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Ciel.

 天界と聞いたら、他に人は何を想像するだろう?

 羽の生えた天空人? 雲の上に建つ白い神殿? 暖かい色をした光が差し込む荘厳な風景?

 どれも間違っていない。

 今あたしがいるところは、それらを具現化させたようなところだ。

 ここに来るのは、…………久しぶり、だなぁ………………。

 ぼんやりとそんなことを思いながら、あたしは顔を上げた。

 目の前にはファーザーがいる。顔はあまり見えない。うっすらとしたシルエットが辛うじて分かる程度だ。天使であっても神の真の姿を見ることは許されていないから、垂らした薄い布越しの面会になる。

 自分で飛び出していったくせに、神殿もファーザーの姿も懐かしいと感じてしまう。

「――――それで、堕ちた天使ノエルよ、そなたは自ら天使であることを放棄した。何故戻ってきたのだ」

 轟くような低い、それでいて威厳と寛大さを含んだ声でファーザーは言う。

 あたしは真っ直ぐにファーザーを見て、宣言した。

「クリスマス、だからですよ、偉大なるファーザー。あたしは、その日のみに許された、我らが奇跡を起こすために戻ってきたのです」

 ファーザーの横に並んでいた大天使たちが息を呑んだ。

 そりゃあそうだろう。奇跡を起こすのが嫌で天使を辞めたあたしが、今度は奇跡を起こすために天使になりたいと言っているのだから。

「成る程……。しかしノエルよ、私は聞き及んでいるぞ。そなたは誰が何と言おうと戻りたくないと答えているそうじゃないか。リリーがいつも私に泣きついてくるのだよ。まだノエルが戻りたくないなんて言ってる、と」

 あたしは俯いてファーザーの声を聞く。

 磨き上げられた宝石の床に映るあたしは、長いふわふわとした金髪に、大きな碧眼。誰もがイメージする天使の衣装である白いワンピースを身に纏い、同色の翼を広げている。数時間前まで人間界の地上を歩いていたただの女性と言ったら、皆が驚きそうなほど、立派な天使の姿をしている。

 ファーザーは穏やかに言葉を紡いでいる。裏切り者だと罵られても文句の言えない私に対しても怒らないのは、戻ってきた者を歓迎するというものが神だからだ。

「それを何故、今になって戻りたいと言うのか」

 下を向くのを止めて、あたしはファーザーに向き直った。

 脳裏に浮かんでいるのは、アンナの姿。

 誰も何もしてくれないのなら、あたしがするしかないんだ。

「ファーザー、あたしは、仲間が自分が起こした奇跡の内容や大きさを競い合うのが嫌で、ここを去りました。彼らが起こす奇跡は、あたしが思うところの奇跡と違う。だから、彼らとは相容れないと思ったのです。それでここを出ていった」

 大天使が怪訝そうな顔をしている。何人かは眉をひそめていた。どうせ心の中で、奇跡に正しいも正しくないもないだろうとか思っているのだろう。一方のファーザーは黙ってあたしの話を聞いてくれているようだ。

「ですが、今だけはその意地すらも捨てましょう。どうしても救いたい人がいるのです。ですから、どうか、あたしにもう一度、奇跡を起こす力を与えて下さい、ファーザー。そしたら、誰も起こそうとしなかった素晴らしい奇跡を起こしますから!」

 あたしはそう叫んだ。しかし、ファーザーは黙ったままで、それがあたしを不安にさせる。

 ………怒ったかな?

 神に向かって畏れ多くも啖呵を切ったのに、先程までの勢いはどこへいったのやら、あたしはおずおずとファーザーを見上げる。

 だが、ファーザーは全く怒っていなかった。 

「――ノエルよ、そなたは成長した。分かった、そなたの願い、私は聞き入れよう。今一度、そなたに天使の持つすべての権限を授けよう。だが、」

 ホッとしかけていたあたしは、ファーザーの言葉に気を引き締めた。

「だが、それには条件がある」

 そう言うファーザーの声は厳しい。

「何でしょう?」

「今だけ、は許さない。そなたが奇跡を起こす力が欲しいと言い、天使に戻るというのなら、一生天使でいなければならない。……それでもいいのかね?」

 一瞬間を開けて、あたしは大きく頷いた。

「はい!」




 白のスカートを翻して堂々と神殿の中を歩く。

 ここに戻ってくることをあんなに嫌がっていたのに、今はとても晴れやかな気分だ。これからアンナの願いを叶えられると思うと、更に胸が躍る。

 玄関先には、どこから噂を聞きつけたのか、大勢の天使たちが集まっていた。

「おい、あれ……」

「………嘘、何でいるの?」

「だってあの人……“堕ちた”ノエル、でしょう――――?」

 彼らはよからぬ囁きを交わしあいながら、あたしのことを凝視している。

 だけどあたしは、彼らに押されることなく、仲間たちの間を歩いていく。あたしに話しかけてこない、彼らのその塊から、リリーが飛び出してきた。

 彼女は嬉しそうな満面の笑みを浮かべて、あたしの手をギュッと握ってくる。

「おかえりなさい! ノエル!」

「あぁ、リリー。いつも……ごめんね」

「いいのっ。戻ってきてくれたんだから!」

 あたしやリリーと同じ翼を持つ仲間たちが、呆然としているのが見えた。

 あたしはフフッと笑って、彼らに向かって叫ぶ――。

 胸に手を当てて、名乗る――。


「あたしの名前はノエル! クリスマスを掲げる天使! そして、貴方たちが行わないような本当の奇跡を起こす者!」


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