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〝戦天使〟が見た過去(ユメ)は  作者: 筑間 陸
〝戦天使〟編
12/35

11.暴力という作業

「『火を司る精霊たちよ、我が手に〝審判の炎〟を』!」

 施設に戻って来るなり、そんな声が聞こえた。

 首筋に熱を感じた瞬間、とっさに屈む。ゴォッと音がして、頭上を火球が飛んでいった。

()けたか……」

 微妙に残念そうな声の主は、銀髪にルビーの瞳の少年。久しぶりに見るその顔は、以前と変わらず子どもっぽかったが、それでも少し大人びて見えた。

 そんなキーセンに、メイローラは低い声で尋ねる。

「……狙った?」

「ああ」

「どうして?」

「いや、当たるかなーって思って」

 メイローラは地面を蹴って彼に肉薄し、無言で拳を放った。

「うぉい!」

 彼はとっさに腕で防御する。そのままメイローラは訊いた。

「当たってたら、どうするつもりだった?」

「逃げる」

 即答に対して、今度はすねに蹴りを入れた。

「ぎゃうっ!」

 脚を押さえて跳びはねているのを、冷たい目で見やる。

「ちぇー、馬鹿力になりやがって。前はもっと貧弱だったのに」

「そっちが弱くなったんじゃないの?」

「そんなわけあるか? さっきの見ただろ? 変形も飛距離もばっちりさ」

 自信満々なキーセンに、一つ訊いてみる。

「じゃあ、もう第1番隊の隊員?」

「当たり前さ。おまえは?」

「今日、第0番隊の隊員になった」

 と、彼の表情が曇った。

「最前線……」

「何か問題でもある?」

「べっ、別に。そんじゃ」

 歩き出すキーセンに、メイローラも背を向ける。

 と、

「『唸れ、〝熱渦(アツキウズ)〟よ』!」

 再び呪文が聞こえた。炎の渦が、こちらに向かって来る。

 ――避けられないっ……!

 とっさにあの剣を振るう。


 シュッ

 

 音はそれだけだった。

「え……?」

 魔術が、消えた。

 放った本人も、口を開けてぽかんとしている。

 ――魔術が、斬れた……?

 人間の力で、魔術は壊せないはず。

 まじまじと剣を見つめる。控えめな銀が、光を反射する。

「おまっ……何だよそれ」

 我に返ったらしいキーセンが駆け寄って来る。

「分からない……」

 それよりも、彼女には言いたいことがある。

「何で、また魔術を?」

「え、えっと……」

 頭をかきながら、視線を泳がせる。

「ちょっと試してみたかったからぁぁあああっ!」

 足を思い切り踏んづけてやった。


 

 メイローラは、とても緊張していた。

 着慣れない鎧が、歩くたびにガチャガチャと音を立てる。先頭を歩く隊長は、毅然として前を向いている。

 向かう先は、キャラウェイとの国境。

 本日第0番隊は、暴動の鎮圧を任されたのだ。きっかけは分からないがキャラウェイ人が暴れていて、カルミア人が止めに入っているらしい。

 それだけなら第2番隊あたりが行けばいいのに、なぜ第0番隊が駆り出されるのだろう。

 レイアに訊くと、

「第2番隊は別の暴動を任されてるの。……最近多いから」

 難しい顔で答えられ、ますます不安を募らせる。それに、心配なのはそれだけではない。

 メイローラが出陣するのは、今日が初めてなのだ。

 以前レイアを斬ってしまった時のことが、嫌でも思い出される。あれだけで気絶してしまった自分に、鎮圧などできるのだろうか。

 鎮圧。それは、暴力をさらに強い暴力で押さえつけることだ。

 そんな力が自分にあるのかどうか、考えるだけで緊張が増してくる。

 と、レイアが立ち止まってこちらを向いた。

「みんな――特に新入りはよく聞いて。今回はあくまでも鎮圧。まず国民を避難させて、それから暴動を止めて。いい? 無駄に殺傷したりしないこと。戦意を失わせる程度でいいから」

 はいっ、とメイローラを含めた十一人が返事をする。

「……行くわよ!」

 隊長が走り出す。

 現場は、想像していた以上に混乱していた。激しい殴り合いになっていて、向こうには武器のようなものを持った者までいる。

 隊員たちが運びにかかっている国民を見て、メイローラは足が竦んだ。その人は至る所から血を流していて、ぐったりとしている。

 もう死んでるかもしれない、と思った途端、今まで緊張で麻痺していた恐怖がぶり返してきた。

 そこに、レイアの声が響く。

「キャラウェイの民よ! これ以上無駄な血は流したくない。速やかに撤退しなさい!」

 それでも争いは止まらない。

「うるせえ! 後から来たやつがごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!」

 それどころか、こちらに向かって来る者もいた。

「仕方ない、応戦して!」

 叫ぶと同時にレイアは両手で剣を抜き、素早く斬りかかった。周囲の男たちが、短い悲鳴を上げて倒れる。

 彼女の動きは無駄がなく、とても速かった。

 ――鳥みたい。

 と、

「おい、ぼーっとすんな!」

 隊員の怒声で、はっと我に返る。足は、もう動くようになっていた。

 暴動の中心に入ると、いきなり男が殴りかかってきた。慌てて避け、鳩尾へ拳を叩き込む。男はうめいて、地面に倒れた。

「っはっ、はっ……」

 それほど動いたわけでもないのに、呼吸が荒くなる。飛び交う悲鳴と怒号で、頭がくらくらする。

 そのせいで、攻撃に気づくのが遅れた。

 気配を感じて振り返った瞬間、頭を鈍い衝撃が襲った。

「っあぁっ……」

 とっさに腕を振るが、コントロールが利かない。男が棒を振り上げるのが見える。気力を振り絞って、腰の剣を抜いた。

 嫌な感触と同時に、男が棒を落とす。憎々し気にこちらを睨み、ゆっくりと倒れた。

「あ……」

 メイローラは悟った。

 ――これで、もう戻れなくなった。

 任務とはいえ、故意に人を傷つけたのだ。

 姉さんが知ったら……と思うと、どうしようもなく悲しくて、怖くなった。

 メイローラは剣を収めると、殴りかかってくる人々に体術で応戦した。

 向かって来る者を蹴り倒し、暴れる者を殴り飛ばす。

 何も考えず、淡々と。

 少しでも考えたら、体が動かなくなってしまいそうだから。

 『まるで作業のように』

 いつかのレイアの言葉が思い出される。

 これが鎮圧――力を力で押さえつける〝作業〟。

 痛くて悲しくて、とても空しい。

 それから数分で、鎮圧は終わった。

 残ったのは踏み荒らされた地面と、わずかな血痕。

 キャラウェイの人々は、ぼろぼろの体を引きずって退散していった。国民たちは軽傷で済んだ者も多く、隊員たちはほとんど無傷だ。

「みんなお疲れ」

 レイアが皆を見回す。

「怪我は……まあないと思うけど、戻ったら一応第3番隊に行ってね。じゃあ、撤収!」

 そう言うと、『ちょっとメイ』と手招きする。

「お疲れ。確か今回が初めてだったよね。……どうだった?」

 軽めの口調とは裏腹に、目は真剣だ。

「その……怖かった、です。暴力がとても近くにあって、自分もそれを使ってて」

「そっか」

「でも、作業のように暴力を使えてしまう自分が、もっと怖かったです」

 だが、そうなるのも仕方ないのかもしれない。余計なことを考えれば、躊躇いが生まれる。その躊躇いが、死に繋がることだってあるのだから。

 それでも、メイローラはそれを〝仕方ない〟とは思いたくなかった。

「……隊長は、怖くないんですか」

 つい訊いていた。

 レイアは唇を舐め、笑みを浮かべてみせる。

「怖くないよ。最初は怖かったけど、もう慣れたから」

 帰ろっか、と歩き出す。

 メイローラも一歩踏み出して、ふと振り返る。

 すっかり静かになった暴動の跡に、何事もなかったかのように風が吹いていた。

 


更新が遅くなってすいません! ちょっと忙しかったもので…。

次はもう少し早く更新したいと思います。

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