Eve.
「…………――――ねぇ、ちょっと。聞いているの? ノエル、明日は12月25日なのよ?」
ぼんやりとしていたあたしは、その声に思考を引き戻される。
目の前では、輝かしいほどの白で身を包んだ女性――、昔の同僚のリリーが頬を膨らませて叫んでいた。
あー……そういえば、話してたんだっけ、この子と。
二、三度瞬きして彼女を見返すと、「聞いてなかったでしょ、あなた……」と溜息をこぼしてきた。毎年言っていることに大差なんて無いのだから聞かなくてもいいと思う。ていうか聞きたくもない。
「いや……。つまり、ファーザーのところに戻って来いってことだろう」
あたしがそう言うと、彼女はコクコクと頷く。
「ねぇ、今年こそ戻ってくれるでしょ――?」
その期待に満ちた声に対して、あたしはにべもない言葉を返す。
「嫌だね」
「何で! クリスマスなんだよッ!?」
「クリスマスだからこそ、だよ」
怒鳴るリリーに冷たく返すと、彼女は目に涙を溜めて睨んできた。
「もう知らないッ! ノエルのことなんかもう知らないんだから!!」
駄々っ子そのものの捨て台詞を残し、リリーは開け放たれた窓から飛び降りた。その直後、白いハトが空へはばたいていった。
段々と遠くなるハトに手を振って、たしは溜息を吐いた。
毎年この時期になるとリリーが来る。いつも言うことは同じで、“ファーザー”のところに戻って来い。それだけだ。
でもあたしは、毎年同じ返事をする。嫌だ、と。
リリーは何故あたしが辞めたのか知らない。でも理由を聞いたら、きっと目を丸くして、どうして? と問うてくるだろう。あたしが嫌がるそれは、昔のあたしやリリーがいる世界では当たり前のことだから。
リリーがいなくなった部屋で、あたしは独り食べかけのパンを咀嚼する。でも最後の方は食べる気分にもなれず、冷たいパック牛乳で無理やり流し込んだ。
空になったパックを潰している間も、頭の中でリリーの声が流れる。
――明日は12月25日よ?
――――――――。
――――――――――…………。
「はぁ……。クリスマスと言え、引退した天使を呼び戻そうとするなんて、神様も鬼畜ね」
当のファーザーやリリーに聞かれたら間違いなく天罰ものの言葉を呟いた。
あたしの名はノエル。
クリスマスを名に掲げる天使。
だけど今は――、ただの、女性。