「纏った独占欲」
登場人物
高橋日向 双子の兄。一人称は俺。
高橋彼方 双子の弟。一人称は僕。
坂野亮太 クラスメイト。元バスケ部。
中村将悟 クラスメイト。金髪バンドマン。
矢野千秋 クラスメイト。日向に好意を寄せていた。
渡辺真紀 元バスケ部マネージャー。亮太の幼馴染。
竹内京子 二年生。優樹の妹。
新田百合 一年生。日向の恋人。
桜井虎丸 二年生。日向のバイト仲間。サッカー部。
白崎先生 精神科医。
リッキー 犬。ゴールデンレトリバー。
お姉さん リッキーの飼い主。
新田 椿 百合の姉。
竹内優樹 彼方の働くボーイズバーの店長。京子の兄。
篠田 誠 優樹の店で働く従業員。元ヤンキー。将悟のバンド仲間。
麗華 彼方の客。
智美 彼方の客。
梨本浩一 カフェ・フレーゴの店長。
川口順平 カフェ・フレーゴのシェフ。
美波 看護師。
「纏った独占欲」
土曜日。
彼方とのデートは午前中からだった。
京子は普段通りに早起きをして、電車に揺られ、優樹が住む街へと向かった。
二時間かけて通い慣れた街の駅へ降り立てば、改札の向こうで彼方が待っていた。
午前十時の待ち合わせまで、まだ結構時間がある。意外と律儀な男だ。
「や、京子ちゃん。」
彼方は京子を見つけると、片手を上げて近付いてきた。
「早いですね。まだ時間前なのに。」
「デートの時は、待ち合わせの十分前に来るのが常識でしょ?」
彼方は、小首を傾げて、可愛らしく笑って見せる。
そうは言っても、まだ九時半を少し過ぎたくらいだ。
いつから、ここで待っていたのだろうか。
もしかしたら仕事が終わってから、寝ていないのではないか。
毎日朝まで仕事して、アフターして、自分の家に来て、彼方は一体いつ寝ているのか。
そんなことを考えていると、京子は彼方の視線に気付く。
「っていうか、京子ちゃん、何その格好。
せっかくのデートなんだから、もっとお洒落してきてよ。」
彼方は、京子を上から下までゆっくりと眺めて、そう言った。
京子は普段通りのデニムのショートパンツと、黒のキャミソールに紺のカーディガンを羽織っていた。
足元は低いインヒールの白いサンダル。
兄とは違い、自分はシンプルな色合いの服を好む。派手な服は、性に合わない。
「別に、彼方さんが相手なんですから、いつも通りでもいいじゃないですか。」
どうせ恋人ごっこなのだし、お洒落なんてする必要がない。
それに、気合入れてお洒落なんてしてきたら、彼方とのデートを楽しみにしていたみたいじゃないか。
「駄目駄目。地味すぎるよ。もー、とりあえず服買いに行こう。」
そう言って、彼方は自然に京子の手を取って歩き出す。
京子は手を引かれるまま、引きずられるようにして彼方の後に続く。
「ちょ、ちょっと!なんで手繋ぐんですか!」
京子が抗議の声を上げると、彼方はくるりと振り返って、平然と言った。
「駄目?せっかくのデートなんだから、いいじゃない。」
そう言って、彼方は不思議そうな顔をする。
あまりにも自然に言うので、なんだかこっちが意識しているみたいだ。
「…恥ずかしいです!第一、誰かに見られでもしたらどうするんですか!」
「そっか。…わかったよ。」
そう言って、彼方はやけにあっさりと手を離した。
その顔は、少し悲しそうに見えた。
最初に彼方に連れて来られたのは、駅の東口を出てすぐの商業施設だった。
七階建ての大きなビルで、一階にはコーヒーショップのオープンカフェがある。
一階から四階までは男女別、年齢別のアパレルショップが並び、様々な年齢の男女が買い物を楽しんでいた。
五階は、雑貨や小物、アクセサリー売り場。六階は、和洋折衷様々な飲食店街が立ち並ぶ。七階には大規模な映画館まである。
このビルは地元では有名なところで、特に若い女性がよく買い物に訪れる。
彼方は慣れた様子でエスカレーターに乗って、二階で降りた。
二階は、女性用の洋服売り場だ。
それも、京子くらいの年齢の若い女性を対象とした、少し派手めなブランドばかり。
ゆっくりと色々なブランドが並ぶフロアを歩いて、彼方は一つの店を指さす。
「あそこのお店とか、いいんじゃない?」
その店は、モノトーンの色合いを基調としたシンプルなデザインの服を扱う店だった。
彼方は京子を連れてその店に入り、衣服を物色する。
「あ、これいいね。こういうの、僕好きだよ。」
彼方が手にしたのは、黒のワンピース。
胸元が大きく開いていて、スカートは結構短い。
「これもいいなー。あ、これも。」
そう言って、白のチュニックと黒いミニスカートも手に取る。
他にも、カーディガンやシャツ、少し丈の長いスカートなども一緒に手に取り、彼方は言った。
「ねえ、試着してみてよ。」
「なんでですか。服ならいっぱい持ってるし、今日は買いませんよ。」
「いいじゃない。ほらほら。」
そう言って、彼方は店員に断って、京子を試着室へ促す。
半ば強引に、京子は服を持たされて試着室に入れられてしまった。
試着なんてしたら、買わないといけなくなるじゃないか。
いくらバイトの給料日後だと言っても、服なんて買うつもりなかったのに。
彼方に手渡されたのは七着。これを全部試着しないといけないのか。
京子は溜息を吐いた。
どうせ試着しないと終わらないのなら、とっとと済ませてしまおう。
着替えていると、試着室のカーテン越しに彼方から声を掛けられた。
「ねー、京子ちゃん、足のサイズいくつ?」
「二十三ですけど…。」
「SかMかLで言うと?」
「Mです。」
「Mらしいです。ありますか?」と遠くの方で聞こえる。
靴までコーディネートする気だろうか。
ああ、なんだか笑い声も聞こえる。
どうやら、店員と談笑しているようだ。
初対面でも仲良くなれる彼方のコミュニケーション能力には、驚きだ。
自分は服屋の店員と話すのが億劫で、通販ばかり使うのに。
着替えを終えた京子は、試着室のカーテンを開ける。
黒のワンピースを着た京子を見て、彼方は笑顔を見せた。
「わー!可愛いね!すっごくいいよ!」
こんなことを言うのはアレだけれど、彼方の選んだ服は、意外とセンスがいい。
派手すぎず地味すぎず、自分の好みにも合わせてくれている。
シンプルで、なおかつ少し大人っぽくて、清楚なファッション。
「ねえ、これも履いてみて。あ、履かせてあげようか?」
そう言って、彼方は黒いパンプスを差し出す。
十二センチの高いピンヒール。
先程店員と話していたのは、これか。
「…自分で履けます。」
ヒールの高いパンプスを履くと、背が高くなったような錯覚を覚える。
けれど、普段履きなれない高いヒールでは、足元が覚束ない。
「うん、いいね。とりあえず、これ全部キープで!」
「キープって…ちょっと、勝手に…!」
「いいからいいから。次の服に着替えてよ。」
こうして、抗議の声も虚しく、強引に京子は何度も着替えさせられた。
着替えるたびに彼方は嬉しそうに笑って、また新しい服を持ってくる。
時々靴や小物も合わせて、満足げに頷いた。
なんだか着せ替え人形にでもなった気分だ。
けれど、着替えるたびに彼方は嬉しそうに笑うし、これじゃまるで、本当の恋人同士みたいだ。
本当の、恋人同士のデートみたいだ。そんなつもり、全然なかったのに。
なんだか彼方と過ごしているうちに、どんどん彼方の隣が心地よく感じてしまっている自分が悔しい。
どうしてだろう。彼方のことなんて、全然好きじゃないはずなのに。
どうして彼方は、こんなにも優しく、自分を女の子扱いをしてくれるのだろう。
この小さなファッションショーは、小一時間ほど続いた。
一通り着替え終わった後、彼方が気に入ったものを選別して、店員に言った。
「すいませーん。これ全部買います。あと、この靴とこの靴も。あ、この帽子も。」
彼方の両手には、試着を終えて選別した大量の服と、靴と、帽子。
買うだなんて、一言も言っていないのに。
「ちょっと勝手に決めないでくださいよ!私そんなにお金持ってきてないんですから!」
「いいじゃない、僕がプレゼントするからさ。
それに、女の子なら、もっとお洒落しないとね。」
そう言って、彼方は微笑む。
「プレゼントって…。」
京子の抗議の声を無視して、彼方はレジで会計をしようとする。
彼方は意外と押しが強い。強引だ。人の意見を聞きやしない。
「あ、今日のデートは、やっぱりこれがいいなあ。ねえ、もう一回これに着替えて?」
そう言って、店に入った時に、彼方が最初に手に取った黒いワンピースを差し出す。
ご丁寧に、既に値札やタグは切られていた。
「ほら、早く。お会計終わるまでに着替えてよ?」
そう言って、また強引に試着室へと押し込まれる。
本当に彼方は、全てプレゼントしてくれるというのか。
試着している時は値段を気にしていなかったが、この服はいくらなのだろう。
いや、この服だけじゃない。彼方の両手に抱えていた服もだ。
こんな有名なビルに店を構えるくらいなのだから、結構な値段がするのではないか。
そうでなくても、あんなに大量に買えば、数万はくだらないだろう。
もしかしたら、十万を超えるかもしれない。
どうして彼方は、こんなに自分に貢いでくれるのだろう。尽くしてくれるのだろう。
恋人ごっこじゃなのか。デートごっこじゃないのか。
彼方は、何がしたいんだ。
黒いワンピースに着替えて試着室を出ると、今日履いてきたはずの京子のサンダルがなかった。
代わりに置いてあったのは、さっき彼方が選んだ黒いハイヒールだった。
「ああ、京子ちゃんのサンダルは、一緒に袋に入れてもらったから。それ履いて。」
彼方はとっくに会計を済ませた様子で、両手に大きな買い物袋を抱えていた。
用意周到。足の先まで彼方にコーディネートされてしまった。
彼方が選んで、気に入った服と靴。
なんだか、くすぐったいような恥ずかしいような、変な気持ちになる。
店を出て、そろそろ昼食にしようと、六階の飲食店街に向かうためにエスカレーターに向かって歩いていると、足元の違和感に気付く。
履きなれてない高いヒールは、歩きづらくて、足が縺れそうになる。
真新しい靴底は、綺麗に磨かれたピカピカの床で滑りそうだし、少し歩くのが怖い。
上手く歩けなくて、腰が引けてしまう。手摺りがほしいくらいだ。
不器用に歩く京子を見て、彼方が言う。
「高いヒールだと、歩きにくいでしょ?」
当然だ。こんなに高いヒールなんて普段履かないし、歩きなれていない。
「当たり前じゃないですか。なんでこんな靴に…」
どうして彼方は、こんなに歩きにくい靴を選んだのだろう。
どうせ歩き回るのなら、もっと歩きやすい靴にすれば良かったのに。
京子はそう思ったが、すぐに彼方の考えていることがわかった。
「手、繋いであげようか?」
そう言って、彼方は、そっと手を差し出す。
ああ、やっぱりそういうことか。
「…最初から、そのつもりだったんですか?」
「さあ?どうでしょう。」
彼方は意地悪な笑みで首を傾げる。
変なところは計算高い男だ。
彼方は、最初から手を繋ぐつもりで、わざと歩きににくいヒールを選んだのだ。
「ほら、どうする?手繋ぐ?繋がない?」
京子は、小さくため息を吐いた。
どうせ自分に拒否権なんて、与えてくれないくせに。
「転ばないように、ちゃんとエスコートしてくださいよ。」
そう言って、京子は差し出された手を取った。
「任せて、お姫様。」
京子の手をギュッと握って、彼方は無邪気に笑った。
彼方の手が温かくて、妙に気恥ずかしくなる。
手を繋ぐ行為は、こんなにも恥ずかしいものだっただろうか。
自分の少ない口数が、さらに少なくなる。
意識しないようにしても、彼方のことを意識してしまう。
自分の手を引く彼方は、今何を思っているのだろう。
ああ、ダメだ。これじゃ本当に、自分が彼方のことを好きみたいだ。
「どうしたの?もしかして照れてる?」
彼方は不思議そうに、京子の顔を覗きこむ。
「て…照れてないです!」
「ふふっ。そっか。」
思わず否定したが、彼方はすべてお見通しというように、意地悪に笑った。
彼方は、こういうデートや、手を繋ぐことは慣れているのだろうか。
こっちは恥ずかしさと緊張で、気が気じゃないのに。
ぎこちない会話をしながら、エスカレーターに乗って、六階の飲食店街へと辿り着く。
昼時とあって、どの店も賑わいがある中で、二人はイタリアンレストランを選んだ。
京子はカルボナーラ、彼方はボロネーゼを注文した。
けれど、彼方はボロネーゼにほとんど口を付けず、フォークを置いた。
「もう食べないんですか?」
「ああ…うん。夏バテかな?最近、食欲ないんだ。」
そう言って、彼方は困ったように笑う。
これは、いつもの作り笑いだ。さっきまでは、無邪気に笑っていたのに。
大体、もう九月も半ばだ。
まだ少し暑さが残るといえ、夏バテの時期はとっくに過ぎている。
そういえば、彼方が食事をする姿を、あまり見たことがない気がする。
優樹のマンションで一緒に暮らしていた時でも、同伴だ、アフターだ、と言って、「外で食べてきたから」と、家での食事を拒否していた。
本当に、ちゃんと食べているのだろうか。
彼方の細い肩は、服の上からもわかるくらい、更に細くなった気がする。
無邪気に笑っているように見えて、やっぱり日向を失った喪失感は、計り知れないものなのか。
そう思ったけれど、京子は何も聞かずに食事を続けた。
どうせ自分じゃ、彼方の心の傷は癒せない。
ならば、無理に傷口を広げるような真似はしたくない。
食事を終えて、五階へ移動した。
彼方は右手に買い物袋を大量に抱えて、左手で手を繋いでくれた。
少し慣れてきたのか、先程までの緊張は、すっかり解けていた。
「ああ、ネックレスも買おうよ。」
彼方はアクセサリーを売っているお店を指さす。
「え、いいですよ。私、アクセサリーとか付けませんし。」
「いいじゃない。京子ちゃんは僕の彼女なんだから、ちゃんと首輪つけとかないと。」
「首輪って…。」
「僕、結構嫉妬深いんだよ。だから、浮気はしないでね?」
そう言って、彼方は無邪気に笑う。
その割には、言っていることは少し怖いが。
なんだかへんな気分だ。
彼方は、本当に自分を恋人扱いをしている。
ちゃんと優しくエスコートしてくれるし、服だって食事だって、全部彼方が支払ってくれた。
恋人ごっこじゃなかったのか。自分は、日向の代わりではなかったのか。
勘違い、しそうになる。
「ねえねえ、これとかどうかな?可愛くない?」
彼方が手に取って見せたのは、猫と月をモチーフにしたネックレス。
シンプルな装飾が可愛らしい。
「彼方さんって、動物好きですよね。」
「うん。犬とか兎も好きだけど、やっぱり猫が一番好きかなあ。
気まぐれで可愛くて…あ、なんだか京子ちゃんみたいだね。」
そんな恥ずかしいことを、平然と言う彼方。
なんだか、こっちが恥ずかしくなってしまう。
「うん。やっぱりこれにしよう。今日の京子ちゃんは、黒猫みたいだからね。」
そう言って、自分に選択肢を与えることなく、彼方はネックレスを持ってレジへ向かう。
デートをして、手を繋いで、全身コーディネートしてもらって、その上首輪まで付けられてしまうなんて。
すっかり彼方のペースに流されてしまっている。
こんなつもりじゃ、なかったのに。
本当に、彼方を好きになってしまいそうだ。
「おまたせ。ね、さっそくつけてみてよ。」
会計を済ませた彼方は、値札を剥がされたネックレスを差し出す。
「首輪なのに、自分でつけなきゃいけないんですか?」
なんだか気に入らなくて、皮肉を言ってみる。
けれど、これじゃダメだ。
この言い方じゃ、まるで自分が、その首輪を望んでいるようだ。
そんなつもり、なかったのに。
「じゃあ、つけてあげるから、後ろ向いて?」
彼方は気を悪くする様子はなく、クスクスと笑う。
どうせ自分には拒否権はないのだからと、京子は大人しく彼方に背を向けた。
背中越しに、彼方の気配を感じる。
触れそうなほど近くで、彼方は腕を回してネックレスをつける。
首元に、金属の冷たい感触がした。
首輪代わりの、ネックレス。
このネックレスには、どういう意味があるのだろう。
彼方は、どうして自分に首輪を付けたのだろう。
これは、彼方の独占欲なのだろうか。
「うん、似合ってる。可愛いよ。」
そう言って、彼方は京子を見て、満足そうに微笑んだ。
この無邪気な笑顔は、作り笑いなんかじゃない。
なんだか、心がモヤモヤする。
どうして彼方は、自分にそんな笑顔を向けるのか。
彼方は本当に、自分のことが好きなのだろうか。
いつもの薄っぺらい嘘じゃなくて、本当に、自分のことが―。
駄目だ。考えても答えなんてわからない。
直接彼方に聞いてみよう。そうすれば、この心のモヤモヤも晴れるはずだ。
京子は覚悟を決めて、顔を上げて彼方を見た。
そこで、違和感に気付く。
「彼方さん?」
彼方は遠くを見て、辛そうに顔を歪めていた。
その視線の先には―
「…っ!なんで、ここに日向さんが…」
人混みに紛れて、日向が女の子と仲良さげに手を繋いで歩いていた。
いつかテレビで見た女優によく似た、小柄で可愛らしい女の子。
あれが、日向の彼女だろうか。
日向とその子は、幸せそうに笑っていた。
「…行こう。」
そう言って、彼方は振り返りもせずに、踵を返して歩き出す。
日向に見つかるわけにはいかないから、京子も黙って彼方の後に続く。
少し早足に、商業施設を出て、真っ直ぐに駅へと向かった。
そして、京子の住む街までの切符を買って、電車に乗った。
帰りの電車の中で二人は、ずっと無言だった。
彼方は窓の外を見つめてずっと黙っていたし、京子も何と言っていいのか、わからなかった。
乗客が少ないガランとした車内で、電車が揺れる音だけがやけに大きく響く。
沈黙が、重たい。その重さに引き摺られて、顔が上げられない。
きっと、彼方は辛そうな顔をしているに違いないから。
「…幸せそうだったね。」
窓を眺めながら、彼方はポツリと呟く。
京子が微かに顔を上げれば、彼方は無表情だった。
その無表情が逆に痛々しくて、心を締め付けられる。
見ていられない。そう思って、京子は再び黙って俯いた。
「…よかった。日向が、幸せそうで。」
小さく呟いた声は、揺れる電車に掻き消された。