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第0章~3~【School】


結局手の痺れは一晩寝れば嘘のように無くなっていた。

内心ふざけるなと思いながらも俺は手早く寮から出る準備をする。まるで昨日の事が嘘のように。


この特区内では12歳から22歳までの少年少女達が生活している。関東圏に位置するこの場所は、北海道・宮城・愛知・大阪・鳥取・福岡とある特区とは規模も人口も桁が違う。それぞれの特区が1都市になっているのに対してこちらはほぼ1つの県かあるいは孤立した国であろうか? 他の場所では接続出来るオンラインが1特区に1つなのに対して、ここだけはその全てにアクセス出来ると共に、孤立したオンラインも持っている。

それが俺やシリトが命を賭けるオンライン『ヘルヘブンオンライン』なのだ。どのオンラインも大体のレートや人数などは一緒なのだが、それぞれ特徴がある。例えば『フェアリードウルオンライン』は魔法スキルが全体のスキルの7割程あったり、『ブレードストライクオンライン』は武器がほとんど剣だったり。その中でもこのヘルヘブンで特徴的なのは多彩なスキルの数々と、『エクストラスキル』であろう。ゲームの中でも武器や魔法などのスキルはもちろん、鍛冶や裁縫などあらゆるスキルがこの仮想空間セカイには存在する。そしてエクストラスキルとは、どう頑張ってもゲームの中では習得出来ない特殊スキル。それがランダム条件で1つだけ取得出来るのだ。


「さてっと」


手早く着替えと身支度を済ませて部屋を出て鍵を掛ける。飯はそこら辺のコンビニで買っていけば良いだろう。どうせ今日もあそこの狩場に潜って、最低でも50体は狩ってやるんだから。それに以前こなしたクエストで、別に金に困っているわけでも無いし。


「行って来ますっと」


もちろん返事なんて返って来る訳も無いが気分の問題だ。静かにメニュー画面からロックを選択し、施錠する。これは脳にチップがある事の利点、だよなぁ……。


「おはよ、クロ」


「あぁ、愛奈か」


エレベーターのボタンを押して待っていると、後ろから不意に声を掛けられる。彼女は九音愛奈、年齢は俺と同じく13歳。この特区に来る前からの所謂幼馴染と言うヤツで、小学校まで一緒だった。

しかし小学校6年の2学期、正確には半年ほど前に特区への入学が決まったと言う通知が来た。当時何も知らない俺や、俺の親が喜んでいたのをまだ覚えている。しかしそこには必要以上の事は言うななどの多くの制約が付いており、不思議に思ったのだが特区に入れる喜びの方が大きくはしゃいだものだ。

なので俺はクラスメイトや、愛奈達との別れを覚悟して卒業式に臨んだ。そして春休みを経て2ヶ月前、衝撃の事実を突きつけられて半ば絶望していた時に愛奈と再会したのだった。

正直あそこで彼女に会っていなかったら、俺は既に心が壊れてそのまま死んでいたかもしれない。現にそう言ったヤツを何人も知っている。


「聞いたよ、四里斗君から。昨日も死にそうになったんだって? 右手も痺れてるみたいだから見てやれって言われたんだよ?」


「昨日もじゃねぇよ。本当に昨日はたまたまなんだ。ってか右手は良いんだよ、寝たら治ったし」


そう言って急いで手を引っ込める。別に嘘を付いて居るわけではない。事実今右手で握ってみろと言われれば、普通に握れるだろう。だけど愛奈に触らせるのは嫌だった。言葉通り本当に痺れが戻ってきそうで……。


「あ~、そうですかい。クロは私には触れしたくねぇって事ですかい」


「はいはい、そうやって長引かせて俺に勝とうとするな」


そう言うと上から降りてきたエレベーターの中に入り込み、そのまま1階のボタンを押す。30階程ある内の13階に当たるこの場所から、エレベーターを無人で利用できるのは奇跡に近い。

大体の場合が3~4人乗っているのが当たり前なのだから。


「大体お前の方はどうなんだよ? ほらぁ、レベル見せてみろ?」


「い、いやぁ私は……。あははっ」


「誤魔化すな」


フレンド登録してあるので、さっさと<Aina>と書かれたモノのプロフィールを見る。昨日の夕方にヘルヘブンに入ってるから、情報はその時のが最新になっているはずだ。

えっと、性別とかいらん情報は省いてレベルレベルっと。


「16……?」


「えへへっ。友達と頑張ってお金稼いでたらいつの間にか、ね」


単純に16レベルと言うのは結構高い。担任が言うには、この1年で50レベルまでいければいい所らしいから。実際にレベル別にランキングをつけるとしたら、何万と居るこの特区内の上位3000までには入るだろう。

まだ俺達の様に現実が受け止められなくて、生きる分のお金しか稼いでいないヤツの方が大半なのだから。


「でもね」


そう言って彼女はモニターを操作していた右手を無理やり掴んで、俺を振り向かせる。何故かその瞳は泣きたくなる程悲しそうで、それでもちゃんと俺を真っ直ぐ見つめていて。

以前にもこんな風に見られた事が……。


「クロ、私達約束したよね? あの日、私達が殺されるために集められたって知った時。絶対に2人で生きて帰ろうって」


「あ、あぁ……」


どう足掻いてもここから逃げられるわけはない。だからせめてこんな理不尽な運命に負けるもんか。涙を流しながらそう言った愛奈の顔が、2ヶ月経った今でも忘れる事は無い。多分、これからも


「私はね、現実を受け入れないで腐っていく子達みたいにはなり無くない。強くなりたい。強くなって、誰も悲しまない様にしたい。もう誰も、皆の前で死なせないように」


無言で頷く。彼女も分かっているだろう。それは無理な事だと。でも彼女も同じ様に友人が、クラスメイトが、見ず知らずの他人が、今この瞬間に仮想世界なんて馬鹿げた場所で殺されていると思うとそう願わずには居られないのだろう。


「だからクロ。アナタも死なないでよ、お願いだから」


「俺は――」


死なないとは言い切れない。昨日でも俺は本当の意味での死を覚悟したのだから。だから安易な期待を抱かせるのは、それこそ残酷だ。それならいっその事無理だと突き放した方が優しさだろう。だけど……。


チンッと言う音と共に、エレベーターの扉が開く。あぁ、もう1階に着いていたのか。気が着かなかった。


「なぁ、愛奈。俺は……」


「うぅん、いいの。ほらっ、降りて? 早くしないと学校に遅れちゃうよ?」


俺の答えを待たずに、彼女は後ろから勢い良く飛び出す。いわゆるトッププレイヤーと呼ばれる存在は、常に多くの経験値とリリング、レアアイテムなどを狙って自ら死地に飛び込んでいく。

俺もその中の1人に入ろうとしているのを分かっているのだろう。


その後俺達は2,3語交わしただけで黙ったまま学園に着いたのだった。



◇◆◇◆◇



「よーっす」


「あっ、おはよ~」


朝飯を買ってから行くと言って玄関で別れた俺は愛奈よりも遅く、それでも始業時間よりは早く着いた。たちまち俺の席に数人駆け寄ってくる。


「デオンウルフ狩ったんだって!?」


「どう、どうだった? 弱点とか傾向教えてよ!!」


「お前らただで聞こうとかせこいだろ!! なぁ、七瀬。俺は300リリングだすぞ!?」


「あっ、ずるい!! 私は400リリング」


「なぁ、それよりも俺達と漆黒の虎のクエストやってくれね? アレの武器が欲しくてさ」


シリトが居ないせいか、俺の方に集まってくる。それ以前になんでデオンウルフ狩りに行った事知ってるんだよ? 俺も昨日ダイブしてから行くかどうか考えさせられたって言うのに。


「何でお前達俺が昨日狩りに行った事知ってんだ?」


『げっ……』


皆嫌そうな顔をして慌てて視線を逸らし、そのまま数歩後ずさりする。

良く分からないが、とりあえず朝飯としてメロンパンを頬張る。ここら辺は中学生区域だから、おそらく単価が1番安い。それは序盤ではどうしてもお金が稼げない事に由来しているのだろう。

この前行った高校生区域では、何故かいつも買っているチョコチップメロンパンが500リリングとかしていたのだから。普通にこっちで買えば100リリング切るぞ?


1口かじるとモチモチしたパンの食感が伝わってくる。この甘すぎない砂糖の量が良いんだよなぁ。まぁ後から口の中がぱさぱさするのが欠点だけど、ちゃんとイチゴオレを買っている俺に抜かりは無い。

ゆっくりとイチゴオレを飲み、口の中を空にしてから再び前の4人へと視線を投げる。


「んで、何でお前達が知ってるんだ?」


「あーっと、あはは……」


「なんでだ?」


「はい、白状します」


そう言ってモニターを呼び出し、1つをウインド化してこちらに投げてくる。少し疑りながらそのウインドを受け取り展開させると……。


「おい」


昨日の狩場で、俺が死に掛けた場所がスクショになって乗っていた。ご丁寧にその場の解説、更には何処で撮ったかも分からない動画付き。

いや、分かるな。こんな事出来るヤツなんか1人しか居ないじゃないか。そう、同じ様に狩りに行っていたシリトだけしか。


「お前ら今すぐそれを消して、脳内メモリからも一斉に削除しろ……」


「えっ、でも」


「【ダブルストライク】、あれの派生系があるんだけど……。練習相手になるか、お前ら?」


瞬間ウインドを送って来た少女Aはもちろん、その取り巻き、更には教室内で聞き耳を立てていた者達が全員一斉にそのメールを削除した。

内心どうでも良いと思いながらも、ため息をつき俺は逆にメールを作る。しばしの沈黙。そして数秒後には、皆のメニュー表示に新着メールの表示が出る。不思議そうに顔を合わせ、そしてこちらを1度みて皆そのメールを開封する。


「ん? これって……」


「昨日戦った時に感じた事とかをまとめといた。とりあえず1人で狩場を独占しようとしたら死ぬ。弱点は首元とか、牙とか……。ってこれ、大型サイトに載ってるよな」


「いやいや、生の声の方が実用性高いって!! まだもう少し先になるけど、この情報ありがたく使わせて貰うよ。……んで、いくら?」


「タダで良いよ。別に情報屋してるわけでも無いし、それにあんまり有益な事書いたわけでもないし」


「うっそ、マジで!? おい、七瀬。私と付き合え!!」


「ダメだよ、さっちん。愛奈に怒られるって!!」


「そこでなんで私の名前が出てくるかぁ?」


キャーキャー騒ぐ奴ら、さっき渡した情報で議論を始める奴ら、大型サイトを徘徊している奴ら。このクラスはなんだかんだでヘルヘブンオンラインに対して積極的だと思う。

大体クラス分け自体がおかしい。何処のオンラインに接続しているかによってクラスが分けられているのだ。つまりここに居るのは全員HHOのメンバー。だから朝からこういった情報交換をするのは日常茶飯事なのだ。それが学園側の意図した事かは定かでは無いが。


「よぉーっす。ん? 何だ、もう盛り上がってんの――ガァッ!?」


「はいは~い。1名様ご案内」


(終わったよ、アイツ)


丁度良い所に倉西四里斗様がご入場頂けたので、丁重にお腹の鳩尾辺りに肘を入れさせて頂きました。そして悶えているコイツを部屋の隅っこまで引きずって、そこからは……。ご想像にお任せします。

そんな他愛の無い会話や、こんなやり取りがずっと出来ると俺達は思っていた。そう、この時来ていたメールが起こす、1つの事件までは……。

さて、そろそろHHOBもクライマックスに向かって走り始めました。4話と言いながら、もう少しだけ続くんじゃよ。

いつも通り計画が破綻して申し訳ない。


と言うわけで次回『第0章~4~【Point Of No Return】』で会いましょう

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