幸せだ。

いや、自分が彼女なのだから、毎日日向に美味しい料理を作れるようにならないと。


食事を終えた二人は、映画の感想などを言い合ったりして、くつろいでいた。

ふいに、日向が口元に手を当てて、呟く。


「ねえ、百合。ちょっと手、出して。」


「…?はい。」


百合は不思議そうな顔をして首を傾げる。

けれど素直に、手の平を上に向けて、両手を日向に差し出した。

日向は百合の右手だけを両手で握って、手の甲を上に向かせる。


「目、瞑って。」


ほんのり日向の頬が赤い。どうしたのだろう。


「え?何ですか?」


「いいから。俺がいいって言うまで、絶対に目を開けないで。」


百合は、日向の言うとおりに目を瞑る。

日向は自分の手をギュッと握った後、片手を離した。

そして、代わりになんだか冷たくて固い感触が指に伝わる。なんだろう。


「…もう、いいよ。」


そう言って、日向はそっと手を離す。

言われたとおり、百合は恐る恐る目を開ける。


「わあ…!」


思わず、言葉を失う。

日向が手を離した右手の薬指には、銀の指輪がつけられていた。

映画を見る前にアクセサリー店で見た、可愛いシンプルな指輪。

サイズも自分にピッタリだ。


「え?え?なんで?いつの間に…」


百合は、驚いて目を瞬かせる。


「…さっき、映画見てる時に、ちょっと…。」


わかりやすく目を背けて口元を手で覆う日向の頬は、赤くなっていた。

恥ずかしいのか、多くなった瞬きで長い睫毛が揺れる。


映画を見ている時に、なかなか帰って来ないと思ったら、指輪を買いに行ってくれていたのか。

でも、「そういうプレゼントはいらない」と言ったのに。


「私、こんなことしてくれなくていいって言ったのに…。」


「どうしても、渡したくて…。俺の最初のバイトの給料は、百合に使うって決めてたんだ。

 …駄目、かな?…貰ってくれない?」


日向は上目で窺うように聞く。

そんなことを言われたら、貰わないわけにはいかない。

それに、自分だって嬉しい。


「嬉しいです!大切にしますね!」


そう言って百合が微笑むと、日向は安心したように笑った。

日向から初めて貰ったプレゼントが指輪だなんて、なんだかロマンチックだ。

嬉しくなって、指輪を天に翳してみる。

傷一つない真新しい銀の指輪は、蛍光灯に反射してキラキラと輝いた。


「あの、さ…。」


躊躇いがちに、日向が口を開く。

頬は赤いままで、肩を窄めて、少し緊張しているようだった。


「なんですか?」


百合は首を傾げて聞く。

日向は上目で自分を見つめて、おずおずと口を開いた。


「…左は、もう少しの間だけ、開けといて。

 ちゃんと俺が美容師になれたら、…もっといいのプレゼントするから。」


たどたどしい言葉で紡いだのは、まるでプロポーズのようだった。

顔を真っ赤にして必死に伝えてくれる日向を見ていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。

日向は、自分との将来を考えてくれているのか。

自分とずっと一緒にいることを、望んでいてくれているのか。

驚きと、嬉しさに胸がドキドキして、自分まで頬が熱くなる。

なんでだろう。悲しくなんてないのに、涙が出そうだ。


「…楽しみにしてますね。」



百合は涙を堪えながら、微笑んだ。


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