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第0章~5~【Lost World】

失った過去はもう戻らない。

たとえ仮想世界であっても。

その声が聞こえた瞬間、俺は回避行動に出た。つんのめりそうで、今にも転げ落ちそうな足を奮い立たせてそのまま後ろに飛ぶ。そこが1番敵が少ないからだ。しかしここでも地面に倒れこまないように、必死に足に力を入れ続ける。

次の瞬間、俺に3つの出来事が起こった。

1つ目は、必死に踏ん張ったが体勢を崩しかけた俺の体に、問答無用で鋭い一撃が放たれた事。

2つ目は、その攻撃を避けさせるために誰かが俺を思い切り後ろに引っ張った事。

3つ目は、何者かが目の前に入り込みそしてその攻撃をもろに喰らった事だった。


点と点が繋がり線になっていく。薄れた意識が、徐々に覚醒していく。そして目の前で何が起こったのかを、理解していく。ゆっくりと、ゆっくりと。

吹き飛ばされたヤツの後姿だけで分かった。いや、その前のアイツの叫びだけで本当は気づいていたのかも知れない。


「シリ、ト……?」


そう呟くと、空中を舞うシリトと視線がぶつかった。



◇◆◇◆


時は遡る。そう、それはクロが他のメンバー達と一緒にゴーレムを倒し終わった時だ。

物陰に隠れてじっと彼の姿を見ているのはシリトだ。もちろんたまたま見つけて、出て行くタイミングを見失ったのではない。

それを言えば、クロは離れて転送されたと思っているが実は最初からシリトは彼の後ろの方で普通に待機していた。

目的は監視。それは入学式からもう既に彼に与えられていた任務だった。


「おいおい、クロ。最近また強くなっては居ないですかい?」


1人で呟くものの、当然誰も返事などしない。いや、されても困るが。

シリトは目を細め、彼らの行く道を見定める。確か向こうは、グラウドの秘宝の1つがある部屋。だからクエストを達成する事に関してだけ言えば、確かに正しい。

しかしそれ故に障害も大きい。


「レベル制限、あの部屋だけ解除されてんだよ。だから40とかの敵が湧いてもおかしくない」


それは事前に聞いていた話だった。この空間自体、通常設定してあるコードを今だけいじってあるので、でたらめなアイテムドロップ率やリリング、経験値などが得られているのだ。

だからそんな事も出来る。出来てしまうのだ。

しかしそんな事、トッププレイヤーたる彼らとて分かっているはずだ。しかし分かっていても尚進まずには居られない。それが欲望と言うモノ。


「さてっ、中はどうなっているかなっと」


ゆっくりと扉を開けて、少年少女達が入っていくのを見てからキリトは素早くその身を滑り込ませる。そして敵に見つからないように隠密スキルを発動させたまま、急いで安全圏へと逃げ込む。

瞬間1人が発狂して、そのまま敵の群れへと突っ込み。消える。


「あーあ、簡単に死にやがって。他のヤツらにうつったらどうする……なんて事言わなくても良いよな?」


そう、そこで死に急ぐようなヤツは誰一人としていなかった。各々が武器を握り締め、そしてクロが言葉を発する。それは至極簡単な事。転移無効化エリアから脱出する為には、目的のモノを奪取すればいい。良くRPGで、ボスの部屋になるとセーブ出来なくなる。だったらどうすればいいか? そんなの簡単であろう。その部屋の主たるボスを殺してしまえばいい。

それと同じ考えだった。


そしてそこからはスキルのオンパレードだった。誰1人として引く事を知らず、ただ前に向かって、己が道を邪魔するものへと刃を付きたてていく。

そこに妥協点は無い。一瞬でも気を抜けば、その瞬間囲まれて袋叩きにあってあっさりと死ぬ。それは弱きものがこの世界に居るべきでは無いと言う拒絶の様に。

それを見ていてシリトは心の中でふざけるなと思った。しかし今飛び出して行った所で、この状況が変わる訳ではない。上からもあくまで監視をする様にと言われているだけ。


そう、あの少年も。


2人ほど命が散ったのを、少年は確認する。そして絶望に似た悲しみを瞳に浮かべながら、前を向く。それだけで十分だった。少年の、七瀬玄と言う人間の生への渇望を上回る程の死への恐怖を植え付けるのは。

だが俺は動くわけには行かない。とっさにシリトはそう思った。しかしそれとは裏腹に、彼が取った行動はありえなかった。


「班長。アイツ、絶対に仲間にして下さいよ?」


『ちょっと待ちなさい。アナタの介入は認められませんッ!!』


「瑠亜に言っといて下さい。俺の仕事は七瀬玄に押し付けろって」


『待ちなさいッ!! アナタは――』


オープンチャットの声を、意識的に排除する。残るのは、モンスター達のうめき声とそれに戦う5人の戦士。

しかしシリトは迷う事無く1人の少年の元へと走っていく。悪いが残りの4人が生きようが死のうが関係ない。


「こんなんなら親友になんてならなきゃ良かった」


笑いながらも、それは本心では無い事などシリト自身が1番分かっている。だからこうして、組織を、己の命を捨ててまで友人を助けようとする。

そして咆哮。


「しゃがめ、クロ!!」




◇◆◇◆◇



一瞬自分がちゃんと立っているのかも分からないくらいに、世界が回った。自分の心を覆っていた恐怖ですら、その瞬間は何処かへ消えてしまうようだった。

しかし次の瞬間、思考が加速し物事を理解しようとする。それに時間など要らなかった。


「シ、リト……」


ゆっくりと剣を握る両手に、力がこもる。再び襲ってくる恐怖を跳ね除け、今は純粋に考えなければならない事がある。

シリトが俺を助ける為に飛び込んで、そのまま倒されたと言う事に。幸いまだ青色のアイコンは見えるから死んでは居ない。だったらどうするべきか?


そんな事聞くまでも無い。


俺の命を救おうとして、シリトが死ぬくらいなら。俺が死んででもアイツを助ける。

もう死ぬ事が怖いなんて思わない。それよりも大切な1人の親友を失う事の方がもっと怖い。


「離せよ、お前達……」


シリトの周りに群がっていくモンスター達に、俺は震えながら呟く。それに気づいたゴーレムの1体が俺に向かって襲い掛かる。


「ッ!!」


しかし先程苦戦していたのが嘘の様に、ヤツの動きが見える。心なしか、今までよりも世界がゆっくりと回っているようにすら感じる。

俺は一瞬でゴーレムの首へと2本の剣を滑り込ませ、そのまま思い切り首を吹き飛ばす。


「離れろって言ってるだろ……」


先程よりも多くのゴーレムが俺にターゲットを絞る。しかしその中で俺はやはり、世界が遅くなっていくのを感じる。

違う、逆だ。俺が速くなっている。思考が、行動が、全てが加速していく。

その時不意に、俺は視界の右下で点滅しているアイコンが見えた。しかしそんなものにかまっている余裕なんてあるはずも無く、俺はそのまま剣を握りなおし叫ぶ。


親友シリトから離れろォ!!」


そして俺はそのまま俺はシリトの倒れた方へと走り出した。




いったいどれ位時間が過ぎたのか? 気が付くと、俺の目の前に居たはずの敵はほとんど消えており、代わりにシリトの横たわる姿が見えた。

生きてる事が不思議でたまらない。正直もう何もかもがむちゃくちゃだった。意識があるのは最初のうちだけ。だからもう死んでもいい。その代わりにシリトを助けてくれと願っていたのに。だがシリトも生きている。それは目の前に<Sirito>と書かれたキャラクターに青色のアイコンがある事で分かる。


良かった。そう思った瞬間、両手から剣が滑り落ちる。しかしそんな事はどうでもいい。早くシリトを起こして、それでグラウドの秘宝を取ってログアウトして、それで……。

しかし俺の体はその思考に反して動いてくれない。瞬間、俺は再び世界が回るような感覚に襲われる。しかし今度は思考が加速したりするわけではない。直ぐに来るのは強烈な吐き気、全身が叫ぶように痛み、そして頭が、思考が霞んでいく。

吐くものは無く嗚咽するだけで、痛みに耐え切れず体は地面に突っ伏してしまう。前へ進まなくてはと言う事すら、考えられない。


「あ……くっそ。動けよぉ……」


目の前に親友が倒れているのに、這いずる様にしか彼の元へはたどり着く事は出来なかった。軋む体に無理やり力を入れて、どうにか立ち上がりシリトを起こす。


「おい、シリト。起きろよ。早くグロウドの秘宝取って終わりにしようぜ……?」


そう言いながらシリトを触ろうとすると、既にシリトは起きていた。いや、正確には何かのスキルを発動しているらしく剣を握った右手が青く光っていた。


「おい、何ふざけてんだよ……。早く行こうぜ?」


そう言った瞬間気づいてしまった。シリトがこちらを向きながら、悲しそうに笑っているのを。


「悪いな、クロ。俺はもうダメみたいだ」


「嘘、だろ……?」


スキルを発動していると思っていた右手は、良く見るとポリゴン化していた。つまりは少なくとも右手がもう少しで消滅すると言う事。それだけなら現実世界で1~2週間程度で感覚が戻るから関係ない。

しかしそのポリゴン化は右手だけに止まらず、ゆっくりと全身に回っている。


「こんな時に嘘付いてどーするよ?」


俺は急いでメニューからアイテム欄を呼び出し、ポーションを取り出す。HPバーの無いこの世界で、ポーションなどの回復アイテムは無意味に思えるかもしれない。しかし体のダメージを生み出しているのはこの世界だ。つまり回復と言う名のダメージのシャットアウト。言うなれば現実世界の麻酔と同じ様な効果をもたらす。しかしそれだけで十分だ。脳に痛みを感じさせなければいいのだから。

急いでシリトの口に持っていくが、彼はあろう事かその瓶を左手で弾き飛ばす。


「おいおい、何処に死人に手術するヤツが居るよ」


「馬鹿、お前はまだ生きてるだろうがァ!!」


「馬鹿はどっちだ?」


ゆっくりと、だがはっきりとシリトは言った。それは今死にに逝かんとしているしている人間から発せられる声とは思えない程しっかりとしていた。


「もうすぐ俺は死ぬ。それは抗えない運命だ。それをお前が、俺じゃなくてお前が拒絶して否定するモノじゃないだろ?」


「だけど、お前……。俺を庇って」


そう言うとシリトは右手に握っていた剣を再び握りなおし、今度こそスキルを発動させる。右手から剣へと青い光が包み込み、そして輝く。

一瞬ソードスキルかと思ったが違う。そういった類のモノでは無いと、直感で判断できる。

だからこそ輝きが終わった瞬間、俺は何かの違和感に襲われる。


「俺のエクストラスキル『剣造ブレードクリエイト』。全ての能力をランダムで剣に付加させて新たな剣を造るんだけど、確率が低い割にあんまり良いスキルが付かなくってな」


そう言いながら、シリトは造ったその剣を俺に無理やり押し付ける。


「良いか、後の事は全部メールが来るだろうからお前はそこへ行け。そして抗え。この理不尽な世界に。そしていつか、この世界を――」


それを言う前に、シリトの全身には砕け散った。最後までアイツは笑顔だった。そう、自分が死ぬ最後まで……。


「シリト……」


何故か涙も出てこなかった。いや、それ以前にシリトが死んだ事すら嘘の様に思えた。

今ログアウトしたら、また隣でシリトが笑っている。そんな気さえしたのだ。だから俺は無意味と分かっていても、メニューを呼び出しそしてそのままログアウトを出そうとして……。


「何だよ、これ……?」


右下にアイコンが点滅しているのに気づく。そういえばシリトの所へ行く時にも同じように見た覚えがある。

俺はゆっくりとそのアイコンに触れる。手を震わせながら、ゆっくりと。


そこに書かれていたのは新しいスキルの会得と、そのスキル名。

エクストラスキル『超加速ハイパーハイスピード』。それは紛れも無く、俺が習得したエクストラスキルだった。しかし今更何故? 

そこで1つの結論に至る。俺が生き残った、生き残ってしまった理由。それは俺が強かったなどと言った甘ったるい理由では無い。


「俺の時間が引き延ばされた感覚……。俺が生き残ったのは――エクストラスキルが勝手に発動したから……?」


その瞬間怒りがこみ上げてきた。今まで欲しいと願っていた力は、あまりにもあっけなく手に入って。そのくせ親友1人護れない力で。それなのに俺だけは助かって。それがこんなタイミングで。


「何で、だよ……。死んだヤツを生き返らせることが出来るとか、時間を戻すとかじゃなくて……」


ゆっくりと視線を戻してみても、そこには加速の文字。蘇生や巻き戻しではなく、加速。

それは過ぎ去った時間は戻らないと言う宣言だった。


「なんでだよぉおおおおおおおお!!」


「あまり感情を表に出すのは得策ではないな、少年」


「ッ!!」


見上げると、そこには先程のフードの男が立っていた。しかし1時間前とは様子も状況も何もかも違う。もう俺の隣で笑っている少年は居ない。そう、何処にも。

俺は失ってしまった。あまりにも大きな存在を。


「約束の1時間だ。残念ながらクエスト失敗だ。まぁ何もペナルティーなど無いがな」


「……えの……だ」


「何かな? 少年?」


「お前のせいだァ!!」


俺はシリトから受け取った剣を握り締めると、そのまま男へと駆ける。全身に力が入らないなんてそんな事言っている場合じゃない。

仇を、せめてシリトを殺したコイツを殺さなきゃ何も。アイツが無駄に死んだ事になっちまうっ!!


「愚者を愚者たらしめるのは、その愚かな思考と行動だと言う事にいつになったら気付くのか?」


瞬間、俺の剣は成す術も無く吹き飛ばされる。

手には青色の光が宿っている事から、何らかのスキルが発動しているのは間違いない。しかし今の俺には、ヤツとはどうしようも無い程のレベルの差がある事を実感した。この世界ではレベルの差は、圧倒的な力の差だ。取得出来るスキルの可能性や、力、魔力、そしてダメージ換算。全てにおいて、レベルの差は明確な力の差。


でもそれを1つだけ凌駕する力がある。

エクストラスキル。この世界でどう頑張っても、普通では会得できないチートコード。会得条件はまだ分かっていない。だからこそ、高レベルでも持っていない人間は少なくない。

だから俺は再び剣を握り締め、ゆっくりとスキルを念じる。エクストラスキル『超加速ハイパーハイスピード

しかし何も起こらない。


「おい、おい嘘だろッ!? さっきは勝手に発動しやがって!! 何で今は発動しないんだよ、オイ!!」


「さて、夢の時間もこれにて終了。帰りたまえ、現実に」


「おい、ふざけんな!! お前は、お前は誰だ!!」


勝手にログアウトプロセスが発動する。それを俺に止める力は、何故か無かった。

フードの奥に見えた顔。それは何処までも冷たく、それでいて全てを見下す様な視線だった。





◇◆◇◆◇


「嘘、だろ……」


ログアウトした後、俺は急いで隣に入ったはずのシリトのコンソールへと足を運んだ。しかしそこにシリトの姿は無く。ただ空っぽのコンソールがあっただけだった。


倉西四里斗は死んだのだ。もうこの世界に居ない。

それを無残に証明する、空っぽのコンソールだった。

失ってしまったモノは大きくて、だからこそ埋められるモノは無くって……。


次回『Hell Heaven Online Beginning』

第0章~6~【The End Of Beginning】


さぁ、もう過去は終わりだ。

始めよう? 復讐を

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