10.入隊と武器選び
「君は、どの隊に入りたいんだい?」
ある日、ハビンがそう訊いた。
「えっと……」
以前キーセンに訊かれた時と同じく、メイローラはまだ答えを持っていなかった。
それよりも、まだ新入り三班になったばかりの自分に、どうしてそんなことを訊くのかが分からなかった。
それを察したのか、ハビンは付け加える。
「君もそろそろ見習いになってもいいんじゃないかと思ってね」
君も、というのは、最近キーセンが第1番隊の見習いになったことを指していた。
「君はすごく上達が早いから、ついて行けると思うよ。どうだい? 興味のある隊はないかな」
「……すいません。分からないです」
メイローラが俯くと、彼は目線を合わせるようにしゃがんだ。
「私は第0番隊か第2番隊がいいと思う。魔術や救護よりも、体を動かす方が得意だろ?」
「それは……はい」
「だったら」
囁くように告げる。
「第0番隊はどうかな」
「え、でも……」
第0番隊は最前線だ。いつかスーダが言っていたように、とても重要でリスクも高い。
怖い、というのもあるが、それ以上に自分には務まらないという気持ちの方が大きかった。
迷う彼女に、ハビンは決定的な一言を放つ。
「知っての通り、あそこは最前線だ。もしかしたら、お姉さんの情報が手に入るかもしれない」
その言葉は、メイローラの恐怖と不安を消し去った。
――少しでも、姉さんに近づけるのなら。
「……お願いします」
彼女は頭を下げた。
「私を、第0番隊の見習いに」
「ああ、もちろん」
ハビンは、嬉しそうに微笑んだ。
「……姉さんを助けるため、強くなるためです」
小さく、けれどしっかりと答えた。
レイアはメイローラの頭に手を載せて、
「そっか」
優しくなでた。
ふいに、涙が零れそうになる。
「それなら怖がってないで、もっと頑張んなさい」
『頑張って、メイ』
レイアの声が、大好きな人の声と重なる。
――姉、さん……。
こうやって、頭をなでてもらうのがとても嬉しかった。けれどそれが、もう酷く昔のことのようだった。
「……はい。これからも、よろしくお願いします」
「任せて。あ、急がないとご飯に遅れちゃう」
朗らかに笑って駆け出すレイアは、いつもの明るくて優しい隊長だった。
ある日、メイローラはハビンに呼び出されて図書室に赴いた。
隅の方にハビンと、レイアも座っている。
「あの、知らせたいことって何ですか?」
二人の向かいに座りながら尋ねる。
ハビンは微笑んで、
「君を、第0番隊の正式な隊員にしようと思う」
メイローラは目を見開いた。
「本当、ですか」
「もちろん」
レイアが片目を瞑ってみせる。
「あ、ありがとうございます!」
胸に、じわじわと何かが込み上げてくる。
『姉さんに少しでも近づけた』という希望と、純粋に隊員になれたことを喜ぶ気持ち。
――〝戦天使〟には、姉さんを取り戻すために入ったはずなのに。
いつの間にか、レイアに褒められたいと思うようになっていた。そのことに、彼女自身も驚いた。
――私、ここでの生活が好きなんだ。
大勢の人とご飯を作り、訓練し、武器を手入れする。先生や先輩に教えてもらい、うまくできたら褒めてもらえる。
最初は苦手だったこの生活に、今ではすっかり溶け込んでいた。
「じゃ、行こうか」
唐突にハビンが言った。
「どこに、ですか?」
「武器を買いに」
「武器?」
分からないメイローラに、レイアが補足する。
「メイ、まだ自分の剣持ってないでしょ? 隊員になるんだから、買ってもらいなよ」
確かに今使っているのは、倉庫にある錆びた剣だ。自分の剣、というのは想像がつかなかったが、何となく嬉しかった。
「……そうさせてもらいます」
ハビンはうなずくと、席を立った。
市場に来るのは、本当に久しぶりだった。思えば〝戦天使〟に入って以来、ほとんど外には出ていない。
――懐かしいな。姉さんに頼まれて、よく食材を買いに来たっけ。
客を呼び込む声、鮮やかな色彩、変わった匂い、雑多な雰囲気……。それらが、四年前のまだ九歳だった自分を思い出させる。
「この辺一帯が武器を売っている店だ。好きに見て来るといいよ」
ハビンが示す先には、剣や盾などがずらりと並んでいた。
「私はその辺にいるから、決まったら呼んで」
そう言い残すと、どこかへ歩き去った。
とりあえず、近くにある店から見ていくことにする
無骨な大剣や長い槍、棍棒まであった。柄と鞘に宝石がはまったいかにも高そうな短剣を見た時は、綺麗だとは思ったがほしいとは思わなかった。
目的は細身の長剣。飾りは特に必要ない。長剣も売ってはいるのだが、どれも太すぎたり装飾品だったりと、彼女には合わなかった。
最後の店は古い物を扱っているらしく、少し埃の臭いがした。
「いらっしゃーい……っておいおい嬢ちゃん。こんな所に何の用だい?」
中を覗くなりそう訊かれた。
「あの、剣を見たいんですけど」
「嬢ちゃんが?」
店主らしい男は怪訝そうな顔をしたが、
「……ま、理由は訊かないでおくか。好きなだけ見て、ついでに買っていってくれや」
にかっと笑いかけた。
とりあえず、順番に見ていくことにする。古そうな短剣、丈夫そうな皮袋、ごつい棍棒、模様の描かれた盾……。
「………!」
そして、紅い石がはまった鞘に収まっている、一振りの長剣。
彼女はその剣に目を――意識を奪われた。
特に大きいわけでも、綺麗なわけでもない。今までに見た物と同じような、普通の長剣だ。
だが、その剣にはナニカがあった。異様に人を惹きつける、そんなナニカが宿っている。
メイローラは、それに絡め取られた。
――刀身を見たい。
そう思った時には、もう手に取って抜いていた。店主の驚いた声など耳には入らない。
刀身はすらっと細く、控えめな、けれど鋭い銀光を放っていた。初めて握るはずの柄も、違和感なく手になじむ。
「――ん、おい、嬢ちゃん!」
店主の声で、はっと我に返る。
「大丈夫かい?」
「はい……」
答えて、自分がまだ剣を握っていることに気づいた。
「んで、それはどうする?」
「あ、買います」
とっさにそう言った。
「ちょっと、待っててください」
剣を置いて、ハビンを捜しに走る。
一刻も早く、あの剣がほしかった。その根拠はどこにもない。ただ自分を惹き寄せるナニカが、とても心地良かったのだ。
ハビンはすぐに見つかった。
「ハビンさ……」
呼ぼうとして、やめる。彼は誰かと話していた。被っている物のせいで顔は分からないが、見事な赤毛がちらっと見えた。
その人が去ると、メイローラは再び声をかけた。
「やあ。いいのは見つかったかい?」
「はい」
早く剣の所へ戻りたくて、速足で案内する。
「これなんですけど……」
ハビンはうなずくと、店主に値段を訊いた。よく分からなかったが、店主の告げた値はそう高くはないようだった。
品物を渡す時、店主は鍔の部分を指し、
「ここを見てみな、嬢ちゃん。この剣には名前がついてんだ」
目を凝らしたが、見たことのない言語だ。
「これはな、〝天の長剣〟って書いてあるんだ。今はもう使われてない言葉だけどな」
古物商なんてやってるとな、読めるようになるんだよ、と店主は笑った。
「〝天の長剣〟……。―――レットか?」
ハビンが、驚いたようにつぶやいた。
剣を渡されたメイローラは、もう一度よく見てみた。形も長さも装飾も、これといった特徴はない。
なのに、なぜこんなにも惹かれるのだろう。そして、こんなに惹かれるのになぜ売れ残っていたのだろう。
不思議に思いながら歩いていると、
「それは気に入ったかい?」
「はい。何か……妙に惹かれたんです」
先ほど感じたことをハビンに話す。
「んー……。それは、剣が君を選んだんじゃないかな」
「これが、私を?」
「ああ。売れ残っていたのは、きっと買ってほしい人がいなかったからだ。でも、今日これは君に買ってほしい、使ってほしいと思った。だからじゃないかな」
それはとても不自然なことだが、メイローラは少し誇りに思った。
「〝天の長剣〟……」
鍔をなぞり、そっとつぶやく。
鞘にはまった紅い宝石が、日差しを受けてキラッと光った。