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Hope.

 リリーのせいでなった嫌な気分を追い払うために、あたしは散歩に出ることにした。

 天界も平和だったけれど、今住んでいるところもそれなりにのどかで居心地がいい。ただ向こうと違って辛いことは、暑さと寒さがあることだ。

 吹いてくる冷たい風に身を震わせながら、あたしはトボトボと広場を歩く。下を向いて、立ち並ぶ店や木を見ないように。なぜならそこには、ツリーやリースやイルミネーションが飾ってあるから。

 他の季節なら気分転換できたかもしれないが、外に出れば改めて身に染みてくる。『クリスマス』が近いことを。



 数年前まで、あたしは立派な天使だった。

 白い衣装を纏って、綺麗な純白の羽で空を飛んで。聖歌を歌いながら、天使にはこの時期にしか許されない行為――、奇跡を起こしていた。

 クリスマスは、イエス・キリストが生まれたことを記念する聖誕祭だ。彼が生まれたことこそが奇跡。救いの星こそが奇跡。

 だから、ファーザーと天使たちは、クリスマスになると数多の奇跡を起こす。

 だが、無限の力を持つファーザーと違って、天使は奇跡を起こす度に、その奇跡の大きさに見合った分だけ自分の寿命を削られる。

 あたしはそれが嫌だった。

 でも、もっと嫌なことがある。

 それは、天使たちが起こした奇跡の内容と大きさを競い合うことだ。

 あたしの考える奇跡とは、誰にも気づかれずささやかに、ひっそりと起こる、とてもとても小さなもの。礼なんて言われない、誰も知らない、でも確かに舞い降りた希望の光。

 だがあたしの仲間は勝負のことしか考えてなかった。

 たくさんの人に感謝されたかったのだろう。大勢の人が見ている前で、大きな奇跡ばかり起こしていた。例えば死人を生き返らせるとか。クリスマスにだって死んでしまう人はいる。祝いの日に亡くなってしまった人たちの息を、あたしの仲間は吹きかえした。

 確かに彼らは仲間内でも、人間からも讃えられ、褒められ、礼を言われた。

 あたしだって礼を言われたかった。褒められたかったし、自慢もしたかった。だから彼らの気持ちはよく分かる。

 でもそんなの奇跡じゃないと、あたしは思う。

 それは、あたしが思う奇跡とは違う。

 勝敗を決めるためだけに、自分の命をわざわざ犠牲にして、心から同情してないくせに、事を行うなんて――。

 それが間違っていると思ったから、あたしはファーザーに言った。「偉大なるファーザー、あたしは本日をもって天使であることを辞めます」と。

 ファーザーは何も言わなかった。

 仲間は怒鳴った。特に仲が良かったリリーなんて、泣き喚いていたっけ。

 寂しかった。それに辛かった。

 だけど、あたしは間違ったことはしないと、心に決めていたから――。

 今、こうして地上を歩いている。



 ……やっぱり出るんじゃなかった。

 白い吐息が唇から吐き出される。

 何か………天使いるし。

 そう、こんなところにも天使がいた。天使を辞めても仲間を見つけられる力は健在なのか、あたしの目が間違っていなければ、この広場には三人の天使がいる。……いや、あたしは『元』天使だから、カウントしないでおこう。たぶん知り合いではない彼らは、さっきのリリーみたいに白いハトの姿や、ただの人間の姿をとっていた。

 クリスマスは明日だ。イブの今日に人間界へやってくるなんて、大きな奇跡を行えるターゲットを探しているのだろう。

 我知らず、顔が嫌悪に歪む。

 今すぐ……帰ろう。更にヤな気分になっちゃったし……。

 そう思い、踵を返そうとしたあたしの耳に、幼い少女の声が届いてきた。


「ね~、ママ。あたしね、雪が見たいな」


 その声に振り向くと、数メートル離れたところに車椅子に乗っている少女と、彼女に寄り添う女性がいた。

 両者とも顔色はよろしくなく、着ている服はくたびれていた。少女の方はかわいそうな程やせ細っていた。

 きっと重い病気なのだろう。そして残された命は少ない。裕福な家庭だったら治せるのかもしれないが、どう見たって彼女たちは貧乏な家庭の者たちだ。

「雪?」

 やつれた表情の女性が少女に聞き返した。幼い子供の母親だろう。

「どうしたの、アンナ。突然そんなこと言っちゃって」

「だって、雪が見たい。一度でいいから、雪が見たい」

 アンナと呼ばれた少女が言う。おそらく彼女自身、自分の先が短いことを悟っているのだろう。幼いとはいえ自分の体のことだ。

 何だか立ち去れなくなって、あたしは彼女たちの会話に耳を傾ける。

「アンナ……」

「プレゼントなんかいらないから……雪、見てみたいな」

 ぽつりと、幼い少女は声を漏らす。

 母親は困った顔をしながらも、じゃあ神様にお祈りしましょうと言っていた。

 彼らは、今の親子のやりとりを聞いていたはずだ――。

 淡い期待を持って、周囲にいる天使をちらりと見てみるが、明らかに少女の願いを叶えてあげる気はゼロだ。間違いなくない。これっぽっちもそんな気持ち持っていない。

 それは、アンナが貧乏だからだろう。

 お金持ちの人はそれだけ知り合いが多く、助けたら彼らに感謝される。けれども、貧乏の人を助けたって喜ぶのはその本人だけだから。

 あぁ…………嫌だな。

 どうして………無垢で可哀想な、あの少女に奇跡を起こしてあげようとすら思わないのかな…………。

 あたしは唇を噛んで、知らん顔をしている天使二人を睨みつけた。

 今までは、意地で戻らなかった。

 天使を辞めたらもう奇跡は起こせない。それでもけじめをつけるために、あたしは天界を去った。

 …………でも、もうそんなけじめすら捨ててしまおう。

 そう心に決めて、あたしは走り出した。

 これじゃあアンナがあんまりだ――――!


 自分の部屋に飛び込んで、窓を割らんばかりの勢いで開く。

「リリイィイィィィーーーーーーーッ!」

 彼女なら、まだ諦めずに近くにいるだろう。

 絶叫すること三分、あたしはその考えが間違っていないことを知った。

 窓辺に1羽の白いハトが舞い降り、くちばしを開く。

「……………どうしたの?」


「あたしを、ファーザーのところへ」


 ハトの表情は非常にわかりづらいが、何となくリリーが混乱しているのが分かった。

「……え? え? でも、でも。ノエル、さっき………」

「いいから連れて行って!」

 あたしの必至の形相に、ハトは一歩身を引く。

「だから、どうしたの…………?」


「怒った。本当の奇跡を、起こすんだ」

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