勇者と聖女
ハッピーエンドじゃありません。
連載は考えていない思いつきな物語です。
1
国を狂気へと堕とそうとしていた魔王は、滅んだ。
勇者の手によって。
誰もが、国を救った英雄をたたえた。
連日、お祭り騒ぎとなる。
魔王討伐に参加したメンバーには、夜会への招待が絶えない。
「どうした?浮かない顔して」
「………少し、気になることがあってな?」
銀色のフードをかぶった術師の言葉に黒騎士は、答える。
「魔王が残した最期の言葉だ」
「ああ………あれか。ただの悪あがきだろう?
ありえないよ、俺達の中に………次の魔王がいるなんて」
2人は、小さく溜息をつく。
誰も信じたくない。
だからこそ、魔王の言葉は、彼らの胸の中に留められている。
けれど、誰かに話していれば、未来は変わっていたかもしれない。
この世界の闇に囚われた、哀れな魂を、救えたかもしれなかった。
2
勇者一行の帰還から数日後、王城は緊迫した空気に包み込まれていた。
理由は、勇者の仲間の1人である聖女が、魔と繋がっていたという証拠が出てきてしまったから。
しかも証拠を見つけたのは、勇者だという。
見つけてしまった勇者本人も、信じることができないらしく、呆然としていた。
「聖女………なぜだ?
貴女は、幼き頃より国に仕えてくれていたというのに」
王は悲しそうに、捕らえられた聖女に問う。
けれど聖女は、首を振った。
「わたしは、裏切ってなどおりません!
何かの間違いですッ!」
彼女を押さえつけている騎士達も、戸惑いながら役目を全うしている。
聖女は、神が選出した神子のこと。
神の言葉を聞き、それらを人々に伝える。
誰よりも神に愛され、世界を愛する純潔な存在だった。
それが、魔と繋がりを持っているなど、誰が信じられるのか。
聖女が魔と繋がっている証拠は、全部で3つ。
どれも、この国では死に値するモノばかり。
その数日後、聖女は死んだ。
毒杯が与えられることになったらしいが、捕らえられていた塔から身を投げたらしい。
聖女の死は、病死と処理され、国中が悲しみに包み込まれた。
3
聖女の死からしばらくして、国中が災害に見舞われる。
水源が枯れ、作物が育たない。
鉱山が崩れ、多くの犠牲が出た。
国は、荒れ始める。
魔王に苦しめられていた頃以上に。
人々は、恐れた。
聖女の死は、何か陰謀が隠されていたのではないかと。
「一体、どういうことか………説明してもらおうか」
騎士は、勇者に詰め寄った。
手には、彼が集めた聖女の無実の証拠の数々。
その場に居合わせたのは、かつての仲間達だ。
魔王を倒す為、共に戦った。
「聖女は、魔と繋がってなど、いなかった。
なのに、どうして………お前の集めた証拠は………!
まさかお前が、聖女を罠にはめたのか?」
勇者は静かに、笑った。
だとしたら?
静まり返った中に響いた声。
その声色には、狂気が入り混じっていた。
4
「どうして………あなたが、聖女を?!」
仲間達は、誰もが言葉を失う。
そんな中、勇者に問うたのは、メンバーの中で最も冷静さを持つ学者。
戦闘能力は、聖女の次に低かったが、博識で魔物の特性を知り尽くしていた。
「どうして………?
そんなの、俺が聞きたいさ!
なぜ、俺のことを覚えていなかったのか。
何もなかったように、振舞うなんてッ!」
「……勇者?あなたは、何を言っているのですか?
あなたは、聖女と旅に出発する直前、初めて会ったのでしょう?」
学者の言葉に勇者は、叫んだ。
「違う!!
俺達は、共に育った!!将来、誓い合っていたんだ!
それなのに……あいつは、聖女に選ばれたッ!俺は約束したのに………絶対、強くなって迎えに行くからって!
なのに、あいつは………何にも覚えていなかった!!
俺は、傍にいれるのなら………勇者になれなくても、よかったのに…」
泣き崩れる勇者。
誰も、何も言えなかった。
勇者と聖女の間に、何があったのかはわからない。
その後、勇者は捕らえられ、投獄された。
けれどその夜、隠し持っていたナイフで命を絶ってしまう。
壁には血文字で、名前が書き記されていたという。
<エリナ>と。
勇者の死後、国を襲っていた災害は、収まった。
まるで、夢だったかのように。
5
後に、勇者と聖女が、幼馴染であったことが判明した。
聖女が神殿によって保護された際、2人の育った村は、国から抹消されてしまったそうだ。
神の愛し子である聖女が、人であることを公にしてはいけない。
聖女の家族や友人が聖女の力を使うにあたって、枷になってはいけないという理由から。
故に、聖女も両親や友人、生まれ育った村に関する記憶をすべて、消されていた。
だから彼女は、生まれた時から神殿で育ったと思い込んでいたのだ。
「勇者は、その消された村の生き残りだったのか」
「そのようですね………全ては、聖女を取り戻す為に、力を欲していた」
どこまでも突き進むという表現に相応しかった勇者。
純粋に聖女を守りたいと実感していたあの頃。
「エリナって………聖女の名前だったのかな?」
「おそらく、そうでしょうね?
勇者だけが知っていた、彼女の本当の名前」
皆、悲しげに俯く。
結局、勇者の本当の名前を知ることはなかった。
語ってくれるはずだった本人はもう、違う世界へと旅立ってしまったのだから。
「だが勇者は、最後の最後で………闇にあがなった」
騎士は、小さく呟いた。
その言葉に、仲間達も頷く。
「おそらく、勇者が最後に握っていた………この守り袋が、彼を引き戻してくれたのかもしれません」
古びたソレは、本来の色がわからないほど、汚れていた。
けれど、大切に扱われていただろうということは、誰の目でもわかる。
そして、その匂い袋の中には、勇者と聖女の幼き頃の写真が、入っていた。
「2人とも、どうか………安らかに眠ってくれ」
「来世では、幸せになってよ」
「再び、出逢うことができれば、今度こそ力を貸します」
仲間達は小さな2つの墓標に、花を添える。