第0章~4~【Point Of No Return】
週末。俺達はとあるメールによって、ある場所へと出向いていた。そう、仮想世界へと。
その場所はクレッサから少し奥へと入った所。マップで確認するとグラウドの洞窟と表記されている。ポップする敵のレベルは20~35と随分広範囲に及んでいる。
周りを見渡すと同じ様にメールを送られてきた人間達が集まっており、その数は約50人。幸いにも同じクラスのヤツは居ないようで、内心ほっとする。もし居たらからかわれつつ、明日の朝は絶対に話題にされてしまうからだ。
「何だよ、このレベル20以上の方のみの極秘クエストって?」
「どーやら聞いた話だと、1年生での最高レベルは28らしいぞ?」
ふーんと流しながら聞いておく。レベル28かぁ。俺と2レベルも変わっちまうのか。いやいや結構な死地を潜ったと思っていたんだけどなぁ? 上には上が居るって事か。
「お前自分の事だと思ってどーでもよさそうな顔しやがって」
「はぁ? 俺は昨日の時点でレベル26だったはず。どう頑張ってもレベル28になんか……」
そう言われながら何かが引っかかり、俺はステータス画面を見る。確かに俺がレベルアップのファンファーレを聞いたのは、デオンウルフの狩場に入ってからの3回目だ。初日で出来なかった分を取り戻そうと必死に戦って、5日で3回だったはず……。
だが<Kuro>と書かれた場所には、レベルが確かに28となっていた。
「お前、恐る恐るだったから覚えてないのかよ? デオンの肉をドロップした時、最初に死にかけた時だよ」
「あぁ、あの時」
確かにレベルアップのファンファーレを聞いた様な……気がする。だけど無意識の内に、ポイントの割り振りまでしたんだ。あの時はとにかく勝った喜びと、生き残った事の実感が沸かなくて呆然としていたのしか記憶に無い。
あの後狩場に行っても、あんな危険に襲われる事は無かったし。やっぱり弱点を知って、傾向を覚えたからなのかな?
「ってか、レベルの件と言い、クラスにまいた動画と言い、お前何処で見てたんだよ?」
そう、あのスクショはまだしも動画は最初から撮られていた。確かにゲーム内の映像は全てサーバーの方へ送信されている。しかしああいった風に動画化するには専用のアイテムか、ライブするしかない。
だがライブ配信はされていない事は、確認済みだ。つまり動画化するアイテムを使ったと言う事だ。じゃあ、いつ? アイツも俺と同じく戦っていたはずなのに、いつ仕掛ける事が出来たのだ?
「あーえっと……、それはなぁ……」
はっきりしない回答を出したら、右手の剣で刺してやろう。そう思った時だった。
「待たせたな、諸君」
フードの男が、俺達の前に姿を現したのだった。
◇◆◇◆◇
「NPCじゃない……?」
ヤツの上に表示されているアイコンを見て、1人が呟く。
実際この世界はプレイヤー、モンスター、NPC及び家畜・ペットなどの分類をアイコンで行っている。
プレイヤーは青、モンスターは赤、NPC達は黄色。それ以外にも色分けはあるのだが、今は省略する。つまりフードの男は、本来クエストを出すNPC、つまり黄色のアイコンでなければならない。しかし彼のアイコンは青色。つまりプレイヤーキャラクターを意味する。
「教師か、あるいは……」
一瞬はめられたかと思い、剣を握る手を強くする。
あまり褒められた話では無いが、上位レベル者が下位のレベルのヤツらをPK寸前まで追い込めてアイテムなどを奪うと言う事例が少なからずあるらしい。
上級生による締め上げか? そう思いながらシリトの顔を見るが、そこまで緊迫しては居なかった。最初から分かっているような顔をして、フードの男を見る。
「諸君らを集めたのは他でもない。この2ヶ月で現実を受け止め、早々にこのゲームを攻略し始めた事に対して賞賛を与えるためだ。レベル20。口で言う事は簡単だが、まだレベル10にも到達していないプレイヤーは、残念ながら5万人以上居るのが現実だ」
いっそ斬りかかって見るか? だが先程言った内容から察すると、別段俺達を倒そうとかそういった事は考えていないように思える。
「君達はこの10年で是非、レベル1000以上を目標にして貰い出来る事ならばこの『Hell Heaven Online』をクリアーして貰いたい」
クリアー条件もまだ分からないと言うのに、どうやってクリアーしろと言うのか。いや、それ以前にクリアーした所で俺達はどの道特区の中だ。
そう思っても発言しないのは、このフードの男の圧倒的存在感のせいだろう。一言が重い。誰もが何も出来なくなる程に。
「さて、本題に入ろう。今君達へクエストの依頼が来ていると思う。確認してくれたまえ」
皆がキョロキョロしつつも、右手でメニューを呼び出しクエスト一覧を見る。そこにはクリアーしたものから、クエスト途中のものまで様々と表示されているがその中に1つだけ新しいものが入っている。
名前は『グラウドの秘宝』となっており、クリアー条件は何処かにあるグラウドの秘宝を持ってくれば良いという探索型のクエストだった。
「見てくれたら理解出来たと思うが、グラウドの秘宝を持ち帰ってくればクエストはクリアーだ。しかしそれは4つしかない。それではこんな50人も集めたのに不公平だ。だからアイテムドロップ率、獲得経験値、リリング数を通常の2倍~3倍に設定してある。その代わりに1時間だ。その1時間でこのクエストは終了する。それでは諸君の健闘を祈る」
それだけ言うと、俺達は途端に青白い光に包まれる。それが転移クリスタルを使った事だと理解するのに10秒も掛からなかった。
おそらくプレイヤー達をばらばらにして、見つけさせるのが目的だろう。だが何か裏があるのでは無いかと言う事が、俺の頭の中をグルグルと回ってしまう。
「なぁシリト、今回のコレどう思う?」
「……」
「シリト?」
彼が俺の呼びかけに答える事は無く、こちらを1度だけチラリと見てその後何かを言おうとしたのだろがためらい、そしてそのまま俺達は別々の場所へと転移するのだった。
「天国と地獄。そんな世界で君達は何を望むのか?」
そんなフードの男の言葉を耳に残しながら……。
◇◆◇◆◇
「リポップすんなっつーの!!」
もう何度目になるか分からないゴーレムを破壊する事で、俺は再び進路を切り開いた。後ろには途中で会った方々と一緒だ。とりあえずグラウドの秘宝はゲットした者が獲得と言う事で一致した。
確かに皆グラウドの秘宝は欲しいだろう。しかしそれ以上にヤツが言った事が正しすぎた。ポンポンアイテムはドロップするし、700~800リリングが平気で獲得出来る。そして直ぐにレベルアップのファンファーレを聞く事になる。既にレベルは35。普通ならば狩場を求めたりしても、授業のある俺達は1ヶ月程度は掛かるだろう。しかしそれが夢のようにポンポンあがっていく。
だから皆感じているんだ。絶対に何かあると。だから出来るだけ団体行動を取るのが良いと考えたのだろう。
実際俺もそうだし
「うん、取り合えずここら一帯の敵はあらかた排除したみたいだよ。先に進もう」
そう言い出すのは索敵スキルの高かった少年B。まだお互いにフレンドコードとかを交換してないから、名前が分からないのでこういう風に呼ばせてもらう。
それを見て俺達はゆっくり奥へと進んでいく。
「おい、アレ……」
その中、1人が不意に声を漏らす。その先に俺達が見たものは、大きな扉がそびえ立つ1つの部屋への入り口だった。
言うなればボス部屋。俺もこういった部屋に入る機会はまだ1回も無いが、何でも100レベル以上から迷宮区に潜るとこういった部屋が出て来るらしい。
「明らかに誘ってるよなぁ……」
「そう、ですね。ですがおそらくこの中にグラウドの秘宝があると思います」
一同悩む。これはアレだ。目の前にエサをぶら下げられていて、食べるか食べないか迷う犬のようだ。だがエサまでの距離は長い。上手く飛び越えなければ、下は針の山だ。
だけどおそらく皆の気持ちはもう決まっていたのだろう。ここまでトッププレイヤーとして戦ってきているのだ。何処までも貪欲で、何処までも力を求めてきたからこそここまで来れた。
だから誰とも無く、その扉を開けてしまう。
ギィーと言う響いた音が、部屋に反響する。
真っ暗なその部屋には、まだ何も居ない。そう、まだ何も。
「罠じゃない……?」
そう言ってその部屋に足を踏み入れた瞬間だった。
「ギャルウウウ!!」
部屋が明るくなり、瞬時モンスターがポップする。その数――100
とても先程の比では無い。ボスモンスターこそ居ないが、レベル30~40の敵が大量に湧いてきているのだ。
「うそっ、レベル40オーバーの敵まで居るわっ!!」
「無理だ、お前達皆転移クリスタルを使えッ!!」
この状況を見た瞬間そう叫んでいた。おそらくこの部屋を出た所でアイツらは追ってくる。ここで戦う以外に有効な手段は転移クリスタルによる脱出。
皆命がかかっている事を忘れていないために、行動は早かった。
俺が叫んだのと同時に、皆が自らのアイテム欄から転移クリスタルをオブジェクト化して地面に叩き付ける。そうすれば自分は青白い光に包まれて、思い描いた場所まで転移出来る。
しかしクリスタルは割れなかった。
「転移出来ない!?」
「無効化エリア……。ボス部屋だからか!?」
すぐさま逃げようと後ろを振り返るが、扉は閉まっておりそこにはモンスターがまだポップしている。
つまり逃げようにも逃げられない。そんな状況になっているのだ。
「あぁ……あぁ……うわぁあああああああ!!」
「馬鹿ッ、戻れッ!!」
1人が発狂しそのまま出口のある扉の方へと走っていく。青白く光るその刃は、スキルが発動している事を示す。
しかし現実は甘くない。1人が訳も分からず突っ込んで勝てるほど、この世界は甘くなかった。
「――ッ!!」
無音。それ故に俺達はしっかりと見た。先程まで簡単に倒していたはずのゴーレムが、少年の剣を弾きそのまま自らの腕を少年へと放つ瞬間を。
少年は空中を舞う。そしてその視線が俺達にぶつかる。
――なんて悲しそうな目をしてんだよッ!!
俺達に何を言うわけでも無く、ただじっとこちらを見る。永遠とも感じる一瞬。
次の瞬間には何処からとも無く延ばした剣が、少年を貫いていた。
HPバーは無い。しかし俺達には分かってしまう。アイツがもうダメだと言う事は。
「ガアアアアアアアアッ!!」
絶叫。瞬間少年の体は、モンスターの時のソレと同じく青くポリゴン化してそして砕け散る。
死んだ。この仮想世界だけでなく、現実世界からも。1人の人間が、たかがAIに殺された。
自然と悲しみが無い。面識の無い人間だからか? それもあるだろう。こんな所で偽ってもしかない。
だけど、それ以上に俺達は生存本能に狩られていた。だからこそ、俺達は振り返らない。部屋の奥へと視線を投げる。
「――誰かグラウドの秘宝を取れ。おそらくそれが唯一の脱出方法だ」
「そうね。ボス部屋はボスを倒せばクリアーらしいし。この敵はずっとポップしているし」
「死ぬなよ」
そう言うと皆が奥へと自らの足を進める。ここで誰1人として発狂せず、戦いに言ったのはほぼ奇跡と言っていい。おそらく普通のプレイヤーなら同じ様にするか、助けに行く、もしくは戦意喪失するなど多くの事が考えられる。
しかし分かっているんだ、皆。そんな事意味ないって。
壊れかけの心を繋ぎ止めて、進む。
「くっそおおおおおおお!!」
俺は目の前の集団に目標を定めると、剣に力を込める。そして青白く光るのを確認してそのまま地面を踏み込む。
二刀流スキル【トリクラッシブ】。まず目の前に迫り来るゴーレムの右手を、同じく右の剣で払う。そしてそのまま左手で一閃。そしてそのまま一閃した威力と共に、左足を軸にして思い切り体を捻る。体を倒すようにして背後に回りこんだ俺は、すかさず右手に力を込め斬り込む。
この3連撃で、ゴーレムは砕け散る。しかしただ1体倒しただけだ。
瞬間、後ろから頭を狙いに来たゴーレムの攻撃を剣を十字にして受けきる。そしてその状態から、スキルを発動させる。
二刀流スキル【クロスディバイディング】。そのままクロスした手を戻してまずは2回斬り裂く。そこから休む事無く再び振り切った剣を戻すようにして2回。そして再び剣をクロスさせて踏み込みながら、首を狙いながら最後に2回で首を斬り落とす。
しかしここまで来れば分かる。圧倒的に俺のレベルでは、まだ対多数の戦闘は出来ない。1体ずつ倒していくのがやっとだ。
後ろをチラリと見ると、先程まで6人程居たはずなのに今は4人になっている。また死んでしまったのか。
瞬間力が入らなくなる。
死への恐怖。それが俺を、前に進ませる力を無くしているのだ。
しかし、その瞬間不意に愛奈のあの言葉がよみがえる。
『だからクロ。アナタも死なないでよ、お願いだから』
ゆっくりと力が戻ってくる。そして俺は迷う事無く、そのまま地面を蹴り飛ばす。もう1体相手に戦うのは止めよう。
二刀流スキル【トラッシュアテリル】。剣をクロスしたまま突っ込み、ある一定の所まで行ったら剣を重ねて回転する。後は任せる。どうとでもなれ。突っ込めば、運よく突破できるかも知れない。そんな期待を寄せながら。
しかしやっぱり現実は甘くなくて。
多くの敵に囲まれた俺は、どうにか無理やりにでも剣を振り掛ける。何とか剣は振り続けるけど、所々で攻撃が続いて徐々に体力をすり減らしていった。
剣を振れば1体消えて、その代わりに空いたわき腹に強烈な一撃を喰らう。1度肺の中の空気を思い切り吐き出してしまう。
剣を握る力もほとんど無くて、そして目の前が、視界がぼやける。
(死にたくない、死ね、ない……)
朦朧とした意識の中で、それだけが頭の中に浮かんでくる。
だからもうほぼ無意識で剣を振るっている。そして一閃、また一閃と敵を消していく。
「死ね、るかぁああああああああ!!」
「しゃがめ、クロ!!」
俺の咆哮と、とある人物の声が聞こえたのはほぼ同時だった。
さて、いよいよクライマックス。
既にクロの近くで3人の人間が死んでしまっています。レベル20~35しかポップしなかったはずなのに、何故ボス部屋で30~40オーバーの敵が出てきたのは完全にフードの男の仕業でしょう。
さて、彼はいったい誰なのか? そして最後の言葉の人物は? それはまた次回で。